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後方腕組み師匠面(ししょうづら)しているだけの俺が、実は世界最強の剣聖だった件  作者: 街角のコータロー
第1章 勇者と聖女

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第3話:月下の誓い

境界の村での生活が始まって数日。  


アルドの家は質素だが、常に薪が燃える暖かい匂いと、栄養たっぷりのスープの香りに満ちていた。


王都の路地裏で死にかけていたカイルとリナの頬にも、ようやく健康的な赤みが差し始めている。


 その日の夜、アルドは二人を連れて、村の裏手にあるなだらかな丘へと登った。  



空には満天の星。


そして遥か北の峻厳な山の頂には、月光を反射して白銀に輝く「ミラのお城」が、まるで見守るように聳え立っていた。


「……綺麗なお城だね」  


リナがぽつりと呟く。アルドはその隣に腰を下ろし、静かに口を開いた。


「カイル、リナ。……二人は、これからどうしたい?」


 唐突な問いに、二人は顔を見合わせた。


「ここでずっと、普通に暮らしていくこともできる。村のみんなも君たちを歓迎しているし、俺も、君たちが望むなら一生面倒を見るつもりだ」


 アルドは一度言葉を切り、遠くの城を見つめる。


「でも、もし君たちが……自分の手で何かを守れるようになりたいと願うなら。俺は、俺が知っている限りの『技術』を教えるつもりだ。……ただし、それはとても地味で、苦しい道のりになると思う」


 沈黙が流れた。  


カイルは、自分の小さな、まだ豆だらけの手を見つめた。


脳裏に浮かぶのは、あの凄絶な古龍への一閃。


そして、自分たちを拾い、温かい食事を与えてくれたアルドの、大きく優しい背中。


「……俺、強くなりたい」


 カイルが顔を上げた。その瞳には、かつての絶望ではなく、確固たる意志の炎が宿っていた。


「ただ守られるだけじゃ、いつかまた大事なものを失うかもしれない。俺……お兄さんみたいになりたいんだ。お兄さんみたいに、誰かの『当たり前』を守れる、本当の強さが欲しい!」


 リナもまた、カイルの手をぎゅっと握りしめて頷いた。


「……私も、お兄さんのお手伝いがしたい。誰かを助けられる人になりたいの」


 二人の瞳をじっと見つめ、アルドは満足そうに微笑んだ。二十二歳の青年とは思えない、どこか超越した師のような穏やかな笑みだった。


「わかった。その言葉、忘れないで。……じゃあ、明日からは早起きだよ。まずは『体づくり』と『掃除』からだ」


 翌朝。  


カイルとリナを待っていたのは、想像していた「華やかな剣の修行」とは程遠いものだった。


「いいかい? 剣を振るのも、魔法を使うのも、すべては重心の制御……つまり『無駄のない姿勢』から始まるんだ。まずは村の周りの草むしりをして、足腰の粘りを作ろう。それから、家の床掃除だ」


「……これ、本当に強くなれるの?」  


カイルが半信半疑で雑巾を手に取る。だが、アルドの指導は極めて具体的で合理的だった。


「カイル、ただ手を動かすんじゃない。雑巾を床に押し付ける力を、腕ではなく『腹の底(丹田)』から生み出すんだ。そして、その力を床に逃がさないよう、爪先から指先まで魔力を均一に循環させて、全身を一筋の鋼のように繋ぐイメージを持って」


 アルドが教える雑巾掛けは、実は究極の身体鍛錬であった。  


四足歩行に近い姿勢で床を磨く動作は、体幹を劇的に鍛え、全身の筋肉を連動させる連動性を養う。


さらに、雑巾を均一な圧力で滑らせ続けるには、体内の魔力を一点に停滞させず、常に全身へ流し続けなければならない。  


つまり、掃除を完璧にこなすことは、そのまま「無駄のない身体操作」と「精密な魔力制御」を二十四時間維持するための基礎訓練になっているのだ。


 カイルたちが四苦八苦しながら雑巾を走らせていると、背後から鈴を転がすような声が響いた。


「ふふ、アルド様の教えに間違いはありませんわ。……驚きました。まさか掃除という日常の所作を、ここまで高度な術理にまで昇華されているなんて」


 氷のドレスを揺らしながらやってきたのは、ミラだった。


今日も「アイゼンベルク辺境伯の令嬢」として、豪勢な重箱を手にしている。


「あ、ミラさん! いらっしゃい。今日も早いですね」


「ええ。アルド様が修行を始められたと聞いて、差し入れを持って参りましたの。……カイル様、リナ様。アルド様の教えは、世界の理そのもの。魔力を『放出』するのではなく、体内で『循環』させる基礎をこの若さで身につければ、数年後には誰も貴方たちに追いつけなくなりますわよ?」


 ミラは戦慄していた。


魔王である彼女ですら、魔力は「放つ」ものだと考えていた。


だがアルドは、生活の中で魔力を「練り、循環させ、身体の一部にする」ことを説いている。それは、既存の魔法体系を根底から覆すような、神域の業だった。


「ミラさんも、よければ一緒に朝ごはん、食べていきませんか?」


「まあ! 喜んでいただきますわ、アルド様!」


 かつて魔界を恐怖させた赤氷の魔王は、アルドの誘いに少女のように顔を輝かせる。  


最強の師匠、そして正体を隠した魔王に見守られながら、未来の勇者と聖女の、あまりに「地味」で「異常」な修行の日々が始まった。



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