四十七話
「本当か?」
「ええ。嘘はついてないわ。」
「…。」
橙はさきゅばすの言葉に警戒したが、桃子がまた顔を伏せて泣き始めたので正解だと信じた。
橙は手の電源を切ると、ミシルの髪の毛を鷲掴みにして強引にキスをした。
「ん…!」
するとミシルの意識は遠のき、その鋸を出したまま、動かなくなった。
橙が顔を離し、再び腕の横の電気の電源を淹れようとした。
「?」
そこのボタンの上の出力が出るモニターにerrorの文字が点滅していた。
そして、そこの画面には可愛らしいくまの絵柄が表示された。
「これは…。」
それだけではない、エラーが出た電気の流れる機械が壊れ、煙を出していた。
彼女のそのハイテクすぎる体の中でウイルスは広がり、ついには動きを止めた。
「この野郎!!ミシルちゃんとキスしてんじゃないわよ!」
さきゅばすは近くにあったパイプ椅子を彼女にぶん投げた。
「!!」
橙はそれに横に倒れた。
「くっ…ウイルスか?」
「うふふ。あんた、ミシルちゃんのつけてるラッキーベアに警戒してたでしょ?そっちじゃないわよ。」
「ミシルの口がウイルスだったのか。」
「そう。ミシルちゃんの体に流しておいたの。ラッキーベアウイルス。キスした事で一瞬接続したのよ。あんたのそのチンケな機械に。」
「やるな。流石だ。」
橙はニヤッと笑った。
「無様ね。これであんたの勝ち目はないわ。」
さきゅばすは彼女に近づき、橙を見下ろした。
「みんなを解放しなさい。洗脳を解くのよ。」
「お前さあ、まだ宮桜のこと好きなんだろ。」
「は?」
突然の橙の言葉に、さきゅばすは腑抜けた返事をしてしまった。
「俺ずっと考えてたんだ。お前がどうしてすぐに桃子を襲わなかったのか、突然輸血タンクのプロジェクトを中止したのか。それって、全部宮桜への当てつけだろ?」
「…。」
「宮桜が性格の変わった自分を捨てて、この学校に逃げてきたから、慌ててこっちに来たんだろ。研究よりも、あの地味女を選んで。」
「黙れ。」
「宮桜を追いかけて学校に来たら、もう恋人がいた事に許せなかったんだろ。だから、その桃子にミシルを近づけて、嫉妬心煽って、桃子の血を一滴残らず飲んで性格を戻したかったんだろ?それなら振り返ってもらうとでも思ったんだよなぁ?」
「妄想喋ってんじゃないわよ!」
さきゅばすは橙の顔面を蹴っ飛ばした。
橙は床に倒れたが、まだその口は止まらない。
「俺の血を飲む前は、素直で可愛いやつだったのにな。俺の血を飲んでしまったがために、そんなやり方しか出来なかったんだよな。きっとその前のお前なら、桃子くらいに素直に物が言えたはずなのに。可哀想なやつ。」
「うるさいうるさい!!好きじゃないわあんな女。私にはミシルちゃんがいるんだから!」
「桃子の血を飲む勇気ももう無いよな。傷つける側の人間なんだよ俺たちは。桃子の血を今更飲んだところで、強がってるお前は色々後悔して死ぬだけだ。感情を悪で染めれば、悲しみだってどうでもよくなるだろ?」
「どうでもよくないわ。悲しいに決まってるじゃない。」
「さきゅばすさん…。」
桃子はなんとも言えない複雑な表情をしている。
「悲しいに決まってるじゃない!!!なんで殺したのよ!!なんで…!」
さきゅばすは初めて目から涙を流して感情をあらわにした。
「あんたが許せない。殺してやる。」
さきゅばすは彼女に馬乗りになり、ポケットにいれたナイフを彼女の首に突き立てた。
「はははは。なら、俺と地獄に来ればいいさ。悪魔になって。」
「なんか、灯油臭くない?」
桃子はようやく鼻の違和感を覚えた。
後ろを見ると、さっきまで作業をしていたロボット達が体育館に灯油を巻いていた。
