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  作者: 青嶋幻
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7 橋山(2)

   


「相談ていうのは一体何ですか」


 歩きながら聞く。


「昨日僕が見舞いに行った大澤君に関することなんです。彼のお父さんから頼まれている事があるんですが、とても私だけでは対処しきれませんで」


 橋山は塩見たちと正反対に、札幌駅へ向かって歩き、とあるビルの前で立ち止まった。


「ここです」


 橋山は〈きし田〉という小さな看板のあるドアを開けた。素っ気ない外観とは裏腹に、店内は木をふんだんに使った清潔感溢れるカウンターがあり、板前が料理を作っている。明らかに高級店と呼ばれる作りだ。


「橋山です」


「伺っております」


 対応に出た店員が、笑顔で別室へ案内していく。疑念が急速にふくれあがっていく。


「遠慮なく座ってください」


「あの……。さっき橋山さんは偶然私たちと会ったと言ってましたね。それなのに、どうしてここを予約できたんですか」


「もともとは一人で来る予定だったんですよ。私、カウンターで板前さんと話をしながら食事をするのが苦手でしてね。いつも一人個室で食事をするんですよ。ま、お店の人は嫌がりますけどね」


 箸山は淀みなく答えたものの、違和感は拭いきれない。平気で嘘をつく奴はたまにいるものだ。


「さあ、座ってください」


 躊躇したが、明確に拒否する理由も見つからず、結局座った。注文を聞きに来た店員に、刺身の盛り合わせと日本酒を注文した。程なく冷酒が運ばれてきて、酒を注がれる。


「大澤君のお父さんなんですが、脳梗塞をやって寝たきりなんで、どうしてもこっちへ来られないんですよ。でも自分の息子には会いたい。どうにかなりませんか」


「どうにかって言われましても……。大澤さんは外出できませんから、お父さんが何とかしてセンターへ来ていただくしかありませんねえ。その辺りは厚労省の〈進行性皮膚甲殻化症対策課〉が相談に乗ってくれるんじゃないですか」


「あそこへは僕も何度か相談したんですよ。でも、実現させるには車も別に仕立てなきゃならないし、第一お父さんの体力が持たない。そこで相談なんですが、こっそり大澤君を外出させる方法というのはないんでしょうかねえ」


 あまりに非常識な提案に、思わず苦笑いがこぼれる。


「全く問題外ですよ。すべての患者は二十四時間体制で体温、脳波、体重、外観を監視されているんです。何か変化があっただけで警報が発令されれます。法的にセンター外へ出る制度もあるんですけど、地震とか火事みたいな緊急事態か、そうでなければ大臣の許可が必要なんです」


「もちろん謝礼ははずみますよ」


「そういう問題じゃないんです。仮に私がいくらがんばっても、物理的に不可能ですよ」


「たとえば外出許可書を偽造するとか」


 私は橋山をまじまじと見つめた。


「バカなことは言わないでください。私がそんなことするわけがないでしょ。だいたい、外出許可なんて今まで一度も出たことなんかないんですから。偽造なんかしても目立ってしょうがないですよ」


 ここへ来たのを完全に後悔していた。これなら一人寒い中、塩見たちを待っていた方がよっぽど良かった。


 店員が刺身の盛り合わせを運んできた。ウニを始め、イクラ、タコなど食欲をそそるネタが盛られていたが、もう箸を付ける気はなかった。


「こんな相談なら、私は一切協力できませんよ。帰らせてもらいます」


「ちょっと待ってくださいよ」橋山が下品な笑顔を見せた。「謝礼は先生が考えているよりずっと多いはずですよ」


「患者を出すのに大金を払うなら、お父さんに医者を付けて、介護移送させた方がよっぽどいいですよ」


「本当のことを言うと、外出させるのは別に大澤君じゃなくてもいいんですよ」


「あんた……なにを言っているんだ」


「〈蛹〉が必要なんですよ。どうにか融通できませんかねえ」


「バカな話をするんじゃない」怒りでめまいがしてくる。「協力できるわけがないだろ」


「私の顧客は一億を出すと言っているんです。半折したって五千万円だ。悪い話じゃないでしょ」


「完全な犯罪行為だ。警察に通報するぞ」


「どうぞご自由に。モラル的な問題はありますけど、まだ犯罪行為をしているわけじゃない。それより、私の顧客が〈蛹〉をほしがっている理由を知りたくありませんか」


「必要ない、帰らせてもらう」


 私は立ち上がった。


「脊髄が欲しいんです。その中に含まれている抗体を使って、蛹化現象の治療薬を作ろうと言うんです」


「私もそういう説があるのは承知しているが、全部デマですよ」


「本当ですか?」にやけた笑いが顔全体に広がる。「あなたはそれが、対外的に掲げられた説明に過ぎないのを知っているはずだ。とぼけたってだめですよ」


「デマ本の読み過ぎだ。政府が極秘で研究しているって説だろ。そんな事実はない」


「久保山正勝」


 その名前を聞かされ、思わず目を剥いた。橋山が吹きだすようにして笑い出した。


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