第四十九話 約束
レオの熱を感じるほどの紫色の瞳に見つめられて――。
アキは、瞬時に首もとまで真っ赤に染めながら、まばたきも忘れて立ち尽くしていた。
(レオが、好き……? 私を?)
なかば信じられなくて自分の耳を疑っていると、目の前のレオがしびれを切らしたように深々とため息を吐きだした。
「……おまえなあ、俺の一世一代の告白をすらっと無視かよ?」
……へ?
「む、無視はしてないっ! ただちょっとびっくりしたというか……――本当に?」
アキは、おずおずと上目づかいでレオを見上げる。
本当に、レオは自分のことを好いてくれているのだろうか。
やさしくて、男前で、頭脳明晰で類まれな魔法の実力も兼ねそろえた非の打ちどころのない彼が、地味で平凡な私を、本当に?
どうしても信じられなくて、自分を指さしながら突っ立っていると、彼は軽く咳払いをしてから照れたふうに視線をそらした。
「……まあ俺も、おまえみたいな鈍くさくて無駄にがんばっては空回ってるめんどくせぇやつに惚れるとか、ちょっと自分が信じられないんだけどな? いつのまにか、まかり間違ってそうなっちまったっていうか……」
「……ふーん、左様でございますか」
好きというわりにはずいぶんな言われよう、とわざとらしく唇をとがらせると、レオが慌てて自分の顔の前で手を振った。
「いや、違うっ、そんなことが言いたかったんじゃねぇんだ! なんか俺、こういうときなかなか素直になれなくて……ごめんな」
レオが耳もとまで赤くなりながらしゅんとうなだれる。
その姿がいつもの勝ち気な彼とは違ってかわいらしくて、アキは小さく笑ってしまった。
(レオって、たまにかわいいとこあるんだよなあ……)
そのレオはというと、こちらをばつが悪そうに見たあと、気を落ち着けるためか一度長々と息を吐きだした。そうして顔を上げると、真剣な瞳でまっすぐにこちらを見つめてくる。
「俺は、さ……、俺らの世界になじむために一生懸命がんばってる、そんなおまえのことを……その、すげぇかわいいなって、ずっと思って、て……。で、気づいたら惚れてたっつーか……」
しどろもどろにレオからつむがれる言葉に、アキはばくばくと心臓が早鐘のように鳴り始める。
(う、どうしよう、すごく恥ずかしい……!)
「あ……ありが、とう……」
顔が燃えるように熱くなるのを感じながら、アキはそれを隠すように視線を伏せる。
レオのような誠実な男性から好きだといってもらえて、とてもうれしかった。
自分も、彼のことを素敵な人だと思っていたから。
けれど、それは異性への恋愛感情ではなくて、たとえば頼りになる兄に向けるような親愛の感情だったと思う。
(だから、レオの気持ちに応えることはできないけど……)
そう思ったのと同時に、脳裏にエリアスの姿が思い浮かぶ。
最近想いを伝えあって、恋人になってくれた、私の最愛の人。
彼が自分に向けてくれるおだやかな表情やうれしそうな笑顔を思いだして、アキは唇をかんだ。
彼の一番近くにいる立場になって、自分が彼を守らなければならなかったのに、彼の自我の喪失を止めることができなかった。むしろ、自分の油断が彼の力の暴走を招いてしまったのだ。
その結果、駆けつけてくれたルイスとミーナ、そしてレオに怪我を負わせてしまう結果になってしまった。
(だから……)
――だから私が、エリアスを止めなくちゃ。
仲間として、そして、彼の恋人として。
アキは、レオに返事を伝えるために、たしかな決意をもって彼のことを見上げる。
まずは、エリアスと恋人同士になったことを伝えなければ――。
「あの、レオ、私っ……」
「――それ以上は言わなくていい」
レオにぴしゃりと言葉を止められて、アキは息を呑んで口をつぐむ。
