第九十三話 家族の絆
――一方、時は少しさかのぼり――……。
テラスでエリアスたちと分かれてから、いろいろあったからか、なかなか寝つけなかったレオは、ひとりで魔王城の図書室にこもって夜の読書にふけこんでいた。
(……さすがは魔王城。古書も禁書も節操なくそろってんなあ)
『学府』では禁書として閲覧不可だった本も、ここでは無造作にぼんぼんと置かれている。レオにとっては宝の山だった。
(あ、これ前から読みたかった本じゃねぇか!)
読みたい本ばっかりで困っちまうな、とひとり楽しげにぼやきながら、目についた本に片っ端から手を伸ばして、片腕に抱えている本の山にまたそれを乗せていく。
そんなことを繰り返しているうちに、いつのまにか自分の腕には、抱えきれないほどの古書が積み上がっていた。
(あ―……、さすがの俺でも明日の朝までには読み終わんねぇよな、この量……)
明日は自分の兄――魔王から、『創世記』に書かれていたこの世界の創世暦時代の出来事について長話を聞く予定になっていた。
それまでにこの本たちを全部読み終えておきたかったのだが、たとえ徹夜したとしてもこの量をすべて攻略するのは難しそうだった。
とりあえず読めるところまで読もう、と割り切ったレオは、持ってきた本の山を近くにあったローテーブルにどっかりと乗せて、自分はそのへんに投げ置かれていた長椅子に腰かける。
(『創世記』か……。ついに、隠されたこの世界の真実を知るときがきたんだな)
明日、魔王の話を聞けば、なぜ月の女神がこの世界を消滅させようとしているのか、その原因となったイヴァン・クラレンスとレナード・ゲインズの過ちについて、史実に都合よく隠されていたとんでもない出来事が明らかになるのだろう。
(レナード・ゲインズの過ち、か……)
詳細はわからないが、ヨハンにちらっと聞いたところによると、どうやら自分のご先祖様であるレナード・ゲインズは、創世暦時代にイヴァン・クラレンスとなんらかの過ちを犯してしまい、いま創世の女神と呼ばれている太陽の女神と月の女神の力の均衡を崩してしまったらしい。
それを引き金に、この世界は創造エネルギーというものを定期的に補給しなければ成り立たなくなってしまい、勇者と魔王の制度が生みだされたのだそうだ。
つまり、長年繰り返されてきた、勇者と魔王のどちらかが犠牲にならなくてはいけない要因は、自分の祖先の失態にあったのだ。
月の女神がこの世界の消滅を願ったのも、そのあたりが原因になっているらしい。
詳しいことは明日魔王から教えてもらえるだろうから、あれこれ深く考える必要はなさそうだが、自分の祖先が引き起こしてしまったなにかが月の女神がこの世界の消滅を願うきっかけを作ってしまったのなら――子孫である自分が、そのおとしまえをつけるのは当然のことだろうと思えた。
(もっともっと、頑張らねぇとな……)
そういった背景があるならなおさら、自分にはこの戦いを背負う責任があるのだ。
レナードの子孫として、勇者の魔法使いとして、この世界を担っているエリアスや魔王、アキやナコをしっかりと守れるように、誰よりも優れた魔法使いにならなければと思う。
(……そういや、アキのやつ、どうしてっかな)
ふと、報われそうにない片想いの彼女……アキのことを思い浮かべる。
魔王から自分とエリアスの過去の話を聞いたとき、彼女は泣きそうな顏をしていた。
顏になんでも出ちまう彼女は単純というか……いや違う、とても可愛いと思うのだが、エリアスや自分のことであんな顔をさせてしまったのは、申しわけなかった。
自分は、彼女に極力悲しい顔をしてほしくない、笑っていてほしいのだ。
きっと、だいぶ悲しい思いをさせて、心配をかけちまっただろうから、明日にでも俺たちは大丈夫だからって伝えにいかねぇとな――と、レオはひそかに胸に誓う。
そのとき――
キィ、と図書室の扉が遠慮がちに開かれて、暗がりに一筋の光が射しこんだ。
…………ッ!
