霧島ヒノとの出会い
夜。郊外の廃マンションの屋上。
手すりの向こうは街灯の点がまばらで少なく、光が届かない部分は黒い海みたいに沈んでいる。
風が強い。コンクリの匂いと、どこか湿った鉄の匂い。遠くで車が一台だけ走り去って、音が消えたら、世界はまた静寂に戻った。
私は屋上の真ん中に立っていた。
真っ黒なセーラー服。スカートが風に持ち上がって、腿に夜気が触れる。
手のひらには――スマホサイズの銀色の塊。
その実態は、スマホくらいのサイズに圧縮した、"異界の鎌"
握ってると、私の脈に合わせて温度が変わるみたいに、じわじわと馴染んでくる。
「……よし」
息を吸って、吐く。
目の奥が熱くなる。いつもの予兆。私の中の何かが、勝手に作動しようする。
勝手に作動するのは結構ありがたい。自分の思考よりベストタイミングで適切な処理をしてくれたりもする
少し怖いが、でも……今日は、怖さより、確かめたい気持ちが勝っていた。
私はスマホサイズの銀色の塊を宙に放り投げた
鎌に“展開”を命じる。
指先をわずかに動かすだけで、銀色の塊がほどける。
恐らくはそれすら必要無いが、今はまだこの動作がしっくりくる
パキ、という音もしない。ただ、形が「戻る」。
二メートル近い柄。
薄いのに存在感が重い刃。地球の物では無いであろう素材で見たことない煌めきを見せる。
刃の部分を見ると傷一つ無い事から、これはきっと物凄く頑丈で斬れない物は無く、刃こぼれもしない特殊な神器みたいなものかもしれない。
月明かりを受けて、刃先が一瞬だけ白く光る。
鎌は頭上。
そのまま――高速回転。
ブンッ、ではない。
音が繋がっていく、さっきまで鎌の形状だったが、ひとつの“輪”になる。
月明かりを受けて輝く丸い輪は、まさに満月みたいだった。
銀色の円環。
そこに恐ろしい圧もある。
そんな細い光の輪が、私の頭上に浮かんでいる。
「……いい」
私は輪を、右へ滑らせた。
空気を裂く気配が、首筋を撫でていく。
左へ。
前へ。
後ろへ。
鎌は重力を忘れたみたいに、滑らかに移動する。
ドローンとかそう言うぎこちない動きでは無く、私自身が宙のキャンバスに筆を落とすように自由自在に動く
まるでテレビで見たバトンのチャンピオンみたいだ、回転は日にならない程に高速だが。
それといくら回しても回転は落ちない。これに関しては全然疲れないのだ
私には魔力みたいなエネルギーが多いのか?全く別の念力みたいなものがあるのか?
“手足”みたいに動く。
――いや、手足より正確かもしれない。
私の手は、こんなに遅いから
「……射程……どこまでだ」
私は屋上からはみ出て鎌を飛ばす。
距離を測る。体感で、二十。三十。四十。
「……五十」
鎌を、飛ばす。
一直線に空を切っていく。
五十メートル先の上空で、自分の手から離れそうになる感覚がしたので、鎌をそのまま旋回させ、私の上空へ戻した。
戻る速度が早すぎて、風が遅れて追いかけてきた。
髪が揺れて、まつ毛の先が冷える。
「……できる。五十は……」
目が勝手に笑う。
私、今……たぶん、調子に乗ってる。
でも、止まれない。
人が圧倒的な力を手にする快感は強いと思う。私の今の能力なんて尚更だ
私は次の命令を出す。
サイズアップ。
鎌が――大きくなる。
刃の幅が広がり、柄が伸びる。
二メートルが、三。四。五。
五メートル。
巨大な刃が、屋上の上空で輪になって回る。
銀色の満月が、もう一個ここにあるみたいだ。
高速回転さすなら、この大きさまでか......二メートルがベストだけど
もし、10メートルとかにすると意識の集中が上手くできなさそうだな。
回転せずに使うならありだけど
そして気になっていた事を、一つ試してみたくなる
以前廃マンションの公園に現れた異形に鉄パイプで念動攻撃した時、鉄パイプに瘴気の様な黒い粒子を纏わせれた
漫画やゲームで言うと、恐らく属性みたいなやつだと思う。闇属性........
なかなか難しい、どうやって付与したのだろう?
