第64話 似ている夜
(リサに……全てを聞いた方が良いのだろうか……)
召喚された時の事をアーストに話してからと言うもの、アイトはリサと話をするべきか悩んでいた。
考えてみればおかしな話だ。召喚した者達の話を鵜呑みにし、責任者である王とも会わずに旅立ったのだから。
(しかし……何か理由があるのかも知れない)
少なくともアイトにとって、リサは初めての仲間だ。疑うなんてしたくないという気持ちが強い。
それに何より、アイトには魔王がいるかどうかはどうでもいいのだ……というより、「どうでもよくなった」という方が正しいだろう。
(バカだな。見返りなんて、昔は考えた事も無かったのに……)
世界を救い、人々に感謝され、美女に囲まれる勇者……見返りありまくりである。
それでも読んでいたラノベの主人公はカッコよかったし、自分もそうなりたいと憧れた。
人助けはいつだって真剣だったが、いつの間にそんな欲を持つようになったのだろう――しかし、今は違う。
(平和なら、それに越したことはない)
勇者としての拠り所だった聖剣への未練を断ち切った時、アイトはようやく自分らしさとは何かを思い出した。
だからこそ、確かめるべきかどうか迷う。自分がどんな理由で召喚されたにしても、人々を助けたいという気持ちは変わらない。
魔王がいなくても、魔物や犯罪の脅威にさらされているこの世界の人々を助けることに、なんの関係があるだろうか、と。
そう思った時、ふと腰の剣がキラリと光った様な気がした。
「やだぁ~。アイト様ったら、あたしに見惚れてたんですかぁ~?」
「……ん? あ、ああ、そうだな。キミが美し過ぎて、つい」
リサが下から自分を覗き込んでいるのに気付き、アイトは神器の剣に向けようとしていた視線を戻した。
考えてる間、リサを目で追っていたらしい。流れるように出た軟派な言葉に、リサは嬉しそうに手を叩いた。
「やっぱり~! ほらみなさい、アンタよりあたしの方が綺麗だって!」
「わたくしよりとは一度も言っていませんわ!」
「目玉のデカいパツキン女って、なんかケバ~い」
「ケバいとは何ですの!? わたくしの美しさは生まれつきですわ!」
「そうかしらぁ? そのまつ毛、絶対なんかつけてるでしょ~?」
「わたくしにはそんな小細工必要ありませんわ! 貴女こそ、香水の匂いがキツすぎますわよ!」
「匂い……? そう言えばリサは、いつも同じ香水をつけているな」
「お気に入りなんですよぉ?」
「アイト様ひどいですわ! 本当にリサの方が美しいと思っているんですの?」
普段なら「マリアーナ、キミも美しいよ」くらい言いそうなものなのに、最近のアイトは心ここにあらずだ。
しかも、どうも神器を手に入れてからはリサを見つめていることが多い気がして、マリアーナは内心穏やかでは無かった。
今までその視線の対象は自分でもリサでも無かったが、その対象が離脱している今、自分はリサにも負けているのかと不安なのだ。
「マリアーナ、もちろんキミも美しいよ」
「アイト様……」
タイミング的にとってつけたように聞こえなくも無いが、マリアーナは安堵の表情を見せた。
ちなみにアイトは元の世界では、こんな軟派な台詞を吐いた事は無い。
モテるどころか下手をすれば女子と話す機会も無かったし、アイト自身、自分が女ったらしだという自覚が無かった。
もちろん、珍妙な二つ名のついた元の世界で今と同じ様に振る舞った所で、今のマリアーナの様に頬を赤らめてくれる可能性は低いのだが。
とにかくマリアーナとリサの言い合いが収束したのを見て、アーストが控えめに割り込んできた。
「あの……みなさん、そろそろ急ぎましょう。雲行きも怪しくなってきましたし」
「そうだったな。ところでアースト、この辺りに村があるというのは本当なのか?」
「ええ、そのはずです。少なくとも、私が以前この辺りに立ち寄った時には小さな村がありました」
「その割には、人の気配が無いようだが……」
西へ西へと移動し続けた勇者一行は、今はリアーナ高地と呼ばれる地域に辿り着いた。
これまで移動して来た荒野よりは自然に恵まれているが、それでもやはり豊かな土地には見えない。
魔物ばかりで動物の気配も少ないこんな場所に、人が住んでいるとは考えにくかった。
「! おい、あれがそうじゃないか?」
「あ、アイト様! お一人で行くのは危険ですわ!」
「あ~ん、待って下さいよぅ~」
木々の隙間の向こうに人工物の影を見つけて駆け出すアイトを、他の3人が追いかける。
