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第五十話 エリアスvsレオ

 アキと別れて、地底湖へと舞い戻ったレオを待ち受けていたのは、傷だらけでぼろぼろになった見知らぬ赤毛の男が地面に倒れている姿と、彼にとどめを刺さんばかりに聖剣を振りあげたエリアスの姿だった。


 予想もしていなかった光景に、レオは大きく目を見開く。


(いったい、なにがあったんだ……?)


 自分やアキが不在にしている間に、なにが起こったのだろう。


 それに、あの赤毛の男は誰だ―――?


(うだうだ考えてねぇで、とりあえずあの男を助けんのが先か……!)


 すばやくそう判断すると、レオはその場で足を肩幅に開き、エリアスに狙いを定めて両のてのひらを伸ばす。


 そうして短く言葉を呟くと、彼の指の先に魔力の弾がいくつも集まり、それが十分にそろったところで、レオは両手を大振りに振って、エリアスの足下を狙って機関銃のごとく魔法弾を連発した。


 猫だまし程度の威力しかないものだが、エリアスの攻撃を一時的にそらすには充分だろう。


 連続して飛来してくる魔法弾に対して、エリアスはレオの存在に気づいた様子で無表情でそれらを一瞥すると、魔法弾が地面をえぐってけぶる土煙の中で、後ろに大きく飛び退いて軽々と全弾をかわした。


 それを確認するよりも早く、レオは地面にあお向けに倒れている赤毛の男に駆け寄ると、その体を助け起こす。


(おいおい、ひどい怪我だな……)


 エリアスとよほど激しく戦いあったのか、赤毛の男は全身に聖剣による切り傷を負い、傷の箇所によってはとめどなく血があふれ出ている。


 これをエリアスがやったのだとしたら――そう思うと、正直、悲しかった。


 エリアスは本来、このように相手をなぶるような攻撃をする性格ではないのだ。


 このように血も涙もないようなこと、エリアス自身が望んでやるはずはない。


 もしも、彼の意思とは関係なく体が勝手に動いて他人を傷つけているのだとしたら、彼自身もいまの状況を苦しんでいるはずに違いない。


(……エリアスのためにも、早くあいつの自我を取り戻してやらねぇと……!)


 あらためてそう思いながら、この場を飛び退いたままのエリアスの姿を見やると、彼は一定の距離を離れてこちらの様子をうかがっているようだった。


 自分たちを排除しようとでもして、すぐに襲いかかってくる気配はない。


 もしかすると、彼自身や彼の守るべき対象であるアキに対して近づく者以外は、むやみに攻撃してこないのかもしれない。


 エリアスにそういった一定のルールがあることを信じて、レオは思いきってエリアスから視線を外すと、自分が抱え起こしている赤毛の男の身体を揺すった。


「おい、大丈夫か。意識はあるか」


 腕に触れている男の体温は温かい。命に問題はないとは思うのだが……。


 レオの呼び声に応えるように、赤毛の男が小さくうめきながら固く閉じていた目を開いた。


 その男の瞳の色を見て、レオは息を呑む。


 男の目は、緑色と水色をかけあわせたような人間離れした不可思議な色あいをしていたのだ。


 本人の身体からにじみ出ている魔力量も人間の比ではない。


 とすると彼が、アキが言っていた、エリアスたちに『創世記』を渡すためにすべてを仕組んだ魔族本人なのだろうか――?


 まだ意識が朦朧としているのか視点の定まらなかった赤毛の男は、レオの顔を認めるなり、はっとした様子で驚愕したように目をみはった。


「レオ様!? どうして……、どうして戻ってきたんですか……!」


「……は?」


 ――なんで俺の名前を知ってるんだ?


