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第六十話 襲撃

(エリアスとレオ、どこ行っちゃったのかなあ……)


 さきほどミーナが着せてくれたワンピースを身につけ、そこに革の短靴を履いただけの着の身着のままで宿屋を飛び出したアキは、エリアスとレオを探して港町の大路を彷徨っていた。


 エリアスと何があったのかをレオに打ち明けたあのあと――レオに部屋に残るように言われて、ぐっと辛抱して彼の部屋で帰りを待っていたのだけれど、そのうちいてもたってもいられなくなった自分は、忍び足でエリアスの部屋まで二人の様子を覗きに行ったのだ。


 そうしたら、部屋には本人はおろかレオの姿すらなくて……。


 もぬけの殻になっている部屋に驚いたアキは、急いで一階に降りて、ラウンジに勢揃いしていたみんなにしどろもどろで事情を打ち明けた。


 そうしたら、みんなはわりと冷静に互いの顔を見合わせたあと、「全員でいっせいに町中を探しに出るよりは、まずはアキひとりで二人を探しに行ったほうがいい」という結論を出したのだった。


 なんで、と訊き返したかったけれど、みんなが断固それを勧めるので、その場はそれで納得してこうしてひとりでエリアスたちを探して町を徘徊しているのだけれど――。


(……私、ヨハンとかレオみたいに、魔力の気配で人の居場所がわかったり、伝令魔法が飛ばせたりするわけじゃないもんなあ……)


 あきらかに、自分ひとりでは効率が悪い。


 途方もない状況に、アキは弱りきった顔つきで周囲を見渡した。


 いつのまにか町の出入り口付近まで来ていたらしく、目の前をまっすぐに続く大路の先に、石造りの周壁と、それに沿うように開け放たれた蔓草模様の鉄門が見てとれる。


(そっか、あの門をくぐってこの町に来たんだよね)


 ふと、エリアスやレオ、ヨハンと原野を駆け抜け、初めてこの町に来た光景がひどく懐かしく思い起こされた。


 あのときの自分は、これから始まる新しい冒険に能天気に胸を躍らせているだけだった。


 けれど、今回のクエストを通じて多くのことを見知った今では、自分が成さなければならないことの深刻さを知ったからか、浮足立った気分などとうに消え失せて、これから先が怖く感じるほどに身の引き締まる思いだった。


(次はいよいよ……)


 アキは、遠目に鉄門を眺めていた視線を、抜けるように晴れている空へと向ける。


 エリアスとレオを見つけて仲間たちのところへ戻ったら、次はいよいよ、魔王城へと向かうことになるのだ。


 おそらくレオとヨハンが、ナコが持ってきてくれた手鏡に転移魔法用の魔力を溜め終えてくれているだろうから、次はそれを使っての転移魔法の発動になるのだと思う。


(ついに、魔王と再会することになるんだ……)


 思い返せば、自宅のマンションで魔王と初めて遭遇し、目の前で妹のナコを連れ去られてから、自分は魔王から彼女を取り戻すために一心不乱に彼のことを追い求めてきたのだ。


 今までは、宿敵である彼と相見えることが自分の旅の終着点だと思っていた。


 けれど、旅の途中でナコと再会し、さらには、もしかしたら魔王は自分たちの敵ではないのかもしれないという事態になった今では、これから自分が目指すべきものは何なのか、正直はっきりしたことがわからなくなってしまっていた。


 だから、自分が真にこの世界で成すべきことをきちんと知らなければいけないと思っていたのだ。


 おそらく、魔王城で魔王に会い、彼から話を聞くことで、きっと自分たちの旅の新たな方向性が見えてくるのだと思う。


(魔王に会いにいくのは、きっと、新しい旅の始まりになるんだよね)


 そこが終着点ではない、おそらく、これから挑まねばならないことの始発点になるのだ。


 勇者と魔王、その片腕たち、そして女神といった、この世界の創世に隠された秘密を暴くための――。


 ――『俺、ひとりで魔王城に行こうと思うんだ』。


 唐突にさきほどのエリアスの台詞を思いだし、アキははっとして視界の先にある鉄門に目をやった。


(……まさかエリアス、ひとりで町を出て行っちゃったり……してないよね?)


