第百四話 忘れられた都
魔王城復旧の宴から一夜明けて――。
朝食を済ませたアキたちは、武器に防具の装備という完全な旅支度を整えて、朝日の差し込む魔王城のエントランスに集合していた。
この場には、エリアス、レオ、ヨハン、それにアキのいつもの勇者パーティのメンバーと、そしてアキたちと向き合うようにして魔王の姿がある。
魔王は勢ぞろいしたアキたちを見回すと、ひとつ頷いてみせた。
「皆、よく集まってくれた。朝から呼び立ててすまない」
エリアスがみんなを代表して首を振る。
「いえ、魔王からクエスト攻略の依頼をいただいたときは驚きましたが、お話をいただけて光栄です。俺たちで攻略できそうなものでしたら、喜んでお引き受けします」
エリアスの言葉どおり、先刻アキたちが食堂で朝食を食べていると、おもむろに魔王がやってきて、『エリアスたちにクエストをひとつ依頼したいから朝食を食べ終わったらエントランスに集合してほしい』と要請があったのだ。
みんなで首を傾げつつも、次の旅立ちの予感にどこか高揚しながら、アキたちは手早く支度を済ませて、こうしてエントランスに集まったところとなっている。
魔王はエリアスに目礼をしたあと、アキたちに視線を戻した。
「ではさっそく、私から依頼したいクエストなのだが、エリアスたちにこの魔王城の孤島に残された『忘れられた都』と呼ばれる都市遺跡の探索をお願いしたいのだ」
「忘れられた都……?」
ふと聞き返すアキに、魔王が頷く。
「うむ。『忘れられた都』は、創世歴時代にイヴァンとレナードが暮らしていた都市が遺跡として残されている場所なのだ。もう人の住まなくなった死者の都であるから、我々はその都市を『ネクロポリス』と呼んでいる」
「ネクロポリス……。この島には創世歴時代の遺跡が残ってんのか」
レオが興味深そうに目を輝かせる。魔王はそんなレオを優しげに見つめた。
「ああ。もともと『創世記』の原典と写本はネクロポリスの礼拝堂に安置されていたという。その後、幾度目かの勇者と魔王の戦いで魔王側が敗れた際に、『神殿』の手によって原典は奪われてしまったようだがな」
「なるほど……。それで『創世記』の原典のみ『神殿』にあったんですね」
『神殿』で『創世記』を目にしたことのあるヨハンがしみじみと言う。
魔王はもう一度みんなの顔を見渡した。
「創世歴時代とはどういった時代で、そこで何があって世界が今の状況になっているのか、それを知るには現地に行くのが一番良いと思ってな。『創世記』の内容については、ネクロポリスへの道中でヨハンからエリアスたちに説明をしてもらえるか?」
「承知しました」
即座に頷くヨハンに、魔王は軽く頭を下げる。
「よろしく頼む。私やサトクリフ、ギルフォードはネクロポリスに赴いたことがあるゆえ、今回は皆に同行せずに魔王城に留まらせてもらう。城の復旧についても、まだ万全とはいえないからな。それから、ここからは注意事項なのだが――」
表情を引き締める魔王に、アキたちはごくりと息を呑む。
「ネクロポリスは、今では見かけたこともないような創世歴時代の魔物たちが出現する。総じて、現世の魔物よりもレベルが高い。十分注意してほしい」
――ま、魔物っ!?
都市とはいえたしかに今は廃墟で、本土の町や村と違って女神の結界があるわけではないから魔物が出てもおかしくはない。
みんなの足を引っ張らないようにしなくちゃ、と内心緊張して鼓動を早めるアキをちらと見やってから、魔王が言葉を続ける。
「それで、そのような危険極まりないところに、武器の心得のある姉はまだしも、戦う術のないナコを連れてゆくわけにはいかないからな。彼女には、私のほうから『創世記』の内容については話しておく」
魔王はそう説明すると、健闘を祈る、とアキたちにエールを送り、ネクロポリスへの旅立ちを見送ってくれた。
(ついに、新しいクエストへ――……!)