チャレンジしても鎌は何ら変わらない
「んーーー.....」
その時、私は未来が視えた。
数十秒先、使い方を覚えて喜んでる私がいる
その未来の感覚で私は属性を付与する為の思念の持ち方を理解する
そして逆算し現在で獲得する
私は、鎌に“黒”を纏わせる。
「できた!」
私は柄にもなく飛び跳ねてしまった。こういうところは結構女の子っぽいかもしれない
輪の外周に、濃い禍々しい黒い粒子の煙が滲む。
瘴気みたいな、いやな質感。
光を吸う黒。動きがあるのに、重い黒。
回転に比例して、この属性の威力もアップするみたいだ
私は屋上の隅に転がっていた割と新しそうな鉄の棒を、念動で引き寄せた。
宙に浮かせる。
鎌の輪を、接近させる
接触は、一瞬。
――スッ。
音が小さすぎて、逆に怖い。
鉄が切れる音じゃない。紙が裂ける音でもない。
“境界が消える”音に近い。
バターにナイフを入れてるみたいだ
鉄の棒が二つに割れる……
それを自分に近づけて観察する
切断面が、じわっと溶けるよう歪んでいる
そして、パイプ全体が――目に見えて脆くなってる。この一瞬でかなり風化した
表面が粉を吹いたみたいになって、指で触れると、ぱきぱきと剥がれ全体が崩れ落ちた。
「……腐食……」
黒い粒子の煙は、思念みたいに揺れている。
「なんかやばいかも.....」
自分がこんな禍々しい能力を持つことに、少し恐れを感じてきた
しかもこの異形の鎌と相性がかなり良いっぽい
私は鎌を回しながら、胸の奥のざわつきを確かめた。
怖い.....もある
でも違う、正直言うと
超絶嬉しい。
強くなった。新しい可能性。新しい世界。
「……私、強いかもしれない……」
上空で煌めきながら自由に旋回する美しい鎌を見て、そう口に出してしまった
私は悦に浸ってしまった。色々快楽はあるけど、今の全能感はとても気持ちいい
えっちな意味ではない
私は何を言っているんだ?
その時、風が変わった。
……冷たい。
さっきまでの夜風じゃない。
肌の上を滑る冷気が、急に質を変えた。
空気の粒が細かくなった感じ。肺が少し痛い。
空間が何者かに支配されたよう
何かが君臨しそうな予感
私は鎌の回転を止めずに、視線だけを動かす。
屋上の出入口――錆びた扉の前。
そこに、誰かが立っていた。
街灯の届かない屋上なのに、そこだけ“白”が浮いている。
真っ白なセーラー服。
そして、その背中辺りから――
真っ赤な大きな翼。
蝙蝠みたいに広がった翼膜が、月夜に薄く透けている。
翼の縁が微かに赤く光って美しい.......
「異形か?......」
私は静かに呟き、警戒する
息を止め、集中し目を凝らす。
ん......
人みたいに見える。制服着てるし、女の子っぽい
でも、普通じゃない。気配も羽もまるで普通とは程遠い。
見た目は人に近いが、全く異なる存在に見える
人ならば、こんな帝王みたいな気配なんてしない
彼女は一歩も動かず、ただ私を見ている。
赤い綺麗なボブの髪が風に揺れて、ピンクの瞳が、月光で宝石みたいに光る。
そして、唇がゆるく弧を描いた。
「……ふーん」
声が、やけに近い。
遠くにいるはずなのに、耳のすぐ横で囁かれたみたいに聞こえる。
ぞくっとした。変に蠱惑的な声だ
私は鎌を止めなかった。
本能が止めさせてくれない
輪の満月が、私の頭上で回り続ける。
黒い粒子が尾を引く。
霧島ヒノは、その輪を一瞥してから、私の顔を見た。
「初めまして、霧島ヒノです」
彼女は微笑む。
楽しそうに。
挨拶されてしまった.....返さねば。こんな時に律儀な自分がいる
「こ.....こんにちは、冥 シスイです」
間違えた、こんばんわだ。かっこがつかない
「こんばんはでしょ? ふふ かわいい シスイちゃんかぁ......」
「あ、うん こんばんはだね はは」
私は見た目からクールに見えるし、考え方もクール寄りではあるんだけれど
実際人と話すと数段、弱っちくなる
それはちょっと悩みなんだ。すぐ色んな人に上手をとられて、言いたい放題される時もある
彼女が近寄る。
