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異世界焼肉道  作者: グッチ
1.森に出ずんば、極上カルビを得ず
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1-1.始まりの物語




「貴方にとって、焼肉とはなんですか?」




 俺の名前は信田しのだ りゅう

 職業、工場作業員。

 好きな食べ物、焼肉。

 趣味、焼肉。

 無人島に何か一つ持っていくなら焼肉。

 人生最後の食事は焼肉。

 毎週金曜は一人焼肉、土曜は一人焼肉研究を楽しむ、ごくごく一般的な30代の人間だ。


 そんな俺は、今日も今日とて週末の楽しみである土曜日の焼肉研究に向けて買い出しをしていた。

 金曜日は外食で一人焼肉、土曜日は家で新しい焼肉の食べ方を研究している、至って普通の趣味しか持ち合わせていない一般人の俺だが、実は今、大ピンチに見舞われている。


 ふぅ。

 俺は一度息をつき、辺りを見回す。


 木、岩、獣道。

 木、木、木。……あっ、ウサギ。

 よーしよーし。野生の個体のはずだけどずいぶん人懐っこい。……そういえばウサギ肉って鶏肉みたいでうまいって話だよな。今度試してみるかって、逃げられた……。

 まぁ、いいか。改めて周りを見渡しても森しかない。


 落ち着け。確か俺は買い出しに来ていたはずだ。

 それからどうしたんだっけ?

 確か強盗がスーパーに……。

 ……あぁ。俺、刺されたのか。

 確か俺が買おうとしていた一パック6980円の肉をぶちまけられて強盗に詰め寄っていったんだっけ。

 確かに刺された感覚が残っている。

 それを考えると俺は死んだんだろうな。

 しかし、体を探ってみるが傷はない。


 ……これはもしや。

 ここ数年流行りに流行っていた異世界転移というやつではないだろうか。

 マンガやアニメではよく見かけるが、まさか自分が体験することになるとは……。

 なにも、神様も三十過ぎたおっさんを転生させなくても、そういうのは若い活力のある子たちにしてやればいいのに。

 俺はそんなことを思いながらもう少しポケットや服の内側をまさぐる。

 ショルダーバッグ、ある。ハンカチ、ある。財布、ある。スマホ、ない。家の鍵、ある。

 よくよくみたら、服も買い出しに行った時のままだ。これは転生ではなく転移なのか?そう言えば手鏡がショルダーバッグの中に入ってたっけ。

 俺はショルダーバッグの中からいそいそと鏡を取り出し確認する。


「うわっ……」


 明らかに肌艶がいい。

 焼肉を始めてからは結構肌が乾燥してたからな。

 多分、20くらいの時のだ。それに、キャンプでできたやけどの跡もなくなっている。あれは確か23の時だから少なくともそれより前だろう。

 結構大きな跡で、長いこと残っていたからこれはありがたい。

 という事はこれ、転移じゃなくて転生かもなぁ。


 まぁ、ともかく。持ち物確認の続きだ。

 ショルダーバックの中身は……、ほとんど新品のライターとチャッカマン、念のため持ち歩いている充電とソーラー両方に対応した小さなペンライト。金属製のケースに詰め替えたミントのタブレット、それに布製のメジャーか。


 ……みごとに、俺の休日仕様。


 これは不味い。

 ひじょーに、不味い。


 身を護る術がない。

 そしてどこに行っていいかもわからない。

 というか、なぜもっていたスマホがないのかは突っ込んではいけないところだろうか。

 ……あぁ、そういえば刺されたときに手放した気がする。

 あれが原因かぁ。

 うーん。どうしたものか。

 最悪スマホはなくてもどうとでもなるけど、……っていや、調べ物ができないのは結構問題か。


 いやいやそれより、焼肉が食えなくなるのはもっと問題だ。

 死活問題だ。

 いや転生してるならもう死んでるんだろうけども!

 突っ込んでくれる相手もいねぇ!


 よし、いったん冷静になろう。

 転生だろうが、転移だろうが、今は現状を判断する方が先だ。

 俺の少ないマンガ知識を総動員しよう。こういう時のお約束といえば……。

 俺は大きく手を振り上げて万歳のポーズをとる。





「ステータスっ!!!」





 俺の声が大きく森にこだまする。


 どうだ?どうだ!?

 俺は周りを見渡す。

 アニメだったら俺にしか見えない文字とか画面が空間に現れるはず!



 シーン。



 耳が痛いほどの静けさが俺の耳を突く。


 ……あ、あれ?間違えたか?

 だったらこうだ!


 俺は一度手を交差させ大きく左右に広げる。





「ステータス!オープン!」






 カァ、カァ、カァッ。





 何処からともなく、先ほどまでは聞こえなかったはずの鳥の声が聞こえる。









 何も起きねぇ!!!

 俺は膝から崩れ落ちて思わず両手で地面を叩いた。

 くそっ!

 俺の知識じゃ世界の壁は越えられないのか……!


 ……いや、よくよく考えたらそんな大層なものじゃないか。

 別に転生や転移なんて漫画やアニメ、ゲームじゃよくあることだしな。


 ……なんかそう考えたら急に冷静に考えられるようになって来た。

 どうせジタバタしても始まらないんだ。

 早いうちに生活の基盤を整えつつ、帰還の方法を探した方が絶対に良い。

 こういうのは早ければ早いほど、いい方向に転ぶはずだ。

 俺はそう自分に言い聞かせ歩き出した。

 あてなんてないけど、まだまだ初日。

 きっとこの一歩が、明日への一歩となるのだ!








 むぎゅ。







 ん?むぎゅ?


 なんだ?今の地面らしからぬ音は。

 俺は足元を見る。そこには何か、ロープのような茶色くて長い何かが。





 GYHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!





「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?なんか怖い顔ぉぉぉぉ!?」




 回れ右!!

 全力で走る!!

 なんだか分からないけど、とんでもない獣なのは間違いない!!

 ちびりそうだもん!!



 ドドドドドドドドッ!!



 後ろからヤバい音が聞こえる!

 振り向くような暇はない!


 ぬおぉぉぉぉぉ!?

 気張れ俺の足!俺の身体!俺のフワ!ハツ!ミノ!モモ!サガリィィィィィ!

 なんでもいい!肺と足ぃぃぃぃ!?

 ぬおぉぉぉぉぉ!










 俺は全力で足を動かした。

 多分、自分史上最速。自分史上最高の走りだろう。

 はっきり言って、これだけ長い間全力疾走したことなんてない。

 なんだか背後からバキバキと音が聞こえる。



 ヤバイヤバイヤバイ!近いぞ!?もうだめか!?



 そう思ったその時俺の右手の森から何かがバキバキと音を立てて現れる。

 周りの木々を破壊しながら現れたのはティラノサウルスのような巨大な影。

 ちらりと見えたその姿を無視し、俺は走り続けた。

 申し訳ないけど、気にしている暇はない!!






 バキバキ、ゴリゴリと不快な音を背後から聞きながら、俺は全力で逃げ続けた。









 それが、俺の運命を左右するとは知らずに。


 これは、俺がこれから歩む異世界の。


 異世界での焼肉ライフの、ほんの一歩に過ぎなかったのだった。


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