アキたちの、新たな冒険が始まる。
「……エリアス、本当にこの道で合っているんですよね?」
一番後方を歩いていたヨハンが、ギブアップとばかりに片手をあげて息も切れ切れに言う。先頭を歩いていたエリアスが、ヨハンとは打って変わって涼しい顔で振り向いた。
「魔王からいただいたこの地図によると、合っていると思う。それにしても、こんなに急な道のりだとは思わなかったよね」
ぜえ、ぜえ、と両膝に手を添えて体を前かがみにして息をしているヨハンに、エリアスが困った笑顔を向ける。
そう、自分たちは魔王からもらった地図に従ってネクロポリスを目指しているんだけれど、なんとその道のりは、しばらく誰も通ったことないような下生えの生い茂る道なき道を、孤島にある山頂に向かってひたすら登り続けるという過酷なものだったのだ。
(どうやら、ネクロポリスって山と山の尾根に造られた都市みたいなんだよね……)
山頂と山頂とをつなぐ峰筋にある遺跡は、きっと空中都市みたいな場所なのだろう。
アキも、エリアスとレオに挟まれるようにして必死に登ってはいるのだけれど、ヨハンのことは他人事ではなく、自分もだいぶ息が切れてきていた。
登り続けているからか、けっこう足もがくがくしてきている。
(あとどれくらい登れば着くんだろう……)
足を止めて、ふう、と額の汗を拭いながら先に続く上り坂を見上げていると、後ろから登ってきたレオがアキの肩に手を置いた。
「アキ、疲れたか?」
「あ、ううん、大丈夫――」
両手を顔の前で振って笑むと、レオが渋い顔をする。
「おいおい、お得意の強がりすんなって。エリアス、ちっと休憩入れようぜ」
レオが口もとに手を添えて声を投げると、すでに振り返っていたエリアスが頷く。
「そうだね。ヨハンから『創世記』の話も聞かせてほしいから、少し休んで軽食でも食べよう。もう少し登った先に開けた場所がありそうだから、そこまで頑張れる、アキ?」
「は、はい、頑張りますっ」
気合い十分に答えると、エリアスに小さく笑われた。
「アキは頑張り屋さんで素敵だけれど、あまり無理はしないでね。俺、君を抱きかかえて登ることもできるからね」
「う……、そ、それは、じゃあ、お言葉に甘えて、どうしてももう限界ってなって、みんなの足を引っ張りそうなときはよろしくお願いします」
「了解」
アキが手を合わせて懇願すると、エリアスが気心の知れたおどけた様子で頷いた。
エリアスとアキのやりとりを聞いたレオは、ふとにやにやしながら後方のヨハンを振り返る。
「ヨハン、おまえのことは俺がおぶってやるから安心しろ」
「はあ? 結構です! おぶっていただくくらいなら、浮遊魔法ででも足を浮かせてもらったほうがよっぽど有意義ですから」
「おっまえ、かわいくねぇな」
レオにからかわれて憤慨するヨハンに、レオもまた負けじと言い返している。
そんなこんなで、みんなで雑談をしながら歩いているうちに、アキたちはエリアスの言っていた小休憩所にたどり着いた。
休憩所とはいってもちゃんとした設備があるわけではなく、ただ山道の脇道に少し開けた平らな場所があるくらいで、アキたちはそこにごろごろとある座れそうな岩に向かい合って腰をおろした。
エリアスとレオが、背負っていた荷物から、ギルフォードが手ずから作って持たせてくれたハムやチーズを挟んだサンドイッチをみんなに配る。
(美味しそう……!)
ふんだんに具が挟まれてぷっくりと膨らんだサンドイッチを見ていると、山登りでくたくたの体にも気力が蘇ってくる。
みんなでサンドイッチを頬張り、これも持参した革でできた水筒のお茶を飲んで落ち着いたところで、ヨハンがアキたちの顔を見回した。
「みなさん、ネクロポリスに到着する前に、『創世記』の内容について簡単に概要だけお話しさせていただきたいのですが――『創世記』の物語は、序章で創造主エドクレスという人物が太陽の女神と月の女神を造り出してこの世界を天地創造したところから始まり、終章で創世歴時代を生きたイヴァンとレナードの生涯までが書かれているんです」
「エドクレス……この世界はそもそも創造主ってやつに造られたものだったんだな。この世界の起源すら知らなかったとはなあ……。エドクレスは、いうなればこの世界を生み出した父なる神っていったとこか」
「ええ。エドクレスは男性であったと記述がありましたから、太陽の女神と月の女神を母というなら、彼は父といえるでしょうね」
レオの言葉に、ヨハンが同意する。
エリアスが思案するように顎に手を添える。
「エドクレスか……。創世の女神の信仰は厚いけれど、創造主の話はほとんど……というか一度も耳にしたことがないね」
「たしかに……。そもそも、創世の女神様が太陽の女神様と月の女神様のおふたりだったってことも、ヨハンから教えてもらうまで私たちは知りませんでしたよね」
