【第9章‑3】隣家への使い
宗久から書状を預かった久秀は、
それを懐に入れ、門へ向かった。
土間の冷たさが足裏に残った。
草履を履くと、
朝の湿り気が底に触れた。
門を出ると、
外の空気は家の中より乾いていた。
道端の竹が風で動き、
細い葉が擦れ合う音がした。
隣家までは近い。
だが今日は、
懐の書状が歩くたびに胸のあたりで動き、
その位置が気になった。
隣家の門に着くと、
門番が久秀に気づき、
すぐに中へ入った。
ほどなくして、
隣家の主人が現れた。
年配の男で、
宗久と話す姿を久秀は何度か見たことがある。
今日は襟元がきちんと整っていた。
「……久秀殿か。」
主人の声は落ち着いていた。
目の向きが一定で、
久秀の顔をまっすぐ捉えていた。
久秀は深く頭を下げ、
懐から書状を取り出した。
「父上様より、こちらをお渡しするようにと。」
主人は両手で書状を受け取った。
封の端に視線を落とし、
そのまま短く止めた。
「確かに、承った。」
声は丁寧で、
言葉の切り方がゆっくりだった。
主人は書状を胸のあたりに軽く当て、
久秀を見た。
「宗久殿には、こちらからも、いずれ。」
言葉の間が少し長かった。
久秀はもう一度頭を下げた。
「では、これで失礼いたします。」
主人はうなずき、
書状を持ったまま屋敷の中へ戻った。
帰り道、
久秀は歩きながら、
主人の目の動き、
声の調子、
言葉の置き方を順に思い返した。
外の空気が、
家を出たときより少し乾いていた。