 レオは数回まばたきをして男の顔を見返す。


 自分は魔族などとは面識がない。魔族に自分の名前を知られるような、悪目立ちすることもしていないはずなんだが……。


 どうにも不可解で、この魔族にそのあたりを問いただしたい気もしたが、いまはそんな世間話をしている状況ではないことを思いだす。


 レオは自分をいさめるように首をふると、男の顔を見下ろした。


「おい、おまえがエリアスとアキに接触していた魔族……ジェント・サトクリフか?」


 赤毛の男がうなずく。そうして、レオに遠慮するように視線を伏せた。


「すみません、レオ様……。オレの力で勇者殿を止めようと挑んでみたんですが、このザマで……」


 レオはなるほど、と小さくうなずいて返した。


(この魔族、単騎でエリアスに挑んだのか……)


 アキの話では、この魔族――サトクリフが原因でエリアスが自我を失う羽目になってしまったはずなのだが、なぜその要因を作りだした張本人である彼がエリアスを止めようとしたのだろうか……。


(……そのへんの状況がまったくもってわからねぇ。が、いまはそのあたりの事情をたしかめてる余裕はねぇよな……)


 レオは割りきるように首を振ると、自分の腕の中で、ぐったりと青ざめた表情でかろうじて目を開けているサトクリフを見下ろす。


「……ああ、ちくしょう、おまえに訊きたいことは山ほどあるんだが、いまは仲間を助けるのがなによりも先決だ。だから、とりあえず――」


 レオは、いまだこちらの様子をうかがったまま動かないエリアスに気を配りながら、自分のローブの内側に手を差し入れて、回復薬の入った小瓶を取りだす。


 傷薬程度では傷の全回復まではいかないだろうが、立ちあがって動けるくらいまでは回復するはずだ。


 レオは小瓶の蓋を開けると、それを魔族――サトクリフに押しつけた。


「サトクリフ、おまえはその回復薬で怪我を治したら、ミーナとルイスの……そこの瓦礫の下に仲間がふたり気絶してるはずだから、そいつらを助けてもらえるか」


 魔族ならば、人間と違って転移魔法もお手のものだろうから、ミーナとルイスを連れてこの場を離脱することも難なくできるだろう。


 いまの自分にとって、ミーナたちの無事がもっとも気がかりだった。エリアス自身の攻撃が原因で仲間が命を失うことにでもなれば、エリアスはきっと、立ち直れないくらいに悲しむだろうから……。


 サトクリフはレオから薬の瓶を受けとると、自力で上体を起こして、さっそく回復薬を自身の傷にかけ始める。


 レオは、サトクリフの姿を視界の端に入れながら彼を背に庇うように立ちあがって、エリアスと対峙しながら腰の短剣を引き抜いた。


 ミーナたちの救出が上手くいくかどうかは、サトクリフが自由に動けるように、どこまで自分がエリアス相手に時間を稼げるかにかかっている。


 そうとはいえ、さきほどアキを助けたように地底湖の水を使うといった奇策は思いついていないから、エリアスと真っ向勝負で挑むしかない。


(……さあて、今度はどんな作戦でいくかな……)


 あれこれと頭で考えながら、レオは、すばやく傷の回復を終えて軽やかに立ちあがったサトクリフを横目で見やる。


(やっぱ魔族は、身ごなしからして人間とは比べもんになんねぇんだな)


 彼が味方についてくれたことは、相当な戦力アップになったかもしれない。


 レオは、視線を前方のエリアスに向けたまま後方のサトクリフに問いかける。


「サトクリフ、ひとつだけ訊いてもいいか。おまえがエリアスをいまの状態にしちまったんだよな? いまここでそれを責める気はねぇんだが、おまえだったら、あいつをもとに戻す方法を知ってるのか?」


 サトクリフが力なく首をふる気配がする。


「それが、力の発現までは予定どおりだったんですが、まさかそれで勇者殿が自我を失うとは思っていなくて、完全に想定外の状況でしてっ……」


「……つまり、エリアスをもとに戻す方法はわからねぇってことだな」


 一縷の望みをかけていただけに、レオはがくりとうなだれたくなる思いをなんとかこらえる。


(……とすると、あとはヨハンに頼るしかねぇってことか……)


