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冥界へ

冥界に繋がると言い伝えられる石の扉は、エルディーテが前に立つと歓迎するかのように開いた。


扉の先は薄暗く、冷気と共に静寂が漂う。


左手に下げていたランタンの持ち手を握り直し足元を照らすと、淀んだ灰色の岩が映った。


人工的な道ではない、まるで幾重にも踏み固められて出来た天然の階段のようだった。


それは話に訊いたとおり下へ向かって繋がっている様子が窺える。


ここから先は、冥界の入口。

死者と生者の世界を繋ぐ道となる。


生気を奪うような雰囲気に圧倒され、エルディーテは一度だけ後ろを振り返り、目を細めた。

外は夕暮れの陽ざしに空が赤く染まっている。


慎重に深い呼吸を二度繰り返し震える肩を鎮め、心を整えるように双眸を固く閉じた。


――本当は恐ろしい。


だがここで躊躇して悩んでいれば、今も自分を追っているであろう弟が辿りつくかもしれない。


意を決して一歩、エルディーテは足を踏み入れた。

そして影が完全に中へ納まったその時、ふと背中を照らしていた光が消えた。


強く打ち付ける心音を飲み込み咄嗟に振り返ると、石の扉が音も立てず閉まっていた。

この扉は”挑戦者”が中に居る間は開かない。


安堵する一方で、無意識に利き手の指先は腰に下げた鞘へと伸びるが、どうやらただ扉が閉まっただけで、直ぐに何が起きるといった様子はなかった。


エルディーテは周囲を警戒しながら慎重に階段を降りて行く。


どこからか一挙手一投足を見られているような気配を感じながら、自分の足音だけが響く道を長らく下へ向かって進み、そしてついに開けた場所へと辿り着いた。


今まで通った道が突然開放的になり、エルディーテは周囲を見遣りながら、そして恐る恐る呼びかけた。


「誰か……誰かいないのか。私はエルディーテ・グラウス、リシア帝国のグラウス公爵家の者だ。王女サフィアの魂を返して欲しい」


すると突如、足元が大きく揺れたと同時に巨大な黒い何かがエルディーテの前に立ち塞がるよう落ちてきた。


砂煙が立ち、思わず目を瞑り咳き込む。

状況を把握すべく瞼を開くと、目の前には巨大な三つ首の犬。ケルベロスが居た。


伝説に聞いた通りの風貌で、獰猛な牙を剥き出して唸っている。


エルディーテを威嚇するように睨む目はそのどれもが冷たかった。


初めて目にする強大な存在に背筋が凍りそうになったが、恐怖を抑えつけ眦を吊り上げエルディーテは見上げた。


「――試練に挑む者か」


ケルベロスの真ん中の首が、身体の芯に響くような低い声で問う。


「……そうだ。試練を達成すれば魂を返してもらえると聞いてここへ来た。私は騎士だ、規則にはきちんと従う。どうかチャンスを与えて欲しい」


ゆっくりと、しかし声を張り上げ懇願すると、ケルベロスはじっとエルディーテを射抜くように見遣ったまま押し黙った。


重苦しい沈黙が落ち、緊張から瞳は揺れる。


一抹の希望に縋ってここへ来た。

ケルベロスが存在したのならば、あの噂だって本当のはずだ。


まだもらえぬ返答に胸を焦がしていたその時、凶悪な牙が持ち上がり再び唸った。


「――ならば俺を眠らせてみろ。それが出来ればお前が求める魂を地上へ帰す」

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