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第67話 脱走


「娘は大人しくしているのか?」

「見りゃわかんだろ。逃げ出してたら俺はこんな所にいねぇ!」


 廊下の突き当りにある大きな扉の前に座ったまま、ガルデンは自分を見下ろす男を睨み返した。

 高位の政治家のみが着ることを許された黒いローブに、この国の紋章を模った赤い刺繍。

 深みのある青い長髪を背中に伸ばした眼鏡の男は理知的で、とても裏世界で()()()()()()()()恐れられている人物には見えない。


「青き孤狼が次期宰相かよ。暗殺者に政治なんかさせてるようじゃこの国の終わりも(ちけ)ぇな? フリードさんよぉ」

「罰を受けている者の態度とは思えんな」

「罰だぁ? ハッ! こんなもんで俺を反省させられると思って……ぐっ!?」


 いつもの調子でいきり立つガルデンが、急に腹を庇う様にして顔をゆがめる。

 その様子を冷徹な目で眺めながら、宰相フリードは怪我人を蹴り上げた足をゆっくりと降ろした。


「しおらしくしていれば3日で済んだものを……1週間も耐えた所で何になる。仕事に支障をきたすだけだろう」

「死んでも……頭なんざ、下げねぇ……! チャンスがあれば、俺はあのクソ女を殺す!」

「……相変わらず頭の悪いヤツだ」


 フェリやルークの手当てで小さな傷は治っていたが、最も重症だった腹部の傷はまだ癒えていない。

 重症と言っても、首都ともなれば腕のいい医療魔術師は多くいるのだから、1週間も傷が治らないのには当然理由がある。


「お前の傷をそのままにしているのは、罰だけが理由では無い。下手に動き回られてあの娘に危害を加えられては困るからだ」

「チッ……だったらこの()()はまだ有効だなぁ! 動けるようになったら、真っ先にこの扉をぶち破ってやる!」


 胴に巻かれた包帯の下には、暗殺者によって引き裂かれた傷口が今も隠れている。

 しかしその包帯は手当てによって巻かれているものでは無く、ある魔術を有効にするために縛り付けているものだ。

 失血死を防ぐ為の止血の魔術と、自然治癒が出来ない様にする魔術――つまりガルデンはこの1週間、ずっと治らない傷の痛みに耐えていたことになる。


「……お前にあの娘の出自を話したのは失敗だったな」


 フェリの詳しい情報を与えなければ……そもそも今回の件に関わらせなければ、ガルデンもここまでフェリに執着することは無かっただろう。

 せいぜい自分の仕事を邪魔した魔術師として、また会えば仕返ししてやろうという程度に記憶するだけで済んだはずだ。


(これも、俺の甘さか……)


 ガルデンが常に抱える怒りの矛先を、自分は知っていたはずなのに。

 あえて関わらせたのは、過去に一矢報いる機会をガルデンに与えてやろうと考えたからだが――予想以上に暴走してしまった。


「それで、娘には話したのか? 何のためにこの部屋に()()しているのか」

「…………」

「あのお方も、出来る限り賓客として扱えと仰せだ。何か不都合があるとは言っていなかったか?」

「…………」

「……おい。まさか何も話していないのではないだろうな」


 フリードの目がスッと細められ、周囲の空気が一気に張り詰める。

 重傷で体が動かせないからと、政務で立て込んでいた自分の代わりに見張りをさせていたが、まさかほったらかしにしていたとは思わなかった。

 反抗する様に顔を背けるガルデンを見つめ、次にその視線を扉へと移す――人の気配がしない。


「娘が……いない!?」

「はあ!? そんなはずは……」

「そこをどけ!」


 扉に描かれた封印の魔法陣を、いつのまにか手にしていたナイフで斬りつける。

 この扉は外からこうして魔法陣を欠損させない限り開かない仕組みで、内側にある鍵穴は全てフェイクなのだ。

 一旦横へ飛び退いていたガルデンと共に部屋の中へ飛び込むと、開かれた大きな窓から入り込む風が、カーテンを揺らしているのが見えた。



-------------



(ムリムリムリムリ! 絶対ムリーー!!)


 壁伝いに伸びる僅かな足場を進みながら、フェリは心の中で叫んだ。

 窓のあった壁は庭の様な所から垂直に伸びていたが、そのまま飛び降りられる様な高さでは無い。

 仕方が無いので、屋根や壁に飛び乗りながら少しずつ下りて行こうと思ったのだが、両手が塞がっている自分では思う様に進めない。

 今更戻ることも出来ない上、一歩間違えば遥か下の地面まで真っ逆さまという状況に、フェリは部屋を抜け出したことを心底後悔した。


「クソが! さっきまであんだけ扉の前で騒いでやがったくせに……どこ行きやがった!!」

「!!」


 恐る恐る壁の向こうに曲がった直後、まだ殆ど離れていない部屋から聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて来た。


(うそっ、もう気付かれたの!? 1週間ずっと放置してたくせに!)


