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第四十八話 勇敢であるために

 そうして、アキからひととおりの事情を聞き終えたレオは、そのうちのひとつの単語を耳に入れた途端、息を呑んでいた。


「……アキ、おまえいま、『創世記』っつったか……?」


 血相を変えて訊き返すレオに、アキは、それがどうかしたのか、ときょとんと目を丸くする。


「はい。『創世記』はジェント・サトクリフと名のった魔族が持っていた本なんですけど、魔王に頼まれて、それをエリアスに渡したかったのが今回の騒動のきっかけだったみたいで――」


 アキの話では、このクエストの依頼書をミーナに押しつけたのがそのサトクリフという魔族で、その魔族は魔王から『創世記』をエリアスに渡すように命令を受けてこの遺跡の地底湖に待ち伏せしていたんだそうだ。


 そして、エリアスがその魔族――サトクリフから、『創世記』を受け取ろうとしたところ、なんらかの意図があったのかサトクリフがアキを拉致して危害を加えて、さらには魔物を生み出してエリアスを妨害し、その危機をのりきろうとしてエリアスが自我を喪失するほどの力で対抗して、額に太陽に酷似した紋章が浮かびあがったということらしい。


 ずいぶん複雑な事情の上にいまの状況になっているようだが、その中でも自分の関心は『創世記』という言葉に向けられていた。


 なぜなら、その本は自分が長年研究してきた、勇者と魔王の戦いの真実が描かれた聖典のことだったからだ。――けれど。


「アキ、その魔族は本当に『創世記』を持ってたんだよな? あの本はこの世界にたった一冊しかないはずで、しかも『神殿』が厳重管理してるから外部に出回るはずはないんだ。なんでそれを魔族が持ってるんだ?」


 つめ寄るように訊けば、アキが戸惑ったふうに瞳を揺らす。


「……たった一冊……? ――あ、そういえば、サトクリフが『この創世記は写本だ』って言ってました。あのときはあんまり気にしてなかったんですけど、あれ、原本は一冊しかなかったからだったんですね」


 神妙な面持ちで納得しているアキを前に、レオは顎に手を添えて考え込む。


(写本、か……)


 まさか、『創世記』には写しがあったということなのだろうか。


 そうだとして、その写本を魔族が持っていたということは、長年、魔族側で人知れずに管理されてきたのだろう。


 ――どうりで、魔王は勇者と魔王の戦いの事情に通じているはずだ……。


 『創世記』の写本を手にしていることにより、魔王がこの世界の真実について知っていたとすると、『神殿』と同等の情報を持っているということになる。


 その上で勇者と魔王で力を合わせて女神に対抗しようと提案を持ちかけてきているということは、そうしなければ乗り越えられないほどの事柄が、エリアスやアキ、魔王やナコに差し迫っているということなのだろう。


 だからこそ、エリアスに『創世記』の写本を渡して、勇者側の面子にも事情を知っておいてほしいということだったのかもしれない。


 ずっと手が届かないと諦めていた『創世記』にお目にかかれる――不謹慎かもしれないが、レオは、好奇心で胸がざわついていた。


 アキの話では、エリアスの暴走後、サトクリフはいずこかへ姿をくらませてしまったようだから、本当に『創世記』をこの目にできるかどうかは定かではないが。


 アキが、そのときのサトクリフとのやりとりを思い出すように宙を見上げる。


「……あのときのサトクリフの口ぶりだと、わざとエリアスにあのすさまじい力を発現させたみたいでした……。エリアスに対して、『創世記を渡す条件として、勇者殿が己の中に眠っている潜在的な力を自覚してから』って言ってましたから」


「なるほどな……」


 ということは、魔王側は勇者側と協力体制を作る条件として、エリアスがあの強大な力を自分のものにする必要があるということだろう。


(……とすると、ますますエリアスを一発ぶん殴ってでもいいから正気に戻して、あの力を御してもらう必要がありそうだな……)


 レオは、自分の次の言葉を待っているのか、緊張気味に座っているアキを見やる。


「アキ、ありがとな、大体の事情はわかった。それで、とりあえずこれからどうするかなんだが――まず優先すべきは、負傷しているミーナとルイスの救出だ。そのためには、地底湖へ戻って、なんとかエリアスの攻撃を防ぎながらミーナたちを助けだして、おまえと同様の方法でこの場所まで逃げきる必要がある」


 うん、と表情を引きしめてうなずくアキに、レオは言葉を続ける。


「それで無事にここまで戻ってきたら、ありったけの回復薬を使ってあいつらの傷を治すことが最優先だ。あいつら、エリアスの攻撃で怪我を負った上、さらに瓦礫の下敷きになってっから、最悪、大怪我を負ってる可能性があるからな。無事だといいんだが……」


 あのときの光景を思い返すと、エリアスの斬撃の着弾時に、ルイスの防御魔法が発動していた。その効果で、ある程度ダメージを軽減できているといいのだが、もともとのエリアスの攻撃力が半端ないので、どこまで太刀打ちできているかはわからない。


(あのとき、俺がエリアスの斬撃を防ぎきっていれば、こんなことにはならなかったんだよな……)


