殺し屋の思い出話・後編
アン
「……あっ!!」
アンはさっと枕から顔を上げた。耳元で携帯電話がうるさく鳴っていた。
何だろう、さっきの夢は。僕とエイジが、初めて会った日の夢だ…
寝ぼけたアンの頭は、過去も現実も区別がつかなくなっていた。ただ、今はあまり気分が良くない。
僕は臆病だ。それは昔も今も、変わらない。
あの日、アンはセキエイのベッドで、ひたすら惰眠を貪った。ただしアンには、眠っていた時間はほんの一瞬にしか感じなかった。体はズンと沈み、何かのスイッチが切れたかのように、アンは眠りに落ちた。かと思えば、ふわっと軽く宙に浮き、その感覚とともに目が覚めていた。
…?話し声が聞こえる。でも、何語だ?あいつ、中国人じゃないのか?
アンが寝ていた部屋の扉には、少し隙間が空いていた。そこから、会話が聞こえる。アンは忍び足でベッドから起き上がった。
「…ペットじゃないんだよ、どうすんだよ、その女の子を…」
セキエイ
「あの子はエスパーだ。しかも、俺の会ったエスパーの中で一番強い。俺は仲間にする。」
…さっきのやつの声だ。しかし、なんて言ってるのかまるでわからんな…
アンは隙間に耳をかざして、会話を聞いていたが、それは日本語だった。
「仲間にするったって、どうすんだよ。どうやって生活するんだよ。あのブタ箱に突っ込むのか。まさか、俺の嫁にするーなんて、訳のわからねーこと、言うんじゃないだろうな?」
セキエイ
「ここに住む。いいだろ?この部屋だって、俺が稼いだ金だろ!?」
話していたのはセキエイとおっちゃんだった。もちろん当時のアンには、誰だかわからない人物だ。ドンドンと口調が荒くなる。アンにとって、それは恐怖でしかなかった。
「ここに住む!?あの子の書類を見たが、あの女優のアメジストの娘だと!?バレたらどうすんだ、学校だの役所の手続きだのどうすんだよ、そんな簡単な話じゃないだろ!」
えっ!?母さんの名前!?アンはこのとき、自分に関する話をされていることに、ようやく気がついた。
アンの背筋が凍りついたのは、言うまでもない。心臓をプレス盤で、ジワジワと潰されている気分になった。それでもアンを無視して、会話は続いていた。
セキエイ
「俺も見たよ。その書類を書いて役所に出せば、あの子の居場所は移せるはずだ。」
「そうだけどな、人間が生活するのはそんなに簡単なことじゃねーんだよ」
セキエイ
「じゃあ売り飛ばせっていうかよ!!金なんかいらねーよ、俺はもう、下手なサラリーマンの一生分よりは稼いでるわ!」
…もう嫌だ、聞きたくない…アンは、両手で耳を塞いだ。
「金、金って…お前はいつから金で物を言わすようになったんだ!?」
そして遂に、荒い口調の中に、ため息が混ざるようになった。
アンの目元から、涙がこぼれ落ちるようになったのは、このときからだった。
セキエイ
「悪かったな、金に物を言わせて!!父親の真似をしただけだよ、俺は。」
セキエイはそう啖呵を切ると、バタバタ足音を立ててアンの元へと向かっていった。
…逃げなきゃ、でも、もう…
アンの思い通りに体は動かなかった。気がつけばセキエイは、あっという間に扉を開けてアンの目の前にいた。アンにとって、セキエイは悪魔でしかなかった。
セキエイ
「あ…」
アンとセキエイは、目を合わせてしばらく互いに固まっていた。
何をすれば良かったのか。思い返しても、アンに答えは出せなかった。大人になったアンは今、耳元で鳴り響く携帯電話を手にした。
アン
「もしもし…」
ルチル
「あ、アンデシン様、てぇへんだ!!」
電話の相手はルチルだった。しかし、携帯電話の画面に映る番号は知らない番号だ。
アン
「ルチル?今、どこにいるの?」
あくびを噛み締めながら呑気に電話に出るアンとは、ルチルはまるで様子が違うようだ。さすがのアンも、なんだろうと身構え始めた。
ルチル
「け、警察から連絡がなかった!?あいつ、捕まったって…」
アン
「あんだってぇぇぇ!?」
アンは慌ててベッドから飛び降りた。