 万能なエリアスのことだ。魔王城まで行くための魔力の溜まった手鏡さえ持っていれば、王国の宮廷魔法使いに頼むかなにかすれば、ひとりで魔王城に転移することも可能なのではないだろうか。


 もしそうだとしたら、もう、この町から出て行ってしまっているかもしれない。――けれど。


(なにも言わずに、みんなや私を……置いていったりしないよね?)


 自分に言い聞かせるように思いながら、アキは不安げに門を見やる。


(そんな保証は……)


 エリアスが、自分たちを置いていくはずがないだなんて。


 ――そんな保証は、どこにもないのだ。


 がらんどうだったエリアスの部屋と、彼の別れの言葉を思いだして、アキは胸がえぐられるように痛くなる。


 彼が、ひとりで魔王城に行ってしまったのだとしたら――。


 もうしばらく、彼には会えなくなってしまうんじゃないだろうか。


 今度こそ、彼が自分の手の届かないところに行ってしまうんじゃないだろうか。


(そんなのは……)


 自分におだやかに笑いかけてくれる彼の笑顔や、彼の大きな手のぬくもりを思いだす。


 彼が好きだ。自分でも、抑えきれないくらいに。


 彼がいなくなってしまったら、さびしくてさびしくて、きっと自分は耐えられないと思う。


(ずっと、あたりまえのように、隣にいてくれると思ってた……)


 自分たちは、勇者とその片腕という、互いが互いにとって特別な立場として出会ったのだから。


 けれど、今回エリアスを失うかもしれない状況になって初めて、その思いが傲慢だったことに気づいたのだ。


 きちんと手をつかんでおかなければ、彼は、あの寂しそうな笑顔だけを残して、ひとりで前へと進んでしまう。自分自身ですべての責任を背負って、他人を巻き込まないために。


(だから……)


 彼に、遠くへ行ってほしくなかった。自分の声が届かないところへ行ってほしくはなかった。――……ずっとそばにいて、ほしかった。


(そのためには……)


 そのためには、もう二度と、彼の手を離してはいけないのだ。


「エリアス、お願い……!」


 ――どうか、まだ町の中にいて……!


 湧きあがってきた感情のままに、アキは反射的に鉄門に向かって走りだす。


 もしもエリアスがひとりで出て行く気なのだとしたら、町の出入り口にいれば、運が良ければ会えるような気がしたのだ。彼を、引き留められる気がしたのだ。――たとえもう、間に合わなかったとしても。


 そうして走りだしたそのとき、アキの耳に、まだ遠く離れた鉄門の付近から人びとの悲鳴や怒声がさざ波のように聞こえてきた。


(――な、なに?)


 そのただならぬ雰囲気に、アキは背筋に寒気がはしり、昂ぶっていた気持ちが急速にしぼんでいく。


 不安のままに走る速度を緩めると、門に近づくにつれ、混乱を思わせる悲鳴が少しずつ大きくなっていった。それとともに、大路の先に人びとの群れが黒い斑点のように見えてくる。


 それは、着の身着のままで髪を振り乱して逃げ走ってくる町民の姿だった。


 逃げ惑う彼らの足音が地面を揺るがし、もくもくと舞い上がった砂ぼこりが次第に視界に立ちこめてくる。


(な、なにが起きてるの……!?)


 訳がわからずに身動きできずにいるアキの左右を、ついに追いついた人びとの大群が、彼女のことなど目に入っていない様子でわき目もふらずに走り抜けていく。


 どうやら、みんないっせいに鉄門のある方向から逃げてきているらしい。ということは、門の近くでなにかがあったのだろうか。


「あ、あのっ……!」


 必死に誰かに事情を聞こうとするものの、わああああ、やら、きゃあああああ、やら思い思いの悲鳴をあげて走り去っていく人びとに声が届くはずもなく、逃走する人びとの光景がただただ視界を流れ去っていく。


 気持ちだけが焦る中、誰かを呼び止めようと手を伸ばすのだが、走る人びとの体が次々と右肩や左肩にぶつかり、アキはそのたびによろけてしまう自分の体を支えることで精いっぱいだった。


(どうしよう、どうしたら――……!)


