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  作者: 青嶋幻
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5 面会日(2)

「町田さん、またお酒を飲んでいるんですね。前にも言ったとおり、飲酒した方はセンター内への立ち入りを禁止しております。申し訳ないですが、バスでお待ちください」


「なんだよ、俺のどこが酔っ払ってるって言うんだ」


 町田が振り向く。すでに目が据わっており、酒臭い息をまき散らした。


「どう見ても酔っ払っているようにしか見えませんけど。何ならアルコールチェックをしてみますか」


 手に持っていたバッグを開け、あらかじめ持ってきたアルコールチェッカーを取り出した。


「へっ、手際がいいじゃねえか。今回は待っててやるよ」


 町田はいたずら坊主のような笑顔を浮かべ、あっさりとバスへ戻って行った。私はほっと息を吐き、絡まれた警官に挨拶した。


「お手数をかけます」


「わざわざここまで来て患者さんに会えないなんて、なんだかかわいそうですねえ」


 警官は気にしていないのか、むしろ気遣うような目で、老人が戻っていったバスを見た。高校を出たばかりなのだろうか、まだあどけない顔をしていた。


「大丈夫ですよ。あの人、目的は面会じゃないんだから」


「え?」


 不思議そうな顔をしている警官に意味ありげな笑顔を残し、他の面会者の世話をするためその場を離れた。説明をしてもよかったが、時間がない。きっと上司が後で説明してくれるだろう。


 面会するための交通費には国から補助が出る。このため、たとえ沖縄からでも格安で北海道まで旅行ができるのだ。


 ここには町田の妻が収容されているが、何度来ても病棟で妻を確認する様子はない。

 町田にとってこの面会は、妻と会うよりも、昼と夜に食べる北海道の味覚がメインなのだ。だから到着前に平気でアルコールを口にできる。


 一方で、熱心に患者を見舞う家族もいる。

 私を含む三人の職員が、あらかじめ送られている画像で本人確認を行い、面会者をセンター内に案内した。隔離室に取り付けてあるガラス越しから、一人一人、状況を説明する。熱心に聞く者、上の空の者。対応は様々だが、熱心さで言えば、山下夫妻は別格だった。


「そうなんですか。優ちゃんは一ヶ月で一.三グラム体重が減っているんですか」


 すでに涙目になっている妻は、私の説明に対して熱心にメモを取る。


「先生、この病気が良くなるような研究は進んでいるんですか」


「申し訳ありませんが、今のところ研究は停滞しておりまして……」


 この台詞を過去に何度言っただろうか。いい加減察しろよと思う自分もいるが、すがるような目の夫を見て、ぐっと抑えて神妙な顔をする。


「優ちゃん……。こんな姿になってかわいそう。よくなったらカレーとかハンバーグとか優ちゃんが好きなもの、いっぱい作ってあげるからね」


 妻がカラスに顔を押しつけ、名札に「山下優子」と書いてある〈蛹〉に向かって語りかけた。すでに大量の涙が頬を伝って床にしたたり落ちていた。横で夫が嗚咽を漏らしている。いっそのこと、死んでしまった方がすっきりするのになと思う。


 治療への展望が見られない現在、患者の墓を作って供養している人もいると聞く。

 しかし十歳で発病ってのもきついよなあ。ある程度歳がいってればあきらめもつくんだろうけど……。そういえば久斗は十一歳だから、ほぼ同じ世代か。


 不意に久斗が〈蛹〉になっている姿が頭に浮かんでくる。


 だめだだめだ。縁起でもない。私は慌てて頭の中から〈蛹〉の映像を閉め出した。しかし、恐怖が残像のように残っている。


 久斗が〈蛹〉になったら、俺たちもこの人たちみたいになっちゃうんだろうなあ。泣き続けている山下夫妻を見ながら思った。


「あの……。この施設ですが、セキュリティーはどのようにされているんでしょうか」


 そう発言したのは、山下夫妻の次に説明をした男だった。四角い顔の一重で、顔の凹凸に乏しい顔をしていた。面会者のリストに、初の参加者として記載されていたのを思い出す。


 ここへ収容されてから、最初は様々な人が面会に来るが、年を追うごとに数は減少していく。二年もすれば、誰も来ないか、決まった人しか来ないようになる。

 患者と名字が違っていたので、友人なんだろうかと思うが、三年目で初の参加というのは珍しい。

 しかも患者の容体でなく、セキュリティに関する質問だ。違和感を覚えつつも答える。


「かなり厳重ですよ。入ってきたときご覧になったかと思いますが、施設内は五メートルの壁に囲まれています。施設内外も常時監視カメラが作動して、異常があれば警官が駆けつけるよう体制が取られているんですよ。


 というのも、患者さんの体内には大量のカビ菌が含まれていて、非常に危険だからです。不埒な輩が町中で患者さんを破壊する。あるいは水源へ投棄するなんて事が起きたら大変な事態になりますからね。

 全国の中でここだけが患者さんを収容しているのも、一括で管理できるからです。皆さんがここへ来るとき警官がいたのもそんな理由からなんですよ」


「そうすると、誰かが侵入して警報が発令されると、民間の警備会社経由でなく、直接警察へ行くんですか」


「そういうことですね」


「警備員は常駐しているんですか。常駐しているとすれば、その人たちも警察官なんですかねえ」


「まあ……その辺りは公表されておりませんので私からは何とも言えません」


「了解です」


 男は微笑みながら頷いた。


「ええっと……」ちらりと資料に出ている名前を確認する。「橋山さん、もしよろしければ教えていただきたいのですが、今日面会に来られた大澤さんとはどんなご関係でしょうか」


「昔仕事上の付き合いがあってね」不意に笑みが消えて仏頂面になる。「今日はたまたま休みが取れたんで、彼の親父さんに頼んで参加させてもらったんですよ。なにか問題でもありますか」


「いえ……。大丈夫です」


 まあいい。参加者の身辺調査は警察がやっているはずだし、私が聞くのも筋違いだ。私は患者の状況を簡単に説明した。橋山は頷きながら聞いていたものの、細い目が更に細くなっている。明らかにセキュリティの話よりも興味を失っていた。


 私の他、二人の職員にもに患者の説明を手伝ってもらい、どうにか時間内で終了した。大型バスが出て行くのを見送り、大きく息を吐く。町田のトラブルは想定内だったし、おおむねうまくいったのではないかと思う。


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