 サトクリフと協力してミーナとルイスを助けだしながら、ヨハンとアキが駆けつけるまでこの場を持ちこたえる、そうするしかないのだろう。


 ひとりでエリアスの相手を請け負うのは結構な難題だったが、さいわいこの場には魔族のサトクリフもいる。自分を含めて動ける人間がふたりいるというのは心強い。


(それに――)


 レオは自分の気を落ち着けるようにゆっくりと息を吐きだす。


 いまは、弱音など吐いてはいられないのだ。


 アキと約束したのだから。彼女が戻るまで、かならず無事でいると。


 こちらの戦闘体勢に気づいて、聖剣を構え直すエリアスと向かいあいながら、レオは小さく月系魔法の詠唱を呟いた。


 途端、抜き身で構えていた短剣の刀身にまとわりつくように水流が巻きついて、それは即座に薄い氷の膜となって剣全体を包みこむ。


 これは、武器に月系魔法を宿して戦う――いわゆる魔法剣と呼ばれる戦法だ。


 魔法使いの中でも、物理攻撃に長けた者しか身につけることのできない特殊技能である。


 魔法特化の自分が、物理特化のエリアスとまともに戦っても勝てる見込みなどないのだから、自分の特技を駆使して土俵に上がるしかない。


「……エリアス、こんな形でおまえと戦うことになるとはな」


 氷を宿して白い冷気を漂わせる短剣を構えて、レオは低く腰を落とす。


 思いだすのは、旅の道中、夜中にエリアスを叩き起こして剣の稽古に勤しんだ練習の日々だ。


 エリアスとパーティを組んだ頃の自分は、これから勇者の仲間として強敵と戦っていくのだから、魔法だけではなく剣も使えるようになりたいと、そうわがままを言って夜な夜なエリアスに剣術を習っていたのだ。


(……いつか、稽古でも遊びでもなく、本気でおまえと手あわせしてぇと思ってたんだけどな)


 そして、自分の剣の腕をエリアスに認めさせたかったのだ。


 強くなったねと、あのほんわかした笑顔で褒めてほしかったのだ。


 それが、こんな望まれない形でおまえと戦う日を迎えることになるなんて――。


 レオは眼前に構えた剣の柄を力強く握りしめる。


「――エリアス、おまえを正気に戻すため、そしてあいつを……アキをこれ以上悲しませないために、おまえを敵とみなして本気で戦わせてもらう。命がけで戦う、手加減はなしだ」


 レオは、すうっと息を吸い込む。


 ここで勝っても負けても悔いが残らねぇように。


 ――覚悟を決めろ、俺……!


「行くぜ……!」


 レオが踏みだしたと同時に、サトクリフもまたミーナたちの救出に向けて後方の瓦礫の山と走り出し、離れていく二人の足音が重なる。


 ミーナたちのことはサトクリフに任せておけば大丈夫だろう。それだけでもずいぶんと気が軽くなる。


 こちらの覚悟をさとったのか、エリアスもまた表情を引き締めて音もなく地を蹴った。


 あっという間に距離をつめられそうなほどの速度で迫ってくる。


(速い……! やっぱおまえは、特別仕様なんだよな)


 この世界を救う英雄として生まれてきた、勇者。


 その異様なまでの孤高の強さが、エリアスから周囲の人を遠ざけ、彼を孤独にしてしまった。


 けれど、やさしい性格のエリアスはその寂しさを誰かに吐露することができず、自分の使命を受け入れて、孤独に戦い続けることを選んだのだ。


 そんな矢先に、彗星のごとく現れたのがアキで――。


 彼女は、立派な勇者であろうとして強がっていたエリアスに、勇者である前にエリアスも普通の男の子なんだと全力で伝えながら、あいつの寂しさに寄り添った。


 だから――だからあいつが、アキのことを大切に想い、彼女に危険が迫れば自我を失うほどの力で彼女を守ろうとするのは、無理もないのかもしれない、当然のことなのかもしれない。


