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  (十四)恋する魔女

 つむじ風のごとく現れて去った二人を見送った後、キリアンは仮小屋に戻った。

 いつもより少し広く感じる室内。今日は来客が次々とあったせいだろう。キリアンは放置された空のカップや皿をまとめた。洗い物ついでに夕食の準備もしておこう。献立を頭の中で組みつつ、一つだけ残ったお茶請けの菓子をつまんだ。

「それ、私の分じゃないの?」

 キリアンは弾かれたように顔をあげた。

「てっきり帰ったのかと」

「師匠に挨拶もせずに?」ルルは寄りかかっていた壁から背を離した「心外だわ。そこまで薄情だと思われていたなんて」

「少なくとも、ジキルより情が厚いようには見えないね」

 キリアンはクッキーをルルに手渡した。ジキルからの土産だった。王室御用達の高級店の焼き菓子。話のタネになれば、と彼女は言っていた。たしかに、こういう機会がなければ、庶民には一生縁のない菓子だっただろう。

「甘ったるい」

 咀嚼するなりルルは顔をしかめた。

「そう言うと思ったよ」

 高貴な方々の味覚は下々の人間のそれとは違うようだ。キリアンも口にした時は驚いた。砂糖の塊を食べてしまったのではないかと本気で疑いもした。

 慌てて苦い茶を口に入れたキリアンを見て、ジキルはけらけらと笑った。聞けば、ジキルもまた、初めて食べた時は失敗作を食べてしまったのではないかと思ったらしい。

 自分が受けた衝撃を他人にも味合わせようと考えるあたりが、なんとも彼女らしかった。

「お礼のつもりなら、せめて役に立つものを渡すことね。考えが足りないのよ」

「三年間音信不通だった人に責められるいわれはないだろうけどね」

「はいはい私は兄さん以下ですよ」

 煩わしげにルルは話題を打ち切った。

「……で、このまま黙って引き下がるつもり?」

「何から?」

「兄さんのことよ。何とも思わないわけ?」

「前より野性味が増したね。男装も板についてる」

 ルルは額に手を当てた。苛立っているのがキリアンにも見て取れた。

「真面目にそう思ってるのなら、あんたは救いようのない馬鹿だわ」

「冗談だよ。そろそろ限界だろうね」

 現在、ジキルは十六。幸か不幸か女性にしては貧相な体格をしているので、今はまだ『小柄な少年』でまかり通る。

 だが、確実に成長はしている。以前よりも柔らかく、丸みを帯び始めた身体は、あと一年もすれば立派な女性のそれとなるだろう。欲目を抜きにしてもキリアンはジキルが女性へと変化していく様を感じ取った。ルルも同じだろう。

「そんなに心配なら、素直に戻ったらどうだい? 彼女が無理して男装する必要もなくなる」

「誰があんな馬鹿兄の心配してるって? 勘違いも甚だしいわね」

 元々気の短い末っ子だ。ルルは前髪をかき上げ「ああ、もうっ」と声を荒げた。

「あんたって面倒ね。兄さんが恋してることくらい、気づいているんでしょう? それで黙ってていいのかって私は訊いているの」

 キリアンは手にしていたカップを取り落としそうになった。

「君、僕のことをそういう風に見ていたんだ」

「言っておくけど、ロイスも知っているわ。嫁入り先の宛てができたって、応援までしていた。気づいてないのは本人だけよ」

 参ったな。キリアンは苦笑する他なかった。

 マクレティ姉弟の中で、ジキルを特別扱いした覚えはない。ロイスに獣の捌き方を教えた。ルルに魔法を教えるよう、人見知りの激しい母に頼み込んだ。ジキルには猟を教えた。壊滅的に弓の扱いが下手な彼女には、罠の仕掛け方を教えた。事例だけを挙げれば平等と言えただろう。

「前に師匠が言ってたわ。あんたが頭を下げてまで頼み込むから私を弟子にしたって。師匠に負けず劣らず他人嫌いのあんたが、初めて受け入れた『お友達』なんですってね?」

 ジキル、ロイス、ルルに等しくキリアンは親切にした。何故ならば『ジキル』の家族だからだ。それを下心と呼ぶのならそうなのだろう。だがキリアンにとって、ジキル達の役に立ちたいと願うのは、至極当然のことだった。

 純粋に、力になりたいと思った。助けたいと思った。身を寄せ合って、必死に生き延びようとする姉弟達を。失った母の教えを頑なに守ろうとする女の子を。

「僕は彼女とどうなるつもりもないよ」

 今まで通りで構わない。たまに元気な姿を見せに来てくれるだけで。引き止めようなんて、考えたこともなかった。

「あんたが奥手なせいで失恋しようが私はどうでもいいけど」

 ルルはにべもない。彼女のそういう歯に衣着せぬ物言いは、キリアンは嫌いではなかった。意地っ張りで素直になれないルルは、ともすればいつも不機嫌に見える。

「今は兄さんがあんたとさっさとくっついてくれたら、どんなに楽かと思わずにいられないわ。よりにもよってあの『王子』に惚れるってどういうことよ。本当に信じられないわ」

 やっぱり心配しているじゃないか、とキリアンは思った。同時に『あの王子』って誰だろうと考えた。ジキルの口から出てきた王族は『ギデオン王子』と『クレア王女』だけだったが。

(てっきりそのクレオンという人かと思ったんだけどな)

 キリアンは首をひねった。


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