「嬢ちゃん! なにぼさっとしてるんだ!」


 そのとき、人波に飲まれるようにして走ってきた漁師風の壮年の男が、走り抜けざまに足を止め、ぎょっとした様子でアキの肩をつかんだ。


 どうやら、ぼうっと突っ立ったままの自分を心配して声をかけてくれたらしい。


 助かったとばかりにアキが口を開きかけたとき、それを遮るように、漁師風の男が噛みつかんばかりの勢いで言い募った。


「嬢ちゃん、今なにが起きてるのかわからんのか! こんなところでぼんやりしてっと、魔物に食われるぞ!」


 ――魔物!?


「魔物って、どういうことですか! あのっ、私、ずっと中央広場のほうにいたので、何が起きっているのか全然わからなくて……!」


 左右を駆け抜ける人びとの雑踏の音に掻き消されぬよう、必死に声を張りあげる。


 こちらの懸命さを察した漁師風の男は、そうか、と納得した顔で短くうなづくと、声が聞こえるようにアキの耳もとで大声で叫んだ。


「たったさっき、町を守ってた女神の結界の一部が壊れて、そこから魔物が町に入り込んできたんだよ! それがちょうど町の門のとこだったもんだから、魔物の大群がなだれこんできやがったんだ……! 町の守備兵や、ギルドに滞在してた冒険者が応戦してくれてるが、いつ町の中央部まで魔物が入り込んでくるかわからねぇ状態だ! だから、嬢ちゃんも早く逃げろ!」


 できるだけ町の門から離れるんだ、と漁師風の男は言い、アキの背中をぐいと押す。


(女神様の……結界が破れた?)


 アキは、その事実に衝撃を受けてとっさにその場を動くことができなかった。


 原野から町に魔物が侵入しないよう、女神が人間と魔物との住み分けのために町に張り巡らせた結界。


 それが破れてしまうということは、この世界に女神の力が充分に行き渡っておらず、均衡が崩れ始めているということの現れなのではないだろうか。


 それはつまり、創造エネルギーの欠如がもたらしている異変の始まりといえるのではないだろうか。


(この世界に女神の力である創造エネルギーを注入するために、勇者と魔王は造られる……)


 不意に、最初の頃にヨハンから聞いた話を思いだす。


 つまり、この世界にエリアスと魔王が生まれたということ自体が、創造エネルギーの欠如を意味しているのだ。


 一刻も早く勇者か魔王、どちらかの命が絶たれなければ、おそらくこういった異変が頻発することになるのだろう。


 創世暦時代に、太陽の女神と月の女神の力の均衡が崩れてしまったからこそ、起こり始めてしまったほころびなのだ。


「嬢ちゃん、事情がわかったんなら早く逃げろ! 万一ここまで魔物が攻めてきちまったら、おれらただの町のモンは守備兵と冒険者の足手まといになっちまう!」


「あ、あのっ……」


 強引にアキの腕を引っつかんで走りだそうとした男の背中を見つめ、アキはふるふると首を振った。


 頑として走り出さないアキに、男が苛立った様子で振り返る。


 男がなにかまくし立てようとする前に先手を打ち、アキは身を乗りだした。


「あのっ、私も冒険者なんです!」


「へ?」


 いきなりなにを言いだすんだと目を丸くする男に、アキは必死に訴える。


「だから私も、みなさんと一緒に町を守るために戦います!」


「あ、おいっ!」


 あっけにとられた顔つきで片手を伸ばす男を振りきり、アキは逃げてくる人の流れと反対方向へ足を踏み出した。


 向かってくる人びとにぶつからないよう、間を縫うようにして走らなければならないため、思うように前へと進めない。


(早く、早く……!)


 ――少しでも早く、町の門へ……!


 早打つ心臓を感じながら、アキは必死に町の鉄門を目指して駆け抜けた。




 やっとの思いで鉄門のある町の出入口の広場に着いたとき、アキの目の前に広がった光景はひどく凄惨なものだった。


 空には妖鳥の大群が飛び交い、薄青の空におぞましいほどの黒い斑点を作りだしている。原野の緑の平原にその陰が落ち、揺らめいているそれはまるで無数の沁みのように見えた。


 妖鳥は、それぞれが甲高い鳴き声をあげながら、蝙蝠に似た翼をはためかせている。


 その異様な光景に息を呑みながら、おそるおそる地上へと視線を向けると、そこには舌を垂らした獰猛な狼や豹といった妖獣が、開け放たれたままの鉄門を越えて雪崩のように町の中へと押し寄せていた。