レオはふっと寂しげにほほ笑んだ。
「おまえはエリアスのことが好きで、あいつもおまえのことが好きなんだろ? そのことはとっくのとうにわかってるから、言わなくていい。だから俺も、おまえから返事がほしいわけじゃねぇんだ。ただ、伝えられるうちにおまえに俺の気持ちを言っておきたかった、それだけなんだよ」
後悔しないようにな、とつけ加えて、レオが今度は晴れやかに笑う。
(レオ……)
その笑顔を受けて、アキはずきりと心が痛んで瞳を揺らした。
彼は、私がエリアスのことを好きだと知っていて、それでも好意を向けてくれたのだ。
それなのに、彼の真摯な気持ちに応えられないことがひどくつらかった。
「……ごめん、レオ、ごめんなさいっ……」
謝ることしかできずに顔を伏せると、レオに力いっぱい肩を叩かれる。
「だーから謝んなって! そんな泣きそうな顔されっと、こっちが困っちまうだろ? 俺はさ、おまえに好きだってことを伝えられただけで思い残すことはねぇんだよ」
ぽんぽんとアキの頭をなでて、これで伝えたいことは伝えたといわんばかりに、レオが踵を返す。
かける言葉が見つけられずに彼の背中を一心に見ていると、彼がぽつりと呟いた。
「……ありがとな、アキ。俺は、おまえが『勇者の片腕』として俺の召喚に応えてくれて、すげぇ幸せだった。おまえが俺たちの――いや、俺のところにきてくれて、本当によかったって思ってんだぜ。……じゃあ、ヨハンのこと、頼んだからな」
背を向けたレオが、後ろ手にひらひらと手を振って、エリアスの待つ地底湖へ戻るために一歩、また一歩と足を進める。
アキはその背中をまっすぐに見つめて、ぐっと拳を握りしめた。
このままでは、レオがいってしまう。
ここでわかれたら、もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれない。もう二度と、彼の明るい笑顔を見ることはできないかもしれない。
彼は、命を賭けてエリアスに挑むのだから――。
(そんなのは……)
アキはぐっと唇をかみしめる。
――そんなのは、嫌だ……!
「レオ、待って!」
また一歩足を踏み出したレオの背中に向かって、アキは自分でもびっくりするほどの怒鳴り声で彼を呼び止める。
鋭い声が遺跡内に反響して、レオがびくりと驚いてこちらを振り返った。
「いきなりどうしたんだよ?」
「――レオは……、レオは、卑怯ですよ!」
「……はあ?」
突然のアキの発言に、レオが片眉を跳ねあげる。
アキは両手で拳を握りしめて身を乗りだした。
「だってっ、一方的に自分の気持ちだけを言って、私の返事も待たずにかっこよく立ち去ろうとするなんて、卑怯ですよっ! 全然かっこよくない!」
「……かっこよくないって、おまえな。だって、おまえの返事なんて聞かなくてもわかって――」
「――だから!」
レオの言葉をさえぎって、アキは足を踏み込んで駆けだすと、こちらを振り返っている彼に両腕を伸ばして思いきり抱きついた。
驚きながらも難なく受け止めてくれるレオを見上げて、アキは目ににじむ涙をそのままに、彼の服をたぐり寄せる。
「だからっ、私がヨハンを連れて戻るまで必ず無事でいて、私の返事を伝えさせてください! こっぴどくっ……」
そこで息を吸い込んで、泣き笑いの顔でレオを見つめる。
「こっぴどく、フってやるんだから!」
アキの渾身の言葉を受けたレオは、一瞬きょとんとしたあと、場内に響き渡るほどに盛大に吹きだした。
ひどくおかしそうに、うれしそうに笑いながらお腹を抱える。
「なるほど、そりゃいいな! おまえにフラれるために、俺、命を賭けてがんばんないといけないのかよ! 本当もう、おまえ、底なしに馬鹿なんだからよっ……」
そこまで言って、レオの目からすっと一筋涙が伝う。
