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第八十二話 昨日の敵は今日の友

 開け放たれた魔王城の扉からはっきりと姿を現した魔王に――エリアスは、気絶したままの男性教師を両腕に抱えたまま、魔王のその姿を目を見開いて凝視していた。


 勇者は、魔王を倒すためだけに女神によって生みだされる。


 魔王もまた、勇者を倒すためだけに女神によって生みだされるのだ。


 つまり、勇者と魔王は宿敵でありながらも、同じ母から生みだされた兄弟のような存在で――エリアスは、はじめて家族に会えるのだという情と、自分が倒さなければならない最後の敵といよいよ対峙するのだという緊迫感で、期待と不安がないまぜになったなんとも言いがたい気持ちになっていた。


 エリアスと横並びにいるレオやヨハン、アキも警戒を怠っていないようで、それぞれの武器に手をかけたまま睨むように魔王の姿を見すえている。


 やがて扉が完全に開ききると、目にも鮮やかな深緑色の長い髪を揺らしながら、魔王その人が両手を広げて進みでた。


挿絵(By みてみん)


 見る者をすくませる真っ赤な瞳に、金のふちどりのされた豪奢な黒いローブ――おもわず息を呑むエリアスを、なだらかな石段の上からまっすぐに見おろした魔王は、心地よく低い声で朗々と言った。


「よく来たな、勇者よ―――……あっ」


 最後の、「あっ」のところで自身のローブの裾をつま先で踏みつけたらしい魔王が、ぴん、とマントの布が張ったかと思うと――そのまま前のめりに倒れて、景気よく顔面から石段を転げ落ちていった――って、魔王ぉおおっ!?


「わ――――、まじかよ、転んだぞあいつ!」


「えぇえええ、そこで転ぶとか予想外すぎるんですが……!」


 レオが顎を落としながらツッコミを入れている横で、ヨハンも盛大に頭を抱えている。


 石段をすべり落ちて地面にうつ伏せに転んだままの魔王と、その不意打ちを前になにも反応できないまま冷や汗を流していることしかできない自分たち。


 どうしよう、どうしたら……!


 俺が勇者として、ここでできることは―――!


「だ、大丈夫ですか、魔王!」


 エリアスは、抱えていた男性教師をそっと地面におろすと、すぐさま魔王に駆け寄って彼を助け起こした。


「――いやいやいや、勇者が魔王助けてどうすんだよ!」


「これが勇者と魔王の初対面とか、おかしいでしょう!」


 後方でレオとヨハンのキレのあるツッコミが聞こえてきたけれど、エリアスはかまわずに魔王の両肩に手をそえて上体を起こすのを手伝う。


 魔王は、感動もあらわに赤い目をうるませてエリアスを見つめた。


「ありがとう、勇者よ――おまえはやさしい男だな」


「いえ、貴方に怪我がなくてなによりです」


 エリアスがほほ笑んで答えて、そうしてふたりで立ちあがろうとしたそのとき――


「おねえちゃ―――んっ!」


 魔王の後方から、よく聞き慣れたかわいらしい女の子の声が聞こえたかと思うと、栗色の髪をはためかせたナコが、一目散にアキに向かって駆け抜けていった。


「ナコ……! 無事でよかっ――」


 はっとしたアキが駆け寄って、ナコに腕を伸ばしたと同時、ナコもまた石段の上から飛びこむようにしてアキに抱きつく。


 それを危なげなく受け止めて、大切な妹をぎゅっと抱きしめたアキは、ナコの後頭部をやさしくなでながら言った。


「ナコ、本当に無事でよかった……! 宿屋に戻ったとき、ナコがいなくなってたから、お姉ちゃん、びっくりしたんだからねっ……」


 また離れ離れになっちゃうかと思った――っと感情がたかぶって目をうるませるアキに、今度はナコが手を伸ばしてアキの頭をよしよしとなでる。


「心配かけてごめんね、お姉ちゃん。お姉ちゃんも、もう知ってると思うんだけど、あのとき――月の女神様の力が顕現しちゃって、わたし、自我をのっとられちゃったの。それで、月の女神様はお姉ちゃんや勇者様に危害を加えるつもりだったみたいで――……その場に居合わせたヨハンさんが、そんなわたしと戦って止めてくれたんだ」


 女神の力の顕現による自我の喪失――……?


