110 とある夕暮れの
突然の夕立の気配に、オレは雨やどりができる軒先へと急ごうと、公園の角を曲がった。
心臓が止まりそうになった。
雨は段々と量を増してくるが、オレの足はそこで止まってしまった。
その時、あの日の出来事が脳裏をかすめる。
が、しかし。
今日のオレはあいにく傘を持っていない。
ドクンと音が鳴り出した。
どうやら心臓は止まらずにすんだようだ。というか、段々と元気に飛び跳ねるようになっていく。
オレは目をつぶり、大きく息を吸い込んだ。
そして目を開けて、ゆっくりと吐き出した。
さあ、と一歩を踏み出すと、軒下のマドンナがこちらを向いた。
彼女はニッコリと微笑んで、大きく手を振る。
なんて可愛らしいんだ。
涼風愛優さん! オレはあなた様をお慕い申し上げています!
オレは至って平静を装い、やあ、と左手を挙げ雨を避けるべく軒下まで走って行った。
「部活? 制服濡れちゃったね」
少し雨粒のついた制服を、愛優ちゃんはハンカチで拭ってくれる。
「ああ。秋季大会があるからね。あ、ハンカチ汚れちゃうからいいよ」
オレは一歩下がって遠慮したが、愛優ちゃんはお構いなしに一歩前に出て背伸びをし、今度はオレの濡れた髪を拭く素振りを見せた。
思わず彼女の右手首を掴んで、「ホントにいいから」と言うと、「風邪引いちゃうよ」って。
上目づかいで心配そうに見つめる彼女の愛らしさに、オレは言葉を失った。
少しの間、見つめ合うようなカタチになってしまい、ハッとしてお互い目を逸らす。
なぜかオレの口から出て来た言葉は「ごめん」だった。
慌てて彼女の腕からオレは手を離す。
鼓動が勢いを増して、オレの胸から飛び出しそうになった。
なんだか解らないが、オレはそのまま愛優ちゃんにハンカチで濡れた髪を拭かれるまま、その場で固まってしまった。
ひととおり拭き終わったのか、彼女は徐に言葉を発した。
「このままここで雨やどりする?」
「愛優ちゃんは?」
「それとも」
そう言って彼女は軒下に立てかけていた大ぶりの傘を指さし、続ける。
「一緒に入る?」
これは、この光景は紛れもなく。
デジャビュ? デジャブ……。デジャヴ? どれだっけ?
まあいいや。既視感。
少しはにかんで言う彼女の言葉に、嬉しい気持ちを悟られまいと、素っ気なく返す。
「べつにいーけど」
こころなしか、彼女の頬がほんのり色づいているように見えるのは、気のせいだろうか。
だけどこのまま気づかぬフリをしていよう。
今日が雨でよかった。
オレの鼓動が雨音にかき消されて、彼女には伝わらないだろうから。
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