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後編

事の発端は、ロゼッタお嬢様が第3年学年に上がる前の長期休暇中、御友人のエルザ様の公爵家領地に遊びに行った帰りだった。


ロゼッタお嬢様が乗る馬車が、大きな盗賊団に襲われたのだ。


幸い、ロゼッタお嬢様は無事だったが、盗賊に引き倒されるといった事が起きたらしい。


最も痛手を受けたのは、公爵家の騎士達だった。数名死亡者が出た上に、護衛していた全員が負傷。

侍女の方は少しマシ、といった程度だ。


俺も赤髪の彼女も、学園内では影の護衛をやっている。しかし、それは学園外では他の者の仕事だ。

だから、俺達が居合わせることはなかった。


屋敷内でマーヴィン様の侍従をしながら、怪我を追った早馬が到着した時、我が主はすっかり憔悴しきっていた。

俺達使用人がどうにかして落ち着かせようと、鎮静作用のあるハーブティを入れたり、必死にロゼッタお嬢様は無事だという言葉を掛けたが今一つ効果はない。


ロゼッタお嬢様の事となると、マーヴィン様は見境を無くす。


それが、俺達にとっては恐ろしくて仕方がない。

何をするか分からないのだ。



そして現在、俺はマーヴィン様の両手を後ろで拘束している。


ロゼッタお嬢様が泥だらけになって屋敷に運ばれてきた時、グッタリと疲れたように目を閉ざしていた。

それをどう解釈したのか、マーヴィン様は短剣を持ち出し、「ロゼッタを殺して僕も死ぬ!!」等と、とんでもない宣言をしたのだ。


ヤンデレ怖い。


慌てて使用人一丸となって、マーヴィン様を取り押さえようとしたが、相手は武道にも精通している御仁。雑用ばかりやっている使用人との差は、開きすぎている。


漸く俺がマーヴィン様の動きを封じた頃には、屋敷内の使用人達の服は至る所に裂けた跡が、手は血塗れで、腕や足、顔にも血が滲んでいた。


二次被害がとんでもなく甚大だ。

こんな怪我人だらけで明日屋敷内の機能は上手く回るのだろうか、と思わず現実逃避した程だった。


赤髪の娘はお団子にしていた髪が解け、胸の下まで伸ばした髪がサラサラと揺れていた。

両手を広げ、他の使用人と同じようにロゼッタお嬢様の部屋の中には行かせまいと、マーヴィン様の行方を阻んでいる。


頬には一筋、赤色が走っていた。


「これは何の騒ぎだ」


威圧感のある、重低音の声が屋敷の廊下に響き渡る。

髪の殆どが白髪になった壮年のフォグルス公爵が、血塗れの使用人と、無造作に転がった短剣、そして暴れているマーヴィン様を見比べる。


唖然。正にその言葉がぴったり。


冷酷無慈悲と名高いフォグルス公爵のその姿を見たのは、初めてだった。


「決してマーヴィンを離すな!!」


冷静を取り戻したフォグルス公爵は、マーヴィン様を拘束する俺に向かって焦ったように命令する。

マーヴィン様は俺をギロリと睨み、地を這うような低い声で激しく叫んだ。


「離せ!命令を聞くな!お前の主人は誰だ!!」

「ま、マーヴィン様です」


人を何人も殺してきたような、そんな目付き。

青空の色をしている筈の瞳は、暗い奈落の底に堕ちてしまったような光を宿していた。


殺られる。


本能で感じた。

しかし俺が手を離せば、マーヴィン様はロゼッタお嬢様を殺しに行くだろう。


離すわけには、いかない。


「落ち着いて下さいマーヴィン様!!ロゼッタお嬢様はご無事です!」


赤髪の娘が必死に言葉を紡ぐ。

いつの間にかマーヴィン様の殺気に当てられて、辺りの使用人の数人は座り込んでいた。


赤髪の娘の声が届いたのかは、分からない。

マーヴィン様の身体中から、力が抜けた。


「マーヴィン様?」


訝しげに呼び掛けた俺の声に、不気味な笑い声が重なった。


「ふ、ふふっ、ふふふっ。ああ、僕とした事が何で初歩的な問題に気付かなかったんだろう」


ゆらり、と力を取り戻したマーヴィンは力強く立ち上がる。

異変を察知して、俺は思わず後ろに飛び退いた。


「――っ?!」


服の袖が凍る。

いや、それだけじゃなかった。


屋敷の廊下がマーヴィン様を中心にして、パキパキと小気味の良い音をたてながら凍り付いていく。


由緒正しいフォグルス公爵家の本家に引き取られた理由の1つ、高い魔力。

それは伊達じゃなかったのだ。


人を綺麗に避けて、廊下一面、壁や天井も氷付けにしたマーヴィン様を見て、俺は悟らざるを得なかった。


さっきまで、マーヴィン様は本気じゃなかった。まだ、理性を残していた。

そして、まだ本気になっていない。


マーヴィン様が本気を出したら、俺達は一瞬で氷像になっていただろう。


「あはははっ!本当に簡単だね」


場違いな程朗らかに、子供みたいに無邪気に笑うマーヴィン様をフォグルス公爵は怯えた目で見た。


フォグルス公爵家の義姉弟は、狂ってる。

使用人の俺から見ても。


でも、家族を省みなかったフォグルス公爵は気付かなかっただろう。

自分の実子も、養子も狂っている事に。


「さっさと既成事実を作っておけば、ロゼッタを一生囲っておけたんだ」


今にも鼻歌を歌い出しそうな、ご機嫌なマーヴィン様は、ロゼッタお嬢様が眠る部屋へと入っていった。


マーヴィン様の狂気か、魔力か、氷のせいか。


いずれにせよ、誰もその場を動けなかった。






ジャラジャラと金属の擦れあう耳障りな音が、部屋中に響き渡る。

鈍い銀に輝く長い鎖を巻き取りながら、マーヴィン様は深い深い、憂いの溜め息をはいた。


「あー、ロゼッタのウェディングドレスを大衆に見せるとか、僕には耐えられないんだけどどうしよう。いつも通り、ロゼッタを鎖を巻き付けた姿で、これは僕のものですって宣言したい。そして、全ての男の目をくり貫きたい」


俺とマーヴィン様だけの室内。


これを聞かされる俺は、マーヴィン様の目をくり貫きたい対象に入っているのだろうか?