 それは、太陽の女神の力が発現して暴走してしまった自分と、似たような状態だったということだろうか……?


 それにしても、アキは月の女神の力を使っても意識を失う程度なのに対して、ナコは月の女神そのものに自我をのっとられるのか……。


 そのあたりの違いがどうして生じるのかわからないけれど、月の女神との相性の問題なのか、それとももっと別の理由があるのか――……そのあたりも、魔王ならば知っているのかもしれない。


 そんなナコをヨハンが止めたという事実を、アキもレオもそして自分もはじめて聞くことだったので、少し驚いてヨハンを見やると――彼は謙遜するようにゆるく首をふった。


「……いえ、止めた、などと大層なことをしたわけではないんです。結局僕の力では月の女神を止めきれず、結果、大怪我を負ってしまって、その場に駆けつけた魔王に助けていただいたんです」


 ちらりとヨハンが魔王を見やると、彼もまた首を横にふってみせた。


「いや、私があの場に間にあったのは、ヨハン・クラレンスが月の女神を足止めしてくれていたおかげなのだ」


「うん。ヨハンさんがいなかったら、月の女神様はわたしの体を使って、すぐに勇者様やお姉ちゃんのところに攻め込んでいって大変なことになっていたかもしれない。だから、みんなが無事ですんだのは、本当にヨハンさんのおかげなんです。ありがとう、ヨハンさ――」


 笑顔でお礼を言おうとしたナコに、ヨハンは感銘を受けた様子で少し顔を赤らめたあと、気恥ずかしそうに顔をそらしてぽつりと言った。


「……ヨハン、と」


「え……?」


「ヨハン、と呼んでください、ナコ」


「あ……」


 顔を赤らめているヨハンにつられるように、ナコもまたじわじわと赤くなっている。


 前からなんとなく思っていたけれど、ナコはヨハンに対して、自分やレオに比べるとより親しみを感じている気がする。


 港町で、ヨハンと彼女のふたりだけで行動していたことがあったから、そのときになにか特別なことがあったんだろうか。


 かたわらにきていたアキとなんとなく目があって、彼女はそんなナコとヨハンの様子を見つめながら、ふたりが仲良くなってよかった、とうれしそうにほほ笑んだ。


 たしかに、ヨハンはナコや、そしてアキと出会ったことをきっかけに、自分とレオだけでパーティを組んでいたときよりも、確実に感情を表に出すようになってくれたと思う。


 それはきっと、ヨハンが自分の気持ちを我慢しなくてもすむくらい、パーティメンバーを信頼して、心を開いてくれているということなんだろう。


 ナコは、照れているヨハンにたたたっと小走りに駆け寄ると、自分の両手で彼の両手をとって、満面の笑顔で、あらためてお礼を言い直した。


「――あのときは、助けてくれてありがとう、ヨハン―――……!」


 本当に、ヨハンはひと一倍がんばり屋で、責任感があって、真面目で、仲間たちの危機をいつだって救ってくれる、自分たちにとってなくてはならない仲間なのだと――……そうあらためて思えた。


「……して勇者よ、そこに横たわっている御仁なのだが――」


 魔王が、地面に横たえられたままの男性教師に目をやって、エリアスが口を開きかけたとき――またあらたな人物が城の扉をくぐって歩み寄ってきた。


「レオ様、勇者殿、アキの姐御、クラレンス! ようこそ、魔王城へ!」


 胸に手をあててわざとらしく頭を下げたのは赤毛を揺らしたサトクリフで、顏をあげてこちらを見まわすと、にっといたずら気に口角をもちあげてみせた。


「しばらくぶりだなァ。っつっても、あの港町で別れて以来だけどな――……って、そいつは……」


 いつもどおり道化者のようにおどけたように言ってから、サトクリフはふと男性教師に目をやって、顏を強張らせる。


「……そいつ、融合魔法の犠牲者か……?」


 さすが、ヨハンいわくサトクリフも融合魔法によって魔族となった――ということだけあって男性教師の正体に気づいたらしい。


 ヨハンが男性教師の近くに歩み寄る。


「……ええ、そのとおりです、サトクリフ。貴方なら、なにか彼を救う手立てを知っているのではないかと思いまして……」


「まァ、『神殿』がひそかに融合魔法の研究を続けてたのは、オレ様知ってたからなァ」


 なにせ長年神官として内部にもぐりこんでたんで、とサトクリフはさらっと言って肩をすくめる。


 勇者を支援する『神殿』勢と、魔王を支援する魔族勢は何世代にもわたる敵対関係にあるから、そのあいだ、サトクリフはずっと内通者として魔王に神殿側の情報を流していたのだろう。


