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第80話 真夜中の再会


 デュオがいきなり現れることについてはそれなりに慣れていたつもりだったが、フェリは驚いた。

 慣れすら忘れてしまうほど久々だったということもあるが、単純に心の準備が出来ていなかったからだ。

 フェリは座ったまま天井を見上げ、そこに空いていた丸い穴を見てガクリと肩を落とす。あそこから飛び降りて来たのだろう。


「……そういえば、アンタってそんな感じだったわね」

「天井裏とか壁の中って、意外と居心地いいんだよね~。同業者くらいしかいないし」

「その同業者が、私の見張りについてたはずなんだけど」

「倒して来たよ? 思ったより数が多くて、時間掛かったけどね」

「はい待った。倒してきた? てことはこの天井裏にはもしかして……」


 もしかしなくても、その「思ったより数の多い同業者」の屍が転がっているのだろう。

 天井裏という近いようで縁の無い場所に死体がゴロゴロ倒れている様を想像して、フェリは気が滅入った。

 自分はこれから見張りだけでなく、天井裏に何があるのかまで意識しながら過ごす羽目になるのだろうか。


「へーきへーき、一応加減はしたから。死んでたとしても相手のお仲間が片付けてくれるよ。異臭騒ぎとか起きたらお互い天井裏が使い難くなるし~」

「そういうリアル事情はいいってのよ……それより、なんでここに来たの?」

「フェリに会いたくなったから」

「私に? …………そう」


 会いたくなった――その言葉を聞いた途端、フェリは自分の中で2つの気持ちがせめぎ合うのを感じた。

 思わず下を向くと、デュオから微かに驚いたような気配がする……座ったまま俯いているので、お互いに表情はわからない。


「フェリ? 怒ってる?」

「…………」


 眉を顰めた変な顔を見られたくなくて背けたのだが、怒っていると思われたらしい。

 だが、間違ってはいない。会えてホッとしていると同時に、フェリは確かに怒っている。


(なによ、今まで何の連絡もしないで……。あれから私が、どれだけ大変だったと思ってるのよ……!)


 あんな別れ方をしてから2ヶ月。もう会う気は無いのかもしれないと思っていた。

 嫌悪薬を飲ませたことで、デュオを怒らせてしまったのではとずっと気にしていたからだ。


(そもそも自由過ぎよ! いっつもいきなり現れるくせに、こっちに用がある時にはいないし!)


 デュオが前と同じ態度で接してくれたことを、喜ぶべきなのかもしれない。

 だがもし、怒っていなかったのだとしたら。どうしてずっと音沙汰がなかったのだろう?

 途中で1度も会いに来られないほど、深淵の魔手が多忙を極めるような依頼などあるだろうか?


(……わかってる。私にそんなこと言う資格なんてない。でも、私は……)


 こんな言い分は、おかしい。そんなことは分かっている。

 2人は別に恋人同士でも無ければ、反則的な薬の件でやや特殊な約束をしただけの仲だ。

 惚れ薬で求婚されたにしろ、嫌悪薬で怒らせてしまったにしろ、原因は全てフェリにあって、デュオが会いに来なくてはならない理由は無い。

 だが……


(この2ヶ月……私がどれだけ……アンタに……)


 だがそれでも、会いたかった。会いに来て欲しかった。

 そんな理不尽な不満が湧くほどに、フェリにとってこの2ヶ月はとても長い時間だった。

 ギュッとドレスの裾を握りしめると、いつの間にか屈んでいたデュオの手が、フェリの頬に掛かっている髪を少しだけよける。


「フェリ……泣いてる?」

「っ……!」


 デュオの言う通り、フェリの瞳からは涙が零れていた。

 嫌われたと思っていた……あの約束も無くなったのだろうと思っていた。

 だからドラゴンに襲われた時も、ガルデンに攫われた時も来てはくれなかったのだと、そう諦めて納得しようとしていた。

 なのにデュオは今、何事も無かったかのようにここにいる。そう思ったら無性に腹が立って、嬉くて――そう感じる自分が悔しかった。

 苛立ちと嬉しさ。気持ちは相反していても、瞳に浮かぶものは何故か同じ……気がつくとフェリは、両手を伸ばしていた。


「わっ、と……フェリ? どうしたの?」

「ごめんなさい」

「え? 俺様、何か謝られる様なことしたっけ?」

「ごめんなさい。本当に……ごめんね……」


 いきなり抱きつかれたからとよろけることは無かったが、デュオは内心で少しだけ焦っていた。

 抱き抱えたことは今までにもあったが、フェリが自分からこういった行動をするのは初めてである様に思う。


(う~ん……これはマズイかもしれないな……)


