幽明 灯の都市怪奇譚 怪人フュージョン
皆さんは、怪人フュージョンと言う都市伝説を知っているだろうか?
知るわけは無いだろう……
これは、"私の世界"に伝わる有名な都市伝説だからだ。
よくあるただの都市伝説だろう?そう思いました……?
違うんです……
ほら。
今、目の前の困り顔の女性が私に言っているじゃないですか?
電気街のメイド喫茶の中、窓際――
「幽明ちゃん……電気街のレンタルトランクルームで10人が折り重なって見つかったんだって……」
「繭みたいな"何か"に包まれて発見されたの。まるで閉じ込められている様な、あるいは守られている様な奇妙な形でね……」
目の前の女性は、外ハネでロングの黒髪をかき上げ、そのまま首に手を当て、私に喋りかける。
「……何故、ニュースになっていないのですか?」
私は、値段に味が釣り合わない無個性のアイスカフェオレを一口飲み、当然の事を聞き返した。
「極秘扱いよ、公的にね。一部の人しか知らない。幸いみんな命に別状は無かったし、腕や足を複雑骨折とかはして結構酷い状況なんだけど……」
彼女はクリアで茶色い瞳を細めて、唇を噛み締めている。
「その人たちの証言は?その人達に共通点はあるんですか?」
私は淡々と質問する。
不意に目をやった、ティースプーンに私の眼鏡と銀色の瞳がきらりと光った。
「共通点は電気街が生活圏って事ぐらいかな?それ以外は全く様々な人達よ。全員大人だけど……」
「そして……誰一人として、行方不明になった瞬間から記憶が無いみたい。
その話をしようとすると、全員が飛び跳ねる程に怖がってしまって、何一つ聞き出せないわ……あ、ひとつだけ……その内の何人かが(ひゅうじょむ)って、小さい声でたまに呟くの……」
ひゅうじょむ……ね。あれか。
飛び跳ねるってのも尋常じゃないよね……大の大人が飛び跳ねる程怖い時って、どういう状況なのかな……?
大人だけっての引っかかるし。ランダムとは違う、犯人には明確な意思がある。
意思があるなら、思考する存在……。
これは、恐らく……。
「そうですか……」
私は薄々、目の前の女刑事が何を言い出すか、見当がついていた。
「幽明ちゃん……」
ほら、来たよ。
こんな話をするなら、場所を選べばよかった。メイドやオタクっぽい人達が聞き耳立ててるし……
「はい?」
「これって……――怪人フュージョンの仕業じゃない――……?」
「……」
ビンゴ――
私は、自分の世界に深く深く張り巡らされている、知識の根っこの先にあった、その奇妙なワードを想起する……
――怪人フュージョン――
その都市伝説は、少し普通の都市伝説より奇妙なのだ。
私は、これについて過去に結構調べた事がある
まず一つ。これは単なる作り話では無く、実際の事件である。それも遙昔からの……
古くは江戸時代から既に、この事件は起きていたのだ。
その時調べた資料の巻物には、こう記されていた。今でもはっきり覚えている……
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(城下にて、怪事あり。
その名を「比幽浄無」と称す。
ある日、商人ども並びに役人ら、数十名に及び、忽然として姿を消し失せたり。
町中騒然となり、探索これを尽くすも、行方は知れず。
後に、殿の御城内、奥の一室にて、彼の者ども発見されし由。
されど、その様……ただならず。
何を問えども答えず、やがては目を見開き飛び跳ねんばかり、狂乱に陥るのみなり。
これを見聞きせし者ども、皆一様に口を噤み、ただ「比幽浄無」と囁くばかりとぞ――)
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そんな内容に、あらゆる色で塗りつぶされた、不気味な一室の絵が添えられていた。
「怪丘さん……フュージョン信じてるんですか?あと、情報どのくらい持っています?」
先程から私と話をしている、目の前の長身ですらっとした美人な女性は
(怪丘すばる)さん。
異形やオカルト関連などの超常を管轄する、政府直属の刑事だ。
以前に、別の異形の件で、呪いにかけられて危機に陥った怪丘さんを、解呪してからの仲だ。
「そうね。政府にある、怪人フュージョンのデータベースは一応全て目を通したけど、やはり事実だと思うわ。わかりやすいくらいに、定期的に同じ事件が実際に起きてるからね。400年の間、30年毎に確実に起きてるから、今で14回目くらいだったかしらね……」
へー、意外とこの人鋭い人なんだ。
客観的な評価だと、容姿端麗で聡明な類稀なる女刑事なんだろうけど、私はこの人に少しどんくさい印象を持っている。
フレンドリーで親しみやすいと言う意味でね。大雑把で慣れ慣れしいからかもしれない。
嫌いでは無い。その逆だ。
「14回の間に一度も、怪人フュージョンに近付く決定的な証拠は無かったんですかね?」
「無いわね。あらゆる当時の証拠を見るに、いつも突然事件が起こらなくなって終わりって感じ。誰もその正体を暴いて解決出来た事が無いわ」
「いつの時代も嵐が過ぎ去るの待つように、ただただやり過ごしてたっぽいわね……」
怪丘さんは、聞き耳を立てるメイドを追い払う様に、メイドの女の子にオムライス二つを頼んだ。
……
私も強制オムライス?
てか、この店内少し暑いよ。むっとしてる。
「噂によると、怪人フュージョンの新たな周期が来ると、事件が起こるその街のどこかに、狭くて不気味な狭い扉みたいなのが出現するらしくて、それを見つけて開けば、強制的にその周期は終わるらしいわ」
「不気味な扉?」
「様々な色で不快に塗りたくられてて、とんでもない異臭がするらしいわ。あと、その扉はすごく狭いらしいし、普通じゃないから一発でわかるんだって」
鼻をつまみ、首を振る怪丘さん。なんだか変なポーズだ……ちょっと面白い。
こういうお堅くない所が結構好きだ。茶目っ気があると言うか……私とは真逆で安心する。
「ふふっ それは中々開けたくないですね」
私も、同じジェスチャーをして喋ってみた。
「そうね ふふ」
怪丘さんは、少し喜んでいるみたいだ。
「怪丘さんは、その怪人フュージョンが、例のトランクルームの一件から、今回はこの電気街に出現していると考えてるんですか?あと……その正体って何だと思います?」
少し早口で言ってみた。相手の思考レベルを探る時にする私の癖だ。
「そうね、状況的に間違いないかな。膨大な過去のデータと、かなり一致するし」
「正体……って言われるとねー……あくまで私の考えで言うと……やっぱ宇宙人かな?」
宇宙人?
幽霊、呪い、異形、超能力者、未知の科学、陰謀論、儀式、救済、妖怪や祟り、その他色々……ある中で、怪丘さんは何故、宇宙人を選んだのだろう?
