うじむし13 しでむし01
俺は人間だ。
いや、人間だった。
今は違う。
今の俺の体は、人間じゃない。
何をバカな、と思うかもしれないが、事実だ。
これが夢ならと何度思ったことか。
今の俺の姿は、お世辞にも気分が良いものとは言えない。
水溜まりで確認したが、そりゃもう酷いものだった。
頭部は金属光沢のある緑色、前翅はビロード状の黒紫色に白い斑点があり、前胸部と前翅の中央部に赤い横帯が入る。体の下面は金属光沢のある青緑色をしている。
何言ってるか分かるだろうか?
俺だって分からん。
ただ一つ言えるのは、これは人間の体じゃない。昆虫の体だ、ということだ。
これは俗にいう人外転生という奴なのだろう。
俺の女友達に、やたらそういうのに詳しい奴がいて、よく勧められたものだった。
おれ自身は興味が無かったが、感想を言うために必死に斜め読みしたものだった。
こんなことになるなら、もっとしっかりあの手のネット小説を読んでおくんだった。
後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
まぁ、そのお陰で、軽いパニック起こしたくらいで済んでいるんだけど。
これ、前知識なかったら完全に発狂モンだったな。
とにかく、俺は今、カラフルな光沢の昆虫になっているということだ。
元の知識をもとに観察するに、ハンミョウ、って虫が一番近いかな。
あれだ、綺麗な外見に反して、強靭な顎で動物の死体とか食う虫だよ。
あぁ、つまり俺って、動物の死体とか、小さな虫を捕まえて食わなきゃいけないってことだよな。
しかもどうやらこの体はまだまだ幼虫に近いらしく、力も何もない。
餓え死にまっしぐらかよ、と思っていたけど、どうやら親虫が餌を運んできてくれるらしい。
有り難い。
何より、渡される食べ物が肉団子の形をしているというのが良い。
これが思いっきりイモムシとか、何かの死体とかの形を残していたら、食えなかったかもしれない。
他の幼虫仲間が我先にと食いつき始めるから、俺も負けじと食い付いた。
あれだね、譲り合いの精神とかまるで無いわ。
自分が腹一杯になるので皆必死だわ。
俺も、他人を押し退けるのに少々抵抗があったけど、それでも食わない訳にはいかないから、悪いけど弱そうな奴は押し退けさせてもらった。
悲しいけど、これって弱肉強食なのよね。
そのすぐ後、弱いやつを押し退けて肉団子にかぶり付いてて良かったと、心底思う羽目になった。
肉団子を食えずにまごまごしていた幼虫の一匹が、親虫に食いつかれ、あっという間に食い殺されたのだ。
弱肉強食にも程がある。
飯も食えない弱い個体は、親に食われるらしい。
それが当然なのか、それとも自分だけは食われないよう必死なのか、周りの幼虫は食われた仲間に見向きもせず、一心不乱に肉団子を食べていた。
マジかよ。
もうちょっと、なんか、無いのかよ。
いや、無いんだろうな。
俺が驚いて食うのを止めていたら、親虫は今度は俺を見詰め出した。
あれは獲物を狙っている目だ。
昆虫に転生したとか、明らかに他の虫を捏ねた肉団子を食わされているとか、そういった疑問や嫌悪や驚愕はすべて置いておいて、俺はまず食わなければいけないらしい。
死なないために。
食われない為に。
俺が生存に足る強い幼虫である、と親虫に理解させるために。
どうしてこんなことになったのか、とか、どうしたら元に戻れるのかとか、諸々の疑問は全て後だ。
俺は、まずは生きる。
『獲得経験値が一定の値を越えました。名前:未設定 はLv. 2からLv. 3にレベルアップしました』