はっきりと顔が見える
意外とかわいい.....いや、すごく可愛い。
かわいいタイプの異形か?え、なんだそれ
ヒノが一歩、屋上のコンクリを踏む。
近づいてくる気配が、肌にまとわりつく。
私は鎌を回したまま、距離を取るでもなく、ただ警戒だけを強くした。
霧島ヒノは両手を軽く上げて、降参みたいなポーズをする。
「ねえ、その鎌―― 一回おろして? 怖い怖い」
笑いながら言う。声は普通の女子高生みたいに軽い。あざとい声
「……怖いなら近づかないで」
私はぶっきらぼうに返した。
自分でも驚くくらい、可愛げがない。
だって仕方がない、恐らく異形だし、相当なレベルだし
ヒノは目を細める。
「うわ、塩対応。好き。そういうの」
「好きって言うな……」
「言う。かわいいから」
「……」
私の鎌が、ほんの一瞬だけ回転の軌道を乱した。
――やばい。今の、心が揺れた。
魅了するタイプの異形ならどうしよう?私チョロ過ぎるかも
少し誰かに褒められただけで得意げになるし、好きとか言われたらほんのちょっと好きになってしまう
ヒノが指でくるくると宙を回す仕草をする。
「はいはい、鎌おろして。屋上で満月二個はさすがに明るすぎて迷惑」
「……別に、迷惑かけてない」
「かけてる」
ヒノは強情よ?って感じで呆れた笑いを顔を見せる
「んーーー」
なんかずるい子だ。
心の隙間に入られた
ヒノはくすっと笑った。
「その顔やめなよ。強いくせに、反応が小動物」
「強い?私が?」
「うん、強い強い。さっきの腐食も、普通じゃないし」
見られてた。全部。どこから?
「……見てたの?」
私が言うと、ヒノは悪びれずに頷いた。
「見てたよ。鎌の“持ち主”との戦いからずっと。空からね。裏山の近くの小道でしょ?」
心臓が跳ねる。
あの時の、恐怖する私、苛立つ私、残酷な私
全部見られていた
「空から?」
「分かるでしょ?この羽」
ヒノは背中の真っ赤な羽を大きく広げ翼膜を月明かりに透かす
正直すごく立派だ。高貴な感じがする
跪く必要があるんじゃないかと錯覚する
「勝手にみないでよ、野次馬」
「ひど。笑 けど、あの紫のやつ、結構強かったよね」
彼女は私の言動に微塵も起こる気配なんてなく、全部理解したように穏やかに返す。
ちょっと心地いい
「あなた異形?」
「そうよ」
ヒノは、軽く言う。
まるで、映画の感想みたいに。
私は口がきつくなる。
「……じゃあ敵?私に紫の奴の復讐しに来たの?」
ヒノは笑い出す
「ちょっと勘違いしてるわね、シスイ」
名前で呼ばれた.....しかも呼び捨て......
「異形って言っても、みんなが暴れるわけでは無いし、全てがモンスターみたいなわけでは無いわよ?」
「外から来ただけで、人間より高い理性の異形は沢山いるし」
「まぁ.....そっか」
そう言われれば、そうだ。自分達が一番の保証なんて無い
「素直ね ふふ それに、紫のやつは興味無いし、そこまで知らない。」
少し冷酷さを感じたが、敵では無いような気がしてきた
「でも、その鎌は知ってるよ、この世界以外の冥府、異冥府に存在する十の武器秘宝の内の一つね」
「名はゼスパ・ヴェスペラ」
そんな、すごい物だったのか........私秘宝持ってるの?
「ゼスパ......」
「気に入ってるみたいね?お似合いよ。あなたに縁があって渡ったんじゃない?」
「でも、あの紫のやつが何故そんな秘宝を」
「笑える 簡単にいうけど、あいつかなり上級のやつよ?巨大な魔族の組織の幹部みたいな感じ」
「油断したのもあるだろうけど、あれを倒す時点で人の判定からとっくに抜けてるわシスイは。だから私と同じ」
えーーー、もう人ではないのか?私。
というか魔族の組織ってやばくね?
「魔族の組織?」
「そう、気づいた?結構やばいかもよ?当分は大丈夫だろうけど?今の内強くならなきゃね」
「あぁ.....やっちゃたかな?私?」
「やっちゃったね」
最悪だ......無茶苦茶最悪だ。やんわり非日常求めてたら、魔族の組織に追われる羽目となるとわ......