 教皇本人や高位の神官たちに正体をさとられずに自由自在に神殿内を闊歩していたのだとしたら、サトクリフの実力はさすがだと思う。


 もっとも、ヨハンには正体が知られていたようだから、ヨハンと出会ってからは、彼がサトクリフが上手く立ちまわれるように力を貸していたのかもしれない。


 サトクリフは男性教師に歩み寄ると、ひょいとその体を抱きあげた。


「……保証はできねぇが、なんとか、融合されている魂を分離することで助けられねェかやってみるわ。つっても、この融合魔法のせいで、創世暦時代から何人もの人間や魔物が犠牲になってんだ。……正直、助からないと思っていたほうがいいかもなァ」


「それでも、お願いします、サトクリフ」


 エリアスが進みでて言うと、彼は、任せてください、とばかりに力強くうなずいた。そうして、その場で転移魔法を使って男性教師ごと姿を消してしまう。


「さて――」


 それを見届けた魔王が、エリアスに視線をむけた。


「勇者よ、いまさらいうまでもないが、私はおまえと生死をかけて争う気はない。むしろ、おまえの類まれな力を私に貸してほしいのだ」


 そこまでいって、魔王はエリアスの前まで歩み寄ると、そっとその片手をさしだした。


「私と力をあわせ、この世界の破壊をもくろむ真の敵と戦ってほしい。――私とともに命をかけて戦ってくれ、勇者」


 魔王の真摯な言葉が、胸に響くようだった。


 太陽の女神の力が暴発したときは、勇者としての自信をなくした俺だけれど――その力が自分にしかないもので、この世界を守るために役に立てるというのなら、この命尽きるまで精いっぱい戦いたい。


 ――俺は、この世界にひとりしかいない『勇者』に選ばれたのだから。


 少し失敗してへこたれたくらいで、逃げるわけにはいかないのだ。


 それに自分には、予期しないことが起きて取り返しのつかないことになりそうになっても、そんな自分を助けてくれる仲間がいる、だから――……なにがあっても大丈夫だ。


 エリアスが意思を確認するまでもなく、後方から仲間たちの同意の言葉が飛んでくる。


「俺も力を貸すぜ、魔王!」


「微力ながら、お力添えさせていただきます」


「一生懸命がんばります、魔王!」


 レオ、ヨハン、アキの順に元気に言う。それぞれにたしかな決意を感じる返事だった。


 エリアスは仲間たちの気持ちがうれしくて、ひそかにほほ笑みながら差しだされた魔王の手をぐっと握りかえすと、真剣な表情で魔王の言葉にうなずいた。


「はい……! 俺の持てる力のすべてをもって戦うと約束します。仲間たちも一緒です。ともに戦いましょう、魔王!」


 勇ましくほほ笑んで言うと、魔王は、ありがとう――、と感銘を受けた様子でかすれた声で言って、エリアスたちに深々と頭を下げた。


 ふりかえれば、アキが、レオが、ヨハンが、力強くうなずき返してくれる。


 ――やっと、ここまでやってきたんだ――……!


 長い旅路のすえに、こうして魔王と手を組むことになって――魔王と話しあうことができたのも、いつだって仲間たちが自分を正しい方向へ導いてくれたからだと思う。


 ――今度は俺が、『勇者』として、みんなの前に立って真の敵を打ち倒す番だ……!


 仲間たちも、魔王も、だれひとり失うことがないように――……!


 俺がすべてを、守ってみせる……!


 こうして自分たちは、真の敵と戦うための第一歩を踏みだすことになったんだ。


 ――これが、俺たちを最大の危機におちいらせる戦いになることなど――このときの自分たちは、まだ誰も知らなかったんだ……。




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