真っ先にその理由を聞いてみようと思ったが、先に質問された。
「幽明ちゃんは、何の仕業と思っている?」
テーブルに肘をつき、両手を組んで、そこに顎を乗せる怪丘さん。
そのまま、じーと私を見つめる。
きっと私も試されているんだな。でも……男にそれしない方がいいですよ?誤解されるから。
「……正直に言うと分からないです。ですが、これは答えが分からないと言うよりは”分からないが答え”なのです。怪人フュージョンは私達の認識外の存在であると考えています」
「認識外?」
「はい。私は五感以上の感覚が存在すると普通に思っていますし、人間が全く知らない概念の広い世界が当然にあるとも考えてます。怪人フュージョンはその世界の些細な何かだと思っています。まったくの勘ですが」
「……幽明ちゃんが言うなら、それが正解に感じちゃうわね」
怪丘さんは、呪いの解呪の一件から、無条件に私を信頼している節がある……
「でもさ、なんで他の選択肢は捨てて、それが怪人フュージョンの正体だと思ったの?」
この人やっぱ頭の回転早いな、特殊な刑事だけある――
重要な質問を即座に相手に投げかけて、矛盾を探るってのが染みついてる。
取り調べ受けてるみたいで、ちょっとやだけど。
「明確な意図を感じるんです」
「意図?」
「ただ単に、人を複数閉じ込めたいだけに感じないんですよね……」
「怪人フュージョンのフュージョンは、ご存知の通り、昔は違うニュアンスで語られていたんですが、現在ネットに伝承が広まった事で"融合"と言うニュアンスでみんなに捉えられていますよね?」
「それは、わかるわ。昔は比幽浄無だったもんね。今の英語のフュージョンは融合と言う意味で、意味合いが全く違うって事でしょ?」
怪丘さんは、ちらっと店の奥に目をやり、オムライスの状況を確認する。
「はい。でも私はこれが案外正解だと思っています。正体は不明ですが、
意図は明確に、融合を目論んでいると思います」
「融合……ちょっと不気味ね。ホラー関連の隠れたテーマとして多いわよね?」
あぁ感心する。滅茶苦茶するどいね怪丘さん。
「そうなんですよ。融合って言うのは、境界が曖昧になる現象なので、自分の常識に非常識が混じってくるので根本的な恐怖の概念なんです。
だから、ホラーではよくある裏の題材なんですよね。日本人は尚更、穢れをなどに潔癖ですし」
「そう言う事だったのねー、長年のホラーに関する疑問が一つ解けたわ。でも何故、融合を目論んでるって言えるの?」
感心した様に怪丘さんは頷いた。
「超個体です」
私ははっきりと迷わず答えた。
「超個体?」
「えぇ、私も過去の情報について調べた事があるんですが、行方不明者達が見つからない周期がありますよね?」
「あるわね数度。たまたま日本の歴史の転換点で覚えやすいから頭に残っているわ」
「そのたまたまが重要なんです。実は類稀なる才能の一人によって、その善き転換点が成されている可能性が高いのです」
「その一人とは、突如として現れたってのが大概で、深いデータは残っていないですが、多重人格であったり、様々な分野に並列して特化していたり、容姿が各パーツとても洗練されて美しかったりするらしいです」
「……正直言ってこじつけのような気もするけど、確かに日本が人外の才能で大幅に飛躍する年があるのは政府としても認識しているわ。むしろ、その様な人を"作ろう"というプロジェクトも公で進行されているしね。デザイナーズベイビーとか
はまだまだ先だけど」
デザイナーズベイビーか……超知能AIが出現した未来による、遺伝子操作での意図的な超人作成。
「それに、この怪人フュージョンによる死者は歴史上まだ一人も出ていません。見つから無かった行方不明者を除けば」
私を見て、よく知っているね、と言う風に嬉しそうに怪丘さんが微笑んだ。
「そうなのよね……この異常な都市伝説を調べるうえで、私も極稀に、犯人に"善意"を感じてしまうの。例えば、大事そうに行方不明者が繭に包まれて見つかると時もそう」
「わかります。私達の立場から見た善悪で測れない真実があるって感じですよね?被害者から見たら悪でしかありませんが」
「だから私の見解では、怪人フュージョンは精神的にも肉体的にも尋常じゃ無い程に優秀な超個体を作り、歴史を意図的に変えようとしているか……もしくは"そもそも個体と言う概念を潰す事"にチャレンジしてると思います」
「ふーん……納得。超個体にならなくても、被害者達の中には記憶が共有され才能が開花した者もいるしね、被害者同士で親しくなり結婚したって話まで何件か聞くわ」
「はい。ですから、融合と言う目的に強烈な意思を感じるんです」
久々に、猛烈に喋り過ぎた。
普段話の合う人は少ないが、怪丘さんは、私の砂を投げる様な、掴みどころの無いキャッチボールを返してくれるからだ。
私はそれが気持ち良く、さらに続けた。
「400年続いていると言う事から、愉快犯や、通常の異形、超能力者、それらは寿命の観点で候補から外れると思います。」
「陰謀論だったとして、そこまで歴史と技術がある組織が、こんな周りくどくて、密かな事はしませんしね」
怪丘さんは、私の思想にノッてきたのか、心地よい音楽のリズムをとる様に頷いて聞いている。
「そうなると、妖怪とか何かの祟り、ただただ続いているだけの幽霊の呪い、何処か別次元や異界から湧いて出た高度な科学、もしくは宇宙人がまだ候補に近いですよね……」
「その中なら、私はやっぱり宇宙人かなー」
怪丘さんは、現実主義者だな。
あと……この店やっぱ暑いよ。それに、オムライスはまだなの……
私が頼んだ訳じゃ無いけど、もうその口になっちゃてるんだよ。
「ですが、わざわざ400年続ける呪いや祟りもあまり無いと思います。だって呪う対象がいないのに続ける意味ってあまり無いですし。
かといって、異界などの存在や宇宙人なら、もっと大胆に大きく行動すると思います。こんな30年周期で局所的と言う非効率な事は、人と同じくしません」
「そうね……そう考えたら、やっぱり何者でも無いが自然よね。400年をなんとも思わない、私達とスケールの違う時間軸を生きる、もう一つ、もしくはいくつか上の何かの存在にも思えるわね……」
「もしかしたら、ただのゲームで、幽明ちゃんの様な子に、解いてもらうのを待ってるのかもね」
怪丘さんは、にっこり笑った。しかし何故かその笑顔はほんの少しだけ不気味に見えた。
ここまで来たら、ついでに教えといてあげるか……
「そして、ここで気をつけなければならない点が二つあります」
「二つ?」
その数字に、怪丘さんはオムライスを思い出し、メイドさんを呼んで、まだなのと如何にも刑事風に問い詰めている。
「ごめんごめん。お腹空いちゃって。……で、その二つって?」
「まず、一つ。この急に起こる行方不明の規模は、明確に範囲や対象が決まってません。なので、この電気街の一つの大きな町内毎全員が、突然に行方不明になってもおかしくはありません。そうなれば怪人フュージョン史でも異例ですが……」
「それに、今ここにいる私達二人に至っても、次の瞬間には狭いトランクルームにいるか、超個体になってしまっている可能性だってあります」
「……え、それって超やばくない?」
怪丘さんは衝撃を受けすぎて、若者言葉が飛び出た。
「ええ、超やばいです。自分だけでも避難して逃げるか、解決するしか選択は無いでしょう……もしくは神に祈るか」
「神に祈り、解決するわ」
善い人だ――
「二つ目。これの方もかなりやばいですが、とある異形達が、怪人フュージョンを知ってか知らずか真似をしている様で、強力な異形同士や、異界の宝物を集め、錬金術を似せた方法で超絶個体を作ろうとしています」
「……」
とうとう怪丘さんは、ついてこれなくなってきた。
殊の外、自体は深刻だと認識した表情でもある。
少し、こんがらがってもいるな……
切り替えよう。
「それで、怪丘さんは何故、宇宙人の仕業と?」
「……あ……うん。それがね、古来からこの電気街の場所で、行方不明が頻発する事が多いんだけど、それにここの町内会の土着信仰が関わってるんじゃないかってね。できれば後で、その本部の場所に一緒に行きたいんだけど……とにかく宇宙的で怪しいのよあそこは……」
「宇宙的で怪しい?」
町内会が宇宙的で怪しいとは、凄く興味深い。
「まず、歴史ある電気街の町内会にはロゴがあってね、それが宇宙人みたいな人型が二つが重なり合っているロゴなの」
あー……それは怪しいな。
「しかもね、町内会の本部にある大きなオブジェ。何故か分からないけどピラミッドみたいで……独特と言うか、異質なの」
「そういう事ですか……それは宇宙人説疑っても無理はないですね……ちなみに、その土着信仰の神様の名前は?」
「"シペイリシマゾサマ"だって」
「シペイリシマゾサマ……」
物凄く奇妙な名だ……何にも似つかない……でも聞いた事があるニュアンス。
フランス語か、異形の言葉で……
「というか、オムライス本当に遅くない?」
怪丘さんは腕を組み、子供の様にぷんすかと怒っている。
とうとう切り出したか。私も言う寸前だったが、私が頼んだわけでは無いから躊躇していた。
「ですね。明らかにトラブルがあった遅さを感じます」
「だよね。ちょっとー!店員さーん!オムライスまだー!?」
怪丘さんは大きく手を振り、メイドを呼んだ。
メイドは急いで駆け寄り怪丘さんに平謝りしている。
そして、とてもオロオロしながら、何か事情を説明し出した。
その光景は、オタク達のご褒美だったのか、やけにみんなでジロジロ見ている。
カメラまで、取り出す奴がいたので、私はギッと睨んで抑止しておいた。
「幽明ちゃん……」
「はい?」
「厨房のメイドちゃんが消えちゃったんだって」
「消えた?」
「うん。カバンや、その中のスマホも、着替えも全部置いて、急に厨房から消えたらしいの。出入口で誰もすれ違った覚えも無いらしいわ」
「すぐ、戻ってくるだろうって待ってたみたいだけど、もう、かなり経つって……」
「まさかよね?幽明ちゃん?」
あり得る……
しかしそれでは、まるで怪人フュージョンが、私達の話を聞いていて警告しているみたいじゃないか……
「あり得ますね。私達は踏み込んではいけない領域に入ってしまったのかもしれません」
「私のせいかな?こんな話するから……」
「責任は置いといて、もう逃げれそうにはありませんね……」
これは、結構厄介な展開だ。
……
「この状況、ここではどうしようも無いわね。店出ましょうか?その前に幽明ちゃんに見てもらいたい物があるんだけど」
「なんです?」
「事故現場の防犯カメラ」
結構な証拠じゃないか……
どんな状況で人がトランクルームに出現したか分かると、奴が何者か絞れるかもしれない。
「見して貰っていいですか?」
「これよ」
それは、黒く古びていて、何の変哲も無いカメラ。
しかし、何かが施された気配が少し漂う……
「なかなか、薄気味悪いですねこれ……中は見ましたか?」
「見たわ。でも……途中から真っ暗よ」
怪人フュージョンの正体は、そこにまで意識が回り操作できる存在か……
もしくは現象が強制的にそう働いたか……
「一応、念視してみますね」
私の、曇りを閉じ込めたダイヤモンドの様な銀色の瞳は、単なる飾りでは無い。
幽界、それに準ずる呪いや魔術、そこから派生するルールが視える。
この瞳のおかげで、幽界霊媒を生業と出来ている。
「ありがと。お願い」
「……!」
はー……これは……ただの異形や人が出せる術の類では無いな。
「だめですね。やはり30年周期って代償を払っているのか、かなり強固な呪いの様なモノがかけられていますね……能力や呪いは、代償が大きい程、威力が増すんです」
「それはやっぱり呪いなの?」
「んー……純粋な祟りであるような、物凄く膨大で物理的なエネルギーである様な……とても微妙な感じです。まあ、どちらも突き詰めれば手段が違うだけで、エネルギーには変わり無いと思うんですが……」
「ふーん……もしかして、怪人フュージョンが見る人によって正体が変わるのは何にもつかないって雰囲気のせいもあるかもね」
怪丘さんは、額を搔きながら続ける。
「科学者は、量子観測のバグや、それに伴う調整とも言うし、政府のお堅い重鎮は未だに大きな犯罪組織の仕業って言ってるし、町内会の御老公達は土地神様の救済だと言うし、ネット民はかなりオカルト寄りだもんねー」
怪丘さんは早口で言ってから、ため息をついて、テーブルに突っ伏せる。
見る人によって変わるか……ある意味本当に、量子力学的な波束の収束に近いのかもな……怪人フュージョンの概念自体が――
てか……やっぱ、店内暑いよ。空調切れてない?オタクの人達なんか汗すごい拭いてるじゃないか。
ん……待てよ……
町内会の御老公達は、祟りでは無く、救済と言っているのか?
