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第三十三話 危機

「うっわあ、あたし半魚人って苦手なのよね! 頭は魚で体は人間っていう独特のビジュアルがなんともおぞましいっていうかっ……」


 顔を青ざめて眉をしかめるミーナに、アキもまた冷や汗ですべる弓を握りしめながらうなずいた。


(た、たしかに……)


 前方からにじり寄ってくる半魚人軍団は、見た目の異形さもさることながら、腐臭に似た強烈な臭いも発しているのだ。


(うう、鼻が曲がりそう……!)


 アキがまいったとばかりに眉を下げていると、先頭のエリアスが聖剣を一度横に振ってから眼前に構え直した。真剣に目を細め、迫り来る半魚人を見据える。そうして、注意は前方の半魚人に向けたまま、ミーナとアキ、ルイスをちらりと振り向いた。


「みんな、とりあえず俺が先陣を切るから、みんなは様子を見て俺の後に続いてくれる?」


 言うが否や、先制攻撃とばかりにエリアスが後ろ足で地を蹴った。その一陣の風が吹き抜けるような速さに、彼の金色の髪と白いコートの色彩だけが、一筋の軌跡となって残される。

 目で追えないほどの速さで半魚人の目の前まで迫ったエリアスに、ミーナはあんぐりと口を開けた。


「な、なんなのあの速さ……! 盗賊も形なしの身のこなしね!」


「……勇者は身体能力に優れているとは聞いていたが、まさかここまでとはな。まさに電光石火だな」


 エリアスの動きを目で追っていたルイスが、はーっと感嘆の息と吐きながら後ろ頭をかく。


 皆の注目をその背に浴びながら、エリアスは半魚人の一体に向け、叩きつけるように聖剣を振り降ろした。魚人はエリアスの剣を受けようと頭上に銛を構えるが、呆気なく真っ二つにされ、それはただの棒きれとなって力なく地に落ちる。


 それだけではなく、エリアスの刃は、さらに魚人の身体を肩から腰にかけて一刀に袈裟斬りに両断した。


 途端、半魚人は場内に響き渡るようなにごった声で悲鳴を上げて、黒い血飛沫をふいて床に片膝をつく。まるでその仇をとるように、倒れた半魚人の後ろから新たな一体がエリアスに向かって銛を突くが、彼は体を捻ってそれを交わし、その回転を利用して踵で送るように魚人を蹴り飛ばした。


それは、後方の仲間の魚人を巻き込みながら派手に地をすべっていく。


「これで四体――次!」


 聖剣に付着した血糊を振り払い、エリアスは腰を落として更に次の魚人に立ち向かっていった。


 その圧倒するような強さに、アキも、ミーナも、ルイスも、戦闘中ということも忘れて目を奪われる。


(エリアス、すっごく強い……!)


 原野での戦闘のときも感じたが、エリアスの強さは、敵に攻撃する隙を与えないくらい圧倒的だ。


 ――もしかして、私の出番なんてないのでは……。


 あっという間に半魚人を掃討していくエリアスを前に、ミーナが嬉しそうにその場を飛び跳ねた。


「いいわねいいわねっ、エリアスと一緒に戦ってると負ける気がしないわ! これが世界の英雄――勇者様の力なのね!」


 そこまで言って、ミーナは短剣を軽く上部に投げると、それを逆手で持ち替えるように受け止めた。楽しげに口角を持ち上げながら、前方の半魚人を見すえる。


「――けど、あたしだって負けないわよ!」


言うがいなや、ミーナは一度大きく息を吐き出すと、軽やかに地を蹴って半魚人の群れに突っ込んでいった。


 ミーナも速い……!


 エリアスと遜色のないほどの軽い身のこなしだ。彼女とエリアスが前衛を担ってくれるならこんなにも心強いことはない――そう思いながら、アキは前衛のエリアスとミーナの動きを目で捉えつつ、まだ六体ほど残っている魚人達の動向を窺っていた。


 『弓使い』の役割は後方からの前衛の援護だ。前衛が届かない敵陣の後方にいる魔物を、弓矢で遠距離から射撃することに意味がある。


 それを踏まえながらアキが半魚人軍団の最後方にいる魚人に目を凝らすと、一体の魚人が、エリアスに狙いを定めて銛を投擲しようとしている姿が目に飛び込んだ。エリアスは手前の半魚人と交戦中で、それに気付いている様子はない。


 アキの心中をざわりと緊張が駆け抜ける。


 ――私が、私が助けなきゃ……!


