第六十二話 世界最強
「右にかわせ……!」
「避けろ―――――っ!」
周囲を取り巻く仲間たちの声を耳に聞きながら、アキは前方の魔竜を見据える。
今まで戦ったこともないほどに手強い魔物。
この場にいる手練れの冒険者や守備兵たちが束になって立ち向かっているのに、魔竜に細かい手傷を負わせることはできても、致命傷になるほどのダメージは与えられていない。いっこうに魔竜からの攻撃が衰えることはなかった。
凶暴な牙の並ぶ口から吐き出される灼熱のブレス、大きく広げられた双翼から繰り出される翼での攻撃――。それらをなんとか躱したとしても、次は長い尾での地を払うような攻撃が繰りだされる。
こちらが攻撃しても攻撃しても絶えることのないそれらの攻撃に、アキも、他の冒険者や守備兵たちも、すでに全身傷だらけでそこに立っているのがやっとの状態だった。
(やっぱり、私たちだけじゃ勝てないのかな……)
勝利の見えない戦いに、どんどんと気持ちが弱音を吐いてしまう。
エリアスたちがいなくても、自分たちの力だけで魔竜を退けてみせると思った。
この町を守ってみせると決意した。――なのに。
(私はまた、みんなの足を引っ張ることしかできないのかな……)
自分の無力さが悔しくて悔しくて涙が出る。
こんなことでは、遺跡のときにエリアスの足を引っ張り、結果的に仲間たち全員を危険にさらしてしまったあのときと、なにも成長できていない。
どうしたら、エリアスやレオたちみたいに圧倒的な力でみんなを守れるのだろう。
どうしたら、もっと自分の力に自信が持てるのだろう。
(どうしたら、もっと強くなれるの……!)
あまりの悔しさに、アキは白くなるほどに唇を噛み締め、下ろしていた手を拳に握る。
必死に這いつくばるようにして戦っていたからか、ミーナに着せてもらったワンピースは煤だらけでいたるところがぼろぼろに破け、そこから覗いている肌は擦り傷や切り傷で血が滲み、滴っている。
ひりひりと痛む傷が、自分の力のなさを証明するようで心まで痛くなるようだった。
魔竜と戦い始めた最初のうちは、手傷を負えばすぐに『神官』職の冒険者が駆けつけて手当てをしてくれた。
けれども、戦闘が長引くうちに怪我を負う仲間たちがどんどんと増えていき、また、『神官』のみんなの魔力も底をついてきて、回復はまったく間に合わなくなってしまったのだ。
この状況になってみて初めて、レオやヨハンがけろっとした表情でばんばん威力の高い魔法を放っていたことがどれだけ驚異的なことだったのか、思い知らされるようだった。
あの二人だからこそ、魔物を一撃で吹き飛ばすような強力な攻撃魔法を連続で放つことができたり、傷を負った仲間たちを一気に癒すような広範囲の治癒魔法をかけることができていたのだ。
(レオ、ヨハン……)
こんなとき、彼らが傍にいてくれたらどんなに心強いだろう。
このくらいでへこたれるな、しゃんとしろ、そう言って傍らから声をかけてもらえたら、どんなに勝利への希望が持てただろう。
そして、そんな自分たちの先頭で純白のマントをたなびかせたエリアスが、輝く聖剣をその手に携えて立ち、大丈夫だよ、と後ろを振り向いて頼もしく微笑みかけてくれたなら――。
「エリアスっ……」
アキは、情けないほどに涙声になりながら、ここにはいない大好きな彼の名を呟く。
魔竜の咆哮が耳をつんざく中、アキはすがるように祈ることしかできなかった。
――助けて、エリアス。
(助けて、みんなを助けて……!)