「救済?祟りでは無く?普段は親切なご老人達が、被害者の出ている事件に救済と?」
「そうなのよ。あれらを薄っすらと善意のモノとして受け取っているわ。これに関しては話すより実際に行った方が実感できると思うわ。アポはもう取っているし」
「だから、そろそろ行きましょ?オムライスはもう出て来ないし……」
「ええ、少し暑いですし。もう出ましょう」
私達が会計を支払うために席を立とうとした、その瞬間だった――
バチン!!!バチンバチン!!!
店の電気は二度程、酷く輝いた後、ブレーカーが落ち、一斉に店内の照明や音楽は消えた……
メイド達は不穏続きの、この状況で、とうとう大泣きしだした。
オタク達も焦燥し、カードゲームの上にジュースをこぼしたり、恐怖で飛び上がったりしている。
まるで、店自体が呪いに睨まれている最中であるようだ。
そして……
店内の私達以外の全員がひどく怯えだし、中央に集まって、呼吸を揃え、まるで一つの塊になるみたく、くっつきだした。
その塊は、性別も容姿も年齢も関係無く、境界など一切気にするように無い雰囲気だった。
「さっさと出ましょう、怪丘さん。私達が居ては迷惑かもしれません」
「そうね、行きましょう。車はすぐそこにあるから」
そうして、私達はそそくさとメイド喫茶を出た。
私は、怪丘さんの車に揺られて移動している――
車から見える、この電気街の空気は、いつもとなんら変わりない。
大勢の人間が、ざわざわと混同し、陽の照り付ける大通りを歩いている。
主にオタクっぽい男女や、二次元を売りにした店が目立つ。
飲食店も、土産屋も、よく繫盛しているな。
そんな繁華街の道路なのに、かなり狭く、怪丘さんは運転しにくいみたいだ。
何もかもが雑多に多く、ぎっしりと密集し、深く狭いこの街。
それの血管となる交通網を怪丘さんは、さぁどけ!と言わんばかりに糸で縫うが如く運転する。
二十分後――
電気街中央に位置する、町内会本部にようやく到着した。
喧騒の、ど真ん中にあるにしては、かなり静かなこの場所。
まるで閉ざされた城だ。
周りに、富裕層が住むようなマンションや、管理され緑溢れる公園、古めいた神社があるからかもしれない。
神社には、幾分か手つかずの太古の森林が残されているのも関係しているだろう。
怪丘さんは駐車場に車を停め、私を大丈夫?とエスコートしてくれ歩きだす。
その気配を察知してか、正面入り口に、一人の老婆が既に正座している。
「幽明ちゃん。あの人はこの街の町内会会長で、名だたる企業の相談役、そしてこの地の大地主よ。気をつけてね……鋭い人だから」
「はい」
と、言いつつも私は少し面倒くさいと思っていた。
「カガメ様、お出迎えありがとうございます。お忙しい中、私達にご都合をつけて頂き誠に感謝しております」
怪丘さんはかなり畏まった雰囲気で、深々とお辞儀する。
「いえいえ、良いのですよ。そんな畏まらないで下さい。退屈しのぎになって嬉しいぐらいですわ」
「ありがとうございます。この子は幽明 灯ちゃんと言って、私など足元にも及ばぬ程の、才のある子です。どうか以後お見知りおきを」
いきなり、そんな褒められると、少し照れるよ……
「あら、まあ。かわいい子ね。とても綺麗な瞳をしているわ……不思議な瞳。あなたに似てる、懐かしい子を思い出したわ」
「あ……ありがとうございます」
緊張してどもっちゃった。
雰囲気は隙が無く侮れないが、その奥の本来は、とても優しいお祖母ちゃんという感じだ。
「まぁ顔赤くして可愛いわねー。孫にも見せたいわ。呼びますね。瑠璃ー!ちょっと瑠璃ー!お客様よー!皆さんがいる応接間までご案内してー」
カガメさんは、大きな声をあげ立ち上がろうとする。少し足が悪いみたいで転びかける。
私は咄嗟に、支えた。
「あら、ありがとうね」
カガメさんは、私の瞳をじっくり見つめニコッと笑った。怪丘さんは私が受け入れられたと思って安心して笑っている。
「はいはーい。どなたでしょうかっと」
と小走りで登場したのは、怪丘さんにも負けず劣らずのスタイルの良い、容姿に品のあるお嬢様だった。
その見た目はまるで、極限まで可愛くした、ロング髪の雛人形みたいで、しなやかな動きが特徴的だ。
バレエか日本舞踊にでも精通しているのだろう。
「ごめんねー、ありがと。おばあちゃん勝手に行っちゃうんだもん。気を付けてよね」
そう言って、私から、カガメさんを支えるのを交代し、私にチラッとウインクする。
少しドキッとする美しさだ。
しかし、何故か彼女はそのまま固まっている。
「もう瑠璃ったら、はしたないわね。お客様の前では言葉は正しなさいと何度も言っているでしょう?」
「はいはーい。気をつけますであります!でも、この方が殿方を丸め込むには都合が良いのよ?お祖母ちゃん。で……あなた名前は?」
「まぁなんて子!!!」
お祖母ちゃんは、孫の醜態に悲壮な顔をする。
「私は、幽明 灯です」
「――!!!!!!」
その瞬間、この瑠璃と言う人は顔色をみるみる変えて、私以外、他は全てどうでも良いと言う様に、私の顔をジロジロと隈なく観察し出した。
怪丘さんも何の事やらと言う顔だ。
「あなた……もしかして、親戚にナズナさんっている?幽明ナズナ?」
「あ、はい。従姉妹です」
「うっそーーー!!!運命過ぎる!!!私、ナズナちゃんの同級生で、し・か・も親友なのよ!!!親友以上!!!なんちゃって。キャハッ」
へー意外だ。あの何にも分類されない、孤立の極み、みたいな人に親友が居たんだ。
興味は無いけれど……
「うんうん。ナズナちゃんの面影あるわ。超可愛い。もう連れて帰りたいぐらい」
それは、友情と言うか、狂気の愛情に近い気もする発言だった。心なしかボディタッチも多い。
「これ、瑠璃!度が過ぎますよ」
「はーい、ごめんなさーい。じゃっ今から真面目に案内するわ。急にごめんね灯ちゃん、あまりに嬉しかったもんだから。あっ!すばるちゃんもおっひさー」
「瑠璃さんお久しぶりです。本日はお忙しい中、恐れ入ります」
「堅い堅い!すばるちゃんと私の仲じゃない?じゃあーレッツゴー!」
「ほんとこの子ったら……」
カガメさんは、情けないと言う感じで顔を手で覆った。
応接間――
私と怪丘さんは、案内されるがまま、町内会の集まり所にしては大きすぎる建物の中を歩き回り、ようやく応接間に辿り着いた。
その際、中央に中庭があり、怪丘さんの言っていた例のピラミッドオブジェがどんっと大きく建てられていた。
あそこからは変な気配を感じた……重要な手がかりがあるかもしれない。
そして、応接間の扉が開かれる――
そこには……
40年、50年と、この電気街を支えてきた、御老公達が20名ほど待っていた。
その人達が一斉にこちらを向く……
一瞬、ほんの一瞬だけ、私はその全員が若かりし頃の姿で見えた。
私と怪丘さんは案内された、席に向かう。
その時――
怪丘さんが大きな声をあげだした。
「怪丘すばると申します。本日は、皆様大変お忙しい中、私共の様な若輩者のお話にお付き合い頂く機会を設けて下さり、心より感謝しております。是非、何も知らぬ私共に、忌憚なくご教授して頂く事をお願い申し上げます。こちらはつまらぬ物で御座いますが、皆さまでお召し上がり頂ければ幸いでございます」