(……そのエリアスとアキの絆を利用したサトクリフのことは、どんな理由があったとしても許せねぇけどな)


 だからこそ、エリアスとふたりでサトクリフを一発ぶん殴ってやるためにも、まずは彼を正気に戻さねばならないのだ。


 そしていまそれをできるのは、自分しかいない……!


 レオは駆けだしながら短剣を大きく振り被ると、軽く地を蹴って宙へ跳びあがった。


「まずはこれでもくらってみなっ、エリアス!」


 威勢よく啖呵を切って、落下と同時に振り上げた短剣を地に叩きつける。


 刃が地面に叩き込まれた瞬間、そこから波打つように一直線に氷柱が生えていき、こちらに向かってくるエリアスへと襲いかかる。


 魔法剣の特徴は、詠唱なしで魔法じみた属性攻撃をすばやく繰りだせることだ。


 連続した遠距離攻撃が可能になるから、聖剣で剣圧を放ってくるエリアスとも充分やりあえるはずだ。


 迫る氷柱の波を前に足を止めたエリアスは、わずかに目を細めると、一度短く息を吐いてから聖剣を横になぎ払った。


 途端、白金色の剣圧が音もなく飛んで、氷柱を次々と破壊していく。


 粉々になった氷の破片があられのように地に飛び散った。


 レオはその様子をちらりと横目に見ながら、短剣を構え直す。


(……だよな。この程度の攻撃じゃ、おまえは眉一つ動かさねぇよな)


 だが、自分だって一歩も引くつもりはないのだ。


 ここで負けるわけにはいかない、ここでおまえを失うわけにはいかねぇんだ。


(みんなが、おまえの帰りを待ってんだからな……!)


 レオはその場で足を踏ん張ると、まるで踊るように四方八方に短剣を振り払った。


 そのたびに氷刃が発生して空気を裂いて地を走り、エリアスへと向かっていく。


 けれど、エリアスは走る速度を遅めることもなく、襲いかかるそれらを次々と剣で砕いて近づいてくる。このままでは距離をつめられるのは時間の問題だろう。


(サトクリフ、まだか……!)


 ――せめてミーナとルイスを救出するまでは、あいつを止めねぇと……!


 氷刃を弾幕のように放ちながらエリアスの猛攻を防いでいたそのとき、後方から待ちに待ったサトクリフの声があがった。


「レオ様! ミーナさんとルイスさん、お仲間は無事です! 瓦礫の衝撃で一時的に気を失っているみてェですが、傷はそんなに深くありません!」


(そうか、よかった――……)


 おそらくルイスの月系魔法がダメージを軽減してくれたのだろう。


 あのとき、エリアスの剣圧が到達するまでのわずかな時間で魔法を発動できるのだから、やはりルイスは良い腕だ。


 レオは安堵の思いで後方をふり仰ぐ。


「サトクリフ! ミーナとルイスを連れて、この場を離脱できるか――」


「レオ様っ、前……!」


 サトクリフの空気を裂くような叫び声に、レオは弾かれたように視線を前方へと戻す。


 ――油断だった。


 ミーナたちが無事だったという喜びで高揚状態だった自分は、サトクリフのいる後方を振り向いた一瞬だけエリアスから視線を離してしまったのだ。


 気づいたときには、すでにエリアスは自分のすぐ目の前まで迫っていた。


(う、嘘だろっ……!?)


 いつのまに、こんなに距離をつめられた―――?


