第32話 闇が集まる場所
闇ギルドの場所というのは、普通に道を聞くだけで知り得るものではない。
一般市民に紛れたその筋の者を探し出し、交渉して場所を聞き出す必要がある。
更には合言葉という、自らの命を左右する情報も教えて貰わなくてはならない為、表の人間が辿り着くのは非常に困難な場所だった。
――もちろんフェリの様に、大賢者という繋ぎのある者は別だが。
(ここが……首都ジーハスの闇ギルド……)
厳密に言えばそこは、首都ジーハスの中では無かった。
首都から少し離れた森の中――教えられなければ絶対に近付かない様な崖の近くに、その入り口は存在する。
月は既に西へ向かって沈み始めており、不穏な雰囲気も相まって周囲には薄ら寒い空気が漂っていた。
「その様子だと、道に迷った訳でもねぇんだろうが……お嬢ちゃんが何しに来た」
闇ギルドの番人を前にして、フェリの手にじっとりと汗が滲む。
ここはいつも行き慣れているアリナリとは違う――相手は恐らく生粋の殺し屋だ。
見下すような冷たい視線を向ける目の前の男は、ハードルドの様に気の許せる相手では無い。
「当然、用があって来たのよ」
「合言葉は?」
「全ての闇が、そこに集まる」
「……いいぞ、入りな」
意外そうに口笛を吹いた後、番人の男は入り口の脇へと避けた。
フェリは警戒しながらその横を通り、岩壁に開いた穴を潜り抜ける。
(大丈夫? 大丈夫なのよね!? ……はぁ、良かった)
洞窟の中へ入ってすぐに足を止めたフェリは、数秒待ってからようやく胸を撫で下ろした。
番人が「いいぞ」と言ったからといって、本当に合言葉が合っていたかはわからない。
隙あらば刺されるのでは無いかと、フェリは戦々恐々としながら男の横を通ったのだ。
「あれ?」
しかし通して貰えたは良いものの、どこへ行けばいいのだろう。
そう思ってフェリは周囲を見渡すが、おかしなことに目の前にはただの岩しかない。
フェリはてっきり洞窟か何かだと思っていたのだが、実際に入ったそこはただの行き止まりだった。
「ねぇ、ここって……え!?」
後ろの番人を振り返ったが、そこにはもう入って来た穴は無かった。
フェリの鼻先に迫るようにして、木製の壁が視界いっぱいに広がっている。
それだけではない。周囲の風景もすっかり様変わりし――フェリはいつの間にか、大きな酒場の隅に立っていたのだ。
(! これ……転移魔法陣だわ)
足元に描かれた小さな転移魔法陣が、たった今使用したばかりの様にうっすらと輝いていた。
転移魔術というものの難しさを考えても、そこまで離れた場所には飛ばされてはいないはず――恐らくは地下だろう。
フェリは気付かなかったが、先程の横穴にも同じ魔法陣があり、番人に許可された者だけが転移させられる仕組みになっていたのだ。
(すご……やっぱ闇ギルドも都会となると違うのね)
正規ギルド程では無いにしろ、利用者の数はアリナリより遥かに多かった。
アリナリの闇ギルドに多かった粗野な感じの男達もいれば、誰とも群れずにひっそりと端に座っている者もいる。
(奴隷商人に禁獣ハンター……手配書で見たことある顔がわんさかいるじゃないの……)
闇ギルドの規模が大きければ、より悪名高い面子も多く集まる。というのも道理だろう。
フェリですら知っているお尋ね者が当然の様に目に入ってくるので、つい田舎者丸出しでキョロキョロしてしまう。
「お、なんだぁ? 見ねー顔のねーちゃんだな」
「やめとけやめとけ。こんな所に来るなんてどうせ碌な女じゃねーよ」
「ぎゃはは! そいつは言えてらぁ!」
「…………」
来た――そうフェリは思った。
この場所において自分は、どう見ても場違いな小娘だ。
全く関心を示さない一部の者を除けば、注目を浴びるのは仕方のない事だと言える。