 アキは、震える腕にぐっと力を込める。


 今度こそ、エリアスを自分の力で助けてみせるのだ。


 いつも助けてもらうばかりでなく、『勇者様の秘書』として少しでも彼の役に立つために。


(お願い! どうか私に力を貸して……!)


 握った弓に祈るように念じて、アキは背の矢筒からすらりと一本の矢を引き抜き、それを弓に番えた。ぎりぎり、と矢を引き納める。


 まるでもう何度も弓を射った経験があるかのように、弓を定める体勢に自然と体が動いた。女神様の力が先導してくれているのかもしれない。


 アキは、前方で剣を振るい続けているエリアスに注意を促すように、鋭く言葉を飛ばす。


「エリアス、危ないっ……!」


 アキの声に気付いたエリアスが、弾かれたように後方を振り向く。アキが弓を構えているのを目に入れ、その場を飛び退いた。


 アキはそれを視界に入れながら、狙いを定めた半魚人を見据え、無我夢中で前方に向けて矢を放つ。


(当たれ――――!)


 箒星のように飛んでいく矢に祈った瞬間、アキの額に、さきほど遺跡の入口で襲われた痛みが走った。


「痛っ……!」


 ――また、この痛みっ……!


 アキは弓を地に突いて身を屈め、ちりちりと痛む額に右手で触れる。


(痛いっ……けど、こんなところでまた気を失うわけにはいかないっ!)


 歯を食いしばって視線を上げた瞬間、半魚人に向けて放った矢が黒々とした光を宿し、一つの弾丸のようになって半魚人に命中した。


 それは銛を構えていた魚人の右腕を武器ごともぎとり、吹き飛ばす。右腕を失った半魚人は、体勢をよろめかせて片膝をついた。


 すかさずミーナが奥へ跳び、半魚人の首を断ち切って絶命させる。半魚人の断末魔と共に切断面から噴き上がる黒い血飛沫を、ミーナは素早く後方へ引いてかわした。


 別の半魚人と交戦していたエリアスが、アキの強力な弓攻撃に驚いた表情で振り向いた。


「アキ、すごいじゃないか! 助かったよ、ありがとう!」


「う、うん! エリアスも、無事でよかった!」


 汗を滲んだ顔でエリアスに笑顔を返してから、アキは自分の指先でそろりと額をなぞってみる。――特に、紋章が浮かび上がっている感触はない。


(なんだったんだろう、今の……)


 思い返せば、額に痛みを感じたその瞬間から矢が黒い光をまとった気がした。


 遺跡の壁面に刻まれた古代文字が黒々と染まった、あの時と同じ色合いのものだ。


(何か、関係があるのかな……?)


 得体の知れない力だけに恐ろしくも感じる。


 考えにふけっていると、後方から興奮気味にルイスが駆けつけた。


「アキ、君の弓矢は凄まじい威力があるのだな。通常、弓は貫通武器であるから、一撃で魔物の腕を吹き飛ばすような広範囲に渡る攻撃力はないはずなんだ。だが、君の弓矢はまるで斬撃のような威力を持っているようだな。一瞬、矢が光の弾になったように見えたが、あれは君の力なのか?」


 次々とまくしたてるルイスに、アキはふるふると首を振る。


「自分でもよく、わからないんだけど……矢を放ったとき、また額にあの時の痛みを感じたんです。で、こんな痛みに負けるもんかって思った途端、矢があの黒い光をまとったんです。――ねえルイス、私の額、なんともないですか?」


 もしかしたら、例の紋章の痕跡があるかもしれない。


 そう思って前髪をめくってルイスに見せると、彼はそれを覗き込んで首をかしげた。


「いや、今は何も出ていないようだな。……あの月の紋章か。君自身でコントロールできないのだとしたら、君の潜在能力なのだろうか。もしそうだとすると、君が敵を攻撃するときに無意識にその力が矢に宿り、威力を高めているということか……?」


 問いかけるようなルイスに、アキは力なく視線を落とす。


 その月の紋章の力が関係しているのは間違いなさそうだが、それが自分の潜在能力なのかと聞かれると、わからなかった。女神様に授けられた特殊能力の一つなのかもしれないが、なにぶん、確かめる術がないのだ。


