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なまえのないきもちとちいさなヒミツ①  作者: しあきひより


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第7話:きえないきもち

ユキは、窓の外を見ていた。


雨が降っていた。


しとしとと、静かな雨。


ユキは、自分の部屋で、じっと座っていた。


机の上には、友達のミオから借りた本があった。


「星の王子さま」という本。


ミオが、大切にしていた本。


でも、今、その本は、少し濡れていた。




昨日のことを、ユキは思い出していた。


ミオの家に遊びに行って、この本を借りた。


その帰り道。


急に雨が降ってきた。


ユキは、かばんの中に入れていた本のことを忘れていた。


家に帰って、かばんを開けたら、本が濡れていた。


ミオの大切な本が。


ユキは、すぐに本を拭いた。


ドライヤーで乾かした。


でも、本のページは、少しふやけていた。


表紙も、少し波打っていた。




月曜日の朝。


ユキは、かばんに本を入れた。


今日、ミオに返さないといけない。


でも、ユキの足は、重かった。


学校への道を、ゆっくりと歩いた。


細かい雨が、まだしとしとと降っていた。


(どうしよう…。

 ミオちゃん、怒るかな…。

 大切な本、濡らしちゃった…)


ユキの胸が、ずーんと重かった。




教室に着いた。


ミオが、ユキを見て、手を振った。


「ユキちゃん、おはよう!」


「おはよう…」


ユキは、小さく答えた。


ミオは、嬉しそうに近づいてきた。


「ね、本、読み終わった?」


「あ…、うん…」


ユキは、かばんから本を取り出した。


そして、ミオに渡そうとした。


でも、手が震えた。




ユキは、本をミオに渡した。


ミオは、本を受け取って、にっこり笑った。


「ありがとう! どうだった?」


でも、ミオは、本を見て、顔が変わった。


「あれ…? この本…、ちょっと…」


ミオは、本のページをめくった。


ページが、少しふやけていた。


表紙も、波打っていた。


「濡れちゃった…?」


ミオの声が、小さくなった。


ユキは、うつむいた。


「ごめん…。

 昨日、雨が降って…。

 かばんの中で、濡れちゃって…」


「そっか…」


ミオは、本を見つめていた。




ミオは、しばらく本を見ていた。


そして、小さく息を吐いた。


「これ…、おかあさんからもらった本なの。

 大切にしてたんだ…」


ミオの声は、静かだった。


怒ってはいなかった。


でも、悲しそうだった。


ユキの胸が、ぎゅっと苦しくなった。


「本当に…、ごめん…」


ユキは、もう一度謝った。


ミオは、小さく笑った。


「うん。大丈夫。

 もう、乾いてるし。

 読めるから」


でも、ミオの目は、笑っていなかった。




休み時間になった。


ミオは、いつもと同じように、友達と話していた。


ユキも、教室にいた。


でも、ユキは、ミオのほうを見ることができなかった。


(ミオちゃん…。

 本当は、すごく悲しかったんだ…。

 でも、怒らなかった…)


ユキの胸の奥が、ずーんと重かった。


リンが、ユキに声をかけた。


「ユキちゃん、どうしたの? 元気ないね」


「…ううん。なんでもない」


ユキは、小さく首を横に振った。




お昼の時間になった。


ユキは、お弁当を開いた。


おかあさんが作った、好きなおかず。


でも、あまり食べる気がしなかった。


ミオは、隣の席で、いつもと同じように食べていた。


ユキは、ちらっとミオを見た。


ミオは、笑っていた。


でも、ユキには、その笑顔が、少し無理をしているように見えた。


(わたしのせいだ…。

 ミオちゃんを、悲しませた…)


ユキは、おむすびを一口食べた。


でも、飲み込むのが、苦しかった。




学校が終わった。


ユキは、一人で帰り道を歩いていた。


ミオは、別の友達と一緒に帰っていった。


ユキは、それを見て、胸が痛くなった。


(いつもは、一緒に帰るのに…。

 ミオちゃん、やっぱり怒ってるのかな…)


ユキは、立ち止まった。


空を見上げた。


細かい雨が、まだしとしとと降っていた。


(わたし、どうすればいいんだろう…。

 謝ったけど…。

 この気持ち、消えない…)


ユキは、また歩き出した。




家に帰ると、おかあさんが出迎えてくれた。


「おかえり、ユキ。今日はどうだった?」


ユキは、かばんを置いて、おかあさんの顔を見上げた。


おかあさんの顔は、大きくて、やさしかった。


ユキは、言おうと思った。


(ミオちゃんの大切な本を、濡らしちゃったこと。

 ミオちゃんが、悲しそうだったこと。

 わたしが、すごく悪いことをしたこと)