 自分の無力さを悔やんでも悔やみきれない。


 勇者の仲間として、襲いくる敵から勇者を守ることも使命のひとつだけれど、勇者が誤った行動をしたときにそれを止めることもまた自分たち仲間の役目であるのに――。


 レオは後悔を振り払うように一度頭を振って、膝を叩いて顔をあげた。


「それから、さっきヨハンに救援要請の伝令魔法を飛ばしておいた」


「あ……」


 ぱっと顔を輝かせるアキに、レオはうなずいてみせる。


「あいつの力なしじゃ、この壮絶な状況は打破できねぇからな。ただ、この遺跡の地下からヨハンのいる町の宿までは相当な距離がある。ちゃんとあいつのとこまで届くのか確証がねぇ。だからアキ、おまえには、ここからひとりで町に戻ってヨハンを連れてきてほしいんだ。魔物が出て大変だとは思うが、いけるか?」


 もちろん、とアキは使命を果たそうとする気概をみなぎらせてうなずく。


「わかりました! 私、絶対にヨハンを連れて戻ります! それで、その間、レオはどうするんですか? 別行動になるんですよね?」


「ああ――」


 レオは最初、どう伝えたらいいものかと少し口ごもってから、腹をすえた様子でアキをまっすぐに見つめた。


「俺は、もう一度地下に降りてエリアスに一騎打ちを挑んでみようと思う。それでミーナとルイスを助けることができれば御の字だし、ついでにエリアスをぶん殴って奴を正気に戻せれば大成功だからな」


 快活に笑ってみせると、レオの言葉を聞いたアキが弾かれたように顔をあげた。必死に訴えかける表情でこちらを見上げながら、両手でレオの腕をつかむ。


「え、待って……待ってください! いまのエリアスは、レオのことだって容赦なく攻撃してくるんですよ! ミーナとルイスをいっこくも早く助けなきゃいけないのはわかってる。でも、あのエリアスとひとりで戦ったら、レオだって無事じゃすまないかもしれない、命を……落としちゃうかもしれない……!」


 つめ寄るアキに、その視線から逃れるようにレオはうつむいた。


 たしかに、いまの自分では確実にエリアスに対して勝ち目はない。


 さきほどの戦闘の感触から考えて、一時的にエリアスの攻撃をふせいでミーナたちを救出するのが精いっぱいだろう。


 さらには、アキの救出の際に地底湖の水を使うという戦法を使ってしまった関係で、他にエリアスの不意をつくような手が残っていないのだ。


 奥の手なしのいまの状態でエリアスに挑んだら、勝ち目など万に一つもない。


(次はもしかしたら、死ぬ、かもなあ……)


 まるで他人事のように、ぼんやりと思う。


 たとえ危険だとしても、ここでアキがヨハンを連れてくるまで待機するだとか、もしくはアキと一緒に町に戻ったりだとか、ミーナたちの救出を遅らせるような手立てはとりたくはなかった。


 それが原因でミーナたちが命を落とすようなことにでもなったら、それこそ後悔するからだ。だったら、自分の命を賭けてでもいっこくも早く彼女たちの救出に向かいたい。


 レオは、一気にまくしたてたせいか息を荒くしているアキの頭に、ぽんと手を乗せると、静かに立ち上がった。


 不安げにこちらを見上げてくるアキに、得意顔で笑ってみせる。


「――まあ、そんな心配すんなよ。俺だって、だてに天才魔法使いを名のってるわけじゃないんだぜ――」


 そういって冗談めいて笑おうとして、レオはぎょっとして口をつぐんだ。


 同じように立ちあがって顔を伏せたアキが、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていたからだ。


 彼女は、胸もとでぎゅっと拳を握り、小さな肩を震わせて泣いている。


「アキ……」


「レオは、いつもそう……! いつもそうやって明るく笑って、みんなを心配させないようにして、ひとりで全部なんとかしようとして……! 今回だって、無事じゃすまないかもしれないってわかってるのに、ひとりで戦おうとしてるんでしょう? 私、私っ、ここでレオと別れたらもう会えなくなるんじゃないかって、それがすごく、怖くて――」


 泣き声で途切れ途切れに言う彼女に、レオはぐっと拳を握りしめる。


 彼女が、そこまで自分を思ってくれているのが嬉しかった。思いを寄せる女性に泣きながら心配してもらえるなんて、自分はなんて幸せなんだろう――と。


 アキにみなまで言わせず、レオは彼女の腕をつかむと、ぐいと自分のほうへ引き寄せる。


 え、と目を見開いて胸の中に飛び込んできた彼女の背に腕を回し、強く抱きしめた。


「レオ……?」


「……おまえの言うとおりだ。ここで別れたら、もう二度と、おまえに会えなくなるかもしれねぇんだよな」


「なに言ってっ……!」


「だから最後に、おまえに伝えておきたいことがある」


 アキの肩に両手を置いて、そっと彼女の体を離す。


 伝えるべきかどうか、ひどく迷った。このまま自分の中に秘めておいたほうが、彼女を困らせずにすむのではないかと。


 けれど、もしかしたら、エリアスに挑んだら最後、もう彼女には会えなくなってしまうのだとしたら――なにがあっても悔いが残らないように、彼女に自分の気持ちを伝えておきたかった。


 レオはアキの両肩に手を添えたまま、揺れる彼女の瞳を熱のこもった視線で見つめ返す。


 そうして、はっきりと告げた。


「――俺、おまえのことが、好きだ」


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