(十二)続・凍れる王子様
ジキルは事の次第を察した。クレオンの感情の爆発に魔導石が反応し、一部屋まるごと凍らせたのだ。魔獣の覚醒とは比較にならない威力だった。視線を巡らせる。天蓋のベッドの上に、うつ伏せ状態で氷漬けになっている人影があった。たぶんギデオンだろう。
(なんでこんな馬鹿なことを)
ジキルは目眩がした。仮にクレアが本当に女性だとしてもこれはマズイだろう。学のない平民にだってわかることだった。王族というのは平民より馬鹿なのか。
「クレオン」
呼びかけても反応はなかった。肩を上下させて大きく息を吐くクレオンは、再び暴走しそうになる力を必死に制御しようとしているように見受けられた。だが、いかんせん感情の昂ぶりが邪魔をしている。精神が錯乱しているこの状態ではいつまた暴走してもおかしくはない。
「クレオン、大丈夫か」
ジキルは足を踏み出した。刹那、足先の床から鋭く尖った氷柱が生えてきた。辛うじて串刺しは避けられた、というよりは威嚇であり、警告なのだろう。これ以上近づくな。拒絶の意思が感じられた。
拒絶。
(……誰を?)
無論、ジキルをだ。一応婚約者で、知らないだろうが女で、暴力など一度もふるったことのない、自分を。
心外だ。よりにもよってあの変態と一緒にされるとは! ジキルは身を震わせた。寒さのせいなのか怒りのせいなのかは自分でもわからなかった。
ジキルは魔剣ノエルを床に置いた。閉めていたボタンを外し、コートを豪快に脱ぎ捨てる。
「さぶっ」
レムラの冬を彷彿とさせる寒さだ。ジキルは大きくクシャミをした。それでも何の反応も示さないクレオンに怒鳴った。
「ほら見ろ!」両手を広げて降伏の意を示す「丸腰だ! 無抵抗だ! お前に何かしようなんてできないし、考えてもいない!」
声が震える。指も足も。その場にうずくまりそうになるのをジキルはこらえた。肩がむき出しのクレオンの寒さも相当なものだろうが、本人は何も感じていないようだった。
「まず頭を冷や、さなくていいから、とりあえず冷静になろう。なんとなく事の経緯はわかったから。落ち着いて、まずはこの雪国みたいな部屋を出よう。その前に寒いから上着をちゃんと着ないと、風邪をひく」
今度は、一歩を踏み出しても氷柱は現れなかった。脅威とは認識されなかったようだ。ただしクレオンの目には警戒の色が濃い。
「……お前も、僕を陥れようとしているのかもしれない」
「こんなに寒くて凍えているだけなのに?」ジキルは小さく笑って、手を差し出した「馬鹿なことを言ってないで、早く部屋に戻ってあったかいスープでも飲もうよ」




