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第31話 アクシラ視点(前編)、氷の公爵令嬢の第一歩

「ふぅ……」


 額にそっと手を当てると、じんわりと熱い汗が指先につく。


 終わったのですね……。


 わたくしは外壁のかべにそっと背を預け、深く息を吐き出しました。


 まだ視界の先にはブラン様やセバロ、ガンチさんをはじめとする動ける村の人たちが大急ぎで瓦礫をどかしたり傷ついた人を運んだりと、慌ただしく事後処理に追われている姿が見えます。


 この村に襲い掛かって来たワイバーンの大群。

 それをこのエド村の人々の奮闘と、ブラン様が生み出した数々の兵器や武器、そして皆さんの不屈の闘志によって見事に撃退することができたのです。


 怪我をされた方はたくさん出てしまいました。

 ですが幸いなことに、この大激戦にあって死者はただの一人も出なかったようです。


 奇跡、と呼ぶべきなのでしょうか。


 いいえ、これは奇跡などではなく、ここにいる全員が命を燃やして戦い抜いた結果に違いありません。


 わたくしもすぐに立ち上がってみなさんのお手伝いをしたいのですが……身体が内側から激しく悲鳴をあげていて、立ち上がれそうにありません。



 まだ、身体が少し震えています……



 久しぶりに……本当に、何年ぶりでしょうか。これほどまでに、自分の全魔力を出しきったのは。


 氷属性。それが、わたくしに授かった魔法属性でした。

 そもそもこの世界において、魔法が使えるということ自体が周囲から有望視される特別な才能です。その中でも氷属性は花形である火属性や風属性に並び、誰もが一度は憧れる非常に強力で美しい属性とされていました。


 幼い頃のわたくしにとって、魔法はただただ面白く純粋に楽しいもの。

 毎日に夢中になって練習を重ね、瞬く間に新たな魔法を習得していきました。周囲の大人たちからは「最年少の氷魔法使い」だの「公爵家の天才」だのともてはやされ、ちやほやされていた時期もありました。


 本当に、あの頃は凄く楽しかったのです。

 誰もが手を焼くような複雑な上級魔法はもちろんのこと、通常の魔導書には載っていないような実用性の低い、けれど珍しくて綺麗な魔法もわたくしにとっては面白くて。


 でも……そんな輝かしく楽しい日々に、ある日突然、無慈悲な終止符が打たれることになります。



 あの日、あの時間は、最愛のお母様の誕生日をお祝いする宴の席でした。

 わたくしはお母様を喜ばせたくて、庭中にお花の形をした氷の結晶がキラキラと舞い踊る、とびきり綺麗で幻想的な魔法を披露するはずだったのです。


 でも……。


 綺麗な結晶は舞いませんでした。


 制御を誤り、わたくしの魔法は恐ろしい勢いで暴走してしまったのです。

 吹き荒れた極低温の吹雪と鋭い氷の刃は、術者のわたくし自身に容赦なく襲い掛かかってきました。


 気を失ったわたくしが再び目を開けると……とても暖かくて安らぐ感触が。


「……お、おかあさま!!」


 その感触がなにかはすぐに理解しました。


 おかあさまが……母が、わたくしをかばうように覆いかぶさっていたのです。


 そして一年後。


 それが直接の死因ではなかったのかもしれません。

 ですがその怪我をきっかけにするようにして、元々身体の弱かったお母様は重い病にかかってしまい、ほどなくしてこの世を去ってしまった。


 わたくしは、なんて愚かだったのでしょう。


 秀でた才能? 魔法の天才?


 そんな周囲の言葉に酔いしれて調子に乗り、その結果、最も大切にすべきお母様の命を縮めてしまった。


 それ以来、わたくしは魔法がほとんど使えなくなってしまいました。


 また暴走してしまったらどうしよう。またわたくしのせいで、誰かを傷つけてしまったら……。

 詠唱しようとするだけであの日のお母様の顔が脳裏をよぎり、身体がガタガタと震えて拒絶反応を起こすのです。


 そしていつしか、わたくしはこの美しいはずの氷魔法を嫌うようになりました。


 いいえ、正確には「嫌いなことにしていた」だけなのかもしれません。万が一にも、自分の心の中にこの魔法が好きという感情が残っていることに気づいてしまわないように。

 二度とあの残酷な力を解放してしまわないように、心の一番深い場所に大きくて重い石を乗せて頑丈な蓋をしてしまったのです。


 ブラン様との婚約を言い渡されたわたくしが向かったのは、王国でももっとも不毛で辺境であるラスタール。

 そこにいる領主とはどんな人なのだろうか?

 事前に得た情報では、魔法が使い物にならず半ば追放されたような領主という情報だけ。



 不安しかありません……



 でも。


 こんなところまでついてきてくれた、執事のセバロやメイドのロネを不安にさせない為にも。

 表情は崩さないように努めてきました。


 ですがエド村に着く直前で、御者台からセバロの叫び声が飛んできました。


「アクシラお嬢様! 魔物ですぞ!」


 戦わなければいけない、馬車を必死で走らせるセバロの加勢をしなければ、目のまえで震えるロネを守らなければいけない、頭では分かっていてもどうしても身体が動かない。


 今魔法を使わなくて、いつ使うのですか!