 物音も気配すらも感じなかった。たったの一瞬、目を離しただけだったのに。


 レオはすぐさま短剣を構え、腰を落とした体勢のエリアスを迎え撃つ。


 目の前に差し迫ったエリアスの感情のない瞳とレオの紫の瞳が交差する。


「エリアス……!」


 自分の声など届かないとわかっていても、わずかな願いを込めて親友の名前を呼ぶ。けれど、エリアスがなにか反応を示すことはない。


 ぐっと唇をかんだレオが、エリアスが振り上げた剣を受け止めようとした瞬間――エリアスの姿が、ふっとレオの前からかき消えた。


(え―――…?)


 どう、なってる?


 エリアス、どこへ消えた――?


「――レオ様っ、後ろです!」


 後方から飛んでくるサトクリフの悲鳴にも似た警告。


 それと同時に、視界の端を通り抜けるエリアスの白いコート。


(まさか、後ろを取られた!?)


挿絵(By みてみん)


 金縛りにあったようにその場に凍りついたレオの頬を、冷や汗が伝い落ちる。


 おそるおそる後方へと顔を向けると、エリアスが音もなく自分の背後に回っていた。


 ――速いっ、速すぎて、エリアスの動きがなにひとつ見えねぇ……!


 圧倒的な実力の差。


 こんなに力の違いがあっては、自分がいくら魔法剣を駆使して対抗しても、勝てるわけが――!


「レオ様――――!」


 サトクリフの叫び声がどこか遠くに聞こえたと同時、レオの背中をエリアスの聖剣が無慈悲なほどに深々と切り裂いた。


 痛みを通り越して熱さだけを感じる背中と、ぐらりと揺れる視界。


 自分の鮮血と思われる赤が地面に水たまりのように飛び散り、青い花をどす黒く染めあげる様子が視界の端に入った。


(……おいおい、これはさすがにやばいんじゃねぇか……?)


 朦朧とする頭の中でそう思ったのもつかの間、レオは斬撃を受けた衝撃で弾き飛ばされ、激しく地を転がる。


 それに抗うこともできずに転がるところまで転がると、やがて地面に擦られるようにして地面に倒れ伏した。その状態で激しくむせ返る。


 むせた先の地面は自分の吐血で赤く染まり、深手を負ってどくどくと脈打つ背中からは、異常なほど血が流れ出ているのが感じられた。


 ……これは、確実に致命傷だ。


 そんな中、ざ、ざ、とエリアスが一歩一歩近づいてくる足音が耳に入る。


 まるで死の宣告に似たそれに、レオは歯を食いしばる。


(俺も、ここまでか……)


 そう思った途端、体から急激に力が抜けていく。


(おまえの大事なアキを連れ去った俺を、おまえはきっと……許さないだろうな)


 ふ、とレオは小さく息を吐きだす。


 それなりにがんばって生きてきたつもりだったのだが、人生の終わりなど一瞬でおとずれるものらしい。


 こんなあっけない終わりかたなんて、本当は望んではいなかった。


 こんな格好悪い終わりかた、望んじゃいなかったのに――。


 ――『信じてるから……!』


 そう言い残して自分のために駆けだしたアキの姿が頭をよぎる。


 もしもあいつが戻ってきたとき、自分とエリアスが凄惨な状況になっていたら、いったいどれだけ彼女を悲しませてしまうだろう。


(だからこそ、こんな中途半端なところで諦めるわけにはいかねぇのに……!)


 もう、身体が動かないのだ。


 一定の間隔で聞こえていた足音が、ぴたりと止まった。


 自分の視界には、見慣れたエリアスのブーツの爪先が映りこんでいる。


 うろんげに視線を持ちあげると、こちらを見下ろすエリアスの緑の瞳と目があった。


 いつもやさしげにほほ笑んでいるあいつの表情とはまるで違う、こちらを冷たく見下ろしてくる刃のような目つき。


(……本当に、いつものおまえじゃねぇんだな)