一瞬で空気が変わった。
事前に、私達が"シペイリシマゾサマ"について聞きに来る事を知っていたのか、
全員が、余所者を排他する様な眼で見ていたのだが、怪丘さんの敵ではないという宣言ともとれる挨拶のおかげで、私達は新しい若手の仲間のである様な、穏やかな視線を多数向けられている。
「皆さん、そういう事で御座います。こちらの二人は先日の事件を調査して下さり、
この電気街の平安を願う若者達です。どうかお手柔らかに」
カガメさんが、御老公達に一礼すると、皆、恐縮と言わんばかりに、礼を返した。
私と怪丘さんは着席する――
瑠璃さんは、この件に全く興味が無く、私の顔ばかりを見てはウキウキして、お茶出しをしている。
従姉妹とは親友以上の仲らしいが一体どんな関係だったのだろう。
「では、二人共。聞きたい事はなんでも聞いてください」
カガメさんは優しく微笑んだ。
怪丘さんは、穏やかにありがとうございますと返し、何から質問するか考えている……
私は、早くこの緊張の場から去りたいので直球で話を進める。
「幽明 灯と申します。失礼ながら、直球で話させて頂きます。皆様にとって"シペイリシマゾサマ"とはどのようなお方なのですか?また先日のトランクルームの事件についてはどう思われますか」
余りに突然だったのだろう。
先程まで、シャイだった私が、こんなにド直球に皆が口を伏せる事を聞いたので全員が圧倒されている。
皆がざわついた後、
一人の、老婆が答え出した。
「"シペイリシマゾサマ"は私達の救いよ。今、ここやこの時代が平安なのも、その救いがあるからだわ。きっと」
次に老爺が答える。
「確かにそうじゃが……"シペイリシマゾサマ”は恐ろしい一面もあるぞ?……我らはその一面が現れぬ様に、皆でずっと協力していたんじゃ」
協力?
「協力とは?どの様な?」
怪丘さんナイス質問。
同じ老爺が答える。
「神社に祈るのじゃ……他となんら変わらん」
つまり、この人達は、案外普通に日本古来の信仰を本体に持っているんだ。
"シペイリシマゾサマ"の脅威をなるべく抑える為に、神様に祈っているのだから。
「ありがとうございます。皆様が普段祈っている神社とはこの本部の隣の社ですかね?」
怪丘さんは尋ねる。
みんながうんうんと頷く。
そこで、一人の窓際に座る老婆が寂しそうに呟く
「そうでもしないとね、私の旦那のようになっちゃうからね……いくら、救済が起こっても私は30年前から、心にぽっかり穴が開いてしまってるわ……こんな想い誰にもさせたくないの」
みんながその想いに賛同して頷いている。
空気的にどこか、救済と言わないと祟られると言う風な風潮を感じる。
「皆様は、その救済や奇跡を目の当たりにしましたか?」
私は結構踏み込んでみた。
一人の老爺が宙を見て語り出す。
「あれは30年前くらいかのー、"比幽浄無"が起きて、少し経った頃か?
少し暗い時代で、この街はかなり荒んどった。カネも覇気も無い街になっとった。
そんな時、両目の色の違う、色の白い、男か女かわからん奴が忽然とこの街に現れよった……最初はみんな気味悪がっとったが、あいつは恐ろしく頭の良い奴でのぅ、言う通りにすると皆の全てが成功したわ……」
「おった。おった」
他の老爺が頷く。
「いましたわねー」
老婆達も、全員覚えているみたいだ。
カガメさんに目をやる。
ほんの少し瞳に涙を貯めている……
「で……その方は?」
怪丘さんは、ホームズの様に両手を合わせ顎につけて尋ねる。
「消えたのー。ふっと消えた。随分ワシらとは親しかったんじゃが、気づけば何の痕跡も無く居なくなったわ……」
語り出した老人は寂しそうな表情でそう締め括った。
「皆様は、その方が"シペイリシマゾサマ"とは思っていないのですか?」
怪丘さんが尋ねる。
「違います。あれは"シペイリシマゾサマ"の見せた奇跡であり、それそのものではありません」
カガメさんはきっぱりと言う。
「私は、今でもあの方のいなくなる前の言葉を思い出します」
カガメさんが遠くを見つめてそう言い出した……
「それは……?」
私はそう訊ねた。
「恐れず進みなさいと、あなたは私だから……あなたにもできるよ。……と」
ん……どういう事だ?カガメさんが、例のその人?何かの比喩か……?
次の瞬間、私も言われた、ワシも言われたと……ほぼ全員が声をあげ出した。
その反応は少し歪で、さっきまで普通だったみんなの目がギラギラしている。
その気配を感じ取った、怪丘さんはカガメさんに言う。
「そうで御座いましたか。皆様の"シペイリシマゾサマ"のお気持ちは良く存じ上げました。皆様、この電気街を長年支えてきて下さり、誠にありがとうございます。
私達は少し角度を変えて調査する為、この近辺や神社を見て回りたいので、少しこの場を離れさせて頂きます。もしかすると、そのまま帰宅するかもしれませんが、皆様は、この良い日を、甘いお茶菓子と共に、ごゆっくり談話を楽しみながらお過ごし下さいませ」
上手く逃げ切ったね、怪丘さん。嫌みが一切ない、逃亡だ。
「カガメ様、本日は大変光栄な計らい感謝しております。もしよろしければ、彼女が中庭のオブジェを見たいと言っているのですが、良いですか?」
「ええ、あんなものならいくらでもどうぞ……瑠璃に案内させます。私は足が悪いのでね……」
「ありがとうございます、お大事になさってくださいカガメ様」
私はカガメさんに一礼する。
「二人共気をつけてね……」
カガメさんは虚ろで、まるでまだ30年前の想起した記憶を見ているみたいだった。
私達は瑠璃さんに連れられて、綺麗に掃除された廊下を歩く。
陽ざしが反射して床が輝く程に綺麗だ。
「この屋敷すごいでしょ?」
「確かに……これは会費ではどうにもならなさそうですね。花芽家のポケットマネーですか?」
怪丘さんは瑠璃さんに質問する。
「ピンポーン。お祖母ちゃんの計らいでね。お父様が別荘がいらなくなったと言って売却したの。そのお金で無人島を買おうとしたから、お祖母ちゃんがそんな事に使うなら、町内会の建物を新しく建てろってお灸を添えたの。だから町内会の今の支部が昔は本部だったのよ」
なんと、気前の良い話だ。
「ここには、パニックルームまであるのよ?すごいでしょ?」
パニックルームとは、自宅に暴漢が来たり、災害が来た時に避難する、災害避難室だ。
こんな色んな欲望渦巻く街の中心に、手薄な豪邸があれば、的になりやすいからだろうな。
「どこにあるんですか?」
瑠璃さんは、すぐベタベタしてくるのであまり話したく無かったが、つい興味が前に出て聞いてしまった。
「ひ・み・つ。見つけたらご褒美あげる」
そう言って、綺麗な唇を私の耳元までくっつけて物ありげに囁いてきた。
怪丘さんは、何故か少し羨ましそうな顔をする。
「ご褒美はいりませんが、見つけさせてもらいます」
「ナズナちゃんに似ず、はっきりしてるね。また違う雰囲気でカワイイけどッ」
陽気な人だ。私の従姉妹とは正反対みたいな人。
そして、中庭に出た――
ここには異様な空気が漂っている。
長年の信仰のせいか?