「レオ……?」
「うわ、俺泣いてんのかよ……。いや、なんか、おまえにそう言ってもらえて、すげーうれしくてさ。……怖い、正直、俺も怖いんだよ。もし死んだら、おまえにもエリアスにも、ヨハンにも、俺の大事な人たちともう会えなくなるかもしれねぇって、そうと思うと……すげぇ、怖いんだ。絶対、嫌なんだよ」
怖さを抑えるためか、アキの背中に腕をまわしてぎゅっとレオが抱きしめる。
その身体がわずかに震えていて、アキも腕を伸ばして彼を抱きしめ返した。
「――じゃあ、約束してください。私が戻るまで、絶対無事でいるって。絶対、負けないって」
レオの胸もとから彼の顔を見上げれば、彼は透きとおった紫色の瞳を揺らして、うん、と小さくうなずいた。
「必ず負けねぇって約束するから、おまえの力を、俺にわけてほしい。俺が、無事におまえと再会できるように」
――エリアス、一回だけ、すまん。
レオがそう呟いたと思った途端、彼は指を伸ばしてアキの前髪を少しよけると、そこに自分の唇を押しあてた。
なにが起こったのかを察してアキが真っ赤になっておでこを押さえたのと同時に、レオが彼女からぱっと体を離す。
はたから見ても耳まで赤くなってレオを凝視するアキに、彼はいたずらが成功した少年のように勝ち気に笑いかけた。
「ありがとな、アキ。おまえにフラれる予定のかわいそうな男に、これくらいのサービスはしてくれてもいいだろ?」
「な、なに言ってっ……」
レオは、動揺してしどろもどろになっているアキの両肩に手を置くと、ぐるりと彼女の体を回して背を向けさせる。
「レオ?」
「――走れ!」
ぐい、とレオがアキの背を押す。
振り返ろうとすると、レオがそれを制止するように鋭く手を叩いた。
「振り返るな、走れ! ――行け、早く!」
――レオっ……!
その意味を察した途端、アキはまた涙が込み上げてきて、じわりと瞳をぬらす。
振り返ったら駄目だ。
自分は、絶対にヨハンを連れて戻らなければならないのだから。
この場に残るレオを、助けるために。
アキは決意をかためるように、自分の進行方向に向けて真っ直ぐに顔を上げる。
「信じてるから……!」
それだけを言い残して、後ろを振り返らずに一目散に来た道を駆けだした。
走れ、走れ、走れ!
いっこくも早く、ヨハンを連れて帰るために――……!
遠ざかっていくアキの足音を耳に入れながら、レオは彼女に背を向けたままたたずんでいた。
「……こっぴどくフッてやるから、ねえ」
本当に、彼女はおもしろい。
絶対に無事でいてほしい。その願いを、自分を思いっきりフってやるから、なんていうとんでもない約束で伝えられるとは。
レオは、彼女の素直でまっすぐに気持ちをぶつけてくるところが好きだった。突拍子もない唐突な行動でいつも振り回してくるところも好感が持てた。
「……好きだぜ、アキ。エリアスに、負けないくらいな」
だから、これからのエリアスとの一騎打ちで必ず勝って、その暁には、いつまでも腑抜けたことしてっとアキのこと奪っちまうからな、とエリアスに啖呵を切ってやろう。
アキにフラれようがなんだろうが、彼女への気持ちを諦めるわけにはいかない。
そのためにも、必ずこの戦い、負けるわけにはいかないのだ。
「さぁて、行きますかねぇ」
レオはぐるぐると肩を回してから、自分たちが逃げ込んできた側溝を見下ろす。
アキとの約束を守るために。親友のエリアスを助けるために。
そして、自分が無事に生き残って大事な仲間たちとまた笑いあうために――。
レオは、さきほどアキの額に口づけた自分の唇にそっと触れる。それだけで、彼女がそばで応援してくれているような気がした。
「頼むぜ、俺……! ここが天才魔法使いレオ様の腕の見せどころだ!」