怖くて聞けない。


「ねえ、お前なら分かってくれるよね?」


いや、急に話を振られてもとは思ったが、答えなければならないので、取り敢えず赤髪の娘のウェディングドレスを想像してみる。

……まあ。


「誰にも見せたくないというのは、分かります」


それにマーヴィン様は、ふふっと愉快そうに笑った。


いや別に、俺はのろけてる訳じゃないんだけどな。


「お前は、踏みとどまったんだね」

「え?」

「瞳だよ。瞳」


自身の目元をトントンと、指差すマーヴィン様。

俺の瞳がどうしたのだろうか、と右手で右目を無意識に覆った。


「お前と僕が初めて会って、視線を交わした時、僕は同じだと思ったんだ」


俺も同じだと思ってました。思ったのは、仕えてからだけど。


そう言ったら、マーヴィン様はどんな顔をするだろうか。


「誰かに必要とされたい切望と、誰かを必要としている渇望と、誰かにすがって生きている依存、そして失うことに対する怯えを、僕はお前の瞳を見て分かったんだ」


思わずポカンとした俺の顔を見て、マーヴィン様は更に楽しそうにクスクスと笑う。


間抜け面晒してる自覚はあるけどさ。


「何で分かるのかって顔だね」

「いや、流石に瞳を見て分かるなんて」

「分かるよ」


きっぱりと宣言したマーヴィン様の顔には、もう俺をからかうような色はなかった。

でも、唇は弧を描いたまま。


マーヴィン様は無垢な子供のように、純粋な笑みを浮かべた。


「だって、僕とお前は同じだろう?」


はしゃぐように、酷く嬉しそうに笑うマーヴィン様を俺は呆然と見返すだけだった。

ゾクリと、背筋に何かが這った気がした。

固まる俺に構わず、マーヴィン様は話続ける。


「僕と同じだから、お前は僕の考えている事が大体分かる。違う?」


確かにマーヴィン様の考えている事は、分かるけれど。

それはマーヴィン様に仕えてからの事だ。


「好きになった相手が全く違ったから、お前は踏みとどまった。でも、僕とお前は同じだから、僕はお前を信頼してロゼッタを任せられるんだよ」


「さあ、もう時間だ」と白の盛装で着飾った主は、部屋を出ていく。

ワンテンポ遅れて、俺もそれに続いた。


今日はマーヴィン様とロゼッタお嬢様の結婚式。

一年程前倒しの、夏期休暇を利用して学院在学中の学生婚となった。


世間からは、仲睦まじいと温かい目で見られている。

しかし、誰も美男美女カップルが、ヤンデレカップルだとは思わないだろう。


マーヴィン様が荒れた日、1週間もロゼッタお嬢様の部屋から出てこなかった。

言ってしまうと、出来ちゃった婚なのである。


フォグルス公爵は、使用人達から聞いたマーヴィン様とロゼッタお嬢様の姿に、1ヶ月以上思い詰めた顔をしていた。

マーヴィン様はともかくも、ロゼッタお嬢様をああいう風にしたのはフォグルス公爵にも原因があるからな。


第一王子は知らせを聞いた瞬間、「あいつ、ついにやりやがった」と頭を抱えたらしい。