実は人や異形の幽体がちらほら、彷徨っていもいる。
私だけが視えているが……
それらは、何をするでも無く、この庭園をうろついている。
「このオブジェ凄いでしょ?アーティスティックよねー……作る時、ナズナちゃんにも手伝って貰ったの、勿論、私も頑張ったけど。愛の合作ってやつ。キャハッ。その分お金もかかっちゃったんだけどねー。お小遣い吹き飛んだわ。トホホ。あーあ、ゴールドが勘単に作れたらいいのにね」
そう言って、瑠璃さんは私に意味ありげにウインクした。
これを作って、お小遣いが吹き飛ぶだけで済むなら、ゴールドなんて作る必要無いと思うけどな。
贅沢だよ、錬金術の前に節約しなよ。
「どうぞ、好きに見ちゃって。見終わったら声掛けてねー」
そう言って、何処かに行ってしまった。お茶出しの続きでもあるのだろう。ひょうきんだが、育ちの良さが滲み出ている。
「どう?幽明ちゃん?」
私はそれを見あげる。
中庭の地面は、綺麗な花壇や、芝生でほとんど埋め尽くされているが、中央のオブジェ付近のみ、パズルの様なタイル張りだ。
そこに円錐の石柱があり、その上に、厳密にはピラミッドではないが、似た形の金色のオブジェがある。
しかし、表面は金一色では無く、継ぎ目事に金をベースにしているが鮮やかに色が変わっている、まるでこれもパズルの様だ。
黒、白、青、赤、緑、黄色。これは何かを意図している配色だ……
私は手を伸ばした……
しかし――
「触っちゃだめ幽明ちゃん、窓から見られているわ」
怪丘さんの言葉にハッとする。
そうだ、これは軽々しく触っていいモノではなかったんだ。
「すみません……ありがとうございます」
でも、確かにこれから違和感がするんだよな……
「いえ、いいのよ。色々つき合わせちゃってごめんね……」
「大丈夫です」
「それで、もしかしてなんか分かったの?」
「核心に至る所は……」
「そう……仕方ないね……じゃあ、ここは少し居づらいし、そろそろ行こっか?少しだけ隣の神社にお参りしよ?複雑な事は一旦捨てて、シンプルに私達の守り神に祈りましょ」
全くだ。一旦クリアになり、大きな存在に委ねよう……
私達は瑠璃さんを呼びに行き、もう行く事を伝えると、瑠璃さんは
えーもう行っちゃうの?と少し駄々をこねた。
もっと、私達と普通の話を沢山したかったと言っていた。
帰りの玄関口、瑠璃さん名残惜しそうに、
「でも、二人共忙しいもんね。仕方ないか」
そう言って、大きく腕を伸ばし、広げる。
私と怪丘さんは困惑した。ハグしろって事かな……?と。
しぶしぶ流れに乗り、私は瑠璃さんとハグした。
「困った時は、いつでもおいでね。待ってるよ」
「はい」
意外だった。
面倒だと思いつつも瑠璃さんとハグすると、とてもいい匂いがするし、心からの抱擁と優しい声に、私は不気味なモノへ迫る未知の恐怖が、一気に現実の安らぎにシフトされた。
ちょっとこの人好きだ。従姉妹が友達な理由がわかる……
そのまま瑠璃さんと別れ、カガメさんと御老公達に軽く挨拶をし、私達は
徒歩で隣にある神社へ向かった。
森林に囲まれた、急な階段が20メートル程続く。
私と怪丘さんは、ひぃひぃと言いながら二人で駆け上がる。
「お互い体力無いね」
怪丘さんが、少し笑いながら言った。
「はい、運動しなきゃとは思ってるんですがね」
「一緒にナイトプールでも行く?」
「却下です」
「ごめんごめん、気を引き締めます!」
「そうして下さい。神社ですから」
私達は階段を登り切った。
すると目の前に、朱色に塗られた巨大な鳥居が現れる。
私と怪丘さんは一礼をし、鳥居をくぐる。
そして、御神水で手と口を流し、禊をする。
本殿までの石畳をザクザクと歩く。
「落ち着いたところね……」
確かに……頭の邪念が消え、何かに守護された様な安心感がある場所だ。
「えぇ……御老公達ではないですが、私は下手な救済より、こっちの方が全然好きですね……極自然な救済とでもいいますか、しっくり来ます」
私は素直な気持ちを言う。
「同じね。やはり、どんな理由があれ、背景に人が苦しむ事は許容出来ないし……」
怪丘さんも素直な意見を言う。
お互いの価値観を神社で薄っすら探り合いながら本殿の目の前に立つ。
私と怪丘さんは、お参りの礼節を守り、賽銭を入れ、少し祈った後、深々とお辞儀をした。
私達は、お互いすっきりした顔で見つめ合う。
「なるようにしかならないわね、今日は疲れたし、帰りましょうか?送るわ」
「ありがとう御座います。少し疲れましたね。ちなみになんですが明日はどうですか?電気街で今日の情報を元に怪人フュージョンの扉探しません?」
「えぇ、勿論よ。協力してくれてありがとうね」
そう言って、怪丘さんは腕を伸ばし広げる。
「それは、却下です。こう見えてガード堅いんですから」
「あら、私がハグ拒まれたの初めてよ?逆に燃えるわね ふふ」
そう言って私達は、笑い合った。
神社では何も起こらなかったのだが、確かに良い意味があった気がする……
そして私達は、程なく帰宅し、その日を終えた。――
疲れてたのか、シャワーを浴びて、夕食を食べ、雑務をこなした後、気絶する様に眠りに落ち、気が付けば翌朝10時だった――
二日目――
本日は、移動範囲も大きいので、二人共車を出して、昨日のメイド喫茶付近に集合する事にした。
私は、パーキングに車を停めて、待ち合わせ近くの電柱にもたれかかる。
私が制服のポケットに手を突っ込んで空を眺めていると、ガラの悪そうな男二人が話しかけてきた。
「え?暇してんの?てか俺等の事誘ってる?」
「キャハハ」
「つか、バカ美人じゃん君?一緒に楽しもうよ」
「フハハ」
「あー……はは、美人とは、ありがとうございます。ですが……私に下心や悪意を向けて話しかけると呪われるかもしれませんよ?」
「超面白いじゃん。俺っち達、全然平気だから。どんどん呪っちゃって」
「キャハハハ、俺ら最強だぜ」
あーあ。可哀想に。
その瞬間、男二人は"透明な何か"に足を激しく払われ、地面に激突し呻き叫ぶ。
「いっでぇぇぇぇ!!!!!」
「ウギャーーー!!!!!」
そして、男たちの両手が見る見る変形し、タコの触手の様に伸びてウネウネと勝手に動いた。
「ほらね」
そう言ったが、男達は半狂乱で道端で藻掻いてるだけだった。
その時、空間から声が聞こえる――
(たまには、呼び出してくださいよ、アカリサマ)
「いいよ、お前出てきたら面倒だし、あと勝手にこんなことすんな。それと私の生活覗き見してたらお前呪うからな?ルオク」
(コワッ。せっかく、宇宙人の呪いpart2を披露してあげたのにアカリサマはホントにノリが悪い。私とて命が惜しいですから、そんな真似しませんよーだ)
「はぁ……なんで数ある中からお前を使役したんだろうな?」
(こっちのセリフです!失敬な。私だって元は異界の王子だったんですからね。ぷんぷん。あまり酷い事ばっか言ってますと、お風呂覗きますからね!)
「お前、呪うの決定な。言い残す言葉は?」
(ひぃ!お許しを!誠心誠意一生アカリサマにお仕えしまーす!でわ!グッバーイ!次回は火星人の呪いビギニングを披露しまーす!でわ!)
はぁ、面倒な奴。
どうするんだよ、警察でも来たら。
って、警察と待ち合わせしてるんだった……
向こうから、怪丘さんが走って来る――
「幽明ちゃんお待たせ―。ってナニコレ!?尋常じゃ無いんですけど?」
「あー、なんかナンパしてきて、美人って褒めてくれた後、勝手に倒れて、手が変になりました」
「そう……まぁいいわ。行きましょ」
いいのかよ!
「いいんですか?」
「あー大丈夫大丈夫。警察に任せましょ?」
あんたが警察だ。警察ジョークか?