思わずそう願ってしまって、アキははっとして歯を食いしばる。
自分の悪い癖だ。自分ではどうしようもないことが起きると、すぐに彼に頼ってしまう。そうしていつも逃げてばかりで、自分自身で頑張ることを諦めてしまうのだ。
(そんな自分は、もう、いやだから――)
だらりと下がっている手に携えた弓を、ぐっと握りしめる。
これ以上彼の負担にならないように、彼に頼らなくても自分の力でなんでもやってみせるのだと、勇者の片腕としての役目を立派に果たしてみせるのだと誓ったのだ。
そうして、勇者である彼の隣に立っても恥ずかしくないように、彼にふさわしい自分になってみせると決めた。
(それなのに、ちょっと負けそうになったくらいで、すぐに彼に助けを求めてどうするの!)
これでは、なにも変わらない。なにひとつ成長できていない。
――たとえ勝てなくても、負けそうでも、気持ちだけは絶対にくじけない!
アキは、強い意思を込めて目を見開き、目の前で雄叫びとともに首を振り上げる魔竜を睨みつける。素早く矢を番えて目を細め、射抜くように見上げる先、首を上げた魔竜が大きく息を吸い込んだ。炎のブレスを吐き出す前段の構えだ。
目の前に迫る緊迫感に、恐怖で体が強張り、足が震えた。
魔竜の攻撃の中でもブレスは特に強力で、一か所へ吐きだすだけではなく、周囲への掃射が可能なのだ。その攻撃範囲の広さが、何度も何度も仲間たちに火傷を負わせてこちらに大ダメージを与えてきた。
だから、今までの戦法では、魔竜がブレスを吐きだすときには無条件にその場を逃げると決めていたのだが――。
けれども、魔竜がブレスを吐くたびに攻撃の手を緩めて逃げていたのでは、せっかくたたみかけていた攻撃の勢いを落としてしまうことになる。
(……だから、たとえブレスが来そうになっても、逃げてはいけない)
おそらく今までの戦法では埒が明かないのだ。
魔竜がブレスを吐きだす隙を与えないくらい、連続して攻撃を加えることができれば……!
――大丈夫。
アキは深呼吸をすると、周囲の仲間たちが散り散りに逃げ出す中、果敢にその場に踏み止まった。かなり無謀なことをやろうとしているかもしれないが、今までと同じように攻撃しては逃げ、攻撃しては逃げを繰り返していたのでは、ダメージの蓄積が微々たるものになってしまう。それでは、こちらがどんどん疲弊していくだけだ。
(だから、ブレスが来ようとも、攻撃の手は緩めない!)
逃げて躱すよりも、攻撃を連続で叩き込んで、ブレスを吐き出す隙を与えずに済むことができれば――。
矢の連射をイメージしながら、アキは自分の視界に影を落とすほどに迫っている魔竜に狙いを定めて、しっかりと弓を構える。
今度こそ。
今度こそ、仕留めてみせる……!
「――アキ様っ、お逃げください!」
魔竜を前に踏み止まってるアキに、冒険者の誰かが焦ったように声をかける。
本当は、みんなのようにこの場から退避するのが正解なのかもしれない。
けれど、もう、魔物を前にして逃げたくはなかった。戦法うんぬんのこともあるが、もしかしたら、もう逃げたくないというそれが自分の本音だったのかもしれない。
怖いことから逃げてしまう癖を、すぐに誰かに頼ってしまう自分を、変えたかったのだ。
(たとえ無謀だとしても、私も、エリアスたちみたいに勇敢に戦いたいから……!)