「教えてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
ヒノが一歩、また近づく。
その一歩が、なぜか“距離”だけじゃなく、私の心の逃げ道も詰めてくる。
「ね?敵ではないでしょ?だから鎌下して?ホント怖いから」
「うん、まぁそうだね。噛み付かない?」
「噛まれるの好きなの?」
変な意味に聞こえた
「ちがう!」
「ホントかわいい」
鎌の回転を落とす。
銀の輪がほどけて、刃が形を取り戻す。
黒い粒子が消え、刃の光が戻る。
私は鎌を自分の横に浮かせたまま、柄を握る位置に戻した。
「……これでいい?」
ヒノの口元が、満足そうに上がる。
「えらい。素直。好き」
「だから好きって言わないで」
「言う。言わせて」
ヒノが、急に近い距離まで来た。
歩くのが速いわけじゃないのに、気づいたら目の前にいる。
気配は尋常じゃないが、敵意みたいなのが微塵も感じられないから、まぁ警戒しなくていいか.......
どのみち私は魔族に追われて終わりだし
それでも、私は一歩下がる。
怖いのでは無く、迫りくる可愛い女の子に変に緊張してしまうからだ
でも、下がれる距離がもうない。
屋上の端が近い。
ヒノは、私の持つ鎌を覗き込むみたいにして、目をきらきらさせた。
「ねえ、これ触っていい?」
「ダメ。危ないよ」
「じゃあ、あなたの手、触っていい?」
「え」
言葉の意味が理解できなくて、私の思考が止まる。
その隙を、ヒノは当然みたいに突いてくる。
「確認」
「確認って何だよ……!」
私は反射で手を引く。
引いたのに――ヒノの指が、すっと私の指先に撫でる様に触れた。
一瞬。
触れたところから、冷たさと熱が同時に流れ込む。
鳥肌が腕を登って、背中の芯が痺れる。
「……ね?悪くないでしょ」
ヒノが耳元で小さく呟いた。
さっきまでのからかう声じゃない。
「ふぅん」
変な声がでちゃった。顔も赤いかもしれない
私は動けない。
ヒノは私の顔を見て、ふっと笑う。
さっきの小悪魔の笑いに戻る……はずだった。
でも、笑いが途中で止まった。
ヒノは私の顔をものすごく見つめだした......
彼女のピンクの瞳が、私の黄金の瞳の奥を覗くみたいに真剣になって、ほんの少しだけ揺れた。
「……シスイさ......」
「……なに」
「.......」
「かわいすぎるね.......やばい」
声が、さっきより低い。
冗談の温度じゃない。
私は想った。キスされるかもしれない。
初めてのキス。
覚悟した。
覚悟してしまった。自分がいた。
ヒノは、そこで我に返ったみたいに、ぱっと顔を逸らす。
「……ち、違う。えっと。ほら、あなたさ、反応が……その……面白いから」
誤魔化そうとしてる。
珍しい。さっきまで完全に私を転がしてたのに。
私は妙に意地悪い気分になってしまう。
返せないくせに、こういう時だけ返したくなる。
「……霧島さん、今、変だった」
ヒノがぴくっと肩を跳ねた。
「ヒノでいいよ........」
「じゃあ……ヒノ」
「……」
二人の空気はどんどんおかしくなる。二人ともが想像しなかった空気だ
ヒノが、私を見た。
からかう目じゃない。観察する目でもない。
ただの――女の子の目。
「……ねぇ」
「……なに」
気まずい沈黙。
屋上の風だけが音を立てて、遠くの街灯がちらつく。
私の手の中の鎌が、かすかに震えた。
まるで笑ってるみたいに。
ヒノが、急にいつもの調子に戻ろうとして、わざとらしく咳払いをした。
「……と、とにかく!あなた、これからどうするの?」
私は答えようとして――言葉が出ない。
“どうする”って何だ?
冷静に考えても、もう私は詰みだ。
やばい事に突っ込み過ぎた
逆にどうにかできるのか?
「私にどうにかできる自体じゃない気もするし、やれることだけやって今を生きるよ」
「くすくす 賢明ね。あまりの、諦めの受け入れの速さにツボっちゃたの。ごめんなさい」
「でもね?あなたは、何も持たず魔族の幹部を倒したじゃん。そして今能力が爆発的に伸びてると思う」
「うん」
「だから、やりようによっちゃ生きれるし、面白い世界もみれると思うよ」
「え.....ホント?」
「ホントホント、翼に誓って」
ヒノは仰々しい舞台挨拶みたいなポーズをとる
私は少し未来に光を感じた
私は鎌をスマホサイズに戻して、ヒノを見た。
「……ヒノは、何者なの?」
ヒノは笑った。
今度は、ちゃんと“いつもの小悪魔”の笑いに見える。
「秘密だよ」




