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第九十四話 禁忌


「――レオ、魔王!」


 廊下を全速力で駆けていたエリアスは、前方の図書室から魔王と、それに続いてレオが飛びだしてきたのを目に入れて、走る速度を落とさずに大きく手を振った。


 エリアスに気づいた魔王が、ぱっと顔を輝かせて片手を上げる。


「エリアス! ちょうどよかった。力を貸してもらえぬか?」


 エリアスは、疾風のごとく走って魔王とレオのところで急ブレーキをかけて止まってから、魔王の言葉に二つ返事でうなずいた。


「それはもちろんです、魔王! それよりも、この騒ぎ、いったいなにがあったのですか?」


 乱れた髪もそのままに問いかけると、周囲を警戒して見渡していたレオが、表情を曇らせて首を左右に振った。


「……それが、俺にも兄貴にもなにが起きてんのか正確にはわかんねぇんだ。兄貴が言うには、魔物とは違う異形がこの城を襲ってるとか……」


「異形……?」


 魔物ではないものとすると、獰猛な野獣……とかだろうか。


 問いかけるように魔王に視線を向けると、魔王もレオと同じように首を振った。


「私にも正体まではわからないのだが、いままで対峙したことのない気配を感じるのだ。人であって、人でないもののような……」


「人であって、人でない……」


 エリアスが思案するように顎に手を当てたそのときだった。


「大変だァ――――っ! 戦えないやつはひとまず逃げろ―――っ!」


 廊下の先からサトクリフが城内に呼びかけている声が聞こえて、エリアスたちは、はっとそちらに顔を向けた。


 即座に、サトクリフに声をかけられた侍従や侍女といった高位の魔物たちが、わらわらと廊下に飛びだしてくる。


 その人波に飲み込まれそうになっていたサトクリフが、遠目にエリアスたちの姿を認めるなり、大きく声をあげた。


「あ―――っ、魔王サマたち発見! クラレンス、こっちだ! 皆さんこちらにいらっしゃるッ……!」


 後ろを振り返って叫ぶサトクリフの台詞から、ヨハンも一緒にいるのだろうとわかる。


「ち、ちょっと待ってくださいサトクリフ……! 僕は貴方みたいに体力ばかではないんですよっ! 魔族の足で全速力で走られたら追いつけませんから……っ」


 ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をしているのが伝わってきそうな様相で、サトクリフの後方からよろよろとヨハンが姿を現した。


(よかった、ヨハンも無事だったみたいだ……!)


 エリアスはふたりに向かって大きく手を振る。


「ヨハン、サトクリフ、こっちだ!」


 そう呼びかけると、サトクリフが息切れ気味のヨハンの腕を引っ張りながら駆け寄ってきた。そうしてエリアスたちのもとまでくると、サトクリフが額の汗を拭って言う。


「いやァ、皆さんおそろいでよかった! 大変なんですよッ! やばい奴らが大量発生して魔王城に襲いかかってきてまして……!」


(やばい奴ら……?)


 身振り手振り大仰に伝えてくるサトクリフに、レオも魔王も、そしてエリアスもおたがいの顔を見合わせて首をかしげる。


 そんなサトクリフの頭を、ヨハンがぺしんと軽く叩いた。


「サトクリフ、そんな説明じゃわからないでしょう。――皆さん、落ちついて聞いてほしいのですが、この城を大量の死霊が襲っています。死霊とは、いわゆるゾンビ――なんらかの力によって、亡くなった人間の死体がよみがえって歩きまわる存在のことです」


 亡くなった人間が――……よみがえる?


 エリアスたちが息を呑むなか、レオが代表で口を開く。


「……死体がよみがえるって――死んだ人間が生き返るってことか? まさか、おまえら蘇生魔法にまで手を出してんのかよ……!?」 


 震える声で問いかけるレオに、ヨハンは肯定するように目線を伏せる。


(蘇生、魔法……)


 知っている単語に、エリアスはヨハンを見返した。


(……俺ですら聞いたことがある。その魔法はたしか――)


 エリアスが思いだそうとしているなかで、レオが我慢がならないといった様子で声を荒げた。


「――融合魔法といい、蘇生魔法といい、おまえら『神殿』はどれだけ禁忌の魔法に手を出せば気が済むんだよっ!」


「レオ、よせ! ヨハンの責任ではない!」


 魔王がレオの肩に手を置いて、レオは、はっとして口を閉じた。


 一瞬ヨハンとレオのあいだに流れていた緊迫した空気が、魔王によって和らげられる。


 レオは、きまり悪そうに唇を噛みながら、ヨハンに頭を下げた。


「……悪ぃ、いまのは八つ当たりだ。おまえのせいじゃねぇ。むしろおまえは、いまの『神殿』の在り方を変えようとしてくれてんだもんな」


「いえ……。レオの気持ちはもっともです。『神殿』はそれだけのことをしているのですから……」


(そうだ、思いだした……)


