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  作者: 青嶋幻
23/35

23 D半島

 橋山が電気自動車を運転する。ミヤギが助手席に乗り込み、女二人は後部座席に座った。私と小柄なフルタは荷台へ閉じ込められる形となった。

 電気自動車が音もなく走り出す。道は舗装されていたが、所々穴が開いている。それを避けながら進んでいく。


「穴はアカトンビヤンマの糞でやられたんだよ。気をつけないと、車に直撃したら、屋根なんて簡単に溶かしちゃうよ」


「どうやって気をつけるんだよ、逃げようがないだろ」


 フルタの言葉に、いらついたサコタが反応する。


 電気自動車は港内から半島沿いに作られた県道を横切り、集落の中へ入っていく。

誰も手入れをしない町並みは、海風にやられて、全体がさび付いて見えた。風にあおられて、取れかけた看板が揺れている。中には柱が折れたのか、全体が傾いた家もあった。ここでも動物が動いている痕跡は見えない。


 家々がなくなり、いよいよ左右に木が生い茂り始めてきた。


 不意に、屋根からドンという音が響いた。一瞬で車内に緊張が走り、ミヤギとサコタが銃を構えた。私も肩に掛けていたショットガンを持ち構えるが、安全装置を解除するのを忘れ、慌ててレバーを引いた。手が震えてくる。


「うわっ」


 橋山が叫んだので、前を見る。フロントガラスに三十センチほどした黒い虫が張り付いていた。ミヤギが銃口を向ける。


「待って、そいつはクロオオバエといって害のない奴だよ。名前の通りハエの一種で、人に危害を加えるような牙はないんだ。他の肉食昆虫の重要なエサになっているんだよ。手当たり次第いろんな物を舐めて養分を取るから、こんな電気自動車にもたかってくるんだ。


 後ろの窓にもハエがたかってきた。羽を羽ばたかせながら脚をガラスに押しつけた。目の前に巨大な赤茶けた複眼が迫ってくる。悲鳴を上げそうになり、思わず口を押さえた。


 複眼の下からピンク色に濡れた長方形状のものが押し付けられた。表面が濡れており、モップで拭くように、上下左右に動き出した。透明な粘り気を帯びた液体が、ガラスへべっとりと付着した。


「すごいすごい」


 隣でフルタが目を輝かせながらその様子を凝視していた。感覚が理解できない。


「こうやって、表面についた栄養分を拭い取るんだ」


「くそっ、どっかへ行きやがれ」


 橋山がハンドルを左右に振り始めた。自動車が蛇行し、車内が揺れた。しゃがんでいた私は支えるものがなく、窓に肩を打ち付け、更にフルタがぶつかってきた。


「橋山さん、そんなことしても無駄ですよ。あいつらは自分に危害が加えられない限り、こっちへ近寄ってきます。そのうち、これがエサじゃないと認識するから勝手に離れていきますよ」


 フルタの言うとおり、しばらくすると、ハエは自動車から離れていった。橋山と私は大きく息を吐いた。


 前方に白い骨が散乱していた。背骨の全長が五十センチ程度なので、獣のたぐいだろう。表面は磨き抜かれたように白かった。


「まるで標本みたいにきれいでしょ。クロオオバエが舐めたおかげであんなにきれいになったんですよ」


「俺らもここで死んだらあんな風になっちまうんだろうなあ」


「うん、最初はセッコウオオアリがほとんどの肉を食い尽くすんです。で、残った部分をクロオオバエが舐め――」


「やめろ、想像するだろ」


 サコタが振り向き、睨み付けた。


 東の尾根から太陽が昇ってきた。まぶしくて目を細める。森の中に動きがあったので、目を凝らしてみると、正体不明の生物が、木から木へと飛んでいくのが見えた。


 橋山が車を停めた。前方で道路が崩れ去っていた。


「自動車はここまでだ。全員車から降りてくれ」


 荷室のドアを開けてもらい外へ出た。脊髄を入れるクーラーを肩に担ぎ、ショットガンの安全装置が外れているのを確認した。


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