「俺の研究が公にバレたらこうするつもりだった。まさかこんな使い方になるとはね。」
すると、一体のロボット床にマッチ棒を擦って落とした。
それを一気に何体ものロボットが、広がる火に体を燃やしながら、続けている。
「大変だ!!!みんな逃げて!!!」
桃子が叫ぶが、次々とロボットに引火しては爆発を繰り返し、ステージ側の前の方はすぐに黒煙と赤い炎に包まれた。
「ミシルちゃん!」
桃子は慌ててミシルに駆け寄り、彼女にキスをした。
すると、ミシルは再び目を開けて、すぐこの非常事態を理解し、桃子をお姫様抱っこした。
「ミシルちゃん!まだ中にさきゅばすさんと橙さんが!」
体育館から離れた場所に桃子を避難させると、ミシルは桃子の手を強く握った。
「桃子さんは他の校舎のみんなに避難を呼びかけてください。私は2人を助けます。」
「…ミシルちゃん。まだ大丈夫?」
桃子はまた泣きそうな顔になる。
明らかに、ミシルの動きがぎこちないのだ。
「私は平気です。」
「生きて帰ってきてね。絶対。」
「はい。」
桃子の手を離したミシルは、燃え盛る体育館に逆戻りした。
「泣いちゃ駄目。終わってから。」
桃子は腕で涙を力強く拭うと、まだ勉強している校舎のみんなの元へ走った。
「…。」
桃子がミシルにキスをしたその頃、
不死身の元の弱い力でさきゅばす床に押さえつけて形勢逆転していた。
そのさきゅばすの脇腹は真っ赤に血が流れている。
「お前に血を分けてから死んでやる。」
と、血のついたガラスの破片を捨て、腕に張り付いた使えない機械を無理やり剥がす彼女。
肉と皮膚が剥がれた腕から大量の血が流れ、指先に流れる大量の血をさきゅばすの口に突っ込んだ。
「さきゅばす。純白だったお前をドス黒く塗れて俺は満足してる。グロいほど黒くなったお前を間近で見たかった。それだけが気がかりだ。」
橙は徐々に息を荒くして、意識がどんどんなくなっていくのを感じた。
体育館はもうほどほど焼けて、体育館の隅っこの2人が残りの生存者だ。
「可愛いさきゅばす。俺を継いで苦しめ。」
彼女の耳元で囁き、ニヤッと笑うと橙はさきゅばすの上に重なり、意識を失った。
「さきゅばすちゃん!!!!!」
体育館の中は、黒煙で何も見えない程燃え広がり、建物も崩れ、酷い有様だった。
ミシルはなんとか元のいた場所に戻ると、辛うじてさきゅばすの足を見つけた。
「さきゅばすちゃん!!!」
すぐに彼女に近づく。
彼女の上にはもう命絶った橙が倒れている。
「…。」
ミシルは橙の呼吸が無いことを確認すると、下にいるさきゅばすを抱きしめた。
「死なないで。さきゅばすちゃん。」
もはや足元も見えない。
ガラッ
「きゃ!?」
すると、上の天井がバラバラと崩れてきた。
上にあった欄干が落ちてきて、何も見えないミシルに直撃した。
「うぐ…。」
ミシルはさきゅばすを守るようにその欄干の下敷きになり、その大きな欄干を全体重で支えた。
腕が足からバチバチとショートする音が聞こえる。
もう残り少ないバッテリーの事もあり、震える手や足が限界だと悟る。
「私は守るって決めたから…。絶対に…。」
自分が崩れれば、さきゅばすも潰れてしまう。
バッテリーが無くなっても、この腕が重さで変形しても、背中についた炎が体を燃やし始めても
「大好きだよ。さきゅばすちゃん。」
「ここだ!みんな!」
すると、何体かの救助ロボットが2人を見つけた。
ボロボロになったミシルの下のさきゅばすは先に運ばれた。
「良かった…。本当に…。」
ついに視界を失ったミシルは、その瞬間そのまま欄干の下敷きに崩れた。