「うーん、はっきりしたことはわからないんですけど、あの月の紋章が私の力を高めてくれるのなら、それに越したことはないなっていう気持ちもあって……。私、ただでさえみんなの足を引っ張っちゃうから、少しでも戦えるようになりたいから」


「そうか……。仲間としては心強い限りなのだが、得体の知れない紋章の力だ。くれぐれも、無理はしないでくれよ。私も、このクエストが終わったら文献を調べてみるから」


「うん。ありがとう、ルイス」


 笑顔で顔を上げると、ルイスが唇を軽く持ち上げてほほ笑んだ。


 知識のあるルイスが調べてくれるのなら、確実な情報が手に入りそうだ。


 そう思った矢先、アキのスーツの胸ポケットの手帳が、緊急を知らせるように激しくまたたいた。


「あれ?」


 どうして今頃……?


 もう魔物とは交戦中なのだから、あらためて手帳が連絡をしてくるなんて、あまり良い予感がしないのだが――。


 アキは慌てて手帳を取り出し、例によって自動で開かれた頁を凝視する。


 頁に表示されているのは、一本道の構図――現在地の地図だ。それを裏づけるように、前方にエリアスたちが相手をしている半魚人を示す赤点がある。エリアスやミーナが敵の数を減らしてくれたため、今表示されているのは三体の半魚人分を示す三つの赤点だ。


(わざわざ手帳が伝えたかったのは、今残っている敵の数を知らせるため……?)


 いや、それは目視でわかるわけだし、そんなはずはない。


 アキが目を凝らして手帳を見ていると、前方の三つの赤点に加わるようにして、アキたちの後方地点に十体の赤点が表示される。


(え――……)


「嘘っ!」


 アキは体の血の気が下がるのを感じながら、顔を青くして手帳を注視した。


(これって……!)


 自分たちのすぐ後ろから、新たに十体の魔物が迫ってきてる――――?


 後方を振り仰いだアキの異変に気づき、ルイスもそれを倣うようにして体を後ろへ向ける。


「しまった、新手か……!」


 ルイスが弦楽器をすぐに構え、アキも矢筒に腕を伸ばした。


 今までアキたちが通過してきた後方入口から、銛を構えた新手の半魚人の群れの姿が差し迫る。こちらが新手の半魚人の奇襲に勘づいたことに気づいた半魚人たちは、銛の切っ先を向けて、足音を轟かせて一気に突進してきた。


(速いっ……!)


「アキ、ルイス!」


 前方からエリアスとミーナの鋭い叫び声が飛ぶ。それを背中で聞きながら、アキは頬を滴る冷や汗を手の甲で拭った。


 この速さで接近されたのでは、前方にいる彼らが駆けつけるまで交戦をまぬがれることはできない。矢を番えて射る時間はない。――こうなったら、弓で直に戦うしかない……!


(天才魔法使いのレオ様が作ってくれた弓矢なんだから、絶対接近戦も想定して頑丈に作ってくれてるはずだよね!)


 あったりまえだろ、とレオが自慢げに笑っているのを想像しながら、アキは鋼製の弓を鈍器のごとく振り上げた。――軽い!


 臨戦態勢のアキを視界に入れつつ、ルイスが弦楽器を掻き鳴らした。月系魔法発動の合図だ。


 ルイスが息を吸い、構内に響き渡るほどの低く美しい声音で呪文を紡ぐ。


「――立ち止まれ、そんなに慌ててどこへ行くというの、ほんの少し足踏みしてごらんよ、心配ないぜ、ちゃんと待っているから」


 すかさず月系魔法の魔法陣が宙に展開し、掻き消える。


 月系魔法の一種、魔物の速度を落とす吟遊詩人の補助魔法だ。ルイスはそれを鮮やかに発動し、襲い来る半魚人達の動きを絡め取り、彼らの猛攻を緩める。


 けれど、アキの直近に迫っていた一体の半魚人のみ、鈍足になる己の動きを強引に振り切り、アキの頭上を目がけてその銛を振り下ろす――!


