魔王と勇者
咄嗟に後ろに一回転して受け身を取ったものの、魔王は大きく体勢を崩して膝をついてしまいました。
「魔王様ご無事ですか。」
サタナチアとモレクが直ぐさま駆け寄り、声を掛けました。
「大丈夫だ、不意を突かれてしまった。」
魔王が目を凝らすと、砂煙が上がっている大扉に3人の人影が少しずつ浮かび上がってきました。
「お前達は何者だ。」
影は何も答えず、砂煙が落ち着いて現れたのは報告の通りのパーティーでした。
左に祭祀用の錫杖を持ち法衣を纏った僧侶らしき人物と、右側に賢者の杖を持ったローブ姿の魔法使いらしき人物、その真ん中に、一際目立つ光り輝く大剣を持ち、光り輝く甲冑に全身が覆われた人物が立っていました。
皆小柄でしたが、冒険者であっても魔族でない人間はこんなものかと魔王は思いました。しかしこの者達が城の精鋭の防禦を突破してきたので侮れないと思いました。
「何者だ、名を名乗れ。」
彼らは答えず、攻撃の姿勢を示しました。
「友好を結びに来た訳ではないようですな。」
サタナチアは揶揄するように言いました。
「おのれ、人間どもめ。」
冷静なサタナチアを尻目に、モレクは憎しみの声を上げて三人の方へ駆け出しました。
「モレク、待て。」
魔王とサタナチアの制止を振り切って、魔族を傷つけた無法どもに拳の一撃を食らわさんと、その手に長いかぎ爪が伸びる棍棒のような腕を振り上げました。
突進してくる獣人を迎え撃とうとしたのは僧侶でした。二人の仲間の前に出て、その錫杖で獣人モレクの一撃を防ぎました。
「こやつ。」
その僧侶の細い腕からは想像できないぐらいの安定感に驚いたのはモレクの方でした。続けざまに僧侶は返す錫杖でモレクの胸を突き、怯んだところで太ももに一撃、身がくの字になったところで顔に一撃を放ちました。
顔への一撃は辛うじて防いだものの、痛みがまだ牽かないうちに、蹴りと錫杖の攻撃が続きました。モレクも躱しながら、掴みかかろうとしましたが、全て受け流されてしまいました。
「聖魔法で体を強化しているようですな。あの籠手や脛当ても魔法道具に違いありません。それらの加護があるにしても、モレクを圧倒するとは人間も侮れません。」
サタナチアの冷静な分析とは対称的にモレクは余裕がなくなっていくようでした。
「はっ。」
モレクの放った突きが錫杖に流され、蹴りを打ったところをさらに返す下段の錫杖で受け返され、お返しとばかりに胸突き、下段、顔へ連撃が続き、今度は顔にまともに入ってしまいました。
モレクは一瞬意識が飛び、再び盛り返そうとした刹那、
「破っ。」
と言う僧侶の気合いと供に、その手から見えない気の塊のようなものだ発せられ、まともに食らった獣人は後ろに吹っ飛ばされて動かなくなりました。
圧倒的な闘いに、新米騎士達は勿論、城の精鋭の者達もただ見守るばかりでした。
「次は私の番ですかな。」
冷静な声とは裏腹に、かなりの怒りを押さえ込んでいる様子のサタナチアは静かに前に進みました。
「灰燼に帰せ。」
いきなり呪文を唱えて、その手から発せられた灼熱の炎は、弾丸のように敵に向かって飛びました。そして三人の目の前で大爆発を起こし、周りの騎士達も風圧で吹っ飛びそうになりました。
「防がれたようですな。」
冷静な言葉の通り、靄が晴れると、三人が無傷のまま現れました。魔法使いらしき者が二人の前に出て、賢者の杖を構えていました。その魔法使いが攻撃を防いだようでした。
「あの人間も中々やる。この私の攻撃を防ぐとは。」
サタナチアは楽しそうに笑いながら、直ぐさま呪文を唱え、無数の氷の刃を敵にたたきつけました。
氷の刃は目標を誤らず三人を貫かんとしましたが、魔法使いの迅速な防禦の魔法に砕け散ってしまいました。
「雷の矢よ貫け。」
サタナチアの放った電撃も魔法使いに防がれ、報復とばかりに強力な水の塊が叩きつけられました。防禦の魔法で威力が半減したものの、強力だったので後ろに倒れそうになりました。
「小癪な。嵐にて刻まれよ。」
突如、魔法使いを含めた三人の周りに風の渦が現れ、その風が彼らを切り刻まんと襲いかかってきました。しかしその強力な魔法も魔法使いの防禦の魔法で守られたようでした。
