第十六夜 キュリアの封印術
「えっと……僕は何をされたのかな?」
弱々しく座り込んだリオスさんの声は、どこか掠れて、柔らかかった。この目で見たことはなかったが……今目の前で起こったのは確かに……。
「あんたの魔力を封印したんだよ。なかなかスゴい魔術なんだぞ? 私ほどの封印術を使える奴は特級を含めてもいやしねぇ」
「へぇ……これが封印される感覚か。急に手足が重くなったから何事かと思ってね」
「そりゃそうさ。今までは持ち前の魔力で身体能力も底上げしてたんだろうからな。急速な加齢にはどならんだろうが、《《年相応》》の疲労感が、あるんじゃねぇか?」
封印術とはつまり、自身の魔力で対象の魔力を封じ込める魔法だ。膨大なリオスさんの魔力を、師匠がどんな方法で抑え込んだのか……恐らく、2つの魔力を結びつけて強制的に小さくしたのだろう。ただそう簡単な話でもないはずなんだけど……。
「じゃあさ、僕は何をしたらいいのかな?」
「何も……何もしなくていいさ。魔力制御がもっと完璧になりゃ、あんたほどの魔力なら勝手に封印が解ける。で、封印したってことは……そうだな、2週間もすりゃあ空も正常に動くだろ」
正常、それはつまり、太陽と月が停滞することではない。リオスさんを追うことでもない。ただありのままの動きを、今日から、今、ここから。
「厄介なことになったね。私は魔法協会に一報入れたかにゃいけねぇな」
「そっか……僕……」
「ッ!? な、お、おい! 泣くこたぁねぇだろ。そんなに魔力が恋しいか……?」
「そうじゃなくて……ありがとう……」
これほど恐れ慄き、そして目を見開いた師匠は見たことがない。……あぁ、いや。今はそんなこと、どうだっていいよね。
「リオスさん、大丈夫だよ。今まで、大変だったね」
「うっ……うっ……」
私はリオスさんを抱き寄せて、子どもでとあやすように背中を叩いた。
思えばリオスさんが山奥で姿を隠していたのも、誰にも迷惑をかけないためだ。嫌われ、追い出され、それでも誰も死なないように、傷つけないように。
こんな風に慰めてもらうことも、たぶんなかったのだろう。美しさは、ときに恐怖を生み、行き過ぎれば慈愛を失わせる。
「こんな……たったこんなことで良かったんだ……」
「“たった”なんて言いなさんな。こんな封印術を使えんのは私だけだと言ったろう? あんたの魔力を封印させられるのなんざ、いつの時代を探しても、私を除いて他にゃいねぇよ」
少なくとも、師匠が幼い頃には不可能だったことだ。だからリオスさんの苦悩は避けられなかったものだろうし、解決できるものでもなかった。それが残酷なのか、あるいは救いなのか……。
「まぁ落ち着くまではそのままでいいが……これかれどうする予定だ? メリー、どこか行く予定はあるのか?」
「せっかくだし、このまま世界を回りましょうかね。リオスさんも世界をまだまだ知らないし、私も一刻も早く二級……いや、一級魔女になりたいですから」
「そうか、そりゃいい心がけだ」
言うだけならば簡単だが、実際にはそうもいかない。二級はまだ力さえあればなんとかなるが……特に一級、それはある種の境地だから。
「メリー、お前は天命の理屈は分かってるのか?」
「理論としては……まぁ。発動できないから困ってるんですがね」
天命、それは魔法師の最終奥義かつ最高の境地。すなわち、その修得が一級魔法師になるための条件だ。世界中を探しても数える程度にしかいない。実際に、私も見たことなど一度しかない。
「良い機会だ。周辺は何もないし、どうだ? 私の天命をもう一回見せてやるよ。なぁ、リオスさん。あんたも興味はねぇか?」
「ん……?」
あぁ、そうか。師匠はリオスさんに見せたいだけだな、コレは。その結果彼がどんな反応をするのか、あるいは成長するのか。それをただ楽しんでいるだけだ。
「天命……というのは?」
「ふふ、興味はあるか。よし、表に出ようか。そこで魔法の極致・“天命”を見せてやる」
意気揚々と立ち上がる師匠、こうなったら止めることなどまずできない。もっとも、こんな貴重な機会を止めようとも思わないわけだが。
初めて見たのは私が師匠に魔法を習い始めたばかりのこと。記憶もまだ確かではなかったし、魔法の理論も、何もかも分からない時期だったためそのスゴさを理解できてはいなかったが、ただ一つ、それは美しかった。
師匠のボロ小屋の周辺はただひたすらの荒野。虫や鳥の気配はあるが、人の気配はない。少なくとも、半径5キロ以内にはまずいない。いくら奥義、天命とは言っても、これだけあれば安全だろう。いや、安全じゃないならこんな場所ではやらないか。
「さぁ、始めよう。一級とは何なのか、その目に焼き付けるがいいぞ、魔法の小童ども」




