第4話 世界一軽いプロポーズ
「フェリ、結婚しよ」
「しない」
「いつにする? 俺様はいつでも構わないけど」
「しーなーいっての! ていうか何でアンタがココにいるのよ!?」
ディックの事件から1ヶ月が経った昼下がり。フェリは師ラキアの手伝いで豆の皮むきをしていた。
フェリにとって師の手伝いは日課であり、他愛ない話をしながら過ぎていく平穏な時間でもある。
だが今日は、いつもと変わらないハズの光景の中に1点、明らかに異質なモノが紛れ込んでいた。
ナイフを弄びながらソファに寝転ぶ『彼』を指差したまま、フェリはわなわなと肩を震わせる。
「良かったですねぇフェリ。お強いフィアンセが出来て」
「師匠も茶化さないで下さい! 一体どうやって入ったの!? この家は結界が張ってあるから、師匠と私以外入れないのに!」
「あ、彼は顔パスで入れる様にしといたので大丈夫ですー」
「ししょーさん超親切~」
「なに余計なことしてくれてんですかーー!! わっ、とと!?」
勢い余って落としそうになった豆を、慌てて抱き留める。
ラキアが独自に改良したこの豆は通常の10倍サイズで、さやを押したらツルッと出て来るタイプの可愛い豆では無い。
中の種子を傷つけないよう丁寧にさやを切り、破裂する前に冷蔵液に漬ける必要がある。……そう、この豆は爆発する。
「今までは外でつきまとわれてただけだから我慢できてたのに、家の中まで来られたらもう逃げ場無いじゃないですか!」
「弟子がモテモテで、私も嬉しいんですよ。あ、こっちのポンポン豆もお願いしますねー」
「師匠に喜んでもらえて何よりですよ! そしてそのポン豆は自分でむいて下さい!」
このサイズの種子が実際に破裂したら、ポンやポンポンくらいでは済まない。
少しの衝撃を与えただけで、この4人掛けのテーブルは間違いなく吹っ飛ぶだろう。
さり気ないネーミングセンスにも師の性格の悪さが窺えるが、自分で作ったものは自分で責任を持てとフェリは言いたい。
「昼の間にむいて加工しないと、期限に間に合いません。フェリには今夜、持って行ってもらわないといけませんからねー」
「わ……わかってますよ」
豆をむくフェリの手が、少しだけ止まる。ディックの事件以降、闇ギルドに行き辛さを感じていたのだ。
あの件で「この依頼品で誰かが死ぬかも……」と考える様になったのもなくはないが、一番の原因はこの――。
「デュオ。アンタまた暴れたりしないでよ?」
デュオに惚れ薬をぶっかけて以降、初めて闇ギルドに行った時の事。
いつもの様に自分をからかう彼等に、この男はナイフを構えてこう言った。
――「俺様の奥さん、イジメないでくれる?」。
それからというもの、ハードルド以外の男達は一切フェリにちょっかいをかけなくなった。
その事自体は喜ぶべきなのだが、フェリが酒場に入った途端「ひっ」と小さな悲鳴を上げて壁まで後ずさるのは勘弁して欲しい。
むしろ、新しい方法でからかわれているのではないかとフェリは勘ぐっている。
「アレって暴れてる内に入る? だって未来の奥さんなのはホントのことだし」
「言ったでしょ。アンタのソレは薬のせいなの。ホントの好きじゃないんだから、結婚なんてする訳ないでしょ」
「そういうの効かないから気にしなくて良いよ。単にフェリのこと考えると良い気分になるってだけだし」
「気にするっての! ていうかソレめちゃめちゃ効いてんじゃないのよ!」
「これも1つの、愛のカタチですねー」
「師匠は黙ってて下さい! そもそも私の気持ちは無視ですか!」
この腹黒師匠はどうしても自分達をくっつけたい様だが、このデュオの言葉をフェリは丸っきり信用していなかった。
仮に本人の言う通り、惚れ薬が効いていないとしても、だ。
(どっちにしろ、死体を抱えたまま求婚する様な危ない男はごめんよ!)
結婚に夢を持っている訳では無いし、そもそも結婚を意識した事も無い。
だがそれにしたって、世界で最も返り血を浴びてきたであろうこの男に、愛だ恋だという感性があるとは思えなかった。
「ホントに効いてないって。結婚しよ、結婚」
「し・つ・こ・い。何とかの1つ覚えみたいに連呼したって、私の気持ちは変わらないわよ」
「だって他に何言えっての?」
「私に聞かないでよ……。とにかく結婚とかそういうのは、『ここぞ』って時に言うものなの!」
「ここぞ、ねぇ……殺す時に言うのはちょっとな~」
「なんでそうなるのよ! はぁ……」
首を傾げているデュオを見て、フェリは諦めたように溜息を吐いた。
イマイチ話が噛み合わないが、そもそも暗殺者の思考など、自分に理解できるハズがない。
デュオ自身の考え方がズレているだけな気もするが、やはり暗殺者にとって「ここぞ」と言えば、殺す時なのかもしれないとは思った。
「そもそも、なんでそんなに結婚にこだわるのよ? 友達とか恋人とか、色々すっ飛ばしてるでしょ」
「ただなんとなく。どんな感じかなと思って」
「おととい来なさいバカ男。どうあっても諦めないつもり?」
「んー、諦めない」
「はぁ……どうしたもんかしら……」
これから先ずっと、暗殺者につきまとわれる人生なんてごめんだ。
フェリはしばらくの間デュオの扱いに頭を悩ませていたが、急に思いついたように手を叩いた。
「師匠、惚れ薬の効果が切れるのはいつですか?」
「はい? そうですねー……1年くらいでしょうか」
「なら、こうしましょ」
ラキアの言葉に深く頷くと、「腹をくくった」と言う様子でフェリは立ち上がった。
そして両手を腰に当てながら、自信満々でデュオに言い放ったのだ。
「1年後、もし薬の効果が切れてもアンタの気持ちが変わらなかったら。尚且つ! それまでに私がアンタを好きになったら……結婚するわよ!」
「おやおや」
「へぇ……いいね、ソレ」
フェリの宣戦布告に、デュオはニヤリと笑った。まるで自分が勝つことを、疑っていないかの様に。
ラキアはそんな2人の様子を、微笑ましそうにニコニコと眺めている。というより、恐らく楽しんでいる。
「じゃ、1年後に結婚ってことで。結婚式ってのするんだっけ? よく知らないけど、そのくらいなら待つよ」
「私が負ければね。その時は血みどろのウエディングドレスでも何でも、着てやろうじゃないの」
デュオが本気だとしても、自分が彼を好きになるはずが無い。
そう確信するフェリだが、彼女は後にこの約束を後悔する事になる。
勢いに任せて物を投げた代償は、非常に高くついたのだ。
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フェリが人生を賭けた約束をデュオと交わしていた、その頃……東大陸のとある場所で、1つの変化が起きていた。
「ついに、成功したのか……!」
「これでやっと、魔王を倒す事が出来る!」
薄暗い部屋一面に描かれた魔法陣を囲む複数の人間と――その魔法陣の中央に立つ、1人の青年。
「ここは、一体……?」
「ふふ……」
興奮する周囲を戸惑いながら見渡す青年を見て、1人が小さく笑う。
黒いローブを着たその誰かは、フードを深く被ったまま青年に近付き話し掛けた。
「この世界へようこそ。勇者様」
「勇者……まさか、自分にこんな事が起こるなんて……!」
急に眼を輝かせ始めた青年に握手を求めながら、ローブの人物は更に深く嗤った。