「殺しの依頼か? 残念ながら親方は留守だぜ」
「いらないわ。人を探してるだけだから」
「なんだ情報買いか。誰だ? 一応聞いてやるよ」
「デュオ・ゾディアス」
「あん? なんか聞いた事ある名前だな……」
「えっと、深淵の魔手のことよ」
「深淵の魔手ぅ? はは! 冗談よせよ嬢ちゃん!」
まるで面白い話を聞いたかの様に、一番近いテーブルに座っていた男達がテーブルを叩く。
だがフェリはバカにされたと思うより、それを見て懐かしい様な気分になった。
彼等の様子は、アリナリでフェリをからかって楽しんでいた男達と重なる。種類的に言えばまだ話し易いタイプだ。
しかし「深淵の魔手」という名前は彼等だけでなく、本当に危険な輩の視線までも集めてしまった。
「……おい。ここまで来れた事は褒めてやるがそのくらいにしておけ」
「テメーみてぇな小娘が、深淵の魔手に依頼できる訳ねーだろ。あ?」
「それとも自殺志願か? 今なら楽に死なせてやるぞ」
名の有りそうな雰囲気の男が数人、フェリに忠告と言う名の殺気を向けて来る。
周囲の嘲るような笑いに紛れて、本気で「出て行け」と言う空気が漂い始めた。
(……どうしろってのよ)
フェリはもちろん恐怖を感じていたが、どう対処すべきか考えあぐねていた。
見兼ねた男が1人、「まぁ落ち着けよ」などと殺気立つ一部の者を窘めながらフェリに近付く。
「悪い事は言わねぇから、俺達にしとけ。特別に安くしとくぜ?」
「親切なのは嬉しいけど、本当に依頼じゃないの。勝手に探すから私の事は放っ……」
「おいコラぁ! ふざけんなお前ーー!!」
少し離れたテーブルがひっくり返り、酒瓶やグラスの割れる音が響く。
明るいオレンジ色の髪を尖らせた黒装束の少年が、テーブルを蹴り上げたのだ。
「深淵の魔手に会いたいだぁ!? 寝言は寝て言え! アホ!」
「おいおいルーク坊やかよ」
「こりゃ騒がしくなるぞ……」
叫びながら荒い足取りでフェリに近付く少年に、酒場中の視線が集中する。
フォローしてくれた男も、「こりゃお手上げだ」と両手を上げながら自分の席へ引き返してしまった。
「冗談じゃねぇ! なんでお前みたいなチビがあの方にお会い出来るんだ! オレ様だってまだ見た事しかないんだぞ!」
「アンタの方がチビじゃないのよ……」
歳はそこまで変わらないだろうが、少年はフェリより頭1つ小さかった。
つい呟いてしまったフェリの本音に、周囲の雰囲気が一気に同情的なものに変わる。
「……あの姉ちゃん、終わったな」
「一応下がっとくか」
「?」
急に霧散した殺気にフェリが首を傾げていると、男達が周囲のテーブルや椅子を移動し始めた。
酒場内の物は全体的に壁側へ寄せられ、いつの間にかフェリと少年の周りにだけ不自然な空間が出来上がっている。
まるで「巻き込まれたく無い」とでも言う様に。
「……お前、今オレ様の事チビって言ったな……?」
「え? いや、アンタが最初に言っ」
「ぶっ殺す!!」
「きゃ!?」
その時フェリは、驚きのあまり小さな叫び声を上げた。
だがその理由は、少年がナイフを片手に迫って来たからでは無い。
少年が踏み出すと同時に自分の周りに降り注いだ――無数のナイフに驚いたのだ。
「な、なんだよこれ……」
ナイフを握ったまま驚愕の表情で呟く少年と、フェリは同じことを思った。
まるでフェリ1人を囲むように、何十本ものナイフが均等な円を描いて床に突き刺さっている。
その状況にフェリだけでなく酒場内の全員が驚いていると、円の中にもう1人、誰かが足を踏み入れた。
「久しぶり~フェリ。俺様に会いに来てくれたの?」
「デュオ……!?」
ナイフを降らせた張本人の登場に、酒場内の空気が一変した。




