【第6章‑1】 宗久の目覚め
屋敷の奥で、板が小さく鳴った。
夜の冷えが畳の隙間に残り、
空気は動かないままだった。
外で鶏が一声だけ上げた。
その音が、屋敷の中に薄く届く。
宗久は目を開けた。
布の温度が腕から離れ、
冷えがすぐに広がった。
身を起こし、衣を整える。
指先が布の端をつまむたび、
布の音が小さく立った。
襖を開けると、
次の間の空気が頬に触れた。
冷たさがゆっくり広がる。
障子の向こうが白く明るい。
障子を開けると、
外の空気が流れ込んだ。
庭の松は、朝の光がまだ弱い。
幹の下の土が暗く見えた。
宗久はその暗い部分の形を見た。
細く伸びている。
地面の上で、
暗い部分がまっすぐ続いている。
風は弱く、枝はほとんど動かない。
宗久は息を吸い、
胸の奥に冷えを入れた。
吐くとき、空気が細く揺れた。
庭の端では、
まだ誰も動いていない。
火の音が生まれる前の、
音の少ない時間だった。
台所の方から、
志乃が桶を運ぶ音が一定の間隔で聞こえた。
布が揺れる音、
水が器に当たる音。
その繰り返しで、
屋敷の朝の形が少しずつ整っていく。
だが、
奥の部屋は静かだった。
使うはずの道具が並んだまま、
手が入っていない。
棚の器も、
昨日と同じ位置にあった。
宗久は庭の中央に立ち、
松の下の黒い部分を見た。
細く、
地面に沿って長く伸びている。
松の枝がわずかに動いた。
風は弱い。
枝の先が一定の速さで戻らず、
小さく左右にずれた。
屋敷の奥で薪がはぜた。
乾いた音が一度だけ響き、
そのあと弱く続いた。
宗久は庭を離れ、
道場へ向かった。
足裏に土の冷たさが残ったままだった。




