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夜の散歩


シャワーの湯が、私の白い肩を叩く。


無垢白の髪も濡れ、幽かな彩りすら滲ませてはいない。


束になった毛先が首筋をなぞり、鎖骨の上でゆっくり揺れている。


湯気の中で、私を構成する白は光そのものみたいに透けていた。


私は幽霊みたいだ。


体に流れる水滴が腕を伝い肘で溜まり、落ちていく。


その一連の動きは清潔になっていく儀式みたいに見える。


目を上げて鏡を見た。


金色の瞳が静かに光っている。


甘くない蜂蜜、廃れた黄金。そんな感じだ


シャワーを止め音が消えた瞬間、世界が冷える。




私は浴室を出た。


タオルで肌をぽんぽんと押さえる。こすりはしない。


髪を指で梳くと、水が煌めき細い糸になって落ちた。


手際よく、薄いブルーの柔らかい生地の下着上下を着けて、


洗濯したての真っ黒なセーラー服を清めた体にすっぽり嵌める。


黒は白を、より際立たせる。


白い私を、もっと白くするための道具でお気に入りだ。


私は汚れや不純が苦手だ。


無垢でありたい。


襟を整え、黒いリボンを結ぶ。


指先の動きは迷いがない。


洗面台に、報酬で買ったばかりの新しい化粧品を並べる。


密閉された新品の匂い。


まだ誰にも穢されてない私だけの物質。


下地を薄く伸ばす、誰にも見えない仮面を被るように。


眉を一本だけ足し、顔に静かな宣言を置いた。


ビューラーの金具は今の私には冷たく、ちょっといやだった。


まつげを挟み、ゆっくり持ち上げる。


ほんの少し、顔が乙女に色づいたかもしれない。


マスカラの黒で目元に影を作る。


その影の奥では、金色の瞳がいっそう澄み出した。


夜の灯りみたいだ。


最後にリップ。


ちゅっちゅっちゅ。リップは好きだ。


キャップを外す音がポンッとなり、脱衣所にやけに綺麗に響いた。


色を唇に滑らせ、口を軽く結んで馴染ませる。


鏡の中の私は、清潔で、冷たく、完成している。


真っ黒なセーラー服の上で、無垢白な髪が嬉しそうに揺れた。




――なんなのさこの白さ……私って、ちょっとかわいいんじゃないか……?




そう思うと少し気分が上がるし、出掛けるのも楽しくなる。


そして、家を後にし夜の街へ出た――




外に出た瞬間、夜の空気が頬を撫でる。冷たくてどこか甘い匂い。


マンションの外灯は均一で、影まで規格品みたいに真っすぐだった。


――スタスタ歩く。


白い髪が風に触れるたび、石鹸の香りが立つ。


自分の匂いに恋焦がれる。


少しお腹が減ってきた。


丁度ファーストフードの看板が見えてくる。


遠くからでも分かる光だ。


――自動ドアが開く。


乾いた暖気が、顔に当たる。油とソースの匂いがする。


この匂いだけは、どこの街の店でも同じだ。


シャワーの余韻を消されるようで、かなり抵抗感があった。


店内は伽藍としていた。


カウンターの向こうの店員が、こ慣れた感じで笑う。


注文して、受け取って、席に座る。


食べる前に、ぼんやり窓ガラスから見える外の虚ろを眺る。


心が少し落ち着いた。


ハンバーガーの包み紙を開けて一口かじる。


味と言うより、これを食べる安心感を求めてるのかもしれない。


まだ私は普通だと言う確認。


皆と同じ物に愛着を感じる事で得られる、同調安心。


――再度、外を見る。


ガラスに私の顔が薄く映って、その向こうにニュータウンの夜がある。


無数の家庭から発せられるイルミネーションはどこかで今日も生活が営まれている安心感がひしひしと感じられる。


これを感じて、人のまともな生活をイメージすると、いつでも正気になれる。


私は紙コップを握って、ストローを噛んだ。


甘い炭酸が口に溢れる。


うん、美味しい……


口の中が爽やかになった。


甘いものは単純な生きがいを与えてくれるからいい奴だ。


――スマホでSNSを見る。


全て自分には関係ないので、どうでも良いと感じるが、だらだら見てしまう。


無関心と言うよりは、目の前の自分の人生の方が大切と思う主義だ。


何もできないのに思い煩んだり、何の得も無いのに喜びたくないってのもある。


私はジュースの最後の一口を飲んで、ハンバーガーの包み紙を畳んだ。


ゴミ箱に捨てるから畳む必要なんてないんだが、終わりの一息の様な感じだ。




――私は外へ出た。


夜はまた冷たく静かだ。


マンションに併設する人工的な公園が見えてくる。


意味ありげなオブジェが少し不気味だ。


何を表しているのか分からない曲線に説明板もないから仕方ない。


隣には遊具がある、こんな夜にひとりぼっちの遊具。


滑り台の金属が街灯を反射して、もの悲しくて優しい光を出している。


うんうん……わかるよ。


私はポケットの中のスマホを指で撫でた。


通知が来る気配はない。




「今日はもう帰ろうかな……」




せっかく出て来たけど……


私は歩きながら、ふと思った。


何も起きないことを祈りながら、どこかで何かが起きて欲しいと思ってしまってる。


日常にも非日常にもどちらに居たいわけでも無いのだ……


自分が何を求めてるか分からない……


周りの様に、世間が良いとする事を無心で追い求めるのもいいかもしれない。


きっと楽だ。


考えて悩む必要もないし、それなりに評価されて生活も楽になるんだろう……。


でも、一回の人生がそれでいいのかと迷ってしまう。


迷ったまま時間だけが過ぎてしまう。


やっぱり、今日は帰ろう……


帰ったら、何か適当なアニメでも見て、すぐに寝よう……

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