 本当に、自分のことなど忘れてしまったのだろうか。


「――あんなに一緒にいたじゃねぇかよ……!」


 ちくしょう、とレオは消え入るような声で呟く。


 エリアスが止めを刺さんとして、ゆるやかに聖剣を振りあげる。


 その一太刀をかわす力など、いつものように魔法で勇ましく跳ね返す力など、もう自分には残されてはいない。


(……まあ、親友のおまえに命を差しだす最期なら、悪くはねぇかな……)


 どこかの魔物にやられて、人知れず野垂れ死ぬよりは、ずっと――。


 けれど、ただひとつの心残りなのは。


(――アキ……)


 彼女の笑顔がぼんやりと見えた気がして、レオはそれに向かって力なく手を伸ばす。


 約束、守れなくてごめんな。


 最後まで格好悪くて、ごめん。情けなくて、ごめん。


「……おまえに、こっぴどくフラれたかったなあ……」


 そうして泣き笑いで言ってやりたかったんだ、俺をふるとはいい度胸だな、絶対後悔するぜ、って。


(それも、叶わなくなっちまったのか……)


 ぼんやりと歪む視界の中、エリアスが頭上に振りかぶった聖剣の輝きだけがひどくまぶしい。


「……アキ、エリアス、ごめんな。助けられなくて、ごめん……」


 ――どうか、おまえらは、いつか、幸せに――……。


 後悔だけを残して目を閉じようとした瞬間――自分の目の前を覆うように、突如として黒いコートが視界をさえぎった。


「サトクリフ……?」


 目を疑った。


 突然割り込むように現れたサトクリフが、倒れている自分を庇うように両手を広げてエリアスとの間に立ちはだかったのだ。


 魔族は転移魔法を得意としているから、それを使って瞬時に駆けつけてくれたのかもしれない。


 予想もしていなかった光景に、レオは朦朧としていた意識を一気に取り戻す。


「な……にやってっ……おまえっ、サトクリフ……!」


 痛みでかすれる声を懸命に張って叫ぶレオに、サトクリフは振り向かずに答える。


「ここで貴方を失うわけにはいかないんです……! 貴方はオレたちの希望なんですから!」


「わけっ……わかんねぇこと、言うなよっ……!」


 レオは動かない体を叱咤して、なんとか起きあがろうと地面に這いつくばる。


 ぼやける焦点で必死にサトクリフの姿をとらえた。


(――頼む、サトクリフ、避けろ……!)


 そんな体勢でエリアスの斬撃をまともに受けたら、本当に、死んじまう……!


 サトクリフが、前方に視線を向けたままの体勢で、後ろ向きにレオに片手を差し向ける。


 彼は唱えているのは、聞き覚えのある転移魔法の詠唱。


 おそらくレオだけを転移魔法でこの場から逃がそうとしているのだろう。


 エリアスの振りあげられた聖剣が凶悪にきらめく。


 エリアスの視線がとらえているのは、レオを背に庇った格好で一心不乱に転移魔法を詠唱しているサトクリフだ。

 

 ――やめろっ……。


 無慈悲に振り下ろされる聖剣、間に合わない詠唱、それでも自分を助けるために詠唱を続けるサトクリフの背中。


 ――やめろっ……!


「やめろ―――――っ!」


 心の底から叫び声をあげて、サトクリフに向かって手を伸ばしたそのとき――。


 場の空気をその瞬間で留めるかのように、銀色に輝く一陣の風が場内を吹き抜けた。


 その風は地底湖内の花々をさざめき立てながら、レオたちをやさしく包み込んでいく。


 途端、傷の痛みが嘘のように引いていった。


 これは、まさか――……!