 レオやヨハンが問題視するように、蘇生魔法は、相当に触れてはいけない禁忌だということは、魔法が専門でない自分でも知っていることだった。


 蘇生魔法とは、死んでしまった人をよみがえらせる、命の冒涜ともいえる魔法の系統のことだ。


 蘇生魔法は、長年『神官』たちや『魔法使い』たちによって研究されてきた魔法の分野の一種で、魔法で人の生死をコントロールできるようになれば、人は不老不死になれるかもしれないということで、魔法に長けた多くの者たちを魅了し、躍起になって研究されていた分野だったと聞く。


 けれど、先に言った命の冒涜という理由から、現在は禁忌の魔法として研究が禁止されているのだ。


 蘇生魔法は主に創世暦時代に研究されていて、成功を夢見て目の色を変えた『神官』や『魔法使い』たちによって研究はひどく活発で、その過程で数々の人体実験がおこなわれ、多くの一般の人びとが犠牲になったのだという。


 自然の摂理に反することや、そういった人体実験の悲劇もあって、蘇生魔法は、融合魔法のように絶対に侵してはならない禁忌とされてきたのだ。


(だから、俺たちの時代でお目にかかることはないと思っていたのだけれど……)


 『神殿』は、融合魔法だけでなく、蘇生魔法にも手を出していたのだ……。


 ヨハンは、レオにまっすぐな視線を向けると、真剣に目を細めた。


「レオ、皆さん、じつは死霊を操る魔法は……蘇生魔法ではないんです。創世暦時代、数々と研究者たちが蘇生魔法の完成をめざして研究を続けましたが、死んだ者の魂を呼び戻して生き返らせることはついにできなかった。けれども、彼らは魂のない死体をよみがえらせることには成功したのです。その魔法のことを――僕たちは、死霊魔法と呼んでいます」


「死霊魔法……?」


 今度は聞いたことがないというふうに、レオが聞き返す。


 つまり、蘇生魔法に達せられなかった前段階の魔法系統、ということなんだろうか――……?


 ヨハンにそれを問いかけようとしたそのとき、突然、廊下の先にあった一室の扉が力任せに突き破られて、そこから泥人形のように朽ちた人間が幾人も飛びだしてきた。


 泥人形は髪の毛が抜け落ちて、眼球は腐った肌からこぼれ落ち、引きちぎれてぼろぼろになった衣服からは骨が見えそうなほどのおぞましい手足が覗いている。


「な、な、なッ……!」


 ひどい悪臭と、泥人形たちの発している言葉ともいえない低い唸り声に、レオが青ざめてわずかに後ずさる。


 エリアスも、はじめて見る不気味な怪物たちに、思わず体を強張らせた。


(な、なんなんだ、あれはっ……!)


 あれが、ヨハンの言っていた死霊なのか――!?


 反射的にエリアスが聖剣を抜き払うと、泥人形たちが一瞬怯んで動きを止める。


(なんだ……?)


 エリアスは、訝しげな顔をして、泥人形たちを観察する。


 もしかしたら、彼らには聖剣の聖なる輝きが効果があるのかもしれない……?


 サトクリフも腰の二刀を抜き払いながら、時間がないとばかりに、いままでの経緯を矢継ぎ早にみんなに説明する。


「じつは、勇者殿たちが『学府』から連れ帰ったあの男の教師――彼の遺体を、今晩は地下室に安置して、明日の朝にでも全員がいるところで祈祷しながら火葬しようと思ってたんです。それで、寝る前に念のため遺体の様子を見にいったら、亡くなったはずのその男性教師がいきなり起きあがって――それで、奴がなんらかの魔法を使ったと思ったら、あの死体どもがどこからともなく無数に湧いて出てきたんですよ……! しかもあいつら、攻撃しても何度も何度も再生しやがる……!」


 それでひとまず城内の魔物たちに危険を知らせるために声をかけてまわっていたところ、サトクリフはヨハンと合流して、そしてエリアスたちと出会うに至ったらしい。


 ヨハンが背中の杖を引き抜いてかまえながら、サトクリフの言葉に付け加える。


「……おそらくは、『神殿』があの男性教師に死霊魔法をかけてあったのだと思います。彼が亡くなったとき、死霊として復活して僕たちを襲えるように。あの教師には、融合魔法と同時に死霊魔法もかけられていたということなりますね……」


 ひどいことを……、とヨハンが唇をかんで顔を伏せる。


(あの男性教師に死霊魔法がかかっていた……ということは、この被害は、俺があの教師を連れてきたせいで起きた――?)