「――誰だ!」
戸口を振り返っておもわず声を張ると、そこには、魔王がこちらの様子をうかがうように、ちらっと扉から半分だけ顔を覗かせていた。
(なんでそう人を脅かすような登場の仕方をするんだよっ)
こんにゃろめ、と心のなかで冗談まじりに文句を言いながら、レオは戸口に歩み寄る。
「兄貴、こんな時間にどうしたんだよ? 兄貴も調べ物か?」
「いや……」
ゆるく首をふって、魔王は部屋に入ると、ぱたんと後ろ手に戸を閉めた。
「おまえに話したいことがあって探していたのだ。少し、時間をもらえるか」
「……話したいこと? そりゃ、かまわねぇけど。なにか大事なことなのか?」
魔王の改まった様子に、何事かと首を傾げながら、レオはそのへんにあった布張りの椅子を魔王に勧める。
魔王は、向かいに座ったレオをその赤い目でまっすぐに見つめると、寝静まった周囲に配慮してか、静かな声で話しだした。
「さきほど皆の前で話し忘れてしまったことがあってな。おまえにとっては大事な話かもしれぬから、忘れぬうちにと思って伝えにきたのだ。おまえの目のことなのだが――」
「……目?」
予想外の話題に、レオはそれこそ目をぱちぱちしながら、自分のそれを指さす。
魔王はうなずいた。
「ああ。おまえの目は、もともとレナードと同じ青色だったのだ。それがなぜ、いまは紫色なのか、そのことを言い忘れてしまってな」
ああ、そういや気になっちゃいたんだよな。
ふんふん、と興味津々に身を乗りだせば、魔王が真顔で自分の目を指さした。
「私の目は赤色だろう? それで、私の魔力をおまえに与えたときに、なぜか私の目の色までおまえに伝わってしまってな、おまえの色と混ざってしまったのだ」
「え?」
なんとなく魔王がこの先言おうとしていることがわかって、レオは眉をひそめる。
つまりあれか、要するに――
「……俺の目の青と兄貴の目の赤が混ざって、俺の目は紫色になったってことか?」
大正解、とばかりに魔王が嬉しそうにぽんと手を叩く。
レオは、急激に脱力してわなわなと肩を震わせた。
(なんだよ……、なんだか壮大な理由でもあるようにもったいつけておいて、ただ色が混ざっただけっていうオチかよ……!)
レオは、渾身のツッコミとばかりに両手でローテーブルを叩いて叫んだ。
「――絵の具かよッ……!!」
そんな単純な理由だったのか、とレオは頭をかきむしる。
とても理論的で納得はできた。そりゃ自分の目は紫色になるはずだ。
(……でも、あらたまって言うもんだから期待しちまったじゃねぇか! この目になにかとんでもねぇ特殊能力でも秘められてるんじゃねぇかって!)
はー、と頭を抱えていると、魔王はうきうきと両手の拳を握った。
「な、驚いただろう!? なんというか、おまえと私の家族の遺伝的な絆を感じるだろう!? 私たちは、魔力だけでなく目の色でも繋がっているのだ!」
「あーはいはい」
嬉しそうでなによりです……。
そう軽くあしらいつつも、レオは内心じつのところ嬉しかった。
それこそ、魔王との兄弟の繋がりを、魔力という一見目に見えない内面的なものじゃなく、目の色という外見的なものにもあるのだとわかったからだ。
自分の目などとくになんとも思ったことはなかったが、兄と繋がりのある特別なものだとわかると、急に大切に思えてくるから不思議だった。
(……まあ、くやしいから兄貴には言わねぇけどな)
自分の薄い反応を見て、レオぉおお嬉しくないのかぁああ、と嘆いている魔王に照れ笑いを向けた――そのときだった。
ガシャ――――ン、と、なにかガラス製のものが割れる音が遠くに聞こえたのだ。
「なんだ!?」
おもわず立ちあがって周囲を見渡したレオに、魔王が神妙な顔つきで席を立つ。
「……レオ、急ぐぞ。なにか、異形の気配がする」
「異形!?」
「ああ。魔物ではない何かが我が城を襲っている。……ふん、勇者に魔王、その片腕たち、そして最強の魔法使いと神官がそろっている我らを襲うなど、身の程知らずの相手だな。――叩きのめしてくれよう!」
魔王はまとっている黒のマントをひるがえすと、颯爽と図書室から飛びだしていく。
(……兄貴、伊達に魔王って呼ばれてるわけじゃなさそうだな)
一瞬で魔王の顔つきになった兄を目の当たりにして、レオは口もとを持ち上げる。
(ったく、頼もしいぜ!)
――兄貴の言うとおり、いまの最強メンバー勢ぞろいの俺たちを襲うとは良い度胸だ。
レオは図書室を後にしながらも、さきほどの魔王の言葉が引っかかっていた。
(異形って……どういうことだ?)
魔王は魔物ではない何かと言っていたが、それはいったい何者なのだろう。
魔王自身も正体まではわかっていないようだった。
(本当に、俺たちで太刀打ちできる代物なのか――?)
一抹の不安を抱えながら廊下へと出たとき、ちょうど異常を聞きつけて駆けつけてきたエリアスと合流した。
そして、反対側からはサトクリフとヨハンが走ってきて――
――俺たちは、ヨハンから、この異形のとんでもない正体を知らされることになるのだ……。