「まったく、なんて情けない状況になっているんです! 貴方がたらしくもない!」


 そう叱咤する怒鳴り声は、ひどくこちらを安心させるものだった。


 レオが声の主に呼びかけるよりも早く、サトクリフの目の前に一瞬にして強固な結界が張り巡らされ、エリアスが振り下ろした剣を激しい衝撃と共に跳ね返す。


 その衝撃に耐えきれずにサトクリフが尻餅をついたときには、彼や自分が負っていた多数の傷が見事なほどにふさがっていた。


 この神経質なほどの完璧な回復魔法、こんなものが扱えるのは、彼しかいない。


 深手を受けて麻痺していた背中の感覚を取り戻したレオは、慌てて跳ね起きて声のした方向に視線を巡らせる。


 その先には、杖を前方に突き出した体勢で額を拭った様子のヨハンが、隣にアキを、そして今まさに立ち上がろうとしているミーナとルイスを庇うように立っていた。


 その凛々しい姿を目にした途端、迂闊にも、レオは視界が歪むほどに涙ぐむ。


 にじんでぼやける視界の先で、ヨハンが不敵に唇を持ち上げた気がした。


「なんとか間にあったみたいですね。まったく、僕がいなければ回復ひとつもできないようでは困るのですが」


「言ってろよ、ヨハン!」


 ――ったく、遅いんだよ!


 いつもの憎まれ口を叩きながらも、それとは正反対にほっとした表情でやさしくほほ笑むヨハンに、レオも泣き笑いの顔で同じように憎まれ口で返す。


(よかった……。ヨハンがきてくれれば、もう大丈夫だ――)


 レオは膝から力が抜けそうなほどに安堵する。


 あまりにも安心して表情をゆるめたそのとき、ヨハンの肩に手を置きながら、いまにも泣き出しそうな顔で身を乗りだしたアキが目に入った。


「レオっ、大丈夫!?」


 もう見ることなどできないと思っていた想い人の姿に、レオは何度もうなずき返す。


「ああ、ああ、なんとかな。――約束、守ってくれてありがとな、アキ。俺もちゃんと、守ったから」


 おまえが戻ってくるまで無事でいる、その約束を。


 うん、とうなずいて駆けだそうとするアキを、レオは制するように片手を伸ばした。


 弾き返された剣を一度横に払い、だらりと下に降ろしたエリアスが、新たに現れたヨハンとアキの姿をとらえていたのだ。

 

 その視線は、まっすぐにアキだけを視界に入れているようにも見える。


(そうか……)


 レオはエリアスとアキを交互に見比べる。


 エリアスは、アキに対しては彼女を守ろうとして感情の反応をみせる。それは、彼の心に直接訴えかけることができるということなのではないだろうか。


(アキがいることは、エリアスを正気に戻す力になるかもしれねぇな……)


 レオが思案している中、エリアスの額に輝く紋章を目の当たりにしたヨハンが、軽く目をみはった。


 そうして、エリアスを牽制するために二刀を構えてたたずんでいたサトクリフを睨みつける。


「……なるほど、そういうことでしたか。『太陽の女神』の紋章、これは貴方の差し金ですか、サトクリフ?」


 ――『太陽の女神の紋章』。


 それが、エリアスの内に眠る秘められた勇者の力の名前だった――。


【お知らせ】

 いつもご閲覧いただきありがとうございます。山崎つかさです。

 このたび、無料漫画アプリcomico PLUS様で『ゆるふわ法律入門 ~恋愛とイケメンと法律と~』という作品で漫画原作者として公式デビューさせていただけることになりました。

 これも皆さまが応援してくださったおかげです、ありがとうございます。

 今月11月23日(水)から連載開始になりまして、今後はそちらの連載を行いながら、こちらの「勇者様の秘書になりました」の連載も変わらず続けていこうと思います。

 よろしければ、両作品ともよろしくお願いいたします。


挿絵(By みてみん)

・comico連載お知らせページ→http://www.comico.jp/challenge/detail.nhn?titleNo=9535&articleNo=8

・comico PLUS連載告知ページ→http://plus.comico.jp/notice/detail.nhn?no=303


挿絵(By みてみん)

エリアス・リーランド

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