 なんとか町の中へは魔物を入れまいと、門の詰め所にいた門衛や町の守備兵、ギルドに滞在していたのであろう冒険者が果敢に鉄門の前で魔物を迎え撃っている。


 剣士と思われる冒険者の剣があちこちで陽光を反射して閃き、それを後方から援護するように、魔法使いの魔法が炸裂して花火のような閃光を放っていた。


 魔物と戦い慣れている冒険者は健闘しているように見えるけれども、その足もとには、怪我をして呻いている冒険者があちらこちらに倒れ伏している。その傍らには神官が寄り添い、必死に回復魔法を施していた。


 砂ぼこりの舞う地面には、事切れて倒れている魔物の死骸が散乱し、仲間の魔物がそれを意味もなく引きちぎっている。


 魔物が威嚇する鳴き声や、冒険者や守備兵の威勢が響き渡り、それをあおるかのように町の人への緊急事態を伝える鐘の音が鳴り続ける場内は、さながら自分が本などで見知っている凄絶な戦場のようであった。


「そん、なっ……」


 想像以上の悲惨な情景に、アキは足がすくんでその場に立ち尽くした。


 魔物が町に入り込むというありえない光景、怪我をして倒れている人たち、それを脇目に目の前の魔物に立ち向かっていく守備兵や冒険者たち――。


(こんなことってっ……)


 アキは、恐怖でがちがちと震える歯を食いしばり、動転している気を落ちつける。


 女神の結界が壊れてしまうと、これだけの惨事が引き起るのだ。


 魔物は人を食らう。魔物にとって、ずっと指をくわえて見ていることしかできなかった餌場が開放されたようなものなのだとしたら――いっせいに魔物が押し寄せてくるのは当然のことなのかもしれない。


 ――戦わなくちゃ。


 ここで怖気づいてはいけない。


 自分は『勇者の片腕』だ。


 この世界を守る義務がある、この世界を守る責任がある。そのための力を、自分は女神から授かっているのだ。


 アキは、惨劇と化している場内を静かに見つめてから、一度目を閉じて深呼吸をする。


(すべての責任を、エリアスひとりに背負わせちゃいけない)


 恋人としてエリアスを支えると誓っておきながら、心のどこかで彼に頼りきりだったからこそ、今回、彼を追いつめるような事態を招いてしまったのだ。


(だから……)


 アキは胸ポケットに手を伸ばし、銀細工のペンをすっと取り出す。


 ――私の中に宿っている、月の女神様の力。


 まだ敵か味方かはわからないけれど、どうか、エリアスを守るために力を貸してほしい。


 これ以上、彼の足手まといにならないように。


 この世界を背負って立つ、彼の力になれるように。


「エリアス、あなたがいないときがあっても、私が、みんなを守ってみせるから……!」


 ――だから、見ていてほしい。私だって、戦えるんだってことを……!


「――月の女神様」


 アキの呼び声に応えるように、ちり、と額が熱を発し始める。


 最初の頃こそ、熱の痛みに驚いて気を失うほどにつらかったけれど、今は、この熱の昂ぶりが自分に力を与えてくれていることがわかる。


 自分にしか授けられていない力――この力を使いこなして、エリアスたちのように勇敢に戦ってみせるのだ。


 下ろした右手に握っているペンに意識を向けると、ペンが淡い銀色の光をまとい、その光が水飴のように伸びて木の枝を模した弓に変形した。


 弓を縁取っていた輝きが消失すると、植物を模した細工の施された美しい銀の弓が露わになる。と同時に、革ベルトでたすき掛けにした矢筒が、すとんと背中に下がった。


 もうだいぶ手に馴染んだ、レオが召喚してくれた自分専用の武器だ。


 こうして具現化するたびに、武器召喚のときに、女神からペンと手帳を授かった自分を見て「まさに勇者様の秘書だな」と大笑いしていたレオのことを思いだす。


 そう、自分は勇者の片腕であり、勇者様の秘書なのだ。


 エリアスやレオ、ヨハンといった勇者パーティの面々に恥じないよう、立派に魔物を退けて、人びとを守ってみせなければならない。


(町の中は、もうだいぶ冒険者や守備兵のみなさんがいてくれるから……)


