捌話 鬼は脳筋
「ふぅ、今日は色んな事があったな……」
俺は今、支部の中にある一室に居る。
もう夜だからと、亜志麻さんが部屋を貸してくれたのだ。
(本当に、色々あった………)
鬼蜘蛛との突然の遭遇、一回死んで、鬼に生まれ変わって、鬼蜘蛛を倒して、JMに入って、両親の失踪の真相を知って。
今日一日で色んな事があった、そりゃもう、色々と。
もう二度と、こんな濃い一日を過ごす事はないだろう…………無いよな?
(っと、早く寝なきゃな。早速、明日から訓練を始めてくれるみたいだし)
俺は布団に入って、深い眠りに沈んでいった。
……………………その日は、久しぶりに両親の夢を見た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあ、訓練始めるでぇ!」
「はい!」
次の日、朝早くに起きた俺は、昨日言われた通りの道順を通って、地下のとてつもなく広い空間に来ていた。
ここに居るのは、俺と支部長の二人だけだ。
「あれ?」
「なんや?」
「訓練って、支部長がやってくれるんですか?」
「なんや、不満なんか?それになんや、その支部長っちゅうのは」
いや、自分なりに考えた結果、この呼び方になったんだけど。
って、今はそうじゃない。
「その、支部長は別の仕事で忙しいんじゃないかと」
「雹君は気にせんでええ。あの二人の子供なんや、ワイ以外に誰がやるっちゅうんや」
「はあ、なら別に良いんですけど。じゃあ、宜しくお願いします!」
「ああ、ワイに任せとき。あっちゅうまに鍛えたるわ」
と言っても、訓練か。何をやるんだろうか?
「じゃあ、まずはこれに着替えてくるんや」
支部長はそう言って、持っていたアタッシュケースを渡してくる。
「あの、支部長。これは?」
「うちに所属する者に支給される、訓練着や。ほれ、さっさと着替えてこんかい」
「は、はい」
で、更衣室に行って着替えた。
訓練着は和服だった。なんか、侍みたいだな、これ。
「うん、よお似合っとるで。じゃあ、訓練、始めよか。雹君、最初に聞くけど、自分の妖力は感じとれるか?」
「この、身体の中を流れてる、熱いやつですか?」
「そうや。怪異はどんな奴でも妖力を持っとる。自分以外から感じとったそれを、妖気って言うんや。これからやるんは、その妖力を使った術の訓練やな。最初は基礎中の基礎からや」
成る程、まあ、当たり前だな。
この前まで人間だった俺が、いきなり使える訳無いしな。
それにしても、術か!面白そうだな。
「んじゃ、その妖力を自分の思う通りに身体ん中で動かしてみぃ。出来るか?」
「はい、やってみます」
俺は目を閉じて、自分の妖力に集中する。
(妖力を、動かす。動かす、動かす、動かす、動かす、動かす………)
「あっ!」
「ん?どないしたんや?」
「出来ました。これで良いんですよね?」
俺はさっきと同じ様に、妖力を動かす。
「なっ、も、もう出来たんか。さ、流石やな、雹君」
(ホンマは、もっと時間がかかる筈なんやけどなぁ。あの二人の子供だから、才能も凄いんやろか)
「支部長?」
「あ、すまんすまん。何でもない。じゃあ、次の段階に進むで!」
俺が妖力を動かしたら、支部長が黙りこんでしまった。
何か、やってしまったのだろうか。
「次は妖力を外に出す訓練やな」
「外に…………こうですか?」
「な、ああ、それや、それ。話が早いなぁ。じゃあ、次の段階に進むで」
え、もう?早すぎないか?
まあ、支部長が言うんだから、大丈夫なんだろうけど。
「今度は、いよいよ術を使うで」
「え、もうですか?早すぎません?もっと時間がかかるんじゃ………」
「お前が言うんやないわ、阿呆。ほれ、説明するからよう聞くんや」
「は、はい」
何だ?俺が言うんじゃないって、どういう意味だ?