アキは、震える体を叱咤するように唇を噛み、その場に踏みとどまる。
決死の覚悟で立つアキの後ろ姿を見て、その場を離れようとしていた仲間たちが次々と振り返った。
「アキ様……!」
「おい、みんな、止まれ!」
そうして誰かが口々に近くの仲間に声をかけて、それはどんどんと伝染していき、やがて仲間たちは逃げる足を止めて魔竜へと向き直った。みんな、アキに付き従うように、それぞれに剣や弓、杖を構えて魔竜に対峙する。
アキは、魔竜を取り囲むように集まっている仲間たちの見回して、ぽかんと口を開けた。
「みん、な……?」
呆気にとられて間抜けな声を出してしまったアキに、その場に残った仲間たちが力強い笑顔を向ける。仲間たちの一人が、自分の胸を手で叩いて言った。
「アキ様が仕掛けるなら、私たちも続きます!」
それを皮切りに、仲間たちが争うようにして次々と口を開く。
「俺もです! 逃げてばかりじゃ勝てるわけがありませんからね!」
「それに、勇者の片腕様をお一人で戦わせるなんて、俺らが勇者様に怒られちまいますよ!」
誰かが冗談めかして言うと、誰かが、違いない、と答えて周囲から小さく笑いが起きた。
アキは、まるで信じられない奇跡を見るように、自分と同じようにその場に残ってくれた仲間たちを見渡す。
無意識に涙が滲んで、みんなの精悍な笑顔がぼんやりと煌めいて見えた。
「ありがとう、みんなっ……」
感動のあまり震えた声で言うアキに、冒険者のみんなが次々に激励の言葉をかけて頷きあう。
魔竜を見据える凛々しい仲間たちの横顔が、アキの視界にたくさん並んでいた。
(――大丈夫。私はひとりじゃない)
そう思えるだけで、どんなに心強いだろう。
(私も、エリアスにとって、そう思ってもらえるような立場になれたらいいのに)
それには強くなるしかないのだ。彼の身も心も守れるくらいに。
強敵を前にしてもけっして屈しないみんなの姿が、それを教えてくれるようだった。魔竜を見つめるみんなの強い眼差しが、体が熱くなるほどに勇気を与えてくれる。震えていた足が、いつのまにか止まっていた。
(エリアス、どうか、私たちの活躍を見ていて―――!)
そうして、あなたはひとりじゃないんだと気づいてほしい。
この世界を守るために戦わなければいけないのは、選ばれた『勇者』ひとりではない。みんながそれぞれに『勇者』となって戦っていく必要があるのだと。
アキが射抜くように見据えた先、いよいよ魔竜がブレスを放とうと首を大きく仰け反らせる。
それを見計らって、仲間たちは互いに目配せをしてから一斉に地を蹴った。みんな、これまでの戦闘で傷だらけの体を奮い立たせて勇敢に魔竜へと立ち向かってゆく。
アキは、そんなたくさんの仲間たちの背中を見守りながら、魔竜の瞳を狙って、弓に番えた矢を大きく引き絞った。そのとき――。
「―――アキっ!」
この喧噪の中にあってもひどく鮮明に聞こえるほど、凛々しい声が自分の名を呼んだ。
アキは、突然かけられたその声にびくりと肩を震わせる。
(今の、声って――……!)
その声音にたしかな予感を覚えて、アキはまるで時が止まったかのようにゆっくりと後方を振り返る。
こんなにも危機迫るときであるのに、溢れんばかりの期待にどきどきとうるさいほどに胸が高鳴った。
そうして振り返ったアキの目に、金色の髪をまばゆいほどに輝かせ、澄んだ緑の目を鋭利に細めたエリアスが、音もなく駆けてくる姿が飛び込んでくる。
(エリアス、エリアスっ……)
無意識に涙がとめどなく目の端をこぼれ落ちてゆく。
もしかしたら、もう、この町にはいないのではないかと思っていた。
もう、会えないのではないかと思っていたのに――……!
(来てくれた……! エリアス、来てくれたんだっ……!)
「エリアス……!」
思わず悲鳴のような声をあげて片手を伸ばしたアキに、エリアスがどこかほっとしたように表情を緩めた気がした。
彼は、駆けるスピードを落とさないまま、門の手前で魔竜の様子を伺っていた守備兵に声を投げかける。
「すみませんっ、剣を貸してください!」
「は、あ、えっ……」
突然申しつけられて、状況が掴めずにまごついている守備兵の腰に下がっていた予備の剣を、エリアスは通り抜けざまにすらりと引き抜いた。それを一度振って感覚を確かめてから、大きく足を踏み出して地を蹴る。
疾風のように駆けてきた彼の姿が跳躍とともにその場から掻き消えたと同時、勇者の登場によって注意が逸れたのを引き戻そうと、魔竜が大きく両翼を開いた。その動作だけで突風が湧き起こり、後方からアキたちに襲いかかる。
エリアスの存在に完全に気を取られていたアキは、慌てて腕をかざして魔竜を振り返った。
魔竜は、今にもこちらに向けてブレスを吹きだそうと息を吸い込み、頬の膨らみを大きくしている。
(いけない……!)