 そう自分に言い聞かせても、声がでない……


 詠唱しようとすると頭がチカチカする。


 そんな時に聞こえてきた音。


 ――――――ダァーーンッ!

 ――――――ダァーーンッ!


 な、なんですか!?


 ま、魔法?


 わたくしたちのまわりに取りついていたブラックウルフが、一頭また一頭と地へ沈んでいく。


 それはブラン様の救援でした。


 ブラン様は魔物に襲われて死を覚悟していたわたくしたちの前にさっそうと現れ、見たこともない奇妙な武器で魔物を一瞬にして退け、その命を救ってくださいました。


 ご挨拶をした際に、ブラン様のお顔を見ました。


 とても温和そうな表情。


 そして底知れない不思議な雰囲気を纏ったお方。


 案内されたエド村はと言うと、わたくしの常識を根底からひっくり返すような驚きに満ち溢れていました。


「鉄の筒……この歩兵銃という未知の道具だけで、あの狂暴な魔物を倒したのですか?」

「見たこともない白くて綺麗な家ですが、一体どのようにして建てられたのですか!?」

「ひゃっ!? ゆ、床が、床が暖かい……っ!?」


 気づけばわたくしは初対面であるにもかかわらず公爵令嬢としての品格も忘れて、ブラン様に対して矢継ぎ早にたくさんの質問を浴びせてしまっていました。


 いつぶりでしょうか。


 人に対してこんなに心を躍らせて会話を重ねたのは、お母様が亡くなって以来です。


 普通なら、品がないと不快感を露わにされてもおかしくない不躾な質問の数々。にもかかわらずブラン様は嫌な顔一つせず、それどころかわたくしの疑問に対して快く、一つ一つ丁寧に答えてくださいました。


 なんでしょう……


 楽しい……


 その時にお話しされるブラン様のお顔が少年のようにとても嬉しそうで、生き生きとしていて……。


 それを見ているうちに、わたくしの胸の奥で長らく忘れてしまっていた「何かにワクワクする」という温かい感情が、少しずつ、少しずつ呼び覚まされたような感覚になりました。


 でもそんな楽しい時間も終わりです。


 ブラン様との婚約のお話しをしなければなりません。


 ですが婚約についての話題になった時、ブラン様はこう言って笑ったのです。



「婚約がどうとか、そんなことはいったん全部道端にでも埋めておきましょう。それよりも、まずは目の前の領地経営をしませんか?」



 わたくしは自分が学園でしでかした過去の過ちや、今回の政略結婚の裏にある身勝手な経緯を嘘偽りなく正直にお話ししました。


 仮に嫌われて、追い出されたとしても嘘はつきたくない。


 全てをお話しする。


 にもかかわらず、ブラン様はそんなわたくしたちの存在をあまりにも快く、温かく受け入れてくださいました。


 実家から忌み嫌われて捨てられ、この辺境の地に追放されたわたくしとブラン様。


 ブラン様はわたくしがこれまでの人生で見たこともないような素晴らしいものを、その不思議な魔法で次から次へと生み出していくことができます。

 そして何より、ブラン様は心から好きという気持ちを持ってご自身の魔法を使われていました。


 魔法が原因で家族に見捨てられ、この地に行かされたはずなのに。


 わたくしと同じような境遇なのに……違う。


 そう、ブラン様はわたくしとは全く違っていました。


 きっと、はじめはブラン様もわたくしと同じように失意の底に落ちられたのでしょう。


 でもどこかでご自身の足で立ち上がり、変わられた。おそらくそのきっかけは、あの不思議な魔法【設計図】。物を作る天才としての才能の開花。


 ですが、それは単なるきっかけに過ぎないとわたくしは思います。


 ブラン様がご自身の運命から逃げず、前を向いて歩んでいるからこそ、あの魔法はあんなに輝いているのです。


 変わりたい……。


 わたくしもブラン様のように前を向いて、もう一度歩き出したい……!


 そう強く願うようになってから、わたくしは不器用ながらも自分の意見や感情を少しずつ口に出すように努めるようになりました。

 慣れないことばかりで、最初の頃は失敗もたくさんありましたけれど。


 そして、ブラン様が作った「かき氷」を造る機械。


「アクシラ、ちょっと君の氷魔法で氷を出してみてくれないか?」


 何気ないブラン様からのお言葉に、わたくしの心は激しく動揺しました。


「あ、すまん。嫌だったら冷凍庫の製氷機をつかうから。無理しなくていいぞ」


 そう言いながら、とんでもなく期待の目をキラつかせるブラン様。



 これ、絶対やらなきゃいけないやつです……



 ですが、不思議と嫌な感情はわかなかった。


 だってあんなに瞳をキラキラさせているんですから。


 その子供っぽい顔がかわいくて、頑張って魔力を練りました。



 ―――カラン、カラン。



 で、できた……


 今まで拒絶し続けていた氷魔法……


 わたくしは本当に久しぶりに、僅かばかりの氷魔法を使いました。

 身体は少しばかりの拒絶反応が出ましたが、使用した魔力は全盛期のわたくしからしたら微々たる量です。


 本当にちいさな氷です。


 ですが、それはわたくしにとって大きな一歩なのです。


【読者のみなさまへ】


第31話まで読んで頂きありがとうございます!

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※本作はカクヨムにて先行公開中です。


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