109 とある夕暮れ
あの夕陽を見てから――愛優ちゃんとあの夕景を眺めてから数日が経ち、いよいよ長かった夏休みが終わろうとしている。
あの日諦めた読書感想文は、数日かけてやっと読み切ったあと、うんうん唸りながら感想をひねり出して、なんとか書き終えることができた。
課題図書だと思うと、感想も浮かばない。というか感想はなかった、と言った方が正しいかもしれない。
好きな本なら、次から次へと感想がでてくるのに。
感想というか、誰かに話したくなるというか。
しかし決められた、大して興味も湧かない本を読むのは、『読まされている』という気がして、義務感から読んだからか感想が浮かばなかった。
それを「あーでもない、こーでもない」と、何度も本文を読み返しながらやっとのことで絞り出した感想。
自分でも、『なんだこれ?』って言いたくなるほどの出来映えだ。
これに点数をつける先生も気の毒に。
でも、まあ。なんとか夏休みの宿題を全てやり終えたという達成感はある。
これで思いっきり野球に打ち込める。
部活の帰り道、夕暮れになるとあの日のことが今でも脳裏に浮かぶ。
倉井と悟はあの日、先に帰った。
なんでも俺たちをふたりにさせようと気を使ったらしい。
どうしてそうしようと思ったのか。せっかく4人で集まったのに。
オレと愛優ちゃんは別に気を使われるような間柄ではないのに。
だって、愛優ちゃんはオレのこと、ただの友人としか見ていないだろうから。
いや、オレは嬉しかったよ。嬉しかった。倉井と悟の気づかいが嬉しかった。
だけど……。
それにしても「ちょっと野暮用で」って理由、笑える。
まあ、友人の厚意はありがたく受けて正解だったけど。
そのおかげで愛優ちゃんとあの景色が見られたんだから。
いつも笑顔できらきらしていて、哀しみや苦しみなんて言葉、愛優ちゃんには無縁だと思うひとは多いと思う。
クラスではマドンナ的存在で、女子の中ではひときわ目立っている。いつも周りにはひとが集まって楽しそうにしている。
だけど優希さんがいない今は、その彼女の笑顔の下には深い哀しみや辛い気持ちが隠れているんだ。
決して表には出さないけれど。いつも笑っているひとの方が実は深く傷ついていたりするんだ。
そのことにあの日気づかされた。
愛優ちゃんも優希さんがアメリカに旅立って、応援したい気持ちはあっても、実際には寂しい気持ちで溢れていたんだ。だけどそれを優希さんに言って心配をかけるといけないと、ひとり我慢をしていたのだろう。
あの時愛優ちゃんは堪えきれずに涙を流したが、オレの前で少し気を許してくれたということが嬉しかった。
これからは寂しくないようにオレが傍に……。
だけどオレと愛優ちゃんはただの友人。……なんだよな。
あまり出しゃばるわけにもいかないし、距離感が難しい。
今日も部活の帰り道、夕焼け空を見ながらいつものように公園の前を歩く。
あの少年たちは、秋季大会を控えてオレが教えてあげられなくなってからも、毎日この公園で兄弟ふたりで練習をしていた。
いつも通りかかると、一生懸命なふたりを応援したくなり、ほんの少しだけどアドバイスをしたりしている。
今日もそんな彼らと少し時間を過ごし、遅くなるといけないからと練習を切り上げるよう促し、少年たちを見送った。
仲のよい兄弟の後ろ姿にオレは、子供の頃のオレと兄貴を重ね合わせて微笑ましく見つめていた。
さてと、そろそろオレも帰ろうかと踵を返したその時だった。
あんなに綺麗な夕陽を見せていた空から、大粒の雨がポツリとオレの頬をかすめる。
今日の天気予報ではそんなことは言ってなかったなぁと、オレは天を仰ぐ。
オレンジの空はみみるみるうちにグレーへと変わっていった。
厚く大きな雲が、隣町の方から風に吹かれて上空へと近づいてくる。
ついてないな、とオレは呟き、公園の角を曲がろうと、少し早足で歩き出した。
その角を曲がった先に、雨やどりができる軒先があるからだ。
夕立ならそう長くは降らないだろうと考えたからだ。
そして角を曲がって、オレは驚愕した。
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