アキが弾かれるように弓を引き絞り、魔法使いたちが魔法陣を描き終えて魔法発動の構えをし、神官たちが仲間たちの周りにブレスを防ぐための結界を張り巡らせた瞬間だった。
アキたちの目の前、魔竜のちょうど頭上に、宙より降ってきた彗星のように一つの光が現れた。その流星が、空を埋め尽くす魔物の合間からわずかに降り注ぐ太陽の光を剣に受けたエリアスだと気づいたときには――魔竜は、彼の真上からの斬撃をまともに受けて耳が裂けそうなほどの絶叫を上げていた。
その鳴き声が止まないうちに、エリアスが斬り落とした魔竜の片翼が地面に落下し、地響きと砂ぼこりを巻き上げる。
『勇者』の圧倒的な力を、身震いするほどの畏怖を、誰しもが目にした瞬間だった。
「一撃だ……」
近くにいた冒険者の誰かが、呆けたように呟いた。
そう、自分たちがこれだけ時間をかけても手傷を負わせられなかった魔竜の翼を、エリアスは、たったの剣の一振りで撃ち落としてしまったのだ。
(これが世界最強の『勇者』様――……)
その無慈悲なほどの強さを、輝きを、言葉を失うほどに目の当たりにした気がした。
軽やかに地に降り立ったエリアスは、片翼をもがれた痛みで暴れ回っている魔竜を眼前に、もう一度両手で剣を構える。そして、魔竜ががむしゃらに振り下ろした片腕に飛び乗ると、それを伝って再度魔竜の頭上に跳び上がり、両手で剣を振り上げて落下とともに魔竜の体を上から下へと一刀両断した。
その鮮やかな太刀筋は、彼の持つ剣の斬撃で魔竜の体に光の筋が一直線に入ったように見えた。魔竜の断末魔の声と、左右に分かれた胴体の切れ目から吹きだす赤黒い血。
豪雨のようにこちらに吹きつけてくるそれは、『神官』たちが張ってくれた結界によって阻まれる。
みんなが唖然としたままその場に立ち尽くしている中、エリアスは、魔竜が事切れたかどうかの様子を確かめることもしないままに振り返った。そうして、みんなに向かって勢いよく頭を下げる。
「みなさん、遅くなりました!」
エリアスが誠実な声音で言った途端、わあああ、っと周囲から歓声が湧き上がった。
勇者様だ、勇者様が来てくださった、もう大丈夫だ、とみんなが口々に言って飛び上がる。
(よかった……!)
アキは、そんなみんなの喜んでいる声に涙ぐみながらエリアスを見合った。まだどこか信じられないけれど、たしかに彼の姿がそこにある。
彼は、こちらと目が合うなり一瞬気まずそうに視線を泳がせてから、なにかを振りきるように首を振った。そうして、魔竜の血の滴る剣をそっと地面に置くと、ちょっと困ったような表情でその場で両手を広げる。
「アキ、遅くなってごめん」
そう呟いて、エリアスは遠慮がちに微笑んだ。
アキは、彼がその笑顔をもう一度自分に向けてくれたことが嬉しくて、もう自分を置いてどこへも行かないでと伝えたくて、ひと目もはばからずに一目散に駆けだした。転びそうなほどの勢いで地を蹴り、腕を広げて待ってくれているエリアスに飛びつく。
しっかりと抱き留めてくれる彼の腕が、体温が、匂いが、ぎゅっと抱きしめてくれる背中に回された力強い手が嬉しかった。
アキは、彼への溢れんばかりの想いを誤魔化すように、彼の胸に顔を埋めて、その胸を拳で叩いてみせる。
「エリアスっ、遅い、遅い……!」
どれだけ心配したと思ってるの、どれだけ不安だったと思ってるの、と早口で捲し立てれば、頭の上からエリアスが小さく笑う声が降ってきた。
「ごめんね、アキ。怖かったよね」
「こ、怖かったなんてもんじゃないですよ! 魔竜も怖かったけど、それよりも、エリアスが私のところからいなくなっちゃうんじゃないかって不安でっ……! ほんとにもう、こんなこと、二度と許さないんですから――……」
言いかけたところで、エリアスにぐいと顎を持ち上げられて、気づいたら彼の唇で自分のそれを塞がれていた。
――ちょっと待って。ちょっと待って、こんなに人がたくさんいる面前で?