アイトは未だに神器の剣の力を引き出せていない為、魔物とも思うように戦えていなかった。
リサほど足手まといという程では無かったが、マリアーナやアースト無しで魔物に襲われては危険だ。
「! これは……!」
「なんてこと……一体ここで何があったんですの?」
ほんの少し進んだ先でアイト達が目にしたのは、黒く朽ち果てた村の跡だった。
所々に残る家の骨組みや灰にまみれた井戸が、ここに人が住んでいたことを物語っている。
村を囲む様に生える木々も黒く焼け焦げた跡があるので、火事に遭った事は間違いないだろう。
「怪我人が残っているかもしれない! 確認しよう!」
「わかりましたわ!」
「お待ち下さい、アイトさん」
すぐにでも駆け出そうとするアイトとマリアーナを、アーストがやんわりと制止した。
怪訝な顔でマリアーナと顔を見合わせるアイトに、アーストが落ち着き払った声で続ける。
「探しても怪我人はいません。この村が火事に遭ったのは、恐らくかなり前です」
「なぜ、そんな事がわかるんだ?」
「村をよく見て下さい。植物が生えているでしょう? それに……」
焼け跡となった建物の中から、タンポポに似た黄色い花や丈の長い草が伸びていた。
建物が全焼しているのだから、火事からしばらく経って生えたと考えるのが自然だ。
次にアイトは、アーストが促すように視線を向けた先に目を向ける。
「……墓、か」
井戸より少し向こうにある村の中央に、真新しいお墓がいくつも建っていた。
お墓の周囲だけが綺麗に整地されているので、これも火事の後に建てられたものだろう。
少なくとも、ここ数日で火事になった訳ではなさそうだ。
「村人は恐らく、どこかへ移住したのでしょう。今日はもう遅いですから、この辺りで休むしかありませんね」
「そうだな……」
アーストの言う通り、周囲は薄暗くなり始めていた。
恐らく雨も降るだろうと、一行は使えそうな建物で一夜を明かすことにした。
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夜になり、予想通り降り出した雨の音を聞きながら、一行は眠りについた。
どうにか見つけた屋根のある廃屋は今にも崩れそうだが、アーストの結界で補強してあるので問題は無い。
しかしアイトは、周囲を揺らす風の音に何度も目を覚ました。理由は怖いからでは無い……思い出してしまうからだ。
(フェリ……行かないでくれ……!)
実のところ、アイトは旅立ってからもフェリが攫われた時の夢を見続けていた。
フェリを助けられなかったショックと、手がかりが掴めない現状に対する焦りは大きい。
暴風は神殿が崩れた時の音によく似ていて、壁が震えては飛び起きる……そんなことを繰り返していた。
(体が動かない! クソッ、こんな時に……!)
ガルデンに負わされた傷を押さえながら、フェリへと手を伸ばす。
やがて落ちて来た瓦礫と土煙でその姿が見えなくなり、アイトも意識を手放す……それがいつもの夢だ。
しかし、今回は少しだけ違っていた。
(誰、だ……?)
意識を失う直前、アイトはぼんやりと目を開く。
するといつの間にか自分の近くに、黒いローブを着た人物が立っていた。
その手には、自分から奪った聖剣――フェリを攫った者達の一味だ。しかし自分には、警戒する余力すら残っていない。
(トドメを……刺しに来たのか……ん?)
朦朧とする意識の中、花の様な甘い香りがアイトの鼻をくすぐる。
そしてゆっくりと自分に向かって伸ばされる白く細い腕を見た瞬間、アイトの意識が途切れた。
「うわ!?」
「また起きてしまったのですか? アイトさん」
1度だけ轟いた雷鳴に思わず飛び起きると、夜の番で起きていたアーストが暖炉に薪をくべていた。
アイトは夢だったと安堵すると同時に、いつもと違う夢に不安を覚える――自分はあの香りを知っている。
「今の雷鳴には私も驚きました。……またフェリさんが攫われた時の夢を?」
「……ああ」
「見張りなら私1人で大丈夫ですから、今夜は休まれた方が良いのではないですか?」
「いや、いいんだ。交代しよう。むしろ眠れそうにな……」
額に滲む汗を拭いながら顔を上げたアイトが、ピタリと動きを止めた。
自分の背後を見つめるその目が徐々に警戒を帯びるのを見て、アーストが首を傾げる。
「アイトさん?」
「アースト、そこから離れろ」
夜の廃屋に空いた大きな穴から、こちらを覗き込む人物。
大木のような腕をもつ巨大な男に、アイトは見覚えがあった。