 謝罪の言葉しか口にしないフェリの様子に、1つの懸念が浮かび上がる。

 いつもの軽い態度はどこへやら。デュオはフェリの頭を、驚くほどぎこちない手つきでポンポンと撫でた。


「えっと、ごめんねフェリ」

「なんで……アンタが謝るのよ……悪いのは私なのに」

「フェリは悪くないよ。だから怒らないで聞いて欲しいんだけど……」

「何言ってんのよ。怒ってるのはデュオの方でしょ?」

「怒る? 俺様が何を怒るの?」

「いや、だから……嫌悪薬のことよ」

「嫌悪薬?? あ、なんだそっちかぁ」

「はあ?」


 妙に会話がかみ合っていないことに気付いて、フェリは怪訝な顔でデュオを見上げた。

 デュオはと言えば心底ホッとした様子で天井を仰ぎながら、「フラれるかと思った~」などと口走っている。


「ちょっとデュオ。一体なんの話を……」

「いや~2ヶ月も会わなかったから、愛想尽かされたのかと思って。どうやって言い訳しようか悩んだんだけど、別れ話じゃなくて良かったよ」

「わ、別れ話って、私達は別に……っていうかなんの話してんのよっ?」


 抱きつくというフェリらしからぬ大胆な行為の割に、出てきた言葉は謝罪のみ。

 2ヶ月会っていなかったこともあり、デュオはいよいよフラれるのではないかと全く見当違いのことを考えていた訳だ。

 つまりフェリがずっと気にしていた嫌悪薬については、デュオにとって怒るようなことでは無かったらしい。


「もしかして、変な薬飲ませたから気にしてたの? 効かないんだからどうってことないよ。それに……」

「何よ?」


 天井を見上げていたデュオが急に下を向き、フェリは思わずドキリとする。

 初めて近くで見る赤い瞳は優しげなのに、笑っている口元は何故か意地悪そうだ。

 でも今ここで顔を逸らすのは何だか負けな気がして、見つめ合うという謎の抵抗を試みる。


嫌悪薬(あれ)を飲ませたってことは、フェリは俺様にどう思われてるか気になるってことでしょ?」

「なっ……!?」


 至近距離でニッコリとそう言われて、フェリの顔がみるみる赤くなる。

 自分の中でいつの間にか大きく育っていた気持ちを、言い当てられた――それはつまり、気付かれたということだ。

 しかしそこでハイそうですと認めてしまえるほど、フェリは素直では無い。視線を外せないまま、懸命に否定の言葉を口にする。


「な、な、何言ってるのよ!? そんなことあるわけ……!」

「じゃあフェリはやっぱり、俺様に嫌われたかった?」

「へ? いや……そんなこと言ってないじゃないの!」

「うん。俺様もあの時はあんなこと言ったけど、前向きに考え直したんだよね。フェリって照れ屋なとこあるから~」

「照れ……!? わわわ私がいつ照れたってのよ!?」

「そ~ゆ~トコとか。ところでフェリ、さっきから気になってたんだけど……」

「気になってなんか無いっての! 照れても無いーー!」

「そうじゃなくて、変な服着てるな~って」

「私は別にその、あ、アンタのことは…………は? 変な服?」


 想定外のことを言われて、訳が分からない。

 確かにドレスは趣味では無いが、似合っていないと言われた様で微妙な気分だ。

 しかしここで、フェリは思い出す――そういえば自分は、着替えの途中では無かっただろうか。


(袖はまた通したけど……背中の紐は……)


 汗だくだったドレスは乾いて冷たくなっていて、背中もスース―する。

 それはそうだろう。結局服は替えていないし、紐を解かれたドレスの背は……ぱっくりと開いたままだったのだから。

 わなわなと震え始めたフェリに不穏な空気を感じ取ったデュオは、獰猛な獣を落ち着かせるかの様に慎重に両手を上げる――無抵抗のポーズだ。


「あー……言わない方が良かった?」

「デュオ、の…………バカああああーーーー!!」

「うわっ?」


 恥ずかしいやら恥ずかしいやら――要するに数十倍恥ずかしい。

 フェリ素早く距離を取り、手近にあったドレスや布を投げまくった。

 抱きついたことも、泣いたことも、気持ちを言い当てられたこともそうだが、その間ずっとこんな格好だったことは羞恥以外の何ものでもない。


「バカバカバカぁぁーー!! アンタのそういうとこ、大っっ嫌いよーー!!」

「えっ、嫌われたの? あと半年で取り返せるかな……」

「デリカシーってもんを勉強してきなさい! この……深 淵 の バ カ ー ー ! !」


 狙いの定まらない布の塊をフェリが投げ、デュオがかわす。

 誰かさんの顔の上気が治まるまで続いたその攻防は、結局勝負がつかなかった。


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