当然の疑問だと思うんだけど……。
と、それは後回しだ。今は支部長の話を聞かないと。
「妖術はな、怪異によって使えるんが違うんや」
「違う?」
「そや、正確には使えんことはないんやけど、得意なんが極端に傾いとるんや」
「成る程、じゃあ、鬼は何が得意なんですか?」
「鬼系統の怪異が使うんは、単純な術が殆どやな。ほぼ身体能力を強化するもんや」
「へ?なんでですか?」
「あー、なんちゅうか、な?鬼は、基本的に大雑把な奴が多いんや」
支部長が言いづらそうに教えてくれる。
なんとなく分かった。鬼には馬鹿な奴が多いんだな、うん。
俺はそうならないように気を付けよう。
「まあ、元の身体能力が高いから、凄い効果なんやけどな。雹君も、それは実感しとるやろ?」
支部長の言う通り、鬼になってから身体が軽くて、五感も鋭くなった気がしていた。
確かに、これを更に強化されるんなら、それでも充分に戦えるかもしれない。
「鬼の身体能力強化は強力過ぎるかんな。普通の『身体強化』の術とは別の術、『鬼装』とされとるんや」
「じゃあ、それをやるんですか?」
「せや。やり方は、妖力を身体ん中で広げるんや。普段は血管を流れとる状態やと考えるんや。そこから、骨、筋肉、皮膚。細胞の一つ一つまで行き渡らせるんや」
「それって、結構難しいんじゃ?」
俺の予想だが、結構細かく、正確に操作しなきゃいけないんじゃないか?
鬼は大雑把で馬鹿なんだよな?
「その通りや。せやけどなぁ、なんか鬼だけは全員簡単にやっとるんや。普通やと詠唱が必要なんやけど、鬼は無いし。ホンマに不思議やで」
「いやいや、まさかそんな事が……………………あ、出来た」
「………………………………………」
「………………………………………」
思わず、二人して黙りこんでしまう。
いや、俺だって出来ないと思ってたんだよ?
でも、出来ちゃったんだから仕方ないじゃんか!凄いすんなり使えたんだよ!
「…………………まあ、ええ。これも予想の内や。雹君、一旦術を解いて、色々動いてみぃ。まだ全力で動いてないやろ?全力がわからな、どんくらい強化されたかも分からんからな」
「はい、分かりました」
俺は一通り柔軟運動をしてから、色々試してみた。
その結果が、コレだ。
・[100m走]記録 5秒13
・[垂直跳び]記録 7m41cm
・[10km走]記録 8分32秒24
・[腕立て]記録 1262回
・[腹筋]記録 1259回
などなど、これの他にもいくつかやったが、同じ様にとんでもない記録になっていた。
「………なんか、凄いことになってるんですが」
「そらそうやろうな。鬼ならこの位は当たり前や。寧ろ低い位やな。まあ、まだ雹君は子供やし、当然やろ」
………………………マジで?大人ならこれよりも高いの?
鬼ヤバい、怖い。……………俺も鬼だけど。
なんか自分の将来が不安になるな、いや、安心した方が良いのか?
「これが、もっと凄くなるんですよね?」
「そや、やってみ」
いや、そんなニヤニヤしながら言われても………。
まあ、やったが。
記録は、全て馬鹿みたいに上がっていた。
「…………支部長、これって、本当に基礎なんですか?」
「ああ、言ったやろ。鬼の術は単純やけど、効果は凄いって。要するに、鬼の術は効果が高すぎる基礎、ってことやな」
「鬼、ヤバい。………支部長、これで訓練は終わりですか?」
「いや?今日は出来るだけの術を試してもらうで。次は………あ、もう鬼の術、無いわ」
え?今、なんて言ったんだ?
「支部長、もう無いってどういう事ですか?」
「いやな?鬼は基本術は使わずに戦うんや。………所謂、脳筋やな」
いや、それにしても限度があるだろ!?
なんだ、妖術が一つだけって。
俺はあまりの鬼の馬鹿さに肩を落としてしまう。
「じゃあ、これで妖術の訓練は終わりですか?」
「いやいや、普通の術はちゃんと別にあるさかい、そっちをやろか」
不安だ、もの凄い不安だ。