「それより、誰と話してたの?」
全部見られてた臭いな……
「独り言推理ですよ」
「よくやるわ。それ」
そう言って、怪丘さんは手をウネウネとして自分を指さす。
鋭いのか、鈍感なのか本当分かんないなこの人。
「とりあえず、歩きながら作戦立てましょ。天気良いし、街を見つつね」
「そうですね、こんな大きな繁華街、地下を含めて全部の扉を闇雲に探すのはまず不可能ですから」
「そうそう。それに関して良い案ある?」
私達は、電気街の駅前の横断歩道を歩く。
「やはり、この街にずっと居て、色んな人と接触する人達に聞くのが一番じゃないですか?違和感には速攻気づくだろうし、噂を耳にするのも早いし。あと、怪人フュージョン目線で考えて、どこに本拠地を構えるかを考えるのもいいかと」
「さっすがー!なんだか見つけれそうだわ。でもさ……思ってたんだけど」
怪丘さんが急に暗くなる。
「その扉開けた人はどうなるのかな……?」
「それに関しては、全く見当がつきません。怪丘さんは開けたくないですか?」
「本心で言えばね……でもそうも言ってられないわ……」
「何故ならね……実は今日も、集団で見つかったの折り重なった人達が……」
――
「本当ですか!?もしかして昨日のメイド喫茶の子も?」
「うん、現場にメイド服着ている子いたから、多分消えた子だ思う……」
「そのメイドちゃんも含めて30人が全く同じ状況で、閑静な住宅街のガレージから見つかったわ。おかげで、朝4時から呼び出されてたんだけどね」
恐らく、気を使って私に連絡してこなかったんだろうな。
「人数、増えましたね」
「えぇ三倍にね。まだまだ、怪人フュージョンの周期があるのなら、早く解決しないと、取り返しのつかない事態になるわ」
「ですね」
「上司も、政府から結構言われてるらしく、結構な問題よ」
「……」
怪丘さんは、私に対して罪悪感を感じたのか、
「勿論。幽明ちゃんはこれに付き合う義務は無いんだから、怖かったら本当に降りていいのよ?あなたの方が私より遙に、こういう世界に慣れているは知っているけど、大人ぶって言わせてもらえば、あなたは子供なんだから……無理に怖い思いしなくていいの」
「ありがとうございます。そう言う気分になったらそうさせてもらいます」
「ええ、それがいいわ……後ね、いつ辞めても、今までの相談料は勿論予算から払うし、全て解決した暁には、私が誰にも中抜きさせずに、予算丸々、幽明ちゃんに流すように上に直談判するから」
「ほんとですか!?」
「ホントもホント。400年未解決だった事件を解決、もしくは食い止めるなんて人類の偉業だもの」
「私頑張ります ふふ」
「現金ね、そんな所も可愛いわよ」
そう言って、怪丘さんは私の肩にちょっと寄り添って来た。
私達は雲一つ無い晴れ間の中、あらゆる人でごった煮になった電気街を歩く。
店を観察し、人を観察し、路地を扉を観察しながら歩く。
「とりあえず、一旦地上から回りましょうか?あてはある?」
「私が怪人フュージョンなら、簡単に見つかる所にはしないけど、象徴的な場所を選びますかね」
「ふんふん。例えば……?」
「精密機器のジャンクショップ付近だとか……あの辺は如何にも電気街らしいですし、詳しい人もいるでしょうし、色んな情報集まってきそうですかね」
「いいわね!行きましょう」
私達は、念の為オタクロードを観察しながら練り歩き、少し落ち着いた、昔ながらの
ジャンクショップ通りへ向かった。
大手のゲームショップや家電量販店に圧倒されてか、少し暗い雰囲気の店がずらっと並んでいる。
店前には中古のモニターやGPU、キーボード、無線機、USBメモリがセール価格で所狭しと並んでいる。
怪丘さんはその通りを、長身を生かした大きな歩幅で、ぬるぬる歩く。
「ここにしましょ!?」
そう言って怪丘さんは、いきなり一つの店舗へズカズカと入って行った。
あぁ、そういう事か。
店主のお爺さんは、昨日の町内会の本部にいた人だ。
怪丘さんは物怖じせず、昨日の挨拶やら、世間話やらを色々話し込みだした。
私に目線を向け、こっちは任せて自由に見ててと言う感じだ。
お言葉に甘えよう。気を遣う相手と喋るのはあまり好きじゃないんだ。
私は、ジャンクモニターばかりが並ぶ、入り口のショーケース前に立つ。
意味も無く、じーっと、順番に眺める。
なんとなく引き付けられ見ていた。
当たり前だが、全てコンセントが抜けてて、機械の命である、電力の息吹は1mmだって入っていない。
私は、その真っ暗な画面達に映る、もう一つの反射した世界を見つめる。
まるで、電源が入って無くてもデジタルの世界みたいだ。
……
その時だった――
急に、うつらうつらとしてきた。
寝不足かな?
周りに人気も無くなってきた……
……
あれ、モニターが光っている。
んっ!?――
おかしい――
夢ではないはず。怪丘さんもまだあっちで喋っている。
……
その時だった――
全てのモニターが緑に光り、言葉表示される
……
(フュージョンこそ人の本当の姿)
……
――ッッ!!!!!!
……ちゃん!!!……ちゃん!!!……幽明ちゃん!!!
私は肩を揺さぶられている。
「どうしたのっ!?大丈夫、幽明ちゃんっ!?」
「あ……あぁ怪丘さん……大丈夫です。なんだか急に眠たくなって、座ってたらつい」
「そうよ!急に座り込んで、眠り出すからビックリしちゃったじゃない。本当に大丈夫?」
「えぇ、ちょっと夜更かしのし過ぎですかね へへ」
今の出来事は内緒にしておこう……
「それならいいけど……本当に無理しちゃ駄目だからね?」
「はい。ありがとうございます」
怪丘さんは本気で心配したみたいだ。いつもの困り顔がさらに、困っている。
「で、何か良い情報聞けました?扉に関して」
「ええ……それが、全く何の異常も無いんですって。噂も知る限りでは流れていないと言ってたわ」
「そうですか……実は昨日、自作のAIデバイスでこの地域の人が、"扉"に関して発信してないか色々検索してみたんですが、ヒットは0件でした。かなり深層まで情報掻き出せるんですが……それで、ネット外の情報を探ろうと思って今日……」
「そういう事だったのね。でも、まだ一件じゃない?こんなの失敗の内に入らないわ。どんどん行きましょ」
ポジティブな人だな。やはり警官は聞き込みに関してストイックだ。
「えぇ、それしか手がかりを探る方法が無いですしね」
そうして私達、近辺にあるジャンクショップを次々と回った。
しかし……望みの成果は得られなかった。
そもそも、怪人フュージョンの存在を知らない人にとって、扉と言われても
なかなかピンとこないだろう。
これじゃ、埒があかない。
その後も、ジャンクショップに限らず、大型の家電量販店の受付嬢や、駅中の百貨店の店長、街に精通しているコンカフェの店員など、この街のパーツの代表となる人間達に話を聞いたが、全くかすりもしなかった。
体力だけが減っていく。足も痛い。
私達はいつの間にか地下に降り、巨大なもう一つの電気街を彷徨っていた。
近隣のメトロ同士を繋ぐ広大な地下。
閉ざされた空間に大勢がひしめきあい、移動や、買い物に勤しんでいる。
「これはなかなか骨が折れる作業ね」
「はい、すみません。少し甘く見ていました。よく考えれば、あの怪人フュージョンが簡単に見つかるような事しないですよね。さすが400年逃げ切った事だけはある」
ん……待てよ。
でも、その扉があるって情報があるのは、見つけた人はそれを後世に伝えれたんだ……
つまり、扉を開けてもなんともなかった。
すごく単純な事を見逃している気がするな……
……
いや、待て待て……
そもそも扉があるなんて本当である確証も無い。
でも、怪丘さんの言いようじゃ周期が強制的に終わった都市があるらしいし。
「怪丘さん、過去のデータから扉が見つかった報告と、その周期が強制的に終わったってデータは確かにあるんですか?」
「あるわ、間違いなく。周期の短縮は実際に起きていたわ。でも、扉が見つかったってのは実は表現的には無くて、偶然出くわした、ってのが確かなニュアンスね」
それだ――
繋がった――
その偶然は偶然じゃ無い。
そして、私が単に偶然出くわした事件でも無い。
神はサイコロを振らないんだ。
縁によって、私が導かれた事件。
扉は見つけるのではなく、私が様々な条件を揃えて、出現させるべきなのだ。
直感がヒリヒリ痺れている。
鼓動が正解と反応する様にドクンドクンと脈打っている。
私の為の事件だった……
それを、理解してた人が過去にいないから誰も解決出来なかったんだ。
答えは己にありか……
扉のありかが、ほぼ特定出来た――
これは、怪丘さんに言うべきか……
「ねぇ、幽明ちゃん。一旦休憩しましょ。私ラーメン奢ってあげるから」
そう言って怪丘さんは私の手を引き、地下街の老舗のラーメン店に入って行った。
私は、頭の中で全てが繋がり、なんだかスッキリし、ハイにもなり、突然空腹に見舞われた。
熱々の濃いめのラーメンをずるずると貪り、炒飯を胃にかき込み、水をグビグビ飲んだ。。
怪丘さんは一体何事!?と言うように呆気にとられてたが、元気そうだから、まっいっかと言う顔になり、私と同じくラーメンを鬼のように貪った。
私達の胃は、たらふくに満たされ、店から出て地下街をのらりくらり歩き出す――
「はあー食べた食べた。美味しかったね。でも意外、幽明ちゃん結構いける口だったんだね」
「ご馳走様です。……はい。恥ずかしながら」
「そんな事無いよー、ふふ。出来れば何の問題も起こらず、こんな幸せな時間がずっと続いてと願いたいわ」
怪丘さんは幸せそうに喋る。
……決めた。
この人に扉の場所を言うのは止めよう。呼ばれてない人が行くと、何が起こるから分からないからな。それに、危ない目に合せたく無い……
私は、恐怖より探求が勝ってしまっているので、もう手遅れみたいだ……
「どうかした?幽明ちゃん」
「いいえ、なんでも……」
「何か合ったら言ってね」
「はい」
「あ!!!」
「なんですか?」
「占いやってるじゃん」
そこには、顔まで全てローブを被った老婆がひっそり、水晶を机に置き座っていた。