 ならば自分は、門の外へ出て一匹でも多く魔物の侵入を防ぐべきだろう。


 そう判断したアキは、弓を携えて出入り口の広場を駆け抜け、門外へと飛び出した。


「危ないぞ、下がりなさい……!」


 単身で走っていくアキに気づき、門衛が鋭い声を投げかける。


 アキはその声を背中で聞きながら、開かれた鉄門を背にして原野へと足を踏み入れた。


 途端、目の先まで続く広大な緑の平原が視界いっぱいに開かれた。


 そこには、なんとか町への魔物の侵入を防ごうと交戦している守備兵や冒険者のチームがあちらこちらに点在している。


 町の中以上に混戦している場内は、人と魔物が入り乱れて混迷を極めていた。


 金属に似た血の臭いがつんと鼻をつき、辺りに染み込んでいるかのようだ。


(ひどいっ……)


 アキは、魔物の唸り声や金切り声、仲間たちの剣戟の音が飛び交う原野に立ち、気を静めるように短く息を吐き出す。


 地にも空にもこれだけの魔物の数だ、がむしゃらに立ち向かっていっては、自分だってひとたまりもない。


(落ちついて。きちんと狙って戦って、少しでも数を減らさなきゃ……!)


 アキは、体のどこからか湧きあがってくる戦いへの恐怖やある種の高揚感を静めつつ、妖鳥が鳴き交わしている頭上を見据える。


 『弓使い』の特徴は、剣や槍といったリーチの短い武器では届かない位置にいる魔物を攻撃できることだ。攻撃力こそ『剣士』や『格闘家』などのジョブに比べれば劣るけれども、彼らのような近距離攻撃のジョブでは届かない場所まで遠距離攻撃が可能という特性がある。


 だから、空を舞う飛行型の魔物を中心に狙って、地上に到達する前に一匹でも多く撃ち落とさなければならない。


 アキは、矢を番えると、前方斜め上へと向けて弓を構える。


 ちらりと背中側を見やらば、魔物の侵入を抑え込むため、開け放たれた鉄門を閉じようと守備兵たちが必死に両側から門を押している。


 けれど、それをさせまいとして魔獣が次々と町の中に押し寄せ、守備兵たちは、新たに飛び込んできた魔物の相手に追われて満足に門が閉められないようだった。


(魔物を門に近づけちゃいけない……!)


 アキは、なるべく広範囲に矢の威力が及ぶように女神に願いながら、捉えやすい位置を飛んでいる一体に狙いを定める。


 ちり、と熱を発し始める額。


 自分の額に月の女神の紋章が浮かびあがり、光を発し始めるのを感じながら、アキはぎりぎりと弓を引きながら目を細める。


 奇声を上げながらじょじょに迫りくる巨鳥に向けて、番えていた矢を勢いよく放った。


(お願い、当たって―――……っ!)


 ひゅん、と風を切る涼やかな音とともに、銀の光をまとった矢が彗星のように飛んでいく。

 

 それは魔物に迫るにつれ星屑のように複数に分かれ、昼の空に現れた流星群のように輝きながら、空を舞う巨鳥たちを次々と貫いてゆく。


 その様は無慈悲なほどに美しく、女神の制裁――そう思わせるほどの圧倒的な力だった。


 あまりにも驚異的な光景に、アキは、自分が矢を放ったにも関わらず呆気にとられて立ち尽くしてしまう。


 呆然としている自分の目の前で、どさどさどさ、と命を失った巨鳥たちが雨のごとく一気に落下していった。


(今までは、こんなに広範囲に攻撃できなかったのに……)


 もしかしたら、レオとヨハンと一緒に古代魔法を唱えて経験を積んだことで、少しずつ、自分の内にある女神の力を引き出せるようになっているのかもしれない。


 宙に有象無象に湧いていた妖鳥が一掃され、青空が本来の色を取り戻す中、その様子をぽかんと見ていた冒険者や守備兵たちが希望に満ちた顏でアキを振り返った。


「強いっ……! あんた、その弓……」


 冒険者の男性のひとりが、興奮した様子で駆け寄ってくる。


 彼に両肩を揺すられ、アキは茫洋としていた意識を取り戻した。


(やったんだ……)


 自分は、ひとりでもまともに魔物と戦うことができたのだ。


(エリアスを守れなかったことで、自信を失いかけていたけど……)


 ――私はもっと、自分の力を信じていいのかもしれない。


(いつまでも、くよくよしてちゃいけない)


