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第十七夜 天命

 小屋から外に出た私とリオスさんは、ただ師匠の背中を見守っていた。私はこれから起こる景色を知っているが、彼は知らない。だからこそだろう。まるで子どものように目を輝かせ、それがもう愛おしくて愛おしくて……。


「天命、『天に命を与える』という意味だ。そもそも魔法の極致とは環境の支配。ではさらにそれを極めた末は……?」


「……世界の創造?」


「ははっ、流石だな。勘がいい」


 そう言いながら、師匠は両手を合わせ、その内側に魔力の奔流を生み出した。右に左に、外に内に。閉じ込めているのは氷の魔力に……殻は無属性だろうか。


「授業だ、リオス。例えばだ、例えば。魔力を酸化させたら、どうなると思う?」


「……? 魔力には酸化も何もないでしょ。魔力そのものは物質に作用するものじゃないし」


「ふふ、頭が固いな。だが、その反応が正しい」


 そう、あくまで“魔法”という形にしなければ、つまりある程度の術式を構築しなければ魔力とはただ体内を流れる血液のようなもの。物質に反応することはない。リオスさんのように魔法を発動する際に演算をしなかったとしても、“何か”を起こそうとするのならば魔力同士を結合させてエネルギーを抽出する必要がある。それが本来の、魔法の最小単位だ。


「つまり、結合した魔力というものがいわゆる魔力。人が引き出すのは全てそれだ。それを意図的に分解し、無理やり大気に繋ぐ」


「……つまり?」


「世界を作るんだよ……ッ!」


 フワリと。その瞬間、暖かい風のようなものが頬を掠めた。実際に生じたのは風ではなく、ただの魔力の波動。それが私の魔力に反応し、波を感じただけ。……なのだが。


「……ん? なんだ、これ?」


「世界だよ、私が作った世界」


「なるほど、これが……」


 一瞬のうちに展開された大きな結界、その中はまるで星空のように輝く氷の粒が待っていた。これこそ魔法、魔法そのものとも言えるような神秘。


「天命とはこの技のことだ。張った結界の内側、それそのものが魔法そのもの。この範囲をなす空間は全て、私の魔力そのものだ」


「へぇ、すごいな。疲れないのか?」


「疲れるさ。だからこその最終奥義。ただ、この天命の中に引き摺り込めば防御はできない。相手の体力が限界を迎えるか、あるいはこちらの魔力が底を尽きるか。あんたも気をつけるといい。天命に引き摺り込まれれば、半端な魔法は飲み込まれ、発動もできない」


 指先をビリビリと痺れさせる感覚が、どうしようもなく美しい。この空間そのものが師匠の魔法領域。そんなところで、安定して魔法を発動できるはずがない。なぜなら、魔力を引き出そうとしてもそれと同時に打ち消されるからだ。


「まぁ、完璧で万能な技というわけでもないが」


「うわっ」


 突然、またフワリと風が吹いた。その瞬間に世界は崩れ去り、再び昼の明るい空が広がった。これはあくまで見本として見せただけだが、その気になればおよそ5分ほどの展開はできるだろう。


「リオス、あんたはこの天命を身につけろ。そしたら封印も解ける」


「……そりゃまたなんで?」


「なんでっておめぇ、天命が極致だからだって。これは魔力制御の到達地点なんだよ。だから、天命を使えるようになれば世界に変な影響を及ぼすこともない」


 そうなれば、再び彼の魔力は無限のものへと戻る。制御できるなら、空も正常に動くだろう。そして、彼が望むならば歳も正常に取るはずだ。彼が望んだであろう、普通の未来。


「ははっ、そうか。100年だ。長かった。……それと比べれば、多少の旅と修練は苦でもない」


「そうか、そりゃあ良かった」


 師匠は珍しく笑いながら、背を向けて小屋へと戻った。良いものを見た、というのが正直な感想だ。一級魔女は、つまり天命を使える者は数える程度にしかいない。それを見れたのは、やはり嬉しい、なんて一言で済ませられることでとなかった。


「そうそう、天命の対抗手段は同じように天命を発動し、世界を乗っ取ることになる。ま、あんたの魔力は底無しらしいからな。文字通りの必殺技になるだろうが」


「えぇー……コワッ」


「あんただよ」


 言葉に聞くと、相変わらず恐ろしい。無尽蔵の魔力とはやはり少々不可解ではあるものの、事実として、それは均衡を崩すようなものだ。


「さっきも言ったが2週間程度で、空は正常に動く。つっても、その正常は誰も見たことのないものだが。その間はウチにいろ。ついでと言っちゃなんだが、あんたの魔力の性質はもう少し調べなきゃならん」


「そういうことならいいよ。ね、メリネア?」


「えぇ、リオスさんがいいなら。もう急ぐ理由はなくなったんだし」


 それから久しぶりに、師匠と過ごす時間が始まった。それも、それまでと違うリオスさんという存在がいたが。

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