(十一)二人の王子
「どなたも通すな、とのご命令です」
見るからに融通の利かなさそうな近衛兵が横柄に告げる。
ギデオン殿下の部屋を目前にしてまさかの足止めだった。相手は王太子なのだから護衛は当然とはいえ、ジキルは苛立たずにはいられなかった。
「なら、取り次いでくれ。火急の用があると」
精一杯の妥協案を提示するが、近衛兵二人は顔を見合わせて渋い顔をした。
「一晩は誰にも邪魔されたくないと仰せです」
じゃあ仮に暗殺者が忍び込んだとしても命令だったら放置するのか殺されても構わないんだな! 怒鳴りそうになるのをジキルはぐっと堪えた。
「確認ぐらいはしてくれてもいいんじゃないかな?」
「しかし、」
「何者かが屋敷に忍び込んだ可能性がある。王太子殿下の安否を確認したい。俺の婚約者も一緒にいるはずだ」
前半は大嘘。正直、ギデオン王子が殺されようが誘拐されようがジキルには関係のないことだった。だいたい「邪魔されたくない」って深夜に従兄妹と何をするつもりなんだあの馬鹿王子は。
クレア王女の名前まで出したのだ。さすがに確認くらいはしてくれるだろう、というジキルの目論見はもろくも崩れ去った。近衛兵二人は頑としてその場を動こうとしなかったのだ。驚くべき融通の利かなさだった。
「我々では判断しかねます」
「誰だったら判断できるんだ」
ジキルは近衛兵二人を睨みつけ――た途端、答えが浮かんだ。判断ができる人。いるじゃないか。融通が利いて、権限のある人物。
「……わかった」
ジキルは踵を返して、その場を去った。記憶を頼りに部屋を探し歩く。護衛対象の近くの部屋に待機しているのが常だと以前聞いたことを思い出したのだ。
「あきらめるのかい?」
ノエルの声にも応じずに部屋のドアをノック。予想通り、目的の人物――サディアスはまだ起きていた。突然の来訪に目を丸くする。
「こんな夜更けにどうしたんだ?」
「すまないけど付き合ってくれないか? クレアが殿下の部屋に行ったきり帰ってこないんだ」
それだけでサディアスは全てを察した。
「少し待ってくれ」と断って一度部屋に引っ込んだかと思えば、すぐさま最低限の身支度を整えて現れ、ジキルと共に近衛兵二人の元へと向かう。
ギデオン王太子付きの近衛連隊長の命令となれば一介の衛兵は断ることもできない。あっさりと道を譲った近衛兵二人をしり目にギデオン王子の寝室に突撃した。
「ここか」
ノックもそこそこにドアノブに掛けた手をジキルは思わず引っ込めた。
「どうした?」
「いや、ちょっと……」
ジキルは取っ手部分を凝視した。かすかに水滴がついているノブは氷で冷やされたかのように冷たかった。心なしか隙間から漏れる空気も冷たいような気がする。氷。魔剣。嫌な予感がした。ジキルはドアを開いた。
「失礼いたし、」
部屋に踏み込み、ジキルは言葉を失った。が、すぐさま正気に返ってドアを閉める。
「お、おい」
「悪い! ちょっと待ってくれ!」
締め出す格好になってしまったサディアスに詫び、改めて目の前に広がるそれに向き直った。
一言で表すならば『氷室』だった。
部屋の壁はおろか調度品でさえも白く氷に包まれている。天蓋には氷柱が下がり、床は氷が張っている。
「く、クレ……オン」
吐く息さえも凍る氷結世界。その中心に呆然と立つ少女――否、ドレスを身にまとった少年は、緩慢とした動作でジキルの方を向いた。
酷い有様だった。乱れ髪はそのまま。ドレスの肩口は大きく割かれ、かろうじて引っかかっている。力なく下がった手には魔剣――おそらく、部屋を凍らせたのは、あの魔剣なのだろう。
気怠げに向けられた紫色の瞳と目が合う。その瞬間、ジキルの背筋に寒気が走った。部屋の冷たさのせいではない。森の中で魔獣と遭遇した時のような戦慄。得体の知れない威圧感に足が竦んだ。
ともすれば、崩れ落ちそうになる自身を叱咤し、ジキルは口を開いた。
「……クレオン」
何があった。怪我はないのか。大丈夫なのか。ジキルが問いかけるよりも先に、クレオンは白い息を吐いた。
「そう、……だな」薄い唇が言葉を紡ぐ「僕の名はクレオンだ」
うわ言のように虚ろに。
「この国の、王子。先代国王アダムの子」
歌うようによどみなく。
「第一位王位継承権を奪われた王太子。魔女と謗られて死んだエリシアの子」
痛みを堪えるかのように押し殺した声音で。
「呪われた運命を持つ『生まれなかった』王子。十二年間幽閉された『存在しない』はずの者――」
紫水晶を彷彿とさせる瞳に怒りが閃く。激情のままに。ありったけの憎悪と憤怒と呪いを込めて、クレオンは吼えた。
「だが僕は、王子だ!」
それは、血を吐くかのような悲鳴にも聞こえた。
「あいつは、僕を穢そうとした。まるで娼婦のように! 組み伏せて、好き勝手に……っ!」
怒気に呼応するかのごとく凍気が噴出。制御されていない力はジキルへと牙を剥いた。咄嗟に身を躱して難を逃れるが、先程までジキルが背にしていた扉は一瞬にして凍りついてしまった。