「エ、エリアスっ、ちょっと!」
ちょっと離して、と唇が離れた瞬間を狙って彼を押し退けようとするのだが、いかんせん世界最強の勇者様、ちょっとやそっとではびくともしない。
こんな人前で、勇者と勇者の片腕がそういう関係なのだと披露してしまうのはどうかと思うのだが、目の前でにこにこ笑っている勇者様はそんなこと意にも返さないらしい。
そもそも、まだ魔竜を倒しただけで、まだまだ町の上空や地上には妖鳥や魔狼が溢れかえっているのだから、こんな悠長にスキンシップしている場合ではないのだ。
しっかり勇者として働いて、とエリアスのお尻でも叩こうかと思っていた矢先、心底あきれ返ったような怒声がアキたちを叱りつけた。
「てっめぇら呑気に見せつけてんじゃねぇよ! まだそっこらじゅうにうようよ魔物がいんだろーがっ! おまえらはあれか、お互いのこと以外は見えませんっつー極度に視野の狭いバカップルか!」
相変わらずの憎まれ口にエリアスと一緒に顔を向けると、町の門からわずかばかり原野に出た場所に、エリアスと同じく部屋着のまま飛び出してきたらしいレオが足を開いて仁王立ちしていた。
アキたちに文句を言いながらも、彼は両腕を宙に伸ばして、すでに四つもの魔法陣を完成させていた。今までアキが見たことがあるのは、彼が両手で二つ同時に魔法陣を描いて魔法を発動していたところだけだ。それが、今度はすでに四つも描かれていて、彼の指は、さらに五つめの魔法陣を描き始めている。
「――久しぶりに、レオの全体魔法が見られるな」
ぼそり、と誰に言うわけでもなくエリアスが呟く。
エリアスのどこか嬉しそうな声音に、アキは傍らの彼を見上げた。
「全体魔法?」
「そう。ものすごく広範囲に及ぶ攻撃魔法のことだよ。尋常じゃないほどに疲れるらしくて、なかなかお目にかかれないんだ。――ここにいると魔物の数が多くて巻き込まれるかもしれないから、町の中まで避難しよう。みなさんも、町の中へ!」
『勇者』のエリアスが周囲を見渡して、原野にいる冒険者や守備兵に声をかけた途端、みんなははっと背筋を正して一目散に町の中へと駆けだした。否応なしに従わなければならないと思わせるほどの力が、エリアスの言葉には含まれているように感じた。
(勇者様は、世界のみんなを導くリーダーだから)
だから、彼には人びとを従える資質が備わっているのかもしれない。エリアス自身に、その自覚はないとしても。
「アキ、つかまって」
周囲を見渡しているエリアスの整った横顔を見つめながら思っていると、彼がアキを見下ろして、膝の後ろに腕を差し入れて軽々と抱き上げた。
ぐっと視界が上がって、エリアスと間近で目を合わせると、彼は、ふっと優しく瞳を細めて微笑んでくれた。それだけで、なんだか泣きたくなるほどに嬉しくなってしまって――アキは、腕を伸ばして彼の首にぎゅっと抱きついた。
それを受けて、エリアスが片足を踏み出して大きく跳躍する。
町の門の中まで舞い戻ったアキたちは、魔法の詠唱により足もとから光の奔流を発し始めたレオの傍らに待機する。
そうして、凛々しいレオの横顔とともに、アキは、彼の今まで見たこともないほどに美しい全体魔法を目にすることになるのだった。