 アキは少し弓を持ち上げて、自分の胸に片手を添えた。


「あの、私、『勇者の片腕』のアキです! 今は、勇者のエリアスたちとは別行動で私ひとりしかいないんですが、力を尽くしますので、私もみなさんと一緒に戦わせてください!」


 もうすぐエリアスたちが駆けつけてくれると思うので、と言い添えて、アキは弓を小脇に挟んで両手の拳を握ってみせた。


 それを聞いた冒険者や守備兵のみなさんが、おおお、と歓声を上げる。


「それは心強い! 勇者の片腕様――アキ様、ぜひよろしくお願いします!」


 目の前の冒険者の男性がアキの手を両手で握ったのち、前方で戦っている大勢の冒険者や守備兵たちを振り仰いだ。どこまでも遠くまで届くように、声を張り上げる。


「おおーいみんな! 『勇者の片腕』様が参戦してくださるぞぉおお!」


 それを聞いたみんなが、一斉にこちらを見て各々の武器を振り上げた。


「おおおお、俺たちの女神様が来てくださった……!」


「一気に攻めるぞ―――!」


「魔物を町に入れるな――――!」


 わああああ、と戦意を昂ぶらせた様子で、みんなが目の前の魔物に立ち向かっていく。


(め、女神っ……?)


 そんな大層な呼び名、分不相応でびっくりしてしまうけれど、もしかしたら、『勇者』がこの世界の英雄という象徴であるように、『勇者の片腕』もまた、人びとの信望を集める象徴であるべきなのかもしれない。


(私はもっと、『勇者の片腕』としての自覚を持たなくちゃいけないよね)


 エリアスの後ろについているばかりで、何も考えないでいていいはずがない。自分も、彼のようにひとりで前に立てるようになっていかなければならない。


 ――いつまでも、彼に甘えているわけにはいかない。


 アキは目を閉じて深呼吸をすると、目を見開き、持っていた弓を頭上に振りかざした。


「みなさん! みんなで絶対に町を守りましょう! 絶対に、勝ちましょう!!」


 こんな大声を出したことがなくて、震えた声で宣言すると、周りの冒険者や守備兵のみなさんが笑顔で振り返ってくれた。


 おう、とそれに応えるようにみんなそれぞれに武器を振り上げてくれる。


 傍らの冒険者の男性が、アキの言葉を継ぐように大声をあげた。


「もうすぐ勇者様とそのお仲間も来てくださるぞ! それまで持ちこたえろ!」


 その一言がさらに活力を与えたらしく、みんなはその言葉を背中で聞きながら、目の前の魔物へと再度剣を振りかざして立ち向かっていく。


 ところどころから聞こえてくる猛々しい威勢に、自分も勇気をもらって力が湧いてくる。


 自分はひとりで戦うわけではないのだ。


 一緒に立ち向かってくれる仲間がいる。それは、勇者パーティのみんなだけではなくて、この世界に生きる人びとみんなが同じ志なのだ。


(エリアスにも、気づいてほしい)


 この世界のみんなは、あなたに守られるだけの存在ではなくて、一緒に戦ってくれる仲間なのだと。


 そうすれば、彼が感じている責任を、少しでも軽くすることができる気がするのだ。


 彼が、あんなにも孤独を感じずに済むと思うのだ。


(――だから)


 きっとここへ駆けつけてくれるだろう彼に、今の光景を見てもらうために――。


 アキが隣の冒険者の男性と目を合わせると、彼は「どうかご無事で」と一言笑顔で言い添えて自らも魔物の群れへと突っ込んでいった。


 お互いがお互いの勇敢な姿に鼓舞され、さらに団結力を高めた自分たちは、怒涛の勢いで魔物を蹴散らしてゆく。


 どんどんこちらが優勢になり、みんなの緊迫した表情に光が灯り始めたのがわかり、それがさらに自分に力を与えてくれる。


(これなら、いけるかもしれない……!)


 このままいけば、勝てるかもしれない。


 もしかしたら、エリアスがいなくても自分たちだけの力で町を守りきれるかもしれない。


 そう思った途端、胸の中から熱いものがこみ上げてくるような感じがした。


 ――もし自分たちだけで町を守りきれたら、エリアスは、私の力を認めてくれるだろうか。


 また、自分に振り向いてくれるだろうか。


 彼の隣にいてもいいと、一緒にいてもいいと、彼の恋人でいてもいいのだと言ってくれるだろうか。


 きっとここに向かってくれているであろうエリアスのことを思い浮かべながら、アキはもう一度矢を番える。


 そのとき、空や地をうごめいていた魔物たちが、潮を引くように一斉に後退を始めた。


(なに、どうしたの……?)