すごい、あの人ホンモノだ――
私の眼がそう言ってる。
「行こうよ、幽明ちゃん」
「そうですね……たまにはこうゆうのに頼るのもいいかもですね」
私からすれば、同業者なのだが。
「すみませーん。この子占ってくださーい!」
「え、私ですか?」
「他に誰がいるのー ふふ」
老婆は、何も言わず私をじっと見る。
怪丘さんは軽々しく頼んだのだが、その雰囲気に圧倒されてしまっている。
そして――
老婆が、たった二つの事を述べる。
「そうねー……友達に頼りなさい」
「それと……求めるモノは既に通り過ぎたわね」
ビンゴ――
「んーーーどう言う意味だろ?」
怪丘さんはちんぷんかんぷんだ。
私はこの助言で、怪人フュージョンの正体意外全てが解けた。
「お婆さん、ありがとうございます」
私は、財布から一万円を出し、そっと机に置き立ち上がった。
「すごい奮発じゃない!?何か分かったの!?」
「えぇ、少しね。これは足りないぐらいの対価ですよ」
老婆は薄っすら笑いながら言った。
「毎度あり……」
そして私達は地下から上がり、地上へ出る。
怪丘さんは、終始聞きたそうにしていたが、私は喋らなかった。
残念だが、これ以上進むのは、怪丘さんにとっては危険極まり無いのだ。
そのまま、自分の車の方角へ向かっていく。
「ねぇ、どうしたの?幽明ちゃん?秘密は無しよ。何か分かったのなら教えてよ、連れないじゃない?」
私は、おもむろに立ち止まり、振り返りって怪丘さんを見つめる。
「逆です。これからも連れ会いたいのだから、あなたにこの先は喋れません」
「……」
怪丘さんは口をつぐんで、少し悲しそうな顔をしている。
「……」
「幽明ちゃん……一人で危険な事しようとしてるでしょ?」
「えぇ……少しだけ」
「ダメよ!!!絶対ダメ!!!許さないんだから」
「すみません……でも、このまま放って置いたら、どうなるか怪丘さんならわかりますよね?」
「……わかるけど……でも、あなたじゃなくたって」
「いいえ、今回の周期で、解決できる縁を持つのは私だけです。他の人は答えに出会えません」
「……そう言う意味じゃ無いの。怖いのよ……あなたがどうにかなっちゃうかもしれない事が」
「怪丘さん、私が無策で飛び込むと思いますか?この現金主義で、400年で初めて怪人フュージョンの謎の解決にリーチをかけている人間ですよ?」
「大きく出たわね……幽明ちゃん……ふふ」
怪丘さんはいくら言っても仕方が無いと言う風に、呆れた顔で笑い、腕を伸ばし広げた。
私は迷わずそこに飛び込んだ――
「絶対帰ってきてね、これからも一緒に事件追ったり、ご飯食べたりしましょ?私実は、あなたの事大好きなの。お姉ちゃんみたいにね」
「うん。ありがと。きっと戻るから、すばるさん」
「えぇ、灯ちゃん約束よ」
私達は強く抱擁し合った。この温もりを覚えている限り、どんな扉を開こうと戻ってこれるだろう……そんな気がする。
そして私は、すばるさんから離れ、駆け足で車に向かい大声で叫ぶ――
「すばるさーん!私の事、しっかり覚えておいて下さいね」
「不穏な事言わないでー!ちゃんと胸に刻むから、あなたって存在を!また会いたいって神様に願っておくから」
私は笑って車に乗り込んだ。
車の発進をする前に、一本、友人に連絡を入れる。
トゥルルル――
(もしもーし、幽明どしたの?)
(シスイー、今何してるの?)
(ヒノといるよ?来る)
(あのさー凄い言いにくい、お願いがあるんだけど、聞いてくれる)
(いいよー)
軽いな……でもさすがに"あれ"をくれって言うと、断られるかな……
(響ちゃんがUFOから持ち出した、青い不思議な鍵あるじゃん?カリダノが、
ディストネの鍵って言ってたの……あれさー)
(いいよーあげる)
え!!!
(えっ大丈夫なの?響ちゃんに貰った大切なモノでしょ?)
(幽明になら、右腕でもあげていいよ)
えっ!!!私、そんなに愛されてるの?
(私は左腕あげる)
今の声はヒノだな。電話の後ろから二人の笑い声が聞こえる。
(本当にいいの?)
(うん、全然。だって困ってるんでしょ?私ら親友じゃん)
……
(本当にありがとう。シスイ、ヒノ……)
(いいよー)
(今からいるの鍵?)
(うん。出来ればすぐ欲しい。取りに行っていいかな?)
(いいよ。うちおいでー……ヒノ静かに!幽明大変なんだから、ケーキはいつでも食べれるでしょ!)
(じゃあ今から行くね。ケーキ買ってくから)
電話口の後ろからヒノの歓喜の声が聞こえる。
(ごめんね、ヒノ食いしん坊過ぎだよね。 待ってるね、気をつけておいでよ?)
(うん)
私は、電話を切った――
自分が友人から、思いの他、大切にされていたことに胸がジーンとした。
ふぅ……
陽も落ちて来たし……
急ごう。
私は、車を運転しながら、色んな事を考えた。
今から貰う、ディストネ鍵とは、私とドミノと響ちゃんが巨大なUFOの宝物庫から持ち出したモノで。
ヒノが召喚した異界の秘宝ハンター カリダノによると……
彼方の世界の、虹で出来た無垢な湖の女神が作り給うた鍵らしい。
この鍵自体はどの扉にもささるが、この鍵で開いた扉の行く先は、使用者の今一番行くべき”縁”の場所となり、導きの鍵とも言われてるらしい。
各世界にいくつかあるが、一度使うと破損するので、使用する時は思慮深い判断が必要との事だった。
そして、これに出会える事自体が素晴らしい縁の秘宝らしい。
やはり、全ては繋がっている――
私はシスイの家へ向かう途中、ケーキ屋に寄り、ヒノご所望のケーキをホールで一つ購入した。
ケーキを手に入れた私は、車をぐんぐんと飛ばし、シスイの家まで急いだ。
辺りはもう暗くなり、星が出てほぼ夜になっている。
……
……
なんとなく夜の街を眺めて、運転していた。
星、綺麗だな。
街も深く息をしているみたいだ。
気づけば、シスイの家は目前に迫り、なんて話そうかと考えている内に、
シスイの家へ到着した――
チャイムを鳴らすと、家の中から大きな声で、来た!と聞こえた。
この声はヒノだろう。
ドアが開く。
手短に話して、すぐ行こう。あまり長く話すと、この二人はきっと私を止めてくる。
「こんばんは、幽明」
シスイは落ち着いた顔で私を見つめている。
「やっほ、幽明」
ヒノがシスイの後ろから顔を出して、ニコッと笑う。
「やあ、二人共。急な話でごめんね。これケーキ」
「全然いいよ。それより大丈夫?何かあったのなら教えてね?はい、これ。例の鍵。」
私は、蒼く透明で、この世の物体では無い、神秘的な鍵を受け取る。鍵の中には小爆発のような現象が起こっている。
「ありがと。本当に困ればちゃんと説明するから。この鍵だけでも、十分助かるよ」
「うん、約束だよ。」
シスイは、私がすぐに行きたいのであろうと察知し無駄な事は喋らなかった。
しかしあの黄金の瞳が、とても私を心配そうに見つめている……
「これ、ホールじゃん!!!幽明大好きちゅっちゅ」
ヒノはいつも通りだが、彼女なりに相手に気を遣わせない様にしている空気がある。
「うん、みんなで沢山食べてね、そこのケーキはお勧めだよ。私は少し急いでるからもう行かせて貰うね」
「うん、またね幽明」
「バイバーイ幽明」
私はすぐさま後ろを向いて行こうとする。このまま話していたら決心が鈍ってしまう可能性があるからだ。
その時だった――
私は後ろから、二人にぎゅっとハグされた。
「また会おうね?約束だよ?破ったらどこまででも追っかけるからね?」
シスイが言う。
「何かあったら、難しい事全部捨てて私達のとこおいでよ?一緒にずっと遊ぼ?」
ヒノが言った。
「ありがと」
私は後ろを振り向かず、そのまま立ち去った。
柄にも無く、流れてしまった少しの涙をどうしても見られたくなくて……
……
――
時刻は、19時半――
まだ、早い。
何処かで暇を潰すか、少し仮眠しよう。
深夜でないと、いけない場所だからね……
深夜2時が丁度良い。
そうだ――
シスイの家に向かう時、国道から見えた、山に面したニュータウンへ行こう。
あそこはすごく夜景が綺麗と有名らしいし。一度行ってみたかったんだ。
喧騒から外れた陸の孤島。
バブル期にヨーロッパの街を模して盛大に作られたが、崩壊と共に忘れられた街。
あの、ニュータウンの最上に位置する、丘に行って見よう――
私は、目的地が決まれば早い。
車をぐんぐん飛ばし、夜の道路をサーキットのように、駆け抜けていく――
既に街は見えているぐらいだったので、そこまで遠くは無かった。
30 分程運転すれば、その街に到着した。そこから、ものの20分程で例のあらゆる景色が見渡せる丘に到着した。
私は車を停める――
この夜景スポットは公園として管理されており、丁寧に駐車場まであるのだ。
ここで、仮眠もできるな。
駐車場からすぐそこの公園の展望台までとぼとぼと私は歩き出す。
……
私は目を閉じて歩いた。
……
澄んだ空気を吸い込む。
……
足が柵に当たる。
展望台の最端についた。
ゆっくりと瞳を開く。
……
……
あぁ――
あぁ……なんて綺麗なんだ――
もっと早くこればよかった。
もっとみんなと来ればよかった。
油断すれば、この光の海に溶けてしまいそうだ。
……
……
景色を観ながら想う……
……
みんな声が幽かに私の中に揺れている。
……
心の奥にまだ届いてる。
でも……
隠された真実の鍵を持つのは私だけなんだ……
……
迷いながらでも、進むしかない――
みんなを守る為に――
――
私はしばらく感傷に浸り、光の海に見惚れながらぼーっとしていた。
そして――
ふぅっと息を吐く。
まだ、少し息が白くなった。
……
……
よし。やるか――
私は車に戻り、夜の0時半にアラームをかけ、ブランケット被る。
「なぁルオク聞こえるか?」
(はい。聞こえますとも)
「もし、寝てる途中に、暴漢がこの車を襲ってきたら守ってくれないか?」
(勿論です。一生付き添うと言ったじゃありませんか)
「ありがとう」
(ですからアカリサマ、今はゆっくり休んでください)
「あぁ」
(……)
「お前を使役してよかったよ」
(……)
(でしょ?)