軽い疲れを感じたサタナチアが次の呪文を唱えようとした刹那、地面が揺れ、下から石の刃が突き出てきました。辛うじて身をかわしたものの刃は次から次と出現し、空中浮遊の魔法を使い空に回避しました。それが狙い目だったのでしょうか、突然無数の壊れたがれきの破片が地面から弾丸のように飛びかかってきました。それをまともに食らったサタナチアは地面に落下しました。敵の魔法使いは容赦なく炎の魔法を発し、サタナチアは後ろに吹っ飛びながら炎に包まれました。
地面に叩きつけられたサタナチアは沢山の火傷を負い意識を失いました。
「サタナチア。」
魔王は直ぐに駆け寄り、安否を確認しました。幸い息はしているようだったので、近くにいた闇の僧侶を呼び手当をするように言いました。
「汝ら、深淵の闇に包まれよ。」
ハデス国教最高位、アシュラ司祭が呪文を唱えました。
突如、三人が立っていた地面が真っ暗になり、闇の深淵が彼らを飲み込まんと口を開きました。
「光よ。」
流石のパーティも慌てた様子で、僧侶が叫ぶように呪文を唱えました。
僧侶の全身から聖魔力が発せられ、大地の深淵は再び口を閉じ、地面は再び元に戻りました。
「ぎゃあ。」
その刹那、闇の司祭アシュラは苦しそうにのたうち回りました。
「掛けた呪いが発動せず、そのエネルギーが跳ね返ってきたのか。」
魔王はそう呟きながら、周りの僧侶に介抱を指示しました。
既に手当を受けつつありましたが、ハデス城でも実力のある三人が倒されるのを見て、誰も動けなくなりました。
「おのれ、人間どもめ。」
魔王はそう叫ぶと全身に魔力を充実させ、その手から世界も滅ぼさんとする程の魔力を三人に向かって叩きつけました。
さすがにこれには圧倒されたのでしょう。僧侶と魔法使いは全身が固まり、何も出来ず恐怖の表情を浮かべました。
しかし、その刹那、真ん中に立っていた甲冑の者が前に進み出て、大剣を振るうと、その圧倒的な魔王のエネルギー弾は真っ二つに切り裂かれてしまいました。
大半は剣でかき消されたようでしたが、その余波で周りの者達も吹っ飛び、僧侶も魔法使いも体勢を崩していました。
「やはりアルス聖剣か。」
恐怖が絶頂に達して却って無謀になったのか、それまで微動だにしなかった数多の衛兵や軍人や騎士たちが手に武器を持って三人に突撃していきました。
「やめよ、お前達の適う相手ではない。」
叙勲を受けたばかりの騎士や見習いの従騎士達まで駆け出す様を見て、魔王は叫びました。しかし彼らは正気を失っているためか、止まりませんでした。
先陣を切った者は、魔法使いの炎に焼かれ電撃に貫かれ、近づいた者も僧侶になぎ倒されました。何百とも言える城の兵達が、たった三人の人間達になぎ倒されていく様子を、呆けたように魔王は見ていました。
ついに煩わしくなったのでしょうか、甲冑の者はその大剣を大きく振り上げると、その切っ先をいきなり地面に突き立てました。
するとその大剣から物凄い圧力が周囲に発せられ、既に回避していた僧侶と魔法使いを除いて近づいた兵士達は全員後ろに吹っ飛びました。そしてまともに背中から叩きつけられ皆動かなくなりました。
「皆の者、後ろに下がれ。この者は私が相手をする。良いか、誰も手を出すでないぞ。」
魔王の大声に、戦おうとしていた者達も武器を下ろし、静かに壁の方に下がりました。
魔王は魔剣デアボロスをその柄から抜きました。3000年前、聖剣アルスの剣圧を受けても尚刃こぼれ一つしなかった大剣は、時を経て場所も主も変わった新しいハデスの城できらりと光りました。
「我はルシフェルⅢ世。この国とこの城の主、この私が相手をしよう。」
魔王が高らかに宣言すると、甲冑の者も手の仕草で僧侶と魔法使いに下がるよう指示をし、二人が大扉の方の壁の方に下がったのを確認して、前に進み出て大剣を真っ直ぐに捧げ騎士のように闘いの礼を切りました。
甲冑の者は隙が出来るのを警戒しているのでしょうか、一言も発せず剣を構えました。
魔王も抜き身の剣を正眼に構え、間合いを計りました。
じりじりと両者が間合いを詰め、踏み込めば当たる位になった時に、先に動いたのは甲冑の者でした。
「魔王様。」
城の者達は、我らが主君がその強敵に刃を交える瞬間を、沈痛な思いで見ていました。