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  作者: 青嶋幻
33/35

33 罠(1)

 再び歩き出す。朝に吹いていた風はほとんど感じられないほど弱まり、代わりに穏やかな日差しが降り注いでいた。この時点だけを切り取れば、ここが人を襲う危険生物がいる場所にはとても思えない。


 ようやく九キロ地点までたどり着いた。これから先は町道で、道が狭くなっていた。両脇に生い茂る木々は、キリギリスに襲われた場所よりも深く、暗かった。


「これを越えれば〈蛹〉がある集落だ。レポートでは襲われた記述はないが、これだけ暗いから、何が起きるかわからん。十分注意していこう」


 先頭を橋山、二番目が私で祐美恵、サコタと続いていく。集落までの道はおよそ五百メートル程度で、曲がりくねり、急な坂道になっていた


 薄暗い中、私たちは何かが襲ってこないか目をこらしながら歩いた。周囲は静かで、虫の鳴き声すらも聞こえてこない。それが逆に不安をかき立てる。


 カーブを曲がった先で光が見えてくる。まぶしくて目を細めた。慣れてくると、朽ち果てかけた住宅が見えてきた。とうとう集落へたどり着いたのだ。


 橋山が足を速めた。


 心臓が激しく鼓動し始め、息が荒くなっていく。たまらず、足を速めそうになった。

 背後から祐美恵がそっと腕に触れてきた。振り返る。


 冷たい表情で私を見つめながら、わずかに頷く。


 橋山との距離は徐々に開いていく。私はペースを速めない。

 橋山の姿が逆光で、暗いシルエットになる。

 その時だ。木の上から、何かがが橋山に飛びかかった。


「ああっ――」

 悲鳴が響く。


「どうした」


 サコタが叫び、私と祐美恵を追い越して走り出す。私たちはペースを崩さない。やがて逆光が解消され、状況が見えてきた。


 橋山がうつぶせに倒れ、真っ黒な物が覆い被さっていた。


 サッカーボールほどの頭に、座布団大の胴体が付いている。

 胴体より二倍以上の長さをした足が無数に出ていた。一部はがっしりと橋山の体を抱え、他は道路に着いて体を支えている。

 表面はコーデュロイのような細かな毛が生え、森の外から差し込む光を吸収していた。


 巨大なクモだった。


 橋山は立ち上がろうとしているのだろう、腕を立てて踏ん張っている。しかしクモが張り付く力の方が強く、立ち上がることは出来ない。


「うえぇぇっ……」


 悲鳴とうめき声が入り交じったような声を出したかと思うと、手足を投げ出し、痙攣させ始めた。


 よく見ると、橋山の首筋にクモが噛み付いている。

 ガラス玉のように透明感のある目が四つ二列で並び、その下にある黒光りする巨大な牙が、橋山の首に食い込んでいる。


「このバケモンが」


 サコタがショットガンの台座を振り下ろし、クモの胴を叩いた。だが、一瞬めり込んだものの、クッションのように跳ね返してしまう。


「サコタさん、拳銃を持っているでしょ。それで奴の横腹を狙って」


 うろたえた顔のサコタに対して、祐美恵は無表情で指示する。


「あ……、ああ」


 サコタは腰のホルスターから拳銃を取り出し、しゃがんで銃口をクモの横腹に向けた。


 パン、と乾いた音が響く。


「ギイィィィ」


 金属が擦れるように、耳障りな鳴き声がした。


 銃口から、どろりとした緑色の体液が吹き出て、道路を汚していった。

 サコタは薬莢が空になるまで打ち続けた。


 私はショットガンを逆手に持ち、ゴルフのスイングをするように、クモを払った。サコタも私と向かい合うようにして銃の台尻でクモを叩く。


 何度も叩き続けるうちに、クモはクモは徐々に剥がれ定期、橋山の体が見えてきた。


「大丈夫か」


 サコタは屈み、橋山に触れようとした。しかし、祐美恵が肩を掴んで制した。


「だめ、この人に触っちゃいけないわ」


「どうしてよ」


「襲ってきたのはヤツメオオグログモ。このクモは噛み付いた時点で神経毒と酵素を獲物に注入するの。毒で体を麻痺させたあと、酵素で細胞を溶かしていく。酵素は強力だから、一時間もすれば体はどろどろになっていくわ。触れば、手がやけどしたみたいに爛れるよ」


 祐美恵の言うとおり、首の傷口から、ピンク色の液体がにじみ出ていた。体組織が溶けたものだ。


「この人はもうだめ。行きましょう、セッコウオオアリが匂いを嗅ぎつけてくるわ」


 私と祐美恵は歩き出した。


 森の外へ出る。まぶしくて思わず目を細める。


「待てよ」振り向くと、サコタが私たちに銃を向けていた。「動いたら撃つ」


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