【幕間:剣聖の動揺、兄の心】
アイゼンベルク辺境伯邸の自室で、ミラは一人、窓から見える景色眺めながら優雅にワインを傾けていた。
その頬は、心なしか上気している。
「……ふふ、ふふふ。東のバロールと、西の龍皇は復興に。四大陸の三つはもはやワタクシの掌中。……残るは、南。そして、ワタクシの人生における『真の頂点』……アルド様を、ワタクシの伴侶にお迎えすることだけですわ」
ミラの野望は、もはや国盗りなどという矮小な段階を過ぎていた。
南の霊樹皇セレナから届いた「リナと王太子の縁談」という報せ。
普通なら家族の流出を嘆くところだが、恋に暴走中のミラはこれを「好機」と捉えた。
「リナが南に嫁げば、南も事実上の親戚……。そして『結婚』という空気感がこの家を満たせば、自ずとアルド様もワタクシとの将来を意識されるはずですわ。……完璧。完璧ですわ、ワタクシ!」
ミラは立ち上がり、鼻歌まじりにログハウスへと向かった。
ログハウスのリビングでは、アルドが淹れた香ばしいお茶の匂いが漂っていた。
アルド、ミラ、カイル、リナ。いつもの家族がテーブルを囲む、穏やかなティータイム。
「アルド様、今日のお茶も格別ですわ。……ああ、そういえばリナ。例の『婚約』のお話、どう進んでいまして?」
ミラがさらりと、毒を含ませた林檎を差し出すような手つきで話題を切り出した。
リナはクッキーをかじっていた手を止め、少し照れくさそうに頬を染めた。
「えっ、あ、ええっと……。セレナ様からは、向こうの王太子様が私に会いたいって言ってる、とは聞いてるけど……。どんな人なんだろう。……優しくて、お兄さんみたいに素敵な人だったら、いいなぁ……なんて」
リナはまだ見ぬ王太子に想いを馳せ、夢見る少女の表情を見せる。
その瞬間。
「………………ぶふぉっっっ!!???」
優雅にお茶を啜っていたアルドが、盛大に中身を吹き出した。
「お兄さん!? 汚いよ、お茶が、口からお茶が……! ほら、タオル使って!!」
隣に座っていたカイルが、慌ててキッチンからタオルをひっつかんで戻ってくる。
「ごほっ、ごほっ……! げほっ! ……えっ、今なんて!? こ、婚約!? リナ、そんな話、俺は一言も聞いてないよ!?」
アルドはタオルで口を拭うのも忘れ、目を見開いてリナを凝視した。
彼はミラに対して「高嶺の花」として恋心を抱きつつも、妹のような存在であるリナには過保護な「お兄さん」そのものだった。
「あら、アルド様。リナももう年頃ですもの、そういうお話の一つや二つ、あって当然ですわ」
ミラは、アルドの動揺を「結婚を意識した証拠」とポジティブに脳内変換し、ここぞとばかりに畳みかける。
「南の王太子様といえば、若き英傑とも称される、天才。……リナが南の王妃になれば、これ以上ない名誉ですわよ? いずれは、ワタクシたちも……そう、夫婦として、南へ遊びに行くこともあるかもしれませんわね」
ミラが「夫婦」という単語を強調して、熱い視線をアルドに送る。
しかし、混乱の極致にいるアルドには、その熱視線は全く届いていない。
「夫婦!? いや、それどころじゃないよ! ……英傑? 王太子? どこの誰だか知らない男に、リナをやるわけにはいかないよ! カイル、お前も何か言ってやってくれ!」
「えっ、俺!? ……うーん、まあ、リナが幸せならいいと思うけど……。でも、変な奴だったら俺の黒曜で追い払ってやるから安心しなよ、お兄さん!」
「カイルまで……! うう、リナ……まだ早いよ、結婚なんて十年……いや、百年早いよ!」
アルドは頭を抱えてガックリと机に突っ伏した。
ミラはその様子を見て、
(……あら、アルド様がこんなに『結婚』という言葉に過剰反応されるなんて。やはり、ワタクシとの式を具体的にイメージして、緊張されているのかしら?)
と、どこまでも都合の良い解釈を進めていく。
「(……ベラドンナのアドバイス通り、少し刺激しすぎたかしら。モゴモゴ……)」
急に自分の言葉の「夫婦」という響きを思い出し、
今更になって顔を真っ赤にして口をモゴモゴさせるミラ。
片や、愛する妹(的存在)の婚約に打ち震える村人の青年。
片や、世界征服の次に「伴侶」の座を狙い、勝手に自爆して赤面する辺境伯令嬢(魔王)。
そして、まだ見ぬ王子様にワクワクする聖女と、それを守ると息巻く勇者。
ログハウスの平和なティータイムは、ミラの暴走によって、龍皇決戦とはまた違った意味で「カオス」な様相を呈し始めるのだった。
「……ミラさん、本当なんだね? ……俺、ちょっと南に行って、その王太子君と『薪割り』(おはなし)してくる……」
「アルド様、落ち着いてくださいまし! まだ気が早すぎますわ!」
アルドにとって、この世界の有力者も王太子も、皆「少し身分の高い人」に過ぎない。
リナの幸せを願うあまり、最強の「お兄さん」が南の国へ殴り込み(おはなし)に行こうとする不穏な(?)気配を漂わせながら、ティータイムは幕を閉じるのだった。
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