 エリアスはその予感にいきあたって、みんなの顔を見渡して頭を下げた。


「……みんな、ごめん……! 俺があの教師をこの城に連れてきたせいで、城や魔物たちに被害が……!」


 けれども、魔王がぶんぶんと首を横に振って、即座に否定する。


「いや、むしろエリアスがあの教師を我が城に連れてきたことは幸運だったのだ。もしも『学府』であの教師を倒し死霊魔法が発動してみろ、学生たちにあの死霊どもが襲いかかって、甚大な被害が出ていたかもしれん。それに、魔法を愛し、前途有望な若者たちに、あのような禁忌の魔法など見せぬほうが良いのだ」


 おまえの判断は間違っていない、と魔王はエリアスを励ますようにかすかに笑みかける。こういったさりげない優しさが、魔王とレオはよく似ていた。


 魔王は、話題を変えるようにヨハンに向き直る。


「それでヨハン、死霊どもは倒しても倒しても再生するといっていたな? 完全に倒すにはどうしたらよいのだ?」


 ヨハンがはっきりとした口調で答える。


「聖遺物と太陽系魔法による攻撃が有効です。創世の女神の力を受けた聖遺物と、退魔効果のある太陽系魔法は、自然の理から外れたあのさまよえる魂を浄化できます。レオは聖短剣、エリアスは聖剣、魔王はその腰の赤い布――それは聖衣ですね、それを使って戦ってください。僕は太陽系魔法と聖槍で戦います」


 ヨハンがさりげなく言った一言を聞きとって、レオが魔王の腰の布に目をやる。


「聖衣って――兄貴、おまえそれ聖遺物だったのかよ!?」


「そうだ。勇者のエリアスが聖遺物の聖剣を持っているのだから、魔王である私も持っていてしかるべきだろう。ただのお洒落な腰巻だと思ったら大間違いだぞ」


 ひらひら、とわざとらしく腰巻――じゃなかった、聖衣をはためかせる魔王に、誰もお洒落とか思ってねぇし、とレオが脱力して頭を抱えている。


 それにしても、聖遺物はいくつあるのだろう。


 今のところ、自分の聖剣、魔王の聖衣、レオの聖短剣、ヨハンの聖槍、アキの聖弓――といったところだろうか。


(アキが聖遺物を持っているとすると、もしかしてナコも持っている可能性がある……?)


 エリアスがふとそんなことを思っていると、じりじりと迫りくる死霊たちを見据えて、ヨハンが十字架の杖を眼前に構えた。


「皆さん、ひとまず僕が死霊を倒してみせますので、見ていてください」


 言うが否や、ヨハンは杖をくるくると回して、とん、と地面を突いた。


 次第に距離を詰めてくる死霊たちを前に、女神に祈るように目を閉じる。


「――創世の女神よ。不浄の魂を天に還し、滅びゆく肉体に安息を与えよ」


 ――ターンアンデット……!


 ヨハンの涼やかな声が凛と響き渡ったと思うと、ヨハンの足もとに淡い光を放つ魔法陣が開かれて、それが消失したと同時に、目の前にはびこっていた死霊たちが光の奔流に包まれる。


 死霊たちはそれぞれになにかに耐えているようなうめき声をあげたかと思うと、次第にその声が小さく消えていき、光のなかに溶けて呑みこまれていく。


 完全に死霊たちの身体が光に覆われたかと思うと、その刹那、彼らの身体が小さな粒子となって弾けるように霧散した。


 光が消失すると、その場には塵ひとつ残されていなかった。死霊たちの魂は、ヨハンの太陽系魔法によって完全に浄化されたのだろう。


 ヨハンは額の汗を軽く拭うと、エリアスたちを振り返った。


「……なんとか上手くいきました。このように、太陽系魔法の一種である退魔の魔法で死霊を浄化することができます。皆さんは太陽系魔法でなく聖遺物での攻撃になりますので、物理攻撃も魔法攻撃も、極力聖遺物を通しておこなってください」


