王の帰還
やっと、完結できました。
魔王は、最後の一撃を今か今かと待っていました。喉元の検圧は感じるものの、しかし一向に最後の一撃はやってきませんでした。薄ら目を開けましたが、剣とこちらに顔を向けている甲冑の者は相変わらずでした。
そしてあの言葉。最後に甲冑の者が放った言葉。初めて甲冑の者が発した言葉。その声はどこかで聞いたような声でした。
その声は記憶の底を突き上げ、魔王は反射的に言葉を発しました。
「お前、マリアか。」
剣は相変わらず喉元に突きつけられていましたが、甲冑の者は、
「気安く私の名を呼ぶな、汚らわしい魔王め。今、私は勇者だ、勇者と呼べ。」
と憎しみの込められた声で答えました。
「どうして…。」
魔王はしばし混乱しました。
その時、シュッと言う音がして、勇者の後ろから何かが飛んでくる音がしました。
「お姉様。」
「姉上。」
僧侶と、魔法使いの叫び声が響きました。
間髪入れず勇者は振り向きざまに剣を振るって飛んできた矢をなぎ払い、さらに間を置かずショートソードを放ちました。
ショートソードは後方の矢を放った魔族の頬を掠め、側にあった柱に突き刺さってビーンと震えました。
「負け戦をしたい愚か者は誰だ。既にお前達の王は敗北している。私はお前達にも侮辱を受けたが、お前達の王の臣下を思う気持ちに敬意を表して、お前達の命までは取ろうと思わない。私の僕達にもそう厳命している。今まで相手をしてきたお前達の仲間も、手当をすればたいした傷では無いように配慮した。私が唯一関心を向けるのは、この薄汚い魔王一人だからだ。しかし、この期に及んで闘いを仕掛けようとするのであれば容赦しない。次は命のやりとりになるから覚悟せよ。」
高音ながらも良く通る凜とした声に、残りの者達の動きもぴたっと止まりました。
「戦の続行を望む者はまだいるのか。ふむ、それでは、終結で良いな。我らが勝利、お前達の敗北だ。それでは本題に移る。」
勇者はそう宣言すると、聖剣アルスを魔王に突きつけたまま、魔族達の方を向いて兜を脱ぎました。
「あれは、人間の…。」
「あの、姫ではないか。」
「どうゆう事だ…。」
兜の下から現れたのは、紛うことなきアルス国が第一王女、その人その者でした。
太陽の様に光り輝く金色の髪は、以前の様に長くはなく、短く切りそろえられていましたが、白い肌に端整な顔立ち、きりっとした意志の強そうな碧い瞳は、雰囲気はまるで違うものの、あの打ち震えていた姫のものでした。
これには、手当を受け少し回復したサタナチアもモレクも驚いたようでした。
「先ほど宣言したとおり、お前達をこれ以上攻撃する意思は私にはない。私は、この私を侮辱した、この汚らわしい小男にのみ用がある。この私に恥をかかせ、侮辱し、さらに勝手に記憶操作までした罪は万死に値する。よって、こいつの願い通り、こいつの命は私が貰う。つまり…。」
今や勇者となったアルス第一王女は、剣にさらに圧力を込めて、
「この者を我が婿として、我が国に戦利品として連れ帰る。異議のある者は前に出るが良い。」
と、城が崩れるやと言う大声で宣言しました。
この突然の宣言に皆呆気にとられました。誰一人動こうともしませんでした。当の魔王本人でさえ指一本動かしませんでした。
ようやく我に返った魔王は、
「一体、何を言って…。」
と絞り出すように言いましたが、姫は何も答えませんでした。
しばし沈黙が流れましたが、突然最前線に居た魔物達が、そろそろと前に進み、一瞬の後、姫の方に向かって走り出しました。
続いて、他の者達も釣られるように走り出し、ほぼ全ての魔族達が、一斉に姫に向かって走り出しました。
「ふむ、面白い。皆反対という訳だ。それでは、今度は容赦はすまいぞ。」
姫は戦闘態勢になりつつ、再び兜を被りました。
魔王は慌てて、
「やめろお前達。」
と大声で言いましたが、
「お前は黙っていろ。」
と、姫は魔王を蹴っ飛ばし、剣を構えて闘いの姿勢に移りました。
走り寄る魔族は幾百人、あと少しで剣が混じり合う、あと数歩という所で、突然、先頭の者達の動きが変わりました。
「あなた様に忠誠を誓います。」
