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『過ぎた力があると、人はその力に惑わされる』
シュラに言われたその言葉は、とてもよく理解できて。
だから私は彼の手を取り、部屋の窓から身を躍らせた。
◇◆◇
「ファーネ、疲れてない?」
旅装のシュラが伸ばした手に手を重ね、力を借りて立ち上がる。
「大丈夫ですよ。ふふっ、シュラは心配性……です、わね」
彼の横に並び歩きながら、重ねていた手の指を絡ませて強く繋ぐと、見下ろしてきた彼が嬉しそうに笑う。
「それにしても、バ……ファーネがギルドに登録しているとは、思わなかった」
「どうして?」
前を向いて歩く彼の横顔を見て首を傾げる。
「だって、騎士なんて公務員なんだから副業禁止だろ? あなたは真面目だから、そういう規則を破ることはないと思ってた」
「仕事の掛け持ちについての規約はないぞ……あ、いや、ないわよ。ああもう、女性的な言葉使いなど久しくしていないから、すぐ間違えてしまう、わ」
ぎこちない言葉になってしまうのを彼に笑われ、唇を尖らせて顔を背けてから話を逸らせた。
「騎士としての規約は、隅々まで読み込んだから間違いない。ちなみに、騎士が男性しかなれぬことを明言しているのは第九条の三項だ。性別について言及されていなければ、そこを強みに堂々と騎士として勤めようと思っていたんだが。そう、うまくはいかないものだ」
笑い飛ばしたのに、彼はそっと屈んで、慰めるように額に口付けをくれる。心配をしてくれるその気持ちは嬉しいのだけれど、悲しませたくはない。
「そういうわけで、堂々とギルドに登録したわけですわよ」
「ぷっ、あははっ、いつも通りの言葉使いでいいのに」
笑う彼の手をギュッと握る。
「私がいや、なの。だって、もっと女らしくなって、あなたに好きになってほしいもの」
ギルドで依頼を受けるとき、食堂や酒場で食事をするとき、あなたに送られる秋波を見るのが嫌だし、私の言葉使いで嘲笑されるのも嫌だ。
くだらない見栄なのかも知れないけれど、でもあなただけ、あなたにだけ認められたいし、あなたの隣にあって恥ずかしくない自分でありたい。
「昨日よりも今日、ずっとファーネを好きになってる。愛してる」
「私も、愛してるわ」
絡めていた手を離し、お互い腰に提げた剣に手をかける。
「仕事が終わったら、すぐに宿に帰ろう。ファーネ成分を補給したい」
「次の町で、ギルドへの報告を終わらせてからね」
現れた魔獣に、視線を向けて剣を抜く。
依頼内容と合致する、中型の素早そうな魔獣の群れ。
次の町はどんなところだろう。
はじめての旅、はじめての町、はじめてばかりだけど、隣にシュラがいるからなにも不安はない。
「じゃぁ、ちゃっちゃと終わらせて、イチャイチャしようか!」
彼の言葉に頬が熱くなるのを感じながら、否定はせずに魔獣に向かって飛び出した。
「ベルツ、ちょっとおいで」
ギルドの奥からレディ・チータに呼ばれたシュベルツは、ニヤリと笑って彼女に近づきカウンターに肘をついて身を乗り出した。
「ファーネとあの坊や、随分元気そうだよ。もう二つもランクをあげたって」
彼にだけ聞こえる囁きに、目を細める。
本来ならば、個人的な情報は秘匿されるが、二人の希望により、特別にシュベルツにだけは伝えられていた。
国を出奔するときにシュラの相談に乗り、骨を折ったかいがあるというものだ。
「へぇ。さすがだねぇ、あのお二人さん」
嬉しそうに声を弾ませて身を起こしたが、ふと顔を顰めてガリガリと頭を掻いた。
「とはいえ、あまり派手にやったら駄目だろうが。いまから釘を刺して間に合うか……?」
手が掛かる、と呟いた声は楽しそうで、レディ・チータはメッセージ送付用の紙をシュベルツに渡しながら、運賃はまけてやるよとにんまりと笑う。
紙を引き寄せてペンを手に取りかけ、その手をポケットに突っ込んで濃い紫色のビロードの袋を取り出す。
第十騎士団経由で手元にきた物で、バルザクトからシュラへの贈り物だった。
貴族街にある有名な、品物もいいが値段もいい時計店の名が、洒落た字体で刻まれている。
申し訳ないと思いつつ、一度中身を改めたシュベルツは外周に彫られた文字を見て、これがシュラへの騎士昇格の祝いの品だと知っていた。
「今更だけどなぁ……。こいつも一緒に送ってやるか」
騎士の身分を捨ててしまった二人を思い出し、苦笑する。
「追加料金をもらうよ」
「……がめついな」
頬を引き攣らせたシュベルツは、わざとらしく嫌味な笑い声を上げたレディ・チータの手からペンを取り上げ、空いた手に追加料金込みの金額をねじ込む。
同僚ではなく友人となった二人へ手紙を綴りながら、折り返し届けられるであろう生真面目な文字を思って口の端を上げた。
―― 完 ――
2018年9月の投稿からはじまり、途中立ち止まりながらの2年間。
終わる終わる詐欺を繰り返しながらも続けた連載でしたが、終話までたどり着くことができたのは、読んでくださる皆さんの存在が心の支えになっていたからでした。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
さて、最後になりましたが!
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よろしくお願いいたします(≧▽≦)ノシ
【追伸】
アルファポリスさんの方で、改稿して連載しております。
修羅サイドの話が差し込まれ、第六章の後に第七章が追加となり……書いている内に結末も変わってしまいました、ifバージョンとしてお楽しみいただけると嬉しいです。
2021.2.23更新分からが新章をUPしていきますので、よろしくお願いいたします。
2021.2.18 こる




