21 到着
出航してしばらくすると、フルタの顔が明らかに蒼白になっていった。
「お前、絶対に吐くなよ」
ミヤギがベッドの端に腰掛け、睨み付けている。
橋山はトイレの場所も告げずに出て行ってしまった。こんな状況で下手に外へ出てうろつけば、トラブルにでもなりかねない。ここでのトラブルは死に直結する。
フルタは頷いたが、人の意志には限界があるのを誰もが知っている。こんな狭い部屋の中で吐かれたらたまったものではない。彼は口を押さえ、床で体を丸めてていた。時折、喉をひくつかせるたびに、全員が身構える。
「何か用はないか」
一時間ほど経過して、ようやく橋山が顔を覗かせた。
「こいつをトイレに連れてけ」
ミヤギが起き上がったフルタを、突き飛ばすようにして押しやった。
その後は大きなトラブルもなく、時は過ぎていった。椅子もなかったので、私たちは床にしゃがんで壁により掛かり、目をつぶった。眠くはないが、こうしていれば多少なりとも疲れが取れるはずだった。
不意にエンジン音が低くなった。スピードを緩めたらしい。橋山が再び現れた。段ボール箱から防毒マスクを出し、全員に配った。
「今、五時半で、D半島沖五百メートルにいる。これから夜明けと同時に港へ入って上陸する。本来は暗いうちに入りたいんだが、あまりに危険すぎるんで船長から拒否されちまったんだ」
「確かにD半島での夜間の生態はほとんど研究されたことはありませんからね。何が出てくるかわかりません」
相変わらず青い顔をしながらも、フルタが得意げに答えた。
「港へ入るときは船内放送で伝える。マスクの装着はそれからでいい」
いよいよ来てしまった。自分の行いは正しかったのだろうか。迷いが立ち現れてくるが、眠り続ける久斗に包丁を突きつける祐美恵が目に浮かぶ。これしか方法がなかったんだと言い聞かせた。
傍らでしゃがみ、目をつぶっている祐美恵を見る。相変わらずその表情からは感情を読み取れない。混沌とした感情の中に、不安が添加されていく。
「これから港内へ進入する。全員マスクを装着するように」
見知らぬ声が聞こえてきたので、私たちは黙ってマスクをはめた。いつの間にか窓の外が薄明るくなっていた。ドアが開き、橋山が顔を覗かせた。
「全員デッキに出てくれ、着岸と同時に上陸する」