アキがエリアスと目を合わせて言うと、ヨハンが視線を伏せる。
「『神殿』による情報操作の賜物でしょう。創造主のことも創世の女神のことも含めて、『創世記』に書かれている世界の真実については『神殿』にとって不都合がありますから。意図的に伏せられていたのだと思います」
「なるほど。その『神殿』の不都合っつーのが、終章に書かれている『神殿』の創始者イヴァンと、その親友レナードの生涯――太陽の女神と月の女神の力の均衡を崩しちまったふたりの抗争の話へと繋がってくるわけだな」
「そのとおりです。その抗争の結果、この世界の生命を保つために、世界の血脈である創造エネルギーを補てんしなければならなくなり、勇者と魔王を造り出さなければならなくなった――と」
ヨハンが話をまとめて、アキたちは一様に長く息を吐きだす。
(なんとなく理屈はわかったけれど……)
これだけの悲劇がなぜ起こり、そしてなぜ今は存在が失われたとされている月の女神がナコの魂に宿り、この世界の消滅を願っているのか――その部分の謎が解けないのだ。
(ネクロポリスに行けば、なにか手がかりがあるのかな……)
その謎を解くには、当時その争いの真っただ中にあったと思われる創世歴時代の都市、ネクロポリスに行ってみるしかないのだろう。
エリアスが荷物をせっせとまとめ始める。
「ともかく、そろそろ出発しよう。なるべく陽が落ちるまえに魔王城に帰らないとね」
「そうだな。兄貴がネクロポリスの魔物は強力だっつってたから、夜になるにつれてさらに狂暴になるかもしれねぇからな」
レオの何気ない言葉に、アキは身震いする。
ただでさえ自分は足手まとい気味なのに、強い魔物にバンバン襲われたら目も当てられないかもしれない。けれど――。
(がんばらなきゃ……!)
そうそういつまでも逃げ腰でいるのは情けない。
自分だって数々の修羅場を乗り越えてそれなりに強くなっているはずだ。
自分の力に自信をもって、エリアスたちと肩を並べて戦っていかなければ。
そう気合いを入れ直して立ち上がり、アキはヨハンに顔を向ける。
「ヨハン、『創世記』のお話、ありがとうございました。とてもよくわかりました」
笑いかけると、ヨハンもふっと口もとを持ち上げる。
「それはよかったです。アキ、創造主エドクレスの出自について、僕はまだみなさんに驚くべき事実を隠しています」
「は、え……?」
茶目っ気たっぷりに言うヨハンの不意打ちに、アキは目を丸くする。
「隠してるって、それってどういう――?」
「それはあとのお楽しみにしておきましょう。ネクロポリスに着いたらお話ししますので、それまでそれを励みに頑張ってください」
「え、ええっ!? ヨハン、ずるいっ!」
「ずるくて結構です。ご褒美があったほうが、道中頑張れると思いまして。まだまだネクロポリスのある山頂までは長いですよ」
ヨハンの一言にアキは山頂のほうを仰ぎ見て、まだまだまだまだ続く坂道にげんなりしてしまう。
(ヨハンのご褒美を励みに、頑張ろう……)
「――さあ、出発しよう、みんな」
エリアスが振り返って言い、アキは、「おーっ」と空元気で片手の拳を上げて、ひたすら坂道を登り始めた。
そうして、時刻が昼下がりをむかえるころ――
鬱蒼と生い茂っていた山道が終わり、急激に景色が開けた。
晴れ渡った雄大な空と、遠くにそびえる山の稜線が白い雲を被って視界いっぱいに広がる風景がアキたちを出迎える。
眼下を見おろせば、目をさえぎるもののない断崖絶壁の尾根の野原に、石造りの遺跡群が悠然と立ち並ぶ姿が見て取れた。
自分たちは、ちょうどネクロポリスを見おろせる位置まで登っていたらしい。
高地の清廉な風が場内を吹き抜けて、コンドルに似た黒い胴を持つ鳥が、白く大きな翼を広げて遺跡の上空を滑空していく。
(ここが、ネクロポリス――……!)
――なんて、綺麗……!
けれども、滅びてから年月を重ねた都市は、どこか物悲しい美しさを秘めていた。
ヨハンが、遺跡に目を奪われながらつぶやく。
「ネクロポリス、僕もこの目で見るのは初めてですが、こんなにも原型を留めたまま残されていたのですね」
「ここが、イヴァンとレナードが生きていた街か……」
どこか感慨深そうにレオが目を細める。
エリアスが腰の聖剣の柄に軽く手を乗せた。
「みんな、油断せずに行こう。俺が先頭を務めるよ」
エリアスが真剣に言い、呆けたようにネクロポリスを見つめていたアキたちは、はっと身を引き締める。
(そうだ、ここは強力な魔物のはびこる場所――……!)
ちょっとした油断が、命とりになるかもしれない。
アキたちはそれぞれにすぐさま武器を手にできるようにして、眼下の尾根に広がるネクロポリスに向かって緩やかな下り坂を下りていく。
この先に待ち受けるものに、緊張と不安、そして期待を膨らませながら。