 わかった、とエリアスたちはそれぞれにうなずく。


 自分はいままでどおり聖剣で攻撃すればいいのだろう。


 複雑に考える必要のない相手なら、どんどんと倒して数を減らしていけばいい。


 みんなが聖遺物を構えて気合十分になっていると、ヨハンが注意事項とばかりに人差し指を立てた。


「皆さん、ひとつ気をつけていただきたいのですが、彼らはいままで亡くなった死者の方々ですので、ほぼ無限といえる数が出現します。死霊術を発動している本体――……あの男性教師の魂を浄化させないことにはいたちごっこです。僕たちが疲弊するまえに、大元を倒しに行きましょう」


 レオがうなずく。


「それはわかった、それはわかったんだが――無限に出現するってことは、もうこの魔王城はかなりの死霊に攻め込まれてるってことだよな……?」


 そこまで言って、レオはエリアスと魔王のふたりを見やった。


「それで、エリアス、魔王、アキとナコはどうしてる? あいつらはいまどこに――」


 顔を青ざめさせるレオに、エリアスは息を呑んだ。


 ――『様子を見てくる』。


 そういって部屋を飛びだしてきた自分は、アキをひとりで室内に残してきたままだ。


 死霊が魔王城全体に出現しているとしたら、いまごろアキのところにも――。


 冷や汗が頬を伝って、エリアスは気の急くままに来た道を振り返った。


「まずい、アキはひとりで部屋にいるんだ……! 俺、いますぐ戻――……っ」


「――待ってください!」


 すぐにでも部屋に引き返そうとしたエリアスを、ヨハンが鋭い声で呼び止める。


「エリアス、アキは聖弓の使い手です! それに、彼女は僕たちと旅をして過酷な戦線を幾度も切り抜けていますので、とても強くなっていると、僕は思います。そう簡単に死霊に後れを取ることはないはずです」


 ヨハンはエリアスとレオを落ちつけるように言って、次は魔王に体を向ける。


「ナコも同じことです。僕の予想ですが、彼女はおそらく聖遺物の『聖血』を継いでいると思われます。聖血は女神の血肉そのものと云われていて、ナコはもっとも女神の存在に近い聖遺物の使い手なのです。だからこそ、月の女神の人格が彼女に宿っているのだろうと、僕は前々から思っていたのですが――」


(なんだって……?)


 ナコが、女神にもっとも近い聖遺物の使い手――?


 ヨハンはそこまで早口でまくし立てて、自分の思考をそこで止めるかのように頭を左右に振った。


「すみません、今はそれどころではないので、その話は後にしましょう。ともかく、アキとナコは自分の身に危険が迫ればそれなりに戦えるはずです。慌てて行動を起こさず、段取りを練りましょう。みなさん、僕の作戦を聞いていただけますか」


 そうしてヨハンが考えてくれた作戦によると――


 まず、死霊に対してもっとも高い攻撃力を発揮できる自分とヨハン――聖剣と退魔魔法の使い手――が、大元の男性教師の浄化に向かうことになった。


 そして、死霊に対して広範囲に攻撃していっきに浄化できるレオと魔王――聖遺物を使った魔法攻撃の使い手――が、アキとナコの救出に向かうことになった。


 さらに、現在ギルフォードは城内の魔物たちの保護に奔走しているそうで、サトクリフはそれに加わることになった。


「――作戦は以上です。レオと魔王は、アキとナコを救出次第、ふたりを連れてエリアスと僕に加勢にきてください。聖遺物の使い手は、多ければ多いほど有利ですので」


 わかった、とレオと魔王が神妙にうなずく。


 エリアスは聖剣を鞘にしまうと、気を落ちつけるように胸に手を当てた。


(俺が大元を倒して――……死霊たちの出現を止める。アキ、それまでどうか無事で)


 エリアスは冷静さを取り戻すと、いまにも駆けだそうと足を踏みだしていたレオの背中に声をかける。


「レオ、アキのことをよろしく頼む! 彼女を助けてやってほしい!」


 レオは振り返ると、にっと笑って親指を立ててみせた。


「おう、任せとけ! あいつには指一本触れさせねぇからな!」


 レオはアキの部屋へ、魔王はナコの部屋へ、サトクリフはギルフォードと合流するためにそれぞれの方向に走り去っていく。


 仲間たちの頼もしい背中を見送って、エリアスはヨハンに向き直った。


「ヨハン、俺たちも行こう。はじめての――魔王との共闘だ!」


 エリアスはヨハンをともなって、男性教師のいる地下室をめざして走りだす。



 それぞれの場所での総力戦が――始まろうとしていた。


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