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第七十三話 背負う者の輝き


 エレノアの研究室で、レオの卒業アルバムの披露会が終わったあと――。


 彼女の研究室のクッションにもたれて、じっくりと論文を読みふけっていたレオは、書き物机でペンを走らせているエレノアに呼びかけた。


「……なあ、エレノア」


 レオの呼びかけを聞くなり、エレノアは手を止めて困り顔をしてみせる。


「……だから、先生って呼んでちょうだいって何度も言っているでしょう。まったく、あなたってマイペースなんだから」


(おまえに言われたくないんだが……)


 そう心の中で言い返しながら、レオは思いにふけるように窓の外に目を向ける。


 夜の創立記念パーティまで各自自由行動になった自分たちは、学府の学生たちに呼ばれたりなんだりで、それぞれに別行動をしている最中だ。


 まずエリアスは、おもに男子学生たちにせがまれて剣術の稽古をつけることになったらしく、学府内にある運動場まで出かけていき――、ヨハンは太陽系魔法に興味のある学生たちに特別講義をすることになったらしく、仕方ないですね、とぼやきながらもまんざらでもない様子で臨時講師として講義室に出向いていった。


 アキはというと、女子学生たちと一緒にダンスパーティの練習を猛特訓するとかなんとかで、えらく気合いの入った様子で講堂に出かけている。


 自分はというと、エレノアの研究室で最近の研究論文を読んで彼女とあれこれ意見を交わしてから、魔王城への転移魔法の最終確認に行く予定になっていた。


(魔王城への転移魔法を成功させるのは、勇者パーティの魔法使い最大の使命だもんな)


 こんなところでつまづくわけにはいかないのだから、必ずエリアスたちを魔王城まで送り届けなければ。


 それに、転移魔法を成功させるには、術式を完璧に仕上げるだけではなく自分自身のコンディションも大事だ。少しでも疲労が溜まっていれば集中力を欠いてしまう。


 今日の創立記念パーティにはさっと顔だけ出して、早々に切り上げて休まないとな……そんなことを考えつつ、レオはなにか懸命に書き物をしているエレノアに視線を向ける。


「……なあエレノア、ひとつだけ聞いてもいいか」


「なに?」


 ちょっとした好奇心で、レオはエレノアに問いかける。


「おまえ、エリアスに会ったのは今回が初めてだよな? あいつのことを見て……どう思った?」


 エレノアのように洞察力に優れた女性は、エリアスのことを見てどう感じるのだろう――ちょっとした雑談のつもりで聞いてみると、エレノアはエリアスのことを思いだすように、人差し指を顎に当てて宙をあおいだ。


「……そうねえ、第一印象としては、噂どおりとてつもない美男子だと思ったわぁ。超絶美形、って彼のためにある言葉なのかもしれないわね。でも――」


「……でも?」


 エリアスのことを思ってか、少し寂しげに目を伏せながら、エレノアが続ける。


「……彼が美しく見えるのは、外見だけの問題ではないのだろうとも思ったわ。彼は、『勇者』という一見華やかに見えるけれど逃れられない、ある種むごい使命を背負っているわけじゃない。そのぶんだけ、わたしたちには彼が美しく見えて当然なのかもしれない。わたしたちの考えも及ばないような、身のつまるような儚い輝きが彼にあるからこそ、彼は誰よりも美しく見えるのでしょうね……」


「……なるほど、そうなのかもしれねぇな」


 エレノアの言葉をかみしめるように聞きながら、レオは、この間の港町で勇者の使命に耐えきれずに弱音をはいたエリアスのことを思いだす。


 あのとき自分は、エリアスは気持ちが打ち倒れる寸前のところで必死に踏みとどまって生きているのだと感じた。


 エリアスの『勇者』としての宿命は、誰にも代わってやることができない。だからエリアスは、他の生き方ができないからこそ、歯を食いしばって自分の使命を全うしなければならないのだ。


 それが、エリアスにとって幸福なことなのか不幸なことなのかはわからないが、そのどこか悲しい生命力にあふれた輝きが、外見だけの問題ではなく、エリアスのことを美しく見せるのかもしれない。


 視線を伏せてうなずいたレオに、エレノアが気づかうように笑いかける。


「ちなみに、わたしがそう思ったのは、エリアス様だけじゃないわ。それは、レオちゃんやヨハンくんからも感じることよぉ」


「……え?」


「わたしには、あなたたちからもエリアス様と同じに、なにか大きなものごとを背負ってつらさを抱えている人特有の美しさがあると思えるのよ。……それはきっと、レオちゃんが幼少期の記憶がないことを背負って生きてきたことや、ヨハンくんが現教皇の跡取りという宿命を背負って生きてきたことと、無関係ではないのでしょうね」


 それだけ答えて、エレノアはまた手もとの資料にペンを走らせていく。


 レオは意表をつかれたようにしばらくエレノアの様子を見つめてから、ふと思いこむように背中のクッションにもたれかかった。


(なにかを背負っている者の美しさ、か……)


 たしかに自分は、ずっと両親の顔を知らずに育って、自分が何者かもわからずに雲をつかむような思いで生きてきたのだ。


 『じっちゃん』に拾われて、魔法の腕を磨いて世間に名が知られれば、両親が自分を見つけてくれるのではないか――そう思って、躍起になって勉強をして学府に入学して、首席で合格して、さらには勇者パーティの魔法使いを名乗り出た動機もあったのだ。


 それもすべて、自分がどこで生まれた何者であるのかを知るためで――。


 自分がそれを背負って生きてきたように、ヨハンもまた、『神殿』の次期教皇という立場と、『神殿』の監視対象であるエリアスの友人という立場の間で、板挟みになって生きてきたのだろう。


 そのせっぱ詰まる生き様から出る輝きが、外見以上に、人を美しく見せるのだろうか。


(いま、俺のことで新しくわかったことといえば――)


 レナード・ゲインズの末裔であること、それに関連して聖遺物のひとつである聖短剣の継承者であること、そして、魔王と匹敵する魔力を内に秘めていることだ。


(俺はいったい、何者なんだろうな……)


 その答えを追い求める自分には、他人にはない、悲しくも見える輝きがあるのかもしれない。


 エレノアの研究論文に目線を落としながら、レオは、自分や仲間たちがそれぞれなにかを背負って生きていることを、あらためて感じていた。


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