 今いる所は死角になっていて部屋からは見えないが、相手は暗殺者……フェリは身体をこわばらせながら懸命に声を押し殺す。


「落ち着け。先程までいたのならまだ遠くへは行っていない」

「俺が追う! テメーはあの女が城の外へ出ねぇように部下に見張らせとけ!」

「待て! ガルデン!」


 フリードと思しき声が早いか、誰かが窓から飛び降りた気配がする。

 しばらくして地面に着地する音と、徐々に遠ざかる足音が聞こえて来た。


「相変わらず話を聞かないヤツだ。ロープを使った形跡が無いなら、まだ下には降りていないだろうに……」


 ガルデンの呟きに、フェリの心臓が鷲掴みされたように縮こまる。

 フェリは壁に手を当てたまま、動悸を押さえる事だけに神経を集中させた。

 少しでも動けば、気付かれる――少し震えただけでも、手枷が壁に当たって音を立てるかもしれない。


「……まぁいい。どのみち、城の中くらいは自由に歩かせてやれと言われているからな」


 絨毯を歩く僅かな足音が窓から離れていき、やがて聞こえなくなる。

 完全に気配が無くなるのを待って、フェリは立ったまま壁にもたれかかった。


「~~っはぁ! あ、危なかった……」


 気付かない内に息まで止めていたのか、ずっと走っていたかのように呼吸が荒い。

 しかしホッと一息つけるような場所でも無いので、フェリは気を取り直して移動を再開した。


(ガルデンにだけは見つかりたくないわね……それにしてもこの建物、大きすぎるわ)


 大きいからこそ死角も多く見つからずに済んだのだが、今見えている範囲だけでも、向こうに見える街並みと同じくらいの長さがある。

 先程聞いた2人の会話からも聞き取れた通り、ここはヴェルヘルム帝国の王城に間違いない。となれば、答えはほぼ決まっている。


(皇帝ユベルギアスが、私を攫わせたってこと? 確かに、魔王だっていうなら人攫いくらいやりそうだけど)


 本当に魔王かどうかもわからないからと調べている最中だったのだが、少なくとも、神殿を破壊してアイトを傷つけた相手だということは判明した。

 これで心置きなく敵対することが出来る……と言いたい所だが、その為にはまずアイト達と合流しなくてはならない。


「あっ……!?」


 考え事をしながら歩いていたことが災いし、フェリは4センチほどしかない足場を踏み外した。

 そしてすぐ下にある屋根の坂をゴロゴロと転がり落ち、宙へ投げ出される。


「くぅっ!」


 間一髪、フェリは両手で屋根の端に手を掛けた。

 パラパラと自分の横を転がる小石の行く先を見ると、まだ遠い地面が待ち構える様に広がっている。

 手を放せば、落ちるしかない――フェリは力を振り絞り、ぶら下がったまま少しずつ横へ横へと移動し始めた。


「あそこのっ塔みたいな所に行けば、なんとか……!」


 2メートルほど移動した所に、小さな窓がある。

 一応城と壁続きにはなっているが、そこだけ壁の色が違うので離れの様な所なのかもしれない。

 とにかく一旦中に入って態勢を整えたいフェリは、ただ一心にその窓を目指す。


「と、届かな、い……!」


 どうにか塔の屋根に掴まることは出来たが、相変わらず足場は無い。

 窓はフェリの足より少し低い所にあり、あそこへ行くなら飛び下りるしかない。

 しかし閉じられた窓には足場の様な所は無く、飛んだところで地面まで落ちるだけだ。


「ダメ……手がもう……」


 そもそも枷付きという無理な状況で掴まっている為、フェリの手は限界だ。

 どうにか足で窓を割れないかと身体を揺らすが、勢いが足りずガラスを叩く事しか出来ない。

 諦めて手を放したい、落ちても芝生なら無事で済むかもしれない――そうフェリが思い始めた時、足元からギィッと木の軋む様な音が聞こえてきた。


「あの……大丈夫ですか?」

「へ?」


 いきなり声をかけられて、ビックリして下を見る。

 すると開け放たれた窓の中から、銀髪の女の子がフェリを見上げているのが見えた。


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