でも、ユキの口は、動かなかった。


おかあさんは、きっと言うだろう。


「ちゃんと謝ったなら、大丈夫よ」

「ミオちゃんも、わかってくれるわ」

「もう、気にしなくていいのよ」


おかあさんは、やさしい。


でも、おかあさんには、わからない。


謝っても、消えない気持ち。

ミオちゃんの悲しそうな顔が、忘れられないこと。


ユキは、小さく答えた。


「…ふつう」


おかあさんは、少し心配そうな顔をしたけど、それ以上聞かなかった。




夕方。


ユキは、自分の部屋で、じっと座っていた。


机の上には、何もなかった。


ミオの本は、もうなかった。


でも、ユキの心の中には、まだ本があった。


濡れた本。


波打った表紙。


ミオの悲しそうな顔。


(わたし、どうすればよかったんだろう…。

 もっと、気をつけてればよかった…。

 かばんの中、ちゃんと確認してれば…)


ユキの目が、少しだけ熱くなった。


でも、泣かなかった。


泣いても、本は元に戻らない。


ミオの悲しみも、消えない。




夜になった。


ユキは、ベッドの中で、天井を見ていた。


部屋は、静かだった。


ユキは、小さくつぶやいた。


「ごめんね、ミオちゃん…」


でも、誰も聞いていなかった。


ユキの胸の中で、罪悪感が、重く残っていた。


(この気持ち…、消えないんだ…。

 謝ったけど…。

 それでも、消えない…)


ユキは、毛布をぎゅっと握った。


(でも…。

 この気持ち、消さなくてもいいのかな…。

 ずっと、覚えておけば…。

 次は、気をつけられるかもしれない…)


ユキは、目を閉じた。


罪悪感は、消えなかった。


でも、ユキは、それを抱えて生きることにした。




次の日の朝。


ユキは、いつものように目を覚ました。


窓の外から、朝の光が差し込んでいた。


ユキは、ゆっくりと起き上がった。


胸の中を、確かめた。


罪悪感は、まだあった。


でも、昨日よりは、少しだけ軽くなっている気がした。


ユキは、窓の外を見た。


空は、青かった。


昨日の雨は、やんでいた。




ユキは、いつもの道を歩いて学校へ向かった。


空は、青くて、鳥がさえずっていた。


ユキは、立ち止まって、空を見上げた。


青い空。


白い雲。


きれいだった。


(今日、ミオちゃんに会ったら…。

 もう一度、ちゃんと謝ろう…。

 そして、次は、絶対に気をつけよう…)


ユキは、小さく息を吐いた。


そして、また歩き出した。


罪悪感は、まだ胸の中にあった。


でも、ユキは、それを抱えて、前に進むことにした。




教室に着いた。


ミオが、ユキを見て、小さく手を振った。


ユキも、小さく手を振り返した。


ミオの目は、昨日よりも、少しだけやさしかった。


ユキは、ミオのところへ歩いて行った。


「ミオちゃん…。

 昨日は、本当にごめん…」


ユキは、もう一度謝った。


ミオは、にっこり笑った。


「もう、大丈夫だよ。

 気にしないで」


でも、ユキの胸の中では、まだ罪悪感が残っていた。


(ミオちゃんは、許してくれた。

 でも、わたしは…。

 この気持ち、まだ消えない…)


ユキは、小さく頷いた。


「…ありがとう」




授業が始まった。


先生が、黒板に字を書いている。


ユキは、ノートを開いた。


そして、先生の話を聞いた。


でも、ユキの心の中には、まだ昨日のことが残っていた。


濡れた本。


ミオの悲しそうな顔。


(この気持ち、ずっと残るんだろうな…。

 でも、それでいいのかもしれない…)


ユキは、鉛筆を握った。


(この気持ちを、忘れないでいよう。

 そうすれば、次は、もっと気をつけられる。

 大切なものを、大切にできる)


ユキは、ノートに字を書き始めた。


罪悪感は、消えなかった。


でも、ユキは、それを抱えて、生きていくことにした。


いつもの朝が、始まった。




放課後になった。


ユキは、ミオと一緒に帰ることになった。


二人は、いつもの道を歩いた。


ミオが、楽しそうに話していた。


ユキも、笑顔で答えた。


でも、ユキの胸の奥には、まだ罪悪感があった。


(ミオちゃんは、許してくれた。

 でも、わたしは、忘れない。

 あの本を、濡らしてしまったこと。

 ミオちゃんを、悲しませてしまったこと)


ユキは、空を見上げた。


青い空。


白い雲。


(この気持ちを、ずっと覚えておこう。

 そして、次は、絶対に気をつけよう)


ユキは、ミオを見た。


ミオは、笑顔だった。


ユキも、笑顔になった。


罪悪感は、消えない。


でも、それを抱えて、ユキは歩き続けた。




【第7話 おわり】


物語を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

わたしは、物語の背景にある気持ちや言葉になる前の思いを、『言葉になる前のこと』『哲学と祈り』というシリーズとして、綴っています。

もう少しだけ、しあきひよりの世界に触れてみたいと感じていただけたなら、そっと覗いてみてください。


しあきひより|note

https://note.com/shiaki_hiyori


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