裏話3_魔王
「さあ、出来たわっ!!」
私は窯から出来たてのパンを取り出す。なかなかいい匂いね。ここまで出来るのに何年かかったかしら。今まで失敗してきたパンの味を思い出すたび・・・吐き気がするわね。
それはともかく、私は出来立てのパンを持ってしーちゃんの所へ行く。
「しーちゃん、パンが出来たよ。今日は本当にうまく行ったんだから!! さあ、食べましょう!!」
「いらない。」
「そっけないわねぇ。そりゃあ今までの出来を考えると食べたくないのもわかるし、今回のだって普通にパンを焼いたのに紫色に変色している部分があったりするけど、今までで一番の出来なんだから!!」
私はパンの変色していない部分を摘んで口に入れる。
「おぶふぉっはぁ!!!」
だっ、駄目ね。いつもながらとんでもない物質を作り出してしまったわ。これを土に埋めたら毒沼が出来るんじゃあないかしら。
「まーちゃん、何か作るの向いてないんだから・・・。」
しーちゃんが呆れたように言う。いつものことながら悲しくなるわね。私だって好きでこんなもの作ってるわけじゃあないのよ。私の体からは常に大量の魔力が噴き出しているせいで生半可な命じゃあ枯れるか変質するかしちゃうのよね。だから何を作っても台無しになっちゃうと・・・。お願いだれかこの私の体質を治して!!
「それはともかく・・・まーちゃん、」
「だめよ。」
「・・・ケチ。」
このやり取りは何年ぶりかしらね。しーちゃんの次の言葉は、「ねぇ、世界を滅ぼそう?」となるのよ。もちろんそんなことこの私が許すわけがないわ。本人は不意をついて提案しているつもりらしいけど、10年も感覚を置かないで提案するんだからこの私が引っかかるわけがないわ。
しーちゃんは生き物を全て殺そうとしているの。そりゃあこの世界は始めは何の生き物もいない荒野だったけど、私と・・・主にしーちゃんが生き物あふれる世界にしたんじゃない。しーちゃんの言い分もわからないではないけど、結局それは叶わない想いなのよ。
まぁ、私が止めないでも斬猫に、夢の主に、薄骨当たりが止めるでしょうね。しーちゃんを母と慕うあの子たちが止めに入れば、しーちゃんは何の抵抗もしないでしょう。しーちゃんは優しいけど、考え方が間違ってるだけだと思うのよね。まあ、説得出来てないからそうだとは言い切れないのだけど。
昔突然世界を滅ぼそうなんて言って本気で滅ぼしかけたのは危なかったわね。とっさに結界に閉じ込めたのはいいけど、宥めるのに時間がかかったわ。しーちゃんにはしーちゃんなりの考えがあるのだけれど、私は賛同出来ないわね。
(まーちゃん、何で皆死んじゃうのかな?)
(命の細かいところなんて、おそらく創造神様じゃあ無いとわからないわ。けど、あえて言うなら皆もろいのよ。肉体的にも精神的にも生という変化に耐え切れなくなるのよ。)
(でも、私達はずっと生きてるよ? どんなに強い命を創っても皆死んじゃうのに。ユーダスもロー爺も死んじゃった。エイミーももうすぐ死んじゃう。なんで、私達はずっと一緒にいられないの?)
(私達はね、私達より強い命を創れないのよ。肉体も精神も似せているだけで同じものではないわ。しーちゃん、皆が死ぬのは辛いけれど、魂はずっとめぐって一緒にいるのよ。だからそんなに悩まない方がいいわ。)
(ねぇ、まーちゃん。ひょっとしたら、皆一緒に死んだらみんな同じ所に行って、ずっと一緒にいられるのかな? なら、世界を滅ぼそう?)
あの時は本当に危なかったわね。しーちゃんが本気を出した、最初で最後の時。あの時とっさに結界を張らなければ世界は再起不能なまでに崩壊していたに違いないわ。
今でも私のいない所であの力を出そうと思えば出来るはずなのに、どうせまーちゃんに止められるから、と同意を求めるようになったわ。私だって常にしーちゃんの側にいないと、あんなの止められない。だけどそれでも同意を求めるのは、しーちゃんも迷っているからなのよね。
「おや、危険なパンの匂いがしますね。」
斬猫が来たわ。一見家猫だけど、世界の猫を統べる凄い猫よ。小さい頃に拾って飼っていたらいつの間にか喋るようになったわ。
「このパンね・・・・・・夢の主にでも突っ込んどきましょう。」
「可哀想に・・・。」
斬猫が私の名案を責めるように、本当に同情したように呟いたわ。アイツは私の毒沼製造機位じゃあ何とも無いわよ。多少苦しむかもしれないけどね。ま、いつものことだし問題ないわ。
「ま、僕の完治できるところじゃあありませんけどね。それよりも、依頼が届いています。」
「久しぶりね。私の所に依頼が届くなんて何十年振りかしら。」
私は世界の管理者なんてやってるから厄介事とかの解決に乗り出すこともあるのよ。大抵は力づくだけど。その依頼が斬猫の構築する、猫を使った情報伝達網であるネッコワークを介して届くわけ。だけどネッコワークの存在自体あまり知られてないのよね。知っているのは猫と一部の獣人と文通相手くらい。猫が私に依頼するわけもないし、獣人からは恐れ多いなんて思われてるせいで依頼はなかなか来ないのよね。
「それで、今回の依頼は何かしら? 前みたいに世界を滅ぼして下さい、なんてしーちゃんが自作自演していたようなものじゃなければいいのだけれど。」
「あの時は笑わせてもらいましたが、今回は違います。人間の街、キシリアからの依頼です。なんでも死の呪いを解く薬の製法が知りたいのだとか。」
「キシリアってゆうと、あの異世界人がいる辺りね。ひょっとしてそれ関係?」
「おそらくそうですね。城使いのメイドからの依頼です。カイエル元王子と一緒にいるあの子ですね。」
「そう、こんなものが必要だなんてどういう状況なのかよくわからないけど、知りたいというのなら教えるわ。どうせカイエル元王子の察知のスキルで何かしら必要だという情報を得たのでしょう。」
さてと、紙と筆を用意しなくっちゃね。
「異世界人っていうと・・・ざんちゃんが案内しそこなったっていう、あの?」
しーちゃんが聞いてきたわ。少し笑いを含みながら。
「そう、あの異世界人。」
「ちょっと、それもう言わないで下さいよ!!」
「何度でも言うわよ。大体アンタが案内しそこなったせいで森を抜けるのにやたらと時間がかかったんじゃない。」
「・・・無用な怪我人も出なかったかも。」
「ぐ、ぐぬぬ・・・。」
私達の正論の斬猫は何も言えなくなったわ。あんまり近づきすぎると強さがバレて警戒されてしまう、なんて自意識過剰なことを考えて距離を取った挙句見失ってんだから責められて当然よね。
「ま、それはそうと薬の話ね。ええと、用意するものはマルマギの葉に泉焼鉱石・・・これとあれと、あとジグラタルの鱗も必要ね。」
「ジグラタルの鱗、ですか。取ってこれるでしょうかねぇ? なんなら僕が行ってきましょうか?」
「ん~~~、まぁ、ジグラタルなら大丈夫でしょ。じゃあこれを渡してきて。」
「わかりました。・・・大丈夫でしょうかねぇ?」
私の書いた製法をを受け取って斬猫は家を出て行ったわ。大丈夫でしょ、ジグラタルなら。
後日、私は後悔していた。
「まーちゃん、浅はかだよ。」
「無用な怪我人も出てしまいましたねぇ。」
「ぐ、ぐぬぬ・・・。」