でも、他人がどうのこうの思うよりも、本人達が幸せだったら良いんじゃないかなって考える俺は、ヤンデレに毒されているのだろうか。



大聖堂で純白の衣装を身に纏ったマーヴィン様とロゼッタお嬢様が並び立つ姿は、例えようがない程神々しく、美しい、正に神から祝福されたような夫婦だった。


どうしてだろうか。


幸せそうに微笑み合うマーヴィン様とロゼッタお嬢様は、対としてよくお似合いだった。

だけど、二人に純白よりも、初めて出会った時に着ていた漆黒が似合っているように感じた。


神から嫌われて生きてきたような二人に、純白は似合わない。


フォグルス公爵家の義姉弟は、狂ってる。使用人の俺から見ても。


大事な祝いの場で、会場の隅に立っていた俺は、場違いな事を感じたのだ。


隣で感動の涙を流す赤髪の娘の腰に、そっと手をまわす。

琥珀色の涙に濡れた瞳が、俺を捉えた。


彼女の表情1つだけでも、俺は誰にも見せたくない。

出来るのなら、昔のように彼女を隠して誰の目にも触れさせたくない。


それでも、マーヴィン様とロゼッタお嬢様に拾われた俺が重傷を負っているのを見て、彼女は俺の隣で共に頑張る事を選んだから。


俺に依存すると同時に、自分の足で彼女は立った。

マーヴィン様にベッタリになった、ロゼッタお嬢様とは違った。


俺は彼女の意思を尊重する。


束縛して逃げられたら、俺は立ち直れない。

彼女を失うことに比べたら、俺の醜い欲を隠した方が遥かに楽だ。


マーヴィン様は、自身と俺が同じだと言った。

俺も同じだと、思ったことがある。


俺と彼女を繋ぐ根底にある感情が、マーヴィン様とロゼッタお嬢様と同じ依存だから。


ただ、それとの付き合い方がそれぞれ違っただけで。


赤髪の娘を抱き寄せ、琥珀色の瞳を見つめて俺はニコリと笑う。


ヤンデレに同類宣言されたんだけど、

マーヴィン様達を見て異常だと思う俺は、まだ正常、――だよね?

リハビリがてらに、昔書いたのを完結させた。前編は蛇足だった気がする……。うーん、ヤンデレ難しいな。筆は進んだけど。


取り敢えず簡易設定。

●主人公

黒髪、藍色の瞳。スラム街出身。実はマーヴィンの1つ年下だが、本人は自分の生年月日を知らない。

ヤンデレとノーマルの狭間にいる人。

●赤髪の娘

赤髪、琥珀色の瞳。スラム街出身。主人公の恋人。主人公と同い年。唯一の常人枠。

●マーヴィン・フォグルス

金髪碧眼。王子様より王子様みたいな顔立ち。ヤンデレ。世界の中心はロゼッタで回っている。氷魔法の使い手。武術も出来るし、頭も良い。策略家。ハイスペック。

●ロゼッタ・フォグルス

金髪、紅色の瞳。あだ名は紅薔薇。高慢にも見えるが、心優しい。マーヴィンのヤンデレを嬉しそうに受け取る、多分一番狂っている人。



設定を生かしきれていない点が多くありますが、閲覧ありがとうございます。

伏線は一応全部回収した……筈。うん。

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