 まるで申し合わせたかのように冒険者や守備兵との交戦を止めて去っていく魔物たちに、他の仲間たちも困惑して顔を見合わせている。


 もしかして、自分たちは勝ったのだろうか。魔物を退けたのだろうか。


 そう思いたいのだけれど胸のざわめきが収まらなくて、アキは拳を胸もとに寄せて、魔物たちの様子を伺うように周囲に目を凝らした。


(嫌な、予感がする……)


 冷や汗が頬を伝ったその瞬間だった。


 ずしん、ずしん、と重たい地響きが地面を揺るがし始め、アキはびくりと震えて体を強張らせた。


 慌てて視線の先に目を凝らせば、原野の地平線の先から、黒い染みのような陰が左右に揺らぎながら近づいてくる。


 身構えるアキたちの先、それは一定間隔で地鳴りを起こしながら歩行を続け、じょじょにその形を露わにした。


 ――ドラゴンだった。


 それは、黒光りする鱗に覆われた、一足で自分たちの何人もを踏み潰せるほどの巨大な魔竜だった。


 圧倒されて声も出ないアキたちをせせら笑うように、魔竜は血のように赤い両目を光らせてこちらに近づいてくる。


(嘘っ……!)


 ついに目の前まで迫った魔竜は、ひるんで動けないこちらを見下ろし、品定めするかのように赤い目を左右に動かした。


 その巨体で太陽を遮っているため、黒い陰が辺りに落ち、まるで夜のような光景を作りだしている。


(こんな大きな魔物、見たことない……!)


 町の結界が破れたのをいいことに、ここぞとばかりに大物が攻めてきたのだろうか。


 今まで戦っていた魔物とは桁の違う強敵の出現に、周囲の冒険者や守備兵からどよめきが生まれる。


「な、なんだよあのデカブツは!」


「あんなの勝てるわけがっ……!」


 魔竜の威圧感に圧倒されて、周囲のみんながじりじりと後退を始める。


 けれど、自分たちの後方には町の門があるのだ。


 あそこには、町の人びとがたくさん暮らしている。


 こんな魔物が攻め入ったら、多くの犠牲者を出してしまう。


(エリアス……!)


 こんなとき、とっさに思い浮かぶのはやはり彼の顔だった。


 彼ならきっと、この異変に気がついて助けに向かってくれているはずだ。


 もしも、彼がひとりで魔王城へ行ってしまっていなかったのなら……。


 アキは、自分の想像にふるふると首を振る。


 ――大丈夫。きっと彼は、助けに来てくれる。


 だから、彼を信じて、自分たちは少しでも魔竜の進行を止めなくてはならない。彼が駆けつけるまでの時間を稼がなければならない。


 アキは、ついに武器を投げ出して町の中へと逃げだす一部の冒険者や守備兵たちを横目に見ながら、歯を食いしばってその場に踏みとどまる。


(エリアスだったら、レオだったら、ヨハンだったら……!)


 彼らだったら、ここで逃げ出しはしないだろう。


 たとえ自分の力が及ばない強敵と出会ったとしても、勇敢に立ち向かっていくのだろう。


 自分たちの力を尽くして、町の人たちを守るために。


 キッ、と目を見開いて、アキは目の前に立ちはだかる魔竜と対峙する。


 勝てないかもしれない。


 負けちゃうかもしれない。


「でも……!」


 もう、あの人の負担になりたくないから……!


 アキは、背中の矢筒から矢を引き抜いて弓に番える。


 こちらに標的を定めて赤い目を向ける魔竜に向かい、弓を大きく引き絞った。


 ――負けるわけには……いかない!

挿絵(By みてみん)

今夏欧米で電子書籍化予定の『勇者様の秘書になりました(I Became the Secretary of a Hero!)』のキャラクター紹介ページのイラストができあがりました!

可苗キユ様にお描きいただいております。

発売日が決まりましたら再度ご連絡させていただきます。

よろしくお願いします。

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