「ま、負けるもんですかあっ!」


 アキは弓を真横にして頭の上に構え、盾よろしく半魚人の銛を防いだ。鋼と鋼がぶつかり合う乾いた音が反響し、受け止めた振動でアキの後ろ足が大きく後退する。


「きゃっ……!」


 がくり、と体が後方によろけた。


 自分の体がかしいでいくのがまるでスローモーションのように感じられ、その中でおそるおそる後ろを振り向くと、視界全体に側溝の暗闇が広がる。


 足を踏み外した自分は、側溝に真っ逆さまに落ちかけているのだ。


「き、きゃあああああっ!」


「アキっ!」


 落ちゆくアキに向かってルイスが手を伸ばし、それをつかむようにこちらも手を伸ばすけれども、指先が一瞬触れ合ったかどうかというだけでお互いの手が空しく宙を切る。


(これは、いよいよ駄目かも――……!)


 絶望的な思いの中、側溝の淵に身を乗り出して手を伸ばしているルイスの姿が、どんどんと小さくなっていく。


 ――やっと、みんなと一緒に戦えると思ったのに。秘薬を手に入れて、アーニーを助けられると思ったのに。


(ナコ、レオ、ヨハン、ミーナ、ルイス、魔王、そして、エリアス――……!)


 走馬灯のようにみんなの姿が次々と思い浮かぶ中、アキは重力に身を任せて暗闇の淵へと呑み込まれていく――。




「アキっ、そんな……!」


 前方から後方の危機を目に入れたエリアスは、落ちゆくアキの姿を捉え、なりふり構わずに一目散に駆け出した。


(この距離なら、まだ間に合う……!)


 視界の先で新手の半魚人と交戦中のルイスを手助けするため、エリアスはとっさに自分のまとっているコートの裏側に手を差し入れ、裏布に留めてあった隠し刃を引き抜く。


 それを数本指の間に挟むと、ルイスを取り囲んでいる半魚人めがけ、大きく反動をつけて投げつけた。隠し刃は半魚人数体の眉間に突き刺さり、魚人達がよろめいたところでルイスの月系魔法が発動し、数体を一気に片づける。


 広範囲に渡る正確な魔法攻撃、ルイスもさすがの実力だ。


「ミーナ!」


「はいっ!」


 駆け出した状態で振り向くと、今まで自分達が相手をしていた前方の半魚人を掃討し終わったミーナが返事をする。 


「俺、側溝に飛び込んでアキを助けに行くから、後を頼む!」


「わかった! アキのこと、お願い……!」


 ミーナの嘆願するような声を遠くに聞きながら、エリアスはアキが落下した側溝の縁まで走ると、地面を足で蹴飛ばして勢いをつけ、穴の中へと飛び込む。


 側溝の中は、まるで底などないのではないかと思えるほどに深い闇が先まで続いていた。


「アキっ、どこにいるんだ!」


 落下しながら呼びかけると、視界の先に、自分の純白のマントを付けたアキの小さなが姿が目に入った。


 気を失っているのか、彼女からの返答はない。


(そうだ、俺のマントについている魔法道具――!)


 たしかあれは、風魔法の浮遊効果を宿した魔法道具だったはずだ。あれを使うことができれば、落下速度を緩めることができる。


(アキにマントを貸しておいたのは、正解だったかもしれない!)


 ――こんなところで効いてくることになるとは。


 魔法道具は、魔力のないエリアスでも魔法の恩恵を受けることができる装飾品だ。けれど、その力を発動できるのは魔法道具の所有者だけなのだ。


 エリアスはアキの胸元についている羽根型のエンブレムに向かって手を伸ばし、効果を発現させるための呪文を小さく呟く。


 途端、魔法道具が中央の深い緑色をした宝石を煌めかせ、側溝内を淡く染め上げた。微弱な浮遊の力がアキの全身を取り囲み、ふわりと風をはらむように、その落下速度を緩める。


(よし……!)


 エリアスは、ゆらりゆらりと落下していくアキに手を伸ばし、彼女の腕をつかみ取ると、ぐっと自分のほうへ引き寄せて胸の中に抱き込んだ。


 魔法道具の浮遊の効果が自分にも及び、エリアスとアキは漂うように側溝の底を目がけて降りてゆく。


 ――一体どこまで続いているのだろう。まったく底が見えてこない。


 エリアスは、抱きかかえているアキの後頭部を自分の肩口に寄せる。


 固く目を閉じているところを見ると、やはり意識を失ってしまっているらしい。


(どこまで落ちるか分からないけれど、君のことは、必ず俺が守ってみせるから……!)


 エリアスはアキの細い体を抱き締め、深い闇の先を見据えた。


 やがて、一筋の光がエリアスの視界に差し込む――。

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