第六幕:圧力の明文化
評議会最終文書(草案)は、夜のうちに整えられた。
無駄のない文面。
余白の広い、冷たい紙。
机上に置かれたそれは、
感情を持たない刃物のように静かだった。
対象:リリアナ
分類:役割逸脱
対応:危険人物指定予備監視
たった三行。
だがその三行が、ひとりの少女の未来を囲う。
“予備監視”。
拘束ではない。
処罰でもない。
しかし名が記録される。
動向が報告される。
発言が整理される。
思想が数値化される。
それは静かな囲い込みだ。
王子は文書を読み終え、ゆっくりと紙を置く。
窓の外は深い夜。
執務室の蝋燭が、かすかな風に揺れる。
署名欄は空白のままだ。
そこには、彼の名が印刷されている。
あとは筆を走らせるだけでいい。
それだけで、
国家は安心する。
評議会は満足する。
秩序は整う。
だが同時に、
あの舞台で生まれた問いは、
静かに封じられる。
王子はペンを手に取る。
重い。
たかが一本の筆が、やけに重い。
“危険人物”。
その言葉が脳裏に響く。
あの少女は、本当に危険だったのか。
彼女は誰も煽らなかった。
誰も攻撃しなかった。
ただ、選ばせただけだ。
善悪の答えを、観客に。
それが危険なのか。
蝋燭が大きく揺れる。
影が文書を覆い、また退く。
まるで決断を急かすように。
王子の指先が、署名欄の上で止まる。
ほんの一筆で、
彼は制度の側に戻れる。
書かなければ、
制度は彼を試す。
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて彼は、ゆっくりとペンを机に置いた。
まだ、書かない。
文書はそこにある。
圧力は形を持った。
だが決定は、まだ生まれていない。
蝋燭の炎が小さく揺れ続ける。
空白の署名欄。
それが今夜の、唯一の答えだった。