彼らは姫の前に跪きこう宣言しました。
「はぁ。」
これには姫も呆気にとられました。
警戒を解かずに、
「どういうつもりだ。」
と姫は答えました。
「いえ、ですからあなた様に忠誠を誓うと申しました。」
先頭の騎士らしき者が言いました。
「あなた様は、先の魔王に文句なく勝利を修めました。」
「ですから、文句なくあなた様が新しい魔王様に御座います。」
「ですから、これからは新魔王様であるあなた様に忠誠を誓うということになります。」
「宜しくお願いいたします。」
この答えには、姫の方が困惑しました。
「お前達、何も私は魔王になりに来たのではない。この者を下僕として国に連れ帰る為に来たのだ。後はお前達が好きにすれば良いだろう。それに、いくら敗北したとはいえ、こいつのいる目の前でその宣言はないだろう。臣下思いのこいつのことだ、恩なども沢山与えていただろうに。少しは忠誠心というものはないのか。」
困り顔の姫に、真ん前に居る魔物が、
「それこそ我らは魔物ですから。」
と、涼しげに答えました。
「あっははっは。」
姫は笑いました。
「成程、それは面白い。さすがは魔族と言うわけだ。」
「左様に御座います。」
「しかし、本音を言わせてもらえれば。」
「人間や魔族という区別に我らうんざりしているのです。」
「これを機会に、我ら人間国とこの国を行き来する機会が欲しいのです。」
「あなたは次期アルスの国王。私をあなたの城で雇って下さい。人間の国に住んでみとう御座います。」
「ずるい。私も、姫様、私もサーベントとしてお雇いください。」
「あっちの方が給料が良さそうね。」
「私、アルスの国で働きたいわ。この国の陰気さにはうんざりしてるもの。」
魔族の者達は口々に言いました。
「解った、お前達の希望は出来るだけ叶えよう。次期国王になった暁には、アルスの国民を説得して、自由に交流できるようにしようではないか。ますます、この薄汚い小男を国に連れ帰る必要が出てきたようだ。」
自分の周りで勝手に話が進んでいる様子に、元魔王は、
「何を勝手に、まだ私は承諾したわけではない。」
と言いました。
そんな元魔王を、姫は睨み付け、
「黙れ、貴様に意見する権利はないんだよ。」
とドスのきいた声を放ちました。
「実は魔王様。俺、アルスの国に人間の恋人がいるんです。恋愛の自由も認めてくださいませんか。」
「私も、人間の彼がいるの。」
「私も…。」
「隠していたけど、俺も。」
若い魔族達が次々に言い出しました。
それらを聞いた、元魔王は、呆れながら、
「それじゃあ、お前達は国境を越えて頻繁に行き来していたんだな。人間と魔族が会っているのを、しかも人間の若者達が魔族と会っているのを見られていたら、それはアルス国教会が国境を警戒するわけだ。拐かされるのではないかと。」
と言いました。
姫は、元魔王の言葉を無視しながら、魔族達に、
「恋愛の件は、少し時間が掛かるが、なるべく国民の理解が得られるように善処する。まぁ、この私が魔族を婿に迎えるのだからな。双方の同意が必要なのは言うまでも無いことだが。」
と言いました。
その言葉に、元魔王は、
「私は同意したわけではない。」
と言いました。
「黙らせろ。」
姫の、新魔王の命令に従って、騎士の何人かが、元魔王に蹴りを入れました。
「魔王様の命令である。無礼な言動は慎むように。」
もう一人が、元魔王を殴りました。
「左様。」
さらにもう一人が、抓りました。
「大人しくなさい。」
黙らせられた相手が、皆顔見知りで、愉快そうに殴るので、
「お前達面白がっているだろう。あれだけ目を掛けていたのに、この裏切り者ども。私は絶対に同意しないぞ。」
と手足を振って叫びました。
姫は兜を脱ぎ、魔王に顔を近づけ、瞳をのぞき込みながら、
「そんなに嫌か。」
と尋ねました。
元魔王は、姫の行動に不意を突かれ、どきりとしながら、
「いきなり言われても、心の準備が…。結婚だなんて。もう少し時間を…。それにマリア、どうして君が勇者なんだよ。そして、どうして僕の魔法が効かなかったんだよ。」
と答えました。