「撤回」
(ふふ おかしなひとだ)
……
……
……
……
人影が見える。
……
……
後ろ姿だ。
……
……
みんなの。
……
……
振り向いてくれた。
……
……
笑っている。
……
……
……
私は手を伸ばした……
――
トゥルルル!!!!!!
あ、夢か。
時刻は、0時半。
行かなきゃ――
私は、ペットボトルのお茶を渇いた喉に流し込み、座席に座り、運転の用意をする。
ミラーを見る。
銀色の瞳が、少し潤んでいる。
夢で泣いてたのか?
私もまだまだ子供だな……
私は車を発進させた。
さぁ行こうか。電気街へ――
ほぼ無心になり車の少ない道路を運転していたので時間間隔があまり無くあっという間に、電気街に到着していた。
運転中、真っ暗闇の街に落ちる電柱のライトの連続が、
私の物語のエンドロールの文字に見えた。
――
電気街も真夜中になると、人の気配がほぼ無くなり、伽藍としたもぬけの殻みたくなる。
まるで、幽霊達が住む街だ。
比喩では無く、実際に私の瞳にはそれらが映っている。
彼らは、今は自分達の世界と言うように、ひっそりと生活している。
私は、夜のこの街の方が好きかもしれない……
それは、静かな絵本のおとぎ話の世界みたいだから。
車は、いよいよ目的の場所まで近づいた。
私はパーキングに車を停める。
ディストネの鍵を制服のポケットに入れ、スタスタと歩く。
黒く巨大な門が行く手を阻む。
これは、流石によじ登れない。
どうしよう……
ここを突破しないと、あのピラミッドのオブジェに辿りつけないじゃないか……
仕方ない。
「ルオク。度々悪いね、中に入れて」
(アカリサマ、本当に良いのですか?)
「いいよ。いれて」
(……はい)
透明の何かが私をふんわりと持ち上げ、町内会本部の建物内に運んでくれた。
私は、建物の側面と塀の間の雑草地帯をザクザクと歩き、中庭へ外側から回り込む。
やはり、この時間は人っ子一人いない。
とうとう、例の場所に辿り着いた――
相変わらず変な雰囲気だ……
でも、その理由は知っている。
私はピラミッドの前に立つ――
瑠璃さんの顔を思い出した。
あの人は本当に優しい人だったな。
ふざけている様で、明確なヒントをくれてたんだ。
パニックルームに関しての。
それもウインクまでして。
このオブジェは、私の従姉妹が設計に関わっている。
瑠璃さんは、錬金術を明確に匂わせる意味ありげな発言をした。
このピラミッドオブジェのカラフルな配色を含めた全体的な既視感。。
全てを総合的に考え繋げる――
答えは明白――
錬金術の変化の段階の色がパスワードだ――
錬金術は変化を四つの過程で表す。
ニグレド→アルベド→キトリニタス→ルべド
死→浄化→覚醒→完成
黒化→白化→黄化→赤化
答えは、黒→白→黄→赤の順でこのオブジェのタイルを押し込むだけだ。
……それだけなんだ。
ただの、パニックルームにややこしい暗号をつけ過ぎなんだよ"あの人"。
私は、まず黒を押し込む。
やはり、へっこんだ。
次に白。
何かが外れる音がした。
次に黄。
何かが回転する音だ。
そして――
赤。
最後の色を押した途端、オブジェは遺跡の仕掛けのように、ゴゴゴと音を立てて、後ろに、地面のタイル1マス分後退し、地下通路が出現した……
暗くて、中は見えないが……ここが例のパニックルーム――
……
そして――
私の見立てでは、怪人フュージョンの今回の周期の秘密の隠し部屋――
私はスマホライトをつけて、地下に降りる。
コツコツコツ……
私の足音だけが鳴る。
通路は薄暗い……
幾つか、無機質な扉が並行して並んでいる。
ポタポタ……
何処からか、水の落ちる音がする。
ヒューヒュー……
空気の通る音もする。
奥に進むほど、不気味な気配が強くなる。
それと同時に、鼻にとんでもない異臭が刺してきた。
腕で鼻を覆う。
私はその臭いがする、通路最奥にライトを向ける
――
――
これだ――
見つけたぞ――
やっと見つけた――
怪人フュージョンの部屋だ――
全ての条件が揃い、現象として出現した謎の扉――
……
……
そこには、人の体の横幅程の異様に狭い扉があった。
しかし、高さは3メートル以上ある。
見るのを拒むような、歪で嫌悪感を抱く色使いで塗装されている。
……
……
……
私は、ドアノブに手をかけた……
……
開いていいのか?私
……
今なら、みんなの所に帰れるぞ?
……
私が開く必要なんて無いじゃないか?
……
怖いならやめようよ?
……
……
わかるよ。
でも、これは私が知る為の物語だったんだ。
だから、開かないと――
……
私は、思い切ってドアノブを回し、盛大にドアを開いた。
――
――
――
そこには――――
――
――
――
「なんだ……」
「そういう事だったのか……」
「あははははははははははははははははははは!!!!」
……
……
「閉じ込めた?」
「じゃじゃーん、この鍵は何でしょう?」
「知らない?あ、そう」
……
……
「私はやらないって」
「ここで知った事を生かして、もっと気楽にやらせてもらうさ」
……
……
「じゃあ、そろそろ行くね?」
「……ごめんね、扉は自分で探すもんさ。じゃね」
……
……
私は、ディストネの鍵を怪人フュージョンの扉の鍵穴に差し込んだ。
どうか、女神様……私を導いて下さい。
――
ガチャ
――
扉が開く。
暗い。
寝室か?
誰か寝てる。
あ、ふふ。
ツンツン。
「きゃあーーー!!!」
「って灯ちゃん!!??どうしてここに……もしかして」
「えぇ、見つけましたよ扉」
「うっそ!!!本当!!!」
「はい。そこから今ここに」
すばるさんは、一瞬はしゃいだ顔をしたが、次の瞬間には、とても優しい顔をして私を抱き締めた。
「まだ、夜が深いわ。もう少し寝ましょうか?」
「えぇ……」
私は怪丘さんに頭を撫でられながら、柔らかいベッドで眠りについた。
なんの事は無い。
怪人フュージョンの答えも、元から自分にあったのだ。
それはまるで、上なるモノが、下なるモノと同じであるように。
自分を発見する事は、未知なるモノを発見すると同じなんだ。




