第62話 勇者の悩み
神器の剣を手にしたアイト達は、荒野をそのまま西へ移動していた。
フェリの手がかりを見つける為、どこかの町で情報を集めた方が良いと考えたからだ。
(だ、ダメだ……全く斬れん!)
アイトは汗だくになりながら、剣の柄を握る両手をぶるぶると震わせた。
新しい武器として手に入れた神器の刃は錆び付いていて、とても何かを斬れる代物では無い。
(せっかく神器に認められたと言うのに! これなら武器屋で買った方がよっぽど……)
マリアーナと同じ様に鈍器として扱えなくは無い。
しかしそこまでして使う価値がある武器とは、今のところ思えなかった。
本当に認められたのだろうか――アイトが疑念に満ちた眼差しを神器の剣に向ける。
「アイト様! そちらに魔物が!」
「待って下さい。ここは私が……それ!!」
戦闘中にも関わらずよそ見をしていたアイトに、巨大な赤いサソリが襲い掛かる。
それを目にしたアーストが、駆け付けようとしたマリアーナよりも速く、風の魔術を放った。
「うおおおお!?」
魔物の巨体が空高く舞い上がった後、地面へと真っ逆さまへ落ちてダウンする。
しかしそれによって叫び声を上げたのは、倒されて黒い霧へ変化する魔物では無く、アイトの方だった。
「あ、アイト様? どうなさったんですの?」
「魔物だけを吹き飛ばしたので、巻き込んではいない筈ですが……」
「や~ん、怪我したのかもぉ。あたし見てくる~」
少し離れた大岩の陰へそそくさと逃げ込むアイトに、マリアーナとアーストが不思議そうに顔を見合わせた。
その隙にリサが、スキップしながら岩陰に近付く――覗き込むと、両手で頭を抱えるアイトの姿が目に入った。
「アイトさま~! だぁ~れだ?」
「う!? な、なんだリサか……」
背後からいきなり目隠しされ、アイトは跳び上がる様に立ち上がった。
そして振り返りながら、手に持っていたマイブラシを見られないよう背中へ隠す。
この荒野は木や茂みが無い分、魔物にも狙われやすいが、アイトのルーティーンにも大きく影響を及ぼしていた。
「アイト様、もしかして具合が悪いんですかぁ?」
「ああ、そうなんだ。戦闘の土煙が……目に入ってな。だが心配することはない」
何の具合が悪いのかは、言わずもがなである。
隠れられる場所が無い――それはつまり、アイトが最も重要視しているアレを手入れする隙が無いということだ。
しかも今は、何かと陰でフォローしてくれていたフェリもいない……。
戦闘でも活躍出来ず、見た目だけを気にしている状況に、アイトの神経はこの所すり減ってばかりだ。
「まあ。もしや先程の風魔術が原因ですの?」
「そうなのですか? それは申し訳ない事をしました……」
「い、いや。アーストは風魔術に特化しているのだから当然だ」
近づいて来たアーストとマリアーナを見て、アイトは首を横に振った。
実はアイトはレミリアとの修行の際に、『並の魔術師』というものについて教えられている。
アイトがその時までに魔術を見せて貰った事のある魔術師は、フェリと大賢者ラキアだけだった。
だからずっと魔術を好きなだけ、しかも速く使える2人を基準に考えていたのだが……修行を経て、それが間違いだったと気付く。
(フェリはやはり凄い魔術師だったんだな……)
普通の魔術師はあんなに速く魔術を発動出来ないし、風でも雷でも思い通りに出せる訳では無い。
大抵は1つの属性を扱うのに精一杯な上、連発すると魔力切れで倒れるのが当たり前なのだそうだ。
それをレミリアに聞いて、アイトは初めてフェリが規格外だと言う事を知った。
もちろん風の魔術と治癒術の2つを扱える分、アーストも充分に上級魔術師と言えるのだが。
「ちょっとリサ、いつまでアイト様に纏わりついているんですの? とっとと離れなさいな」
「いいじゃない別にぃ。なんならこのまま2人だけで旅を続けちゃっても構わないけどぉ?」
「そういう事は、へなちょこの弓捌きを何とかしてからお言いなさいな。今の戦闘でも、貴女は殆ど魔物を倒していないではありませんの」
「あたしは後方支援だもの~。直接倒すのは役目じゃないしぃ」
「貴女が! いつ! 『後方支援』をしたって言うんですの!?」
「やれやれ、困りましたね……」
乙女2人のアイト争奪戦が始まったのを見て、アーストは苦笑いした。
何日か旅をする間に慣れはしたが、コレが始まると長い上に、おっとりした自分ではなかなか止められない。
「アイトさん、よければお二人を止め……アイトさん?」
仲裁を求めようと言い合いの原因を見るも、アイトは全く別の事に気を取られていた。
渋い顔で神器の剣と睨めっこしているアイトを窘めるように、アーストがその肩を叩く。
「やはり、聖剣の方がよろしかったですか?」
「い、いや。そういう訳では無いが……神器というからには、何か特別な力があるのかと思っていた」
「その剣は他の神器と違い、少し特殊なのです」
「特殊……? アースト、もしかして何か知っているのか?」
「もちろん、知っています。貴方にこの剣を勧めたのは私なのですよ? ……ですが、教えません。これは貴方自身が気付かなくてはならない事ですからね」
「……そうか」
アイトは期待に満ちた目でアーストを見たが、何も教えては貰えなかった。
目に見えて落胆するアイトの様子に、アーストが困った様にクスクスと笑う。
「ふふっ、では少しだけヒントを差し上げましょう。自分が『何の為に剣を欲しているのか』……それを明確にする事が、神器の剣の力を引き出す鍵です。後は、ほんの少し仲良くなる事でしょうか」
「何の為に剣を欲しているか? そんなことはわかりきっている。私はフェリを助け、この国にいるという魔王を倒す為に戦っているんだ」
「その辺りの話は少しだけお聞きしましたが……フェリさんの事はともかく、本当に『そう』なのでしょうか」
「どういう意味だ?」
「アイトさん。私は随分と長く大神官などという役目をさせて頂いていますが、『魔王』がこの国にいるなどという話は聞いた事がありません」
アーストの話は、勇者一行がルルファロの町で聞いたことと概ね同じだった。
確かに他の国に比べて魔物は多く、国民への締め付けは厳しい。しかし『魔王というのは聞いた事が無い』、と。
「それは私も以前、立ち寄った町で聞いたが……この国の人々が気づいていないだけかもしれない。現にフェリも大賢者様も、魔王の話は知っていたんだ」
「……勇者の召喚は、世界が破滅的状況に陥った時のみ。それはこの大陸で長く守られてきた唯一のルールで、破れば神の怒りに触れると言われています」
アーストによれば、天から降り注いだ光で一瞬にして消し去られた国も過去にはあったらしい。
各国の現王もそれを理解しているからこそ、戦時中や災害があってもおいそれと召喚には手を出さないのだ、と。
だがそれは裏を返せば、仮に不正な方法だったとしても、アイトが召喚された事にはそれだけの理由がある……とも言える。
「アイトさん、貴方は何処で召喚され……誰に魔王の話を聞いたのですか?」
「誰? それは……」
アーストの問いにキョトンとした表情を見せた後、アイトは言い争うマリアーナとリサに目を向ける。
そしてまるで微笑ましいものでも見るかのようにその口元を緩ませる様子に、アーストの表情が少しだけ翳った。