姫はまた無表情になり、側にいた魔物に、
「黙らせろ。」
と言いました。
魔物はどこからか、縄と猿ぐつわを持ってきて、抵抗する魔王を縛り上げてしまいました。
「カロンお前もか。」
その魔物は、特に目を掛けていたカロンでした。
カロンは元魔王に猿轡を噛ませながら、
「すみません。魔王様のご命令に逆らえないので。」
と、申し訳なさそうに言いました。
「お前は真面目すぎるのが欠点だよな。」
それが、元魔王の最後の言葉でした。ロープで縛られ、猿轡をかませられた元魔王は、身動きが出来ないまま床に転がされ、恐怖の目で勇者を見上げました。
「元魔王様。でもこんなに可愛いお姫様と結婚できるのですから、僕、羨ましいです。僕もこんな可愛い女の子と結婚したいです。」
カロン少年は無邪気に言いました。
「それでは、新魔王として命ずる。この戦利品を我が国、我が城まで運ぶように。」
姫が宣言すると、周りの魔物達が、
「御意。」
と答え、棒を持ってきて、子鹿を担ぐように戦利品の手足をくくりつけました。
「うー、うー。」
元魔王は子鹿の丸焼きの姿のように成りながらも抵抗しましたが、やはり新魔王の手下に殴られてしまいました。
「あまり手荒に扱わないでくれ。これでも、我が婿になる男だ。」
姫が珍しく気遣いめいたことを言いました。
「御意。」
従者達は素直に従いました。
恐怖の色を浮かべ吊されて運ばれている元魔王の側に寄りながら、姫は口を開きました。
「さっきのお前の問いに答えていなかったな。何故私が勇者なのか。それは、初代勇者アルスが女性だからだ。言っただろう、我が国は女系だって。私の直系の先祖が勇者アルスその人なんだ。私やその親族に勇者の血が覚醒しても不思議は無いだろう。しかも、偶然にも、お前が卑怯にも掛けた魔法がきっかけだったようだ。初代勇者が尤も警戒した魔王の魔力。それに呼応して我が体に流れる勇者の血が覚醒した様だ。一度目の眠りの呪文には無様に掛かってしまったが、徐々に力が覚醒して、記憶操作の魔法も城に着いてから直ぐに解除されたのだ。そもそもお前も知っている通り、記憶を完全に消去する魔法は存在しない。覆い隠すだけだからな。それから、直ぐに妹と弟とを引き連れて、お前に思い知らせてやろうと思ったわけさ。さらに、妹も弟もどちらも勇者の血を引く実力者さ。手こずっただろう。」
すっかり勇者の威厳が身についたアルス国第一王女は、僧侶の妹と魔法使いの弟を引き連れて、戦利品を新たに獲得した臣下に牽かせながら、祖国に凱旋しました。
こうして、魔族の国ハデスは平定され、その国の王はアルスの国の次期女王に掠われてしまいました。
「めでたし、めでたし。」
銀色の髪の初老の女がベッドでまだ幼い孫達に絵本を読み聞かせていました。
「それで、その後どうなったの。」
孫達は尋ねました。
「それから、人間と魔族という垣根が少しずつなくなり、交流が生まれ、混じり合い、今のような世界になったんだよ。」
「掠われた王様は、どうなったの。」
「アルス国のマリア女王と結婚して幸せに暮らしたと言われているよ。これはもう2000年も前の話だけどね。」
「面白かった。おばあちゃん、今度はベルゼビュートの屈辱の話を読んでよ。」
「解ったよ、今晩はもう寝なさい。今度お話ししてあげるよ。これは少し悲しい話でね。私は若いときこの話を読んで涙を流したものさ。悲恋というものについてね。」
銀色の髪を持つ初老の女性が撫でる褐色の肌の孫の頭の黒い艶やかな髪からは、尖った耳がピンと張っていました。そしてもう一人の白い肌の孫の背中には対をなす灰色の羽根が生えていて、その尻からはロバのような尻尾が伸びていました。
そして彼女は、すやすや眠る可愛い孫達を、紅い瞳を細めながら幸せそうに眺めていました。
この話は、これでおしまいです。
最後までお付き合いありがとうございました。
途中何度も書き直して、連載を読んで下さっていた方達には、申し訳なく思っています。
機会がありましたら、この話の過去、初代勇者アルスとアスタロト王子との悲恋を書いてみようと